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化け狐は誘われる

無事戻ってこられました!今後もよろしくお願いいたします。

 クロエが案内されたのは、予想通りジャックの生家でカフェの<Rope's Kitchen>だった。王都でも評判で、いつも大繁盛のその店先には「ご好評につき完売!一時休業、15時から再開予定です!」と手書きで記された立て看板が置いてある。

 彼はその前を通り抜けてぐい、と店の扉を押し開いた。



 ───カランコロン。


「──あ!やっぱりお兄ちゃんだ。どうしたの?今日は夜からじゃなかった??」


 テーブルを拭いていた少女がサッと振り返りそう言う。彼女は店名の刺繍入りエプロンを身に付けていた。

 ジャックと同じ赤銅色の瞳と髪。彼と違うのは、鼻を渡り両の頬にチャーミングな薄いそばかすが散っていること。

 言葉から察するに、彼女はジャックの2人いる妹の内の1人だ。


「も~来るなら言っといてよ、店閉めちゃったじゃん!お姉ちゃんも急いで買い出しに出たとこだし…」


 「お兄ちゃんが来てくれるの分かってたら、夕方まで店開けられたのに!」と少女は口を尖らせる。兄の報連相がいかになってないかを彼女が説教し始める前に、ジャックは手を横に振った。


「いやいや。俺だって今も仕事中だよ」

「え。『仕事中』って……、……その子と?」

「うん。──ソロ?この子は俺の妹でミルって言うんだ。ミル、この子はソロ」

「…………」

「…………」


 兄に紹介された13歳か14歳くらいに見える少女は、黙り込んでそっとソロを───もとい、クロエを見上げた。


「…ミ。ミル・ロープ、です……。あの…。よろしく、ね。ソロ」

「………………………うん」


 変装中は、触れ合いによって正体を看破されるのを防ぐため、クロエは取っ付きにくい『役』を演じることが多い。あたかも警戒心が強くて一匹狼、「孤独を愛してますよ」と言った風に。

 『ソロ』という少年役も、もれなくそんな性格に設定されていた。


 クロエがつっけんどんに返事をすると、ミルの頬がサッと朱に染まる。


「ああああの私!お姉ちゃんが帰ってくるまで休憩入る!!2人はごゆっくり!」

「あ!おいっ───キッチン借りるからな!」


 パタパタと走り去っていくミルの背中に、ジャックはそんな言葉を投げ掛けた。「あーもー、鍵も閉めてないし……」と頭を搔きながら、彼は店の入り口の鍵を閉める。


「ほんとはソロのご飯を作るの、一緒に手伝って貰いたかったんだけどね。行っちゃったよ…」


 とジャックが苦笑しつつ振り返った。

 彼はそのまま、ゆったりと慣れた感じにカウンターキッチンへと足を踏み入れる。


「………………。」

「あ~、気にしないで。多分、ソロがカッコいいからびっくりしたんだ。うちの妹達はさ、2人ともミーハーなんだよ」


 なんて言ったジャックが、「おいで」とカウンター席に手招きする。


 クロエは最初に想定していた以上に閉鎖的─人のいない飲食店に2人きり─な状態に少しの緊張感を覚えたが、それでも焦りを表に出すことはなかった。


 クロエの役作りは完璧だ。『役』の細かな背景にも破綻はなく、自分はそれを完全に演じ切ることが出来る。

 幸い、ジャックとはカウンターキッチンを挟んでの会話になるようだ。触れられる可能性は低いし、こっちはただ落ち着いて、『役』の通り『裏路地に住む者達』の事情を少し語れば良い。それで解放だ。



 クロエがそろりと端っこの席に着くと、手を洗ったジャックが氷入りの箱から小さな肉の塊をいくつか取り出していた。


「苦手なものとか、食べられないものはある??」

「…………ない」

「じゃー、言ってたとおりサンドイッチを作ろうか。ただ、今ある材料が本当にちょっとずつみたいだから……。メニューに無い特別製にはなるんだけど」


 そう言ったジャックに、クロエは内心でくすくす笑った。


(……『特別製』。ものは言い様ね)


 要するに、「今から余り物で適当に創作料理をする」という意味だ。


 食材が切れるほどお店が繁盛していたことは、ジャック自身想定外だったはず……「なんでもご馳走する」と言ってクロエを連れてきた手前、彼の内心が穏やかでないことは容易に推察できた。


 ひとまず、自分はこの場を切り抜けられればそれで良い。なので、クロエは「あまり期待しないで待っていよう」とゆったり構えた。



 「よし!」と頷いたジャックが、スルリ……と袖を捲り上げ、包丁ですぅっ、すぅっと肉を薄く削いでいく。

 同時に油を引いて熱しておいたフライパンから、刻んで入れられたナッツ類の香ばしい匂いがし始めた。


 見る見る間に料理が出来上がっていく。それも1品ずつじゃない、同時並行でいくつもだ。

 ジャックのあまりに素晴らしい手際に見惚れていると、真剣に俯いて作業していたはずの彼が、伏せていた瞼をわずかに持ち上げる。ふいの流し目にドキリ!!として、クロエは瞬きした。


 ──くすり、と彼が笑う。


「…ごめん。水もまだだったな」


 一旦手を止めたジャックが、ボトルから水をグラスに注ぎ、トン。とカウンターへ置いた。


「…………………」


 クロエが黙ってグラスに手を伸ばした時だ。


「なあ」


 呼び掛けられたのと同時にグラスがすいっと離される。視線が追い掛けたその先で、ジャックと目が合った。



「…さっきから見過ぎじゃない?──さすがに」



 小首を傾げてからかうようにそう言われたクロエは、内心で悶絶した。

 「はいそうです、『カッコいいなあ』って思って見てました」などとは言える訳もなく、クロエはふいと顔を背ける。


「料理作るの興味ある??」

「…………………いや。ただ見てただけ。…普通においしそうだし」


 言いながら、クロエは手を引っこめた。


「何だそっか、いやごめんごめん。でもあんまり熱心に見られるとさ、俺も緊張するから。程々にね」


 「それで指でも切ったら、カッコつかないだろ??」とちょっと眉を垂らして困ったようにジャックが笑う。「はい」と再度差し向けられた水を、クロエは受け取った後にテーブルの端まで移動させてから口に含んだ。



「さ、出来たよー」


 そんな声掛けが響いたのは、ジャックがキッチンに立って20分とかからぬ内だったと思う。

 貴族の料理とは違う風変わりな──いや、平民としてはきっとありふれた──品の数々にこっそり圧倒されていると、ジャックが「ほらどうぞ」と最初の一口を促してくる。


 …ぱくり、と口にしたのはサンドイッチだ。


「…………………!」


(お、……………美味しい!!!)


 口いっぱいにジューシーなお肉の味が広がり、鼻腔に香草と豆類のピリッとしていてかつどこか丸みもある匂いがふんわりと通っていく。シャキシャキとした葉野菜が肉の脂を中和して、マーガリンの塗られたパンがそれら全てを優しく包み込んでいる。……というか、このパン!…厚過ぎず固すぎず、素朴なのに風味が奥深い!噛めば噛むほど、小麦とバターのほのかな甘さが広がっていく。


 サンドイッチを構成するひとつひとつは、もしかしたら貴族の食べる一級品よりかは質が劣るのかもしれない。だが、それぞれの素材が『サンドイッチ』として一体となったとき、不可思議にもどんな腕利きのシェフが作る逸品より美味しくなる……。

 ……何がそうさせているのだろう、このソースか、それともひとつひとつがただただ素晴らしいバランスで調和しているのか。………とにかく、これがメニューにもなっていない行き当たりばったりの即興料理だなんて、信じられない!


「──ソロ?」

「!…」

「おいしい?」

「………うん」


 クロエは素直に頷く。するとジャックが「良かった」と言って、優しく微笑んだ。


「…さて。じゃあ食べながらで良いから教えてほしいんだけど────」


 と、そんな入りで、クロエとジャックはやっと本題に移ったのだった。




「そうか…、ソロは5年前に別の国からアスガルズに連れて来られて……以来1人でこの辺の裏路地を拠点に生活してるんだな。で、運び屋の仕事が流行ってるのも、全く知らなかった、と」

「うん。…………ご飯まで貰っといて、悪いけど…」


 「アンタに会った時、初めて聞いたよ」とクロエは続ける。


「……それに…もし知ってても、誰かに話したりしない。裏路地の住人はお互いの秘密を漏らさないから。噂が広まると………面倒なことになる」

「『面倒』って?」

「…今の俺みたいに」

「……………。……………別に、困らせたいわけじゃないんだけどなあ」


 と、ジャックが渋い顔で頭を振った。


「捕まった子達は皆、『知らない』とか『頼まれただけ』とか、『依頼人の顔は見なかった』──って話してるけど…。それは事実じゃなくて、裏路地全体の結束が固いから、お互いを庇ってるってことなのか?」

「ううん、違う。住人達はお互い強く干渉し合ったりしない。

『結束』とか『庇う』とかじゃないから…。ただそれが、裏で生きる常識。守らないと痛い目を見る」


 「………そうか…」と、ジャックは肩を落とす。情報源となりそうな子狐をわざわざ餌付けしたにも関わらず、大したリターンが得られそうもないので、ガッカリしているのだろう。


 クロエはしれーっとそっぽを向いた。


「…話はそんだけ?じゃあ俺帰る」


 「ご飯どうも」。そう言って、クロエがカウンター席から腰を上げた時だ。


「……待った!!」

「…………………なに?」


 気だるい雰囲気を隠そうともせず、クロエが振り返ってジャックを睨み付けると、彼はキッチンからカウンターへと身を乗り出していた。


「ソロさ…。……良ければ、うちで働かない??」


「………………は?」


 突拍子もない提案に、驚くクロエ。構わず、ジャックは言葉を続ける。


「いや、ソロは『知らない』って言ってたけど…未成年者を使い捨てにする悪事が、今ものすごく流行ってるのは事実なんだ。危ない裏路地で正規の収入源もなく暮らす限り、ソロだっていつ巻き込まれてしまうか分からない。安全とは限らないんだよ」

「………」

「───ソロ」


 怪訝そうに眉を寄せたまま聞いていたクロエは、名を呼ばれジャックを見上げた。


 彼の表情は真剣そのもので、どこか切迫した雰囲気さえある……。



「聞いて。………うちなら、()()()()()。絶対にだ。………だからどうか、俺を遠ざけないで。


本当に─────ただ君のことが心配なんだ」



 クロエは困惑した。

 こんなにも切実な態度と言葉で、『心配』なんてされたことが無かったから。


 …………………というか。


(─────────やっぱりおかしい…)



 残念ながら、クロエはここで喜びだけを感じられる女ではない……。例え、心配してくれる相手が超絶どタイプの騎士様であってもだ。


「ほら!見ての通り、うちはそんなに広い店じゃないけど回転率は高いから…」

「……」

「今日みたいに、働き手が少ないと手が回らないタイミングもあるんだ」

「……」

「でも誰でも良いってわけじゃないよ?秘伝のレシピをよそに漏らしたりしないような、口の固い子だとありがたい」

「……」

「料理は俺が教えるよ。作るの、『興味はない』けど『嫌い』ってわけじゃないんだろ?きっと上手く出来るようになるさ」

「……」

「あと、食事時とはずれるけど休憩と賄いもある。今食べた料理より美味しいやつ!…どう??食べたくない??」

「……」

「さっき、『おいしい』って認めてくれただろ?」


 ジャックの提案は丸きり予想外だった。だが、結果は分かる。こんなに『おいしい』話を孤児が断れば、何か後ろめたいことがあると怪しまれて身体検査コースだろう。

 退路が断たれ、じわじわ脇を埋められ……あらかじめ用意されたゴールに導かれている。

 さながら、兎用のくくり罠へ引っ掛かりに行くようなものだ。


 クロエは黙って考え込む───。


(…いつからこうするつもりだったの?)


 ジャックが如何に正義感溢れる騎士であったとしても、これがいち孤児に対する適切な態度とはやはり思えない───いきなり、実家で雇おうだなんて。

 彼はある思惑があって、自分を誘い込んだに違いないのだ。

 もしかして、ここで自分を一旦飼い慣らし、運び屋事件解決のため継続的に使える『協力者(コマ)』へ育て上げようとしているのか──………?


(……いや。……………待って…?)


 その瞬間。サッと、クロエの脳裏をとんでもない仮説が過った。


(………………まさか…)



 ……クロエは知っている。

 ジャックが、アリアナにずっと片想いをしていたことを。


 憧れのアリアナを遠くから眺める度、その広い視界にはジャックが紛れ込んでいた。彼はいつも、アリアナにばれない場所から、大事な者を見守るような視線で彼女を見ていたから。クロエにはすぐに、彼の秘めたる気持ちが分かったのである。

 アリアナが婚約してから、ジャックのそんな雰囲気が少し様相を変えていたことにも気づいていた────が。



 今にして思えば………。

 アリアナにとって最高の親友であり仲間でもあるジャックが、彼女との進展を目指して行動を起こせなかったのは『身分差』があったからに他ならない。


 だが実際、貴族であるはずのアリアナが結婚したのは、平民のヴォルフ・マーナガラムだった。


 ジャックがこの結果を、心の中では「面白くない」と感じていたとしたら……?


(…………)


 クロエはこくり、と唾を飲み込んだ。

 ……ジャックが準爵位を戴いたのは、つい最近──自分の父が王家から制裁を喰らった頃だ。

 ……もし、その爵位の授与が、ジャックの功績に加えて、ある条件付きのものだったならば?


 そう。例えば……。


 『謀反者の一人娘と結婚して、公爵家を無害化すること』──とか。


(…そう考えれば、この人が頑なに婚約破棄したがらないことにも納得がいく…)


 つまるところ、ジャックは爵位を手放したくないのだ。それが彼とヴォルフとの決定的な違いだから。


(一代限りとは言え、彼は『貴族』になった……。それで、抑え込んでいたアリアナ様への気持ちがまた膨らんで……)



 ───ジャックが、邪魔になったヴォルフを消した?



(…………)


 ……恐ろしい。恐ろしい考えだ。…だが、()()()()()。アリアナを通じてヴォルフの予定を事前に仕入れておけば、誘拐も容易に遂行出来ただろう。


(………そしてまさか、ヴォルフさんを捜し出そうとした私の動きに気付いて、無力化しようと…?)


 とまで考えた時、クロエはその点を否定した。

 クロエが、『ソロ』としてヴォルフを捜索しようと決めたのはついさっきのことだ。どこにも漏れようがない。

 それに、『ソロ』に対し「心配なんだ」と言ってくれたジャックの言葉は、演技でなかったように思う。



(落ち着いて。この筋書きは、全部全部、推測なんだから。………でも)


 …ジャックが、『ただ明るく優しい好青年』でないことだけはひしひしと伝わってきていた。

 彼には絶対に『裏』がある。


 クロエは社交界で、乙女達が己でも気付かぬ間に狂愛的になり、身を滅ぼすところを何回も見てきた。

 今、もしジャックに善性が残っていて、ただひたすら愛ゆえに、仮説のような強行に及んだのなら……。


(…………まだ、最悪の事態だけは止められる)


「妹達だって喜ぶよ!

ねえ、どうかな。ソロ、働いてくれる?」

「……」


 クロエは小さく息を吸った。

 まず、ジャックの信頼を得て彼を探る。そして、彼がこれ以上怪しい行動を取る前に、ヴォルフを見つけ出す!


(───絶対に、化かし切ってやるわ!!)


「……うん。……俺で良ければ」





ここまでお読み下さりありがとうございます!

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