化け狐は対峙する
「───ケイト様。アリアナ様から追って連絡はございましたか??」
「………いいえ…。あれから1つも」
「そう………私もよ」
「…やはり、捜索は難航しているようですね。早く見つかると良いのですけど…。
…アル様は元より、弟のユース様もひどく心を痛めておいでで………私、見ていられませんわ」
そんな会話をクロエとケイトが交わしていたのは、今より少し前……。……ジャックが、第2小隊長室でベルガレットと話をしていた時と同じ頃だった。
ティーカップをつい、と持ち上げ、クロエは唇に縁を付ける。
───「行方不明の夫を探しに行きますので、次のお茶会は欠席させていただきます」───。
アリアナからクロエの元へ、そんなとんでもない連絡が入ったのは、もう5日も前になるか。
彼女はお茶会の会場を提供する予定だったクロエと、お茶会メンバーに加入するきっかけを作ったケイトにだけは、わざわざ欠席の報告を入れてくれていたのである。欠席する理由についてもアリアナは詳しく説明してくれたが、「そちらは関係者以外、他言無用にして欲しい」とのことだった。
「どうか、他の皆様にもよろしくお伝え下さい」というアリアナの願いに応えるべく、クロエは連絡の入った翌日、早々に他のお茶会メンバー達と顔を合わせていた。元々、メンバーの1人が自宅で主催するお茶会にお呼ばれしていたのである。
──「土曜日のお茶会ですけれど。アリアナ様には、急遽外せない任務が入ったそうですわ」。
そんな風に濁しながら、アリアナの欠席を伝えた時。
他のお茶会メンバーは皆、気まずそうに目を泳がせた。
何事かを言い出せない彼女らに代わって、クロエは続ける。
──「ですから、今後アリアナ様がお戻りになるまで、お茶会は延期としたいのです。いかがかしら?」。
………すると、全員ホッとしたような、それでいて罪悪感を残したような感じで、『異議はない』と1つ頷いたのだった。
(…………だから今日は、予定がなくなって暇になるはずだったんだけど)
と、クロエはチラリとだけケイトを見る。
……自分が今、社交界でどんな立場に立たされているかは、解っているつもりだ。
父のしようとしたことは、新聞に載らなかっただけの大罪である。それを認知した王家から制裁が下され、オトテール家の信用が地に堕ちたことも、貴族なら皆が知るところだ。
その一人娘である自分が、「出来れば距離を取りたい」はなつまみ者として扱われたって、文句は言えないだろう。お茶会メンバーが表立ってそうした動きをしない理由は、単に皆が『アリアナ』という人間に憧れる者達である、というだけのことだった。
『もし自分がアリアナだったら?』、『彼女は、誰かを仲間外れになんてしはしない』──そんな共通認識が、信奉者である彼女らの間で出来上がっていたのである。
……だが、そんなごっこ遊びもここらが潮時だろう。だって、『貴族令嬢』というのは結婚するまで───いや、下手をすれば結婚後さえ、親の意向を聞かねばならない、そんな人間なのだから。
彼女ら本人が、いかに正しく生きようとしてくれても、それには限界がある。現に、自分との交流をきつく両親から叱られたのであろうご令嬢からは、新しいお茶会の招待状が届かなくなった。
……それでも皆が変わらず誰かしらのお茶会で顔を見せてくれること。……そして朗らかに挨拶をしてくれることに、自分は喜んでちゃいけない。
これでこちらが新たにお茶会の招待状なんて出そうものなら、彼女らの家々でそれぞれ親子喧嘩が起こってしまう。
……クロエは澄ました顔で「我が家のことはどうかお気になさらず」とメンバーに宣言した。
それは「同情なんてせずとも良い」、「無理にお仲間へ入れようとしてくれなくて結構よ」──という意味に他ならなかったが、ケイトだけは言葉の裏を読まず、文字通りに解釈したのである。
『家のことなんて知らない、話したいから話す』。
そんな振る舞いを、クロエに『許可された』と認識したケイトは、平気で「今度のお茶会、予定がたち消えて残念でしたわね。どうでしょう、私達だけでお茶を飲むというのは」とお誘いをしてきたのだった。
(……ヘンな子ね)
そんな風に思いながら、クロエは緩んだ口元を隠すようにして紅茶を含む。思考を一旦切り上げて、クロエは口を開いた。
「──意外だったわ」
「…え?何がです??」
「あなた、マーナガラムさんが消えて大喜びするんじゃないかと思っていたのだけれど」
「嫌いでしょう??あの方のこと」。そう続けると、ケイトはモゴモゴと不本意そうに口を動かした。
「いえ……それはその……そうなんですけれど。
……っでもいくら有害な者だとはいえ、それがアル様達の理解や同意もなしにいきなり引き離されるのは……、ちょっと違うというか……!!!」
「……………ふふ、」
と、クロエは笑う。
「………絆されたのね??あのユーストス様に」
「!!!!……ち、違……ッ」
言うと、ケイトが目を怒らせてこちらを見るものだから、クロエはまたくすくすと笑った。
「素敵な殿方ですもの。彼からの説得であなたが意見を変えたって、誰も責めませんことよ」
「いえ彼はただの知人というか同志で……っ!……………………うぅ。ホントに違うのに……」
そう言って、ケイトが頭を下げた後だ。
彼女は目を悪戯っぽく輝かせて、こちらを向き微笑んだ。
「………クロエ様こそ!最近は随分と楽しそうにお喋りしてくれるようになりましたわ。それは素敵な殿方とご婚約されたからではありませんの??」
「!」
「爵位を戴き流星のごとく現れた騎士様が、熱く婚約を申し入れるなんて──まるでお伽噺のようですわ。そして貴女も、それを受け入れた!」
「……………………………………………………。」
(………好きで婚約した訳ではないわ。……彼も、私も)
ジャックにはもっと相応しい相手がいるに違いないし、自分だって、彼が持つ『王家への忠誠心』を利用して結婚にまで持ち込もうだなんて、大それたことは考えられない。
ゆえに、何とか婚約を解消させようと四苦八苦しているところなのに!
ケイトはそんなことなど全く知らずに楽しげだ。…ジャックと自分に提供されている表向きのストーリーが、あまりにもロマンティックだからかもしれない。
………ジトリ、と目線をやるクロエに対し、ケイトはフフンと笑って見せた。
「そんな怖いお顔をしてみせても、私は慄きませんことよ!それは貴女が『まずい』と思ったときに、相手を退かせようとして使う手だと、私は見抜いておりますからね」
そう言ったケイトに、クロエは「はあ…………」と深いため息をつく。
「違うわ。……あなたの無遠慮さに、本気で辟易しているのよ」
「えっ………!!!!す、すみません…………ッ!!!!」
と、ケイトはかぁっと顔を赤らめ、慌てたように謝った。
「…はあ……私って本当、なんでこう………。ただ普通にお喋りがしたいだけなのに……」
そう言って、ケイトがしょんぼりと肩を落とす。
「今のはてっきり、好きなひとのお話をする流れかと……」
「…あら。やっぱり『好き』なのね??」
両眉を上げてすっとぼけるように問うと、「~~~~っああもう!ですから、違いますってぇ!!」と、ケイトが嘆いた。
◇◇◇
お茶会の最後、「とにかく!今はヴォルフ・マーナガラムを連れ戻さないと、アル様も帰ってこないしユース様も元気がない!そんなのは嫌です」と語ったケイト。彼女はアイロワ侯爵家のコネも使って、ヴォルフの捜索を試してみるようだ。
クロエも実家との連絡がしづらい状況でなければ、アリアナのためにそうした協力の仕方が出来たのだけれど。
(………今の私じゃ、何も出来ないわね)
と、タウンハウスへの帰り道を歩きながら、クロエは考える。
「…………………」
──────そして、進路を変えた。
(…………………何もしないよりはマシよね)
そう思いつつ、ある空き家の扉を開ける。そこは父の動向を監視するために別の名義で買い取っておいた、国内にいくつかある物件の内の1つだった。
父の企みが瓦解した今は、「特に出番などない」と思っていたのだけど。
クロエはその空き家にある家具………古ぼけた空の本棚をずらして、隠し部屋に入る。
そこにはずらりと『衣装』が並べられていた。
そしてそれぞれに、専用のメイク道具と香水がある。
(───────この格好も)
もう、出る幕などないと思っていた。
けれど、もし誰かのためになるなら………まだこの『役』を演じてみても、良いのかもしれない。
クロエはいくつかある中から、1つのかつらを選び取る。自分の地毛より少し暗い金髪のかつらだ。
本当はもっと無難で地味な色味のものが良いのだけど、あまりに地毛との違いがあると、はみ出したときにかつらだとばれてしまうので、これはしょうがない。
クロエはメイクを落とし服を着替え、さらに新しく『役』のメイクを施してからかつらを着けた。見えないように、けれど厳重に髪止めを着け、かつらが落ちないかを確認したら完了である。
……うん。完全に移民風の男の子だ。
(……ひとまずはマーナガラムさん自身のことをざっと調べてみようかしら…)
などと考えながら、空き家を後にしようとした………その時。
「──────君!」
…………………背後から聞き覚えのある声が響いて、クロエは驚く。…だが、それをおくびにも出さずただ歩き去ろうとした────だって、その人がここにいる理由も、今の『役』を見つける理由もなかったから。
なのに、後ろから足音がどんどん近付いてくる。
……信じられない。心臓が張り裂けそうだ。
「君だよっ?…金髪の君!」
「…………」
遂に呼び止められ振り返ると、そこにはクロエの婚約者────ジャック・ロープその人が佇んでいた。
「君。こんなところで何してるの??」
「………………………」
(……………あなたこそ)
───────まさか、つけられていた??
そんな思考がサッと頭を過り、クロエはゾッとする。
自分はジャックのことを、『王命に逆らえない哀れな被害者』だと思ってきた。だってそうでなければ、彼が自分と婚約したがる理由がないから。
(なのになぜ………)
急に、目の前の『ジャック・ロープ』という人の輪郭が朧気に思えてきて、クロエは恐ろしくなる。…………彼は、明らかに不審だ。
「……………………………」
黙りこくったクロエに、先程まで無表情だったジャックがにこっと笑った。
「…俺、今は制服着てないんだけど………ほらっ!見て、騎士なんだ」
「ジャック・ロープって言います」。そう言って、ジャックが懐から差し出してきたのは騎士の身分証だった。
「最近、青少年の犯罪が増えててね…。右も左も分からない子供にお金を握らせて、良くない物の運び屋をさせたりする大人がいるんだ。……それを取り締まるために、私服で警戒中だったんだけど」
「………………………」
「……君は、そういう人に心当たりないかな??それか、友達にそういう仕事を引き受けたって子はいない??」
「………………………」
身分証を戻しながら言うジャックに、クロエは少しホッとした。……少なくとも、こちらの正体はバレていないようだ。
「君は、この辺結構長いの??俺たち、少しでも情報が欲しくて……良ければ、詳しく話を聞かせて貰えないかな。お礼に何でもご飯をご馳走するよ!」
そう提案してきたジャックに、クロエは困ってしまう。こんなもの、とっとと逃げるが吉だが……。
…多分、彼はまだ言っていないだけで、ほんとは少し自分を疑っているのだと思う───向こう見ずな運び屋として。
だから、断ったら代わりに身体検査を要求されるかもしれない。変声も変装も演技にも自信はあるけれど、さすがに触って確かめられたら、服の肩に入っているパッドやかつらにも気づかれてしまうだろう。
悩んでいると、ハッとしたジャックが口を開いた。
「…あ。もしかしてこっちの出身じゃない??そうだ!俺、北の言葉だったら少し話せるよ!
えーと…【一緒に行こう!俺と】……【食べ物、いっぱい】」
「………」
「【美味しいよ】。特に俺のおすすめは……んーと…【パンとパン!合わせる】……えっと。
………はあ、これ向こうの言葉でなんて言うんだっけ…??」
と、一生懸命コミュニケーションを計ろうとするジャックに、クロエはほんの少しだけ目元を緩めた。
「……………『サンドウィッチ』??」
「そうそれ!───って、何だ。アスガルズ語わかるんだな。無口なだけだったのか」
パン!と手を叩いて言ったジャックに、クロエはちょっと気まずくなる。
「いや、初対面の人間にはペラペラと自分のことを喋るもんじゃない……用心深くて賢いんだな、君は」
と、ジャックが笑った。
「それより、どう?俺の店、来る?ここよりは安心して時間を過ごせると思うけど………」
もう一度問われて、クロエは考える。
身体検査さえ躱してしまえばこちらのものだ。
それに、以前のお茶会でアリアナが言っていた。彼女は『気配を読む』ことで人を識別出来たりするそうだが、ジャックはそういう能力じゃない。確か……『耳が良い』のだ。
「それぐらいなら、自分が『クロエ』だとは分からないはずだ」………と、クロエはジャックの能力を過小評価した。
というか、今さら逃げ出したところで、自分の体力じゃ騎士のジャックから逃げ切れない。
クロエは静かに覚悟を決めた。
「……行く」
「そっか、ありがとう助かるよ!───君の名前は?」
「…………………………『ソロ』」
「ソロか!良い名前だな」と言って、ジャックが笑った。
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