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兎騎士は尾行する

 ジャックが第2小隊長室に呼び出されたその時、ヴォルフの誘拐事件発生から、実に5日が経過していた。


 部屋の主であるベルガレットが浮かない顔で長い前髪を乱雑にかき上げる。

 彼が眉を寄せて俯くと、眉間や目の下を走る皺の影がより濃くなり、厳格な雰囲気が増したように思えてジャックは息が詰まった。


「………アールブ公国では、未だに進捗ありませんか」

「…ああ。今朝方アリアナから定期連絡があったが…<Strix>のブラックリストに載ってる人物は、全て空振りだったみたいだ」


 アリアナとレイバンはアールブへの入国後、「謎の男」の情報を元に、男性名でブラックリスト入りしている公国内の人間を、重点的に洗っていた。同時に、公国へと渡っていたマーナガラム商会の別動隊が、女性名でリストに登録されていた人間についても調べを進め、更にはヴァナン王国に留まった方の商会の面々も、他国のブラックリスト該当者についてそれぞれ調べを行っていたのだ。

 しかし────そうしても、有益な情報が得られることはなかった。


「アリアナがいつもの要領で、ギルドの受付係を抱き込んだらしい。彼は引き続き、怪しい依頼が入れば依頼主の情報を共有してくれるそうだ……。

アリアナはブラックリストの内容をもう一度確認し直すと言っている。

『まだ洗い残しがあるのかもしれない』、『最初よりもヴォルフに近付いているのは確かだ』、と。そうは言ってたが………あれは、相当気落ちしていたな…」

「…、…そう、ですか……」


 アリアナからの報告を、直接受けたベルガレットである。彼女の前向きな言葉の裏にある大きな失意を、ありありと感じたのだろう……そんな彼の声も、とても暗かった。


 ………それとは裏腹に、小隊長室の窓から見える景色はひどく長閑で明るい。いつも通りの訓練を行う騎士達の掛け声が、一際大きく聞こえてきた気がした。昼の休憩まで、後もうひと頑張りだからだろうか?いや、それだけではない。


 ジャックは沈黙が降りた部屋の中で、静かに口を開いた。


「小隊長は……この事件をどう見ておられますか?」

「……『どう』といわれても…『情報が少なすぎる』と言うのが本音だが………」


 そうため息を吐いてから、ベルガレットは指を3本立てた。


「…まず『商会長の誘拐』という事実から、考えられるシナリオは3つある。

1つめは、マーナガラム商会の内輪揉め。

2つめは、商会の競合他社による妨害行為。

3つめは、貴族による商人の排斥行為」


 ふむ、とジャックは口元に手を当てる。


「1つめは、ヴォルフさんが先手を打っていたんですよね」

「ああ。そして2つめも可能性は低い。レイバン君は競合となる他社に不審な動きがないかを、定期的にチェックしているそうだ。ずっと前からな。だから、今回のような動きをすればすぐ分かる。

それに、今はアハルティカ君が経営を回しているおかげでマーナガラム商会はヴォルフ君の不在を隠蔽出来ている………。もし、この事件が他社からの妨害行為なら、既に『商会長不在』という事実が公になるよう働きかけているはずだ」


 「でなければ、ヴォルフ君を誘拐した意味がない」と、ベルガレットは言う。


「では………3つめの可能性が一番高い、と??」

「ああ、だが……釈然とはしない」

「なぜです?」

「アスガルズ貴族が世界にもたらす影響は、決して小さくない…。ヴォルフ君がそんなアスガルズ貴族のアリアナと結婚したことによって、諸国の貴族が商人に対して危機感を強めることは、ある程度予想出来たことだ……。

しかし、妙な点がある。アールブ公国に、マーナガラム商会の手はまだ入っていない」

「…なるほど」


(現実的な『危機感』を抱く貴族が、()()()()()()()()()()()()()()()()()───ということか)


「俺はこれでも貴族の端くれだ。だから、もしこの事件の筋書きが3つめの通りなのだとしたら、少なからず捜索の役に立てるだろう───と、そう思っていたんだがな」


 チッ、と舌打ちしながらそう言われ、ジャックは首を傾げた。


「フェルビーク公爵家は身綺麗にすることだけには力を入れててね。…………誘拐や薬物使用に躊躇のないような貴族家とは、関わりがなかったんだ」


 「全く、肝心な時に役に立たない」と、ベルガレットが毒づく。


「その上、俺が『公爵家次男』として怪しい連中に探りを入れようとしても、騎士団関係者だからか奴ら尻尾を見せない───というか、寄り付いてもこないんだ。ックソ!」


 と、俯いて頭を掻きむしったベルガレットがパッと髪を手で払いのけながら顔を上げた。


「そこで、お前の出番だ。ジャック」


 「えっ?!?!」と、ジャックは思わず素頓狂な声を出す。全く予想していなかったタイミングで、自分の名前が飛び出してきたからだ。ジャックは、おずおずと言葉を続けた。


「えーっと……。確かに俺、ちょっと前から貴族になりましたけど……。弱小も弱小ですし、しかも俺だって騎士ですし………」


 言うと、すぐに「そうじゃない」と、切り返される。そして、ベルガレットはニヤリと口端を持ち上げた。


「今さら知り合わなくて良い…もういるだろう。

───元々真っ黒だった家の奴が」


 ハッ!とジャックが息を飲む。……そして、警戒するように上司の瞳を見つめ返した。



「……俺の婚約者を『()()()()』と??」


「違う。『()()()()()』と言っているんだ」



 「どうせお前はこの後も()()対応だろ」と続けられ、ジャックは堪らず泣き言を言う。


「無理ですよ~~……っ。婚約出来たのさえ奇跡みたいなもので……!俺、徹底的に避けられてるんですから!!」


 そんな様子を見ても、ベルガレットは何もかも見透かしたような顔でフン、と鼻を鳴らすだけだった。


「対象者を懐柔できないような騎士に、お前を育てたつもりはないぞ。ジャック」




◇◇◇




(無茶言ってくれるよなぁ……正面から守らせても貰えてないのに、『懐柔』なんて…)


 第2小隊長室を出たジャックは、そう思いながらも私服に着替え、早速例の婚約者───クロエ・スカーヴィズ・オトテールの元へと向かっていた。


 『向かっていた』、と言っても会う約束をしているのではない。いわゆる尾行だ。

 国王も行政に携わる文官たちも、未だクロエを『国家反逆未遂者の娘』として、厳しくマークしている。彼女が父に何らかの連絡を取ったり、あるいは父に代わって反逆を成し遂げねばと考えたりしないよう、警戒を強めているのだ。


 ジャックは、先日までに知り得た情報をもう一度頭の中でおさらいした。

 確か、クロエはこの時間までご令嬢友達とお茶会の予定だ。そうそう、もう少し先に行った所、少し高台にあるお高めのカフェ。会っているのは………ケイト・ロヴン・アイロワ侯爵令嬢、だったか?


 ジャックはカフェからの音が聞こえるギリギリの範囲まで歩を進め、適当な建物の影に身を隠した。

 壁に背を預け、じっと耳を澄ませる…。目的の人がまだ店内に居るのかどうか……それを確かめるためである。



(────────!オトテール様だ)


 威風堂々とした、ヒールを打ち鳴らす優雅な足音。

 店から聞こえるカツ、カツ、という音は、彼女が普通に歩く時の歩調に一致する。…やや右足の靴音が大きい。左足は、少し爪先を擦るように歩いてしまう癖。

 ジャックはクロエの顔色なども確認するために、ほんの一瞬だけ顔を覗かせた。


「では、ごきげんよう」


 そんなお淑やかもここに極まれりな「さよなら」を述べつつ、クロエが姿を現す。

 日に焼け切った自分からすると心配に思えるほど真っ白い肌、吊り上がって存在感が強い目元、さらさらに整い過ぎて触ることも戸惑われてしまうような白金の髪。


 アリアナほどではないが、クロエは背が高い。シュッとした体に「一体いくらするんだろう…」とよそ事を考えてしまうぐらい高そうなドレスを纏った彼女は、正直王都の賑やかさにはまったく馴染んでいなかった。

 彼女はどこか豪奢な城の一室で、大きなシャンデリアの下、赤いベルベットの敷物を差し色にソファへ腰掛けワイングラスでも傾けている方が似合いそうなものだ…。…と、ジャックは平民なりに『多分なんかすっごいゴージャス!』と思える空間の中へ、想像のクロエを当て込んだ。


 ジャックは一歩足を踏み出す。彼女が、その空想の中で何かとてつもなくワルい奴と密談を始めるのはちょっと似合いだけど、多分現実のクロエはそうじゃない……。

 その勘を信じるためにも、彼女をきちんと追跡しなければ。今日までのように、真っ直ぐ王都のタウンハウスへ帰ってくれると良いのだけど。


 そう思いながら、姿も見えない程遠くでクロエの音だけを聞きつつ、彼女に続いて街角をいくつか曲がった時だった。

 クロエの足音が、ほんの少しだけ速く、小さくなって方向を変えた。…………暗い細道の方へ。


「……!」


 ジャックは駆け出す。

 ギクリ、とした。

 …まさか、そんな。クロエが。


 ぴょんぴょんと裏道の障害物を飛び越えるようにして、ジャックは最短距離を突き進む。彼女の行く道を先回りするのは、王都を警らしその地形を把握し尽くしている騎士にとって簡単なことだ。



((─────────ギィ……))


 と。クロエがとある建物の扉を開く音がしたのと、ジャックがその光景を目に収めたのは同時だった。


 彼女は扉の隙間に身を滑り込ませる。


 ごく小さな音でパタンと閉じた扉を、ジャックはただ見つめることしか出来なかった。

 クロエが不審な動きをしているのは確かだが、現段階で彼女を反逆予備軍だと断定し、建物内へ踏み込むのは不可能だ。だって、その建物はどうやら空き家のようで、特にクロエ以外に動く音は聞こえないのだから。


(……ただ迷って、道を聞くために手近な家へ入ってみただけかもしれないし……)


 などと、馬鹿げた考えをし出した自分を脳内で殴り付ける。

 どこまでアホなんだ。クロエは内戦を防ぐために父を摘発した───その事実を知ってるからって、対象者にあからさまな肩入れをするなんて。…いや、それとも「ヴォルフを見つけるのに力を貸して欲しい」と思っているから、「本当はクロエが正義の心を宿した人間なのだ」と信じたいのか。


 葛藤し、「だが今出来るのは、彼女の出方を伺うことだけだ」──と気持ちを切り変え集中しようとしたその時。


 ギィッと扉が音を立て、中から一人の人間が出てくる。



 薄いそばかすのある、細身の少年だ。身長や体格から見るに、多分15、6歳か。



 ジャックの頭は混乱する。



(……いいや。だって『彼』、いや『彼女』は─────………)





ここまでお読み下さり、ありがとうございます!

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