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鹿騎士は影を追う

「ふーっ、無事に山を越えられたね。君たちのおかげだ」


 「これで依頼は終了だよ」と言いながら、アリアナは依頼書にサインをし、上乗せでチップを手渡した。

 それを奇妙な面持ちで受け取ったのは、わずかに頬を腫らした元山賊の頭領…………シンだ。


「………アンタが初めての依頼主になるなんて、変な縁だ」

「あはは、そうだね」


 アリアナとレイバンが締め上げた3人の元山賊は、ギルドの傭兵として受ける初めての任務───「国境越えの支援」を無事まっとうしてくれた。

 国境越えの一行には、元山賊のシン、ボク、センの他に、アリアナとレイバン、そしてマーナガラム商会の面々が10名程含まれている。


「この人数を、この速さで山に上げるのは相当の手練れでないと不可能だった。君たちはそっちの線で依頼に需要がありそうだね??」


 「この調子で、メンバー皆活躍出来るといいな」とアリアナが言うと、シンはしかめっ面で頭をボリボリ掻いた。


「昨日の夜は───慣れない場所で、眠りにすらつけねぇヤツも多かった。特に若い連中は『山に帰りてぇ』ってメソメソしちまってよ。庭で寝ようとするヤツもいたよ」


 「せっかくアンタにギルドへ繋いで貰ったのに、泣き言ばっか言いやがって……」と、シンは少しイライラとしているようだ。「ギルドに戻ったら、根性入れ直してやる!」と宣言する。


 それを見て、アリアナは言った。


「帰ればいいじゃないか。いつでも」


「「「…え?!?!」」」


 驚いて声を上げたのは、シンと──話を聞きながらちょっと気まずそうに目線をキョロキョロさせていた、ボクとセンだ。


 アリアナはくすくすと笑う。


「僕の母は身体が弱くてね………。僕が生まれてしばらくの頃は、今よりもっと悪かったんだ。

夏になる度ご飯が喉を通らなくなって、どんどん弱っていく───父はそんな母を暑い南の地に留まらせるのが心配で、夏は北にある母の故郷まで送り届けて様子を見るんだけど、今度は北の食事が合わなくて、父の体調が悪くなる。それで、夏は1ヶ月も夫婦一緒にいられないんだ」


 アリアナは当時のことを思い出した。父は至極寂しそうな顔で1人帰って来ては、自分の顔を見た途端「父上がこんな調子ではいけないね。お前だって母上に会いたいだろうに……」と言って、無理に作った笑顔でたくさん頭を撫でてくれた。

 母と離れるのはとても悲しかったけれど、事情があるのは分かっていたし、父がいたから、母の帰ってくる冬前がいつも楽しみだった。


「父と母は、北と南を行ったり来たりする関係が妙だと思っていたようだけど、僕はそうは思わなかったな」

「…………………」

「環境を変えるのには勇気がいる。勢いと体力もね。その分、不安や抵抗を感じるのも当然さ!

それよりも大事なことは、居るだけでいつでも安心出来るような『帰る場所』があると言うことだ。

若い仲間にとって、まだそこが『山』なら、いつ帰ったっていい」


 黙り込んでしまったシンに、アリアナは近づいてポン、と彼の肩を叩く。


「いつか、君自身が仲間たちの『帰る場所』になれたらいいな」


 にこりと笑ったアリアナが言うと、シンはわずかに顔を上げ、眉をしかめた。


「……あと、誤解のないように言うが、僕が君らをギルドのある町へ連れ出したのは、()()()()()()犯罪行為をこれ以上繰り返させないようにするためだ。『山から下ろしたかったから』じゃないよ」


 と、アリアナは噛んで含めるように伝える。


「<Strix>は慈善活動団体じゃない…………切るべき人間は、予めきちんと切っている…」


 「例えば、おたずね者なんかをね」とアリアナが続けると、シンたちは居心地が悪そうに身動ぎした。


「『この山に山賊が住み着いている』というのは、付近じゃ有名な話だったみたいだね。旅人が襲われると言うのも、ほんとの話だった。君たちのしてきたことは許されない」

「……………………」

「でも、君たちは自分なりの『掟』を守り、一般人を襲うことはしなかった。だろう??そのおかげで、後ろ暗いところのある被害者たちは、騎士団に届出を出さなかったんだ。だから、<Strix>にも面が割れてなかったんだよ」


 「君たちが『おたずね者』になってたら、僕が紹介したとしても、きっと断られてたぞ」とアリアナは呆れたように苦笑う。


「僕のおかげじゃなく、君たちの運が良かったんだ。あともう一歩、頭領(きみ)の判断が早かったら、未来は大きく違っていた」

「……………………」



 シンは、こちらの出方を窺っているみたいだった。…『もしも』の未来を、責められていると思ったのかもしれない。


 アリアナは、にっこりと笑って手を差し出した。



「君に、会えて良かった」


「…!……………」



 こちらの手を凝視した後………。

 …シンは、少し痛いと感じる程の力で、アリアナの手を握り返した。


「…また何かあったら呼んでくれ。俺たちはあんたらの恩に、必ず報いてみせる」

「──ふふ。一晩にして頼もしい傭兵になったな…」

「しかも、なかなか商売上手だ」

「馬鹿が……恩人から金なんて取らねぇ!!」


 横から口を挟んだレイバンに噛みついてから、シン達は来た道を戻っていった。片腕を振り上げ、お別れと、お互いの門出を祝い合う。見る見る間に遠退いていった影をいつまでも眺めながら、アリアナはそれが森の輪郭に吸い込まれていくのをしっかりと見届けた。




◇◇◇




「───最後にジョーンズ。お前は、あの道を通ってる薬の密売組織について、調査を進めてくれ」

「はい、分かりました。レイバンさん」


 アリアナ達は関所へ周り、無事アールブ公国への入国手続きを終えていた。

 レイバンは、山を越えたメンバー1人1人にさくさくと指示を飛ばし、それを聞き終えた者達が1人、また1人と順に雨の中へ消えていく。最後に、ジョーンズが身を翻すようにして建物の影に飛び込み、残ったのはアリアナとレイバンの2人だけになった。


「…………………」


 アリアナが物言いたげにレイバンへ目線をやる。それに気づいたレイバンが苦笑いして、訊ねる前に答えてくれた。


「今のは、マーケティング部の中でも俺の直属の人間です。構成員は、ヴォルフが解散させたマフィア上がりが多くて。情報の集め方も、俺が直接しこんだ奴らです。成果は期待出来ますよ」


 そう言ったレイバンのすぐ隣───何の変哲もない公衆電話が急に鳴り始めた。


「はい」


 家の電話を取るかのように自然な動きで、レイバンが受話器を持ち上げる。アリアナが驚いて目を丸くさせていることに今気づいたらしいレイバンが、これまたくすくすと苦笑した。


「ああ、ああ……それで?…………そうか。いや、よくやった。

じゃあそのまま海に────いや、生け簀に入れとけ。ヴォルフが帰ったら処遇を決めよう」


 通話中、チラリとだけこちらと目が合ったレイバン。それからもう一言ふた言言葉を交わした後、レイバンが受話器を下ろした。


「ええと……さっそく、ヴォルフを助けた後のお祝いの話??…念のため伝えておくけど、彼はどちらかと言えば魚よりも肉派みたいなんだが…」


 「今のは知り合いからだったのか??」と訊ねるのももう何か違う気がしてそう言うと、「そうですか、じゃあメニューを考え直さないとな」なんてレイバンが返してくる。


「………ところで…アリーは覚えてますか?……レックスと言う男を」

「え?あ、ああ。覚えてるよ。決起集会に来ていた男性だ。今は出向中の……」

「はい、そうです。今回の誘拐事件は、部外に公開していない予定───『ヴァナン王国の工場視察』のタイミングで起きましたから、内部の人間が情報を漏らしたことは確実でした。なので、反乱分子達を中心に該当者がいないか当たっていたのですが───奴がそうだったみたいです」

「……!!じゃ、じゃあ……っ、彼が逆恨みしてヴォルフを……?!」

「いや。こちらはそのリスクを読んで、手を打っていますので………家族が大事なら、それをすることはないはずです。

ただ……レックスはとある酒場で、視察の情報を他人に話したそうで」

「そ、その人物は一体……?!?!」


 気が急いてアリアナが問うと、レイバンは頭を横に振った。


「気分よく飲まされたそうで、『しこたま酔っていたから顔は覚えていない』、と」

「………そんな……」


 まるで、ミステリアスな美女が仕掛けるハニートラップの手口だ。いやしかし、レックスだって一流の商会に勤める社員で、当然企業スパイなどへの警戒は常にしていたはず……………。


「………あ。……………ということは、」


「ええ……レックスは覚えていないようですが………。

おそらく、相手は『男』ですね」



 レイバンはギルドの受付係から譲り受けたブラックリストの中から、男の名前を全て抜き出した。


 ヴォルフが誘拐されたと見られる時間から、すでに丸1日と半分が経っている。

 アリアナとレイバンは、引き続き<Strix>の傭兵としてアールブに潜伏し、ブラックリストの中から選び抜かれた名前の軌跡を追って行く───それが、酒場に現れたという『謎の男』の影に繋がっていると信じて。





読んで下さりありがとうございます。

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