鹿騎士は乗り越える
───いよいよ村へと近づいてきた山賊達の気配をアリアナが読み取って、ほぼ崖と言って差し支えのない斜面を音もなく駆け降り、彼らの背後を取ったのが、3分前。
「………さて。しばらくはそうして大人しくしていてもらおうか?」
「クッ……!この………っ!!!」
「と、頭領……!」
毛むくじゃらの髭をもってしても分かるくらいに左頬を腫らした男が、アリアナを睨み付けてくる。文字通りお縄となっているのに、闘争心は未だ消えていないようだ。
誓って、端から男に怪我をさせようとしていた訳ではない……。「やあ」とアリアナが声を掛けたところ、驚いた彼が振り向き様にこちらを殴ろうとしてきたので、咄嗟に応戦してしまったのである。…話合いで解決出来たら一番良かったのだけど。
山の深くにはまだまだ仲間がいると思うが───取り敢えず、今いる山賊たちは3人だけだ。
彼らが持っていた縄で、最後の1人を縛り上げたレイバンが、パンパンと手の塵を払う。どうやらレイバンには、優れた情報屋としての能力以外にも<大鴉>時代に培ったたくさんの知恵があるらしく、今回の制圧にも大いに力を貸してくれた。おそらく騎士見習いぐらいの力は有しているだろう……世界で屈指の武力を誇るアスガルズの基準で、である。実に頼もしい、新たな相棒だ。
「オイ、てめぇら!何の権利があって!俺らにこんなことをするんだ!!何もやってないのに!!」
「『まだ』何も、だろう??現に君たち、こそこそと村の食料庫に向かってたじゃないか」
「…ハア??そんなもん知るか!!濡れ衣だ!」
「……分かった、ただの散歩中だったのなら謝るよ。でも、これが濡れ衣だったとして、昼間に村の若者達を襲ったのは君らで間違いないだろう?言い逃れは無用だ、こっちは被害者に面通しをしてもらったっていい。………僕は君たちを討伐するよう、村の人々から依頼を受けているんだ」
アリアナがそう言うと、頬を痛めた男───山賊達の頭領と思われる男が吠えた。
「このクソ餓鬼!!たかだか雇われの傭兵が──今に見てろよ、その偉そうな口ズタズタに引き裂いてやるからな!!!」
「……」
はあ…、とアリアナはため息をつく。
実は、自分がこうして性別を偽るのは初めてではない──騎士団での作戦中など、偵察隊の一員として変装はたまに使う手だったのだ。
本来の性別で通すよりもいろんなリスクを回避出来るのは事実だが、男性に扮したらそれはそれでより若く見えてしまうらしく、今みたいに「ガキ」だの何だのと意見を軽んじられてしまうことがままある…。
「子供ではなく、あなたと同じ成人した分別のある大人ですよ」とよっぽど言い返したいが、変装中はそうもいかない。
どうしたものか…とアリアナが黙ったところで、レイバンが山賊の前にしゃがみ込んだ。
「おいおい……何を言ってんだ?お前こそ、このご立派な口をちゃーんと使って、意味のある言葉だけを喋れよ?………ああ、それとももらった一撃で顎が外れちまったのか??──なら俺が嵌めてやるよ、ホラ!うっかり舌ァ噛むなよ!!?」
「うゲっ……グゥう!───ヒイィ゛…ッ」
レイバンが指先を鉤爪のように使いながら、頭領の顎先を掴む。両の頬に爪をめり込ませたまま、レイバンはガクガクと頭領の頭を揺さぶった。脳味噌がグラついているのだろう、彼はカエルのように鳴くことしか出来ない。
「───ま、待て待てレイ!これ以上の武力行使は過剰だよっ!」
本当に舌を噛んでしまいそうな勢いの頭領を見て、アリアナは慌ててレイバンを止めた。
「ね?君がそこまでしなくていい───後は、下にいる騎士達に任せよう」
「「「……!!」」」
アリアナがそう言うと、山賊達は顔色を変えた。
現在、土砂崩れの復旧作業に、多くの騎士らが乗り出している。それどころか役所の職員から近隣の若い村人たちまで、皆が一丸となり夜通し作業を行っているのだ。故に人手が足りず、この山賊達の蛮行が罷り通ってしまいそうになった。
…でも、迷惑行為に走る者達をこちらから引っ捕らえて突き出す分には、喜んでその後の処置を引き受けてくれるだろう…。
「…………………………ま。待ってくれ…………」
頭領がそう絞り出すように言ったのは、彼がぎゅっと眼を瞑った後だった。
「いつもは山に暮らす村人を襲ったりなんてしねェ……本当だ。昼間のは不可抗力だったんだよ………。台風のせいで旅人は通らないし、騎士がウヨウヨしてるせいで、山も下りられなくて……………」
ようやく、喧嘩腰にならずにちゃんと話をしてくれる気になったらしい。アリアナは黙って頭領の言葉に耳を傾けた。
「……俺たちは…、…全員身なし子だ。俺自身は覚えてもねぇけど、こいつらがそうだったから分かる……。ある日ごみを不法投棄するみたいにして、山に棄てられてたんだ。……だから下界での常識も教養も何一つありゃしねえ……けどッ!!」
と、山賊はアリアナを見つめた。その瞳は、潤んでいるように思える。
「そんな俺らだって、生きるために……やんなきゃだめなことがある!!」
「へえ?それが、旅人を脅しつけて金品を奪うことだ、ってか」
と、バッサリ切り捨てたのはレイバンだ。「お前みたいなクズの扱いは心得ている」と言わんばかりの冷えた声である。
頭領は顔を真っ青にさせて言い募った。
「っち、違う!奴らはただの旅人じゃないんだ!……国境の検問をすり抜けて………違法なヤクを運ぶ、犯罪者なんだよ!!だから……」
「──自分達がしてることのクソさ加減が相殺されるって??相手もクソだから??……ふむ……、なかなか便利そうな理論だ」
レイバンの取り付く島もない言い種に観念したのだろう。頭領は震えながら言った。
「……………………~~~ッ分かった!!!もう今後一切やめるよ!!!そんで俺が出頭する!!!それであんたらは依頼達成、満足だろ!
だからどうか……っ、コイツらと仲間を騎士団に引き渡すのだけは…………!」
「「頭領……!!」」
「あ??んなやッすい泣き落としが通じると思ってんのか??」と言い出し兼ねないレイバンを、アリアナは片腕で制した。
◇◇◇
「…………………にわかには信じがたいねぇ。
依頼は30件近くあったはずだ………それを一晩も掛けずに、全部終わらせただって???」
「はい」
そう返事をして、アリアナは疑わしそうな男の前に依頼書の束を差し出した。…全て、『完了』を認める依頼主のサイン付きだ。
ヴァナン王国周辺を活動地域とする最大手ギルド、<Strix>。そこの受付係と言葉を交わすのは今朝ぶりである。現在時刻は20時過ぎだ。
「……………………」
「そしてこれは村の人達から頂いた感謝のお手紙で、こっちはお礼の手作りお菓子………で、こっちは、」
「──分かった分かったアル君!テキトー言ってんじゃないって信じますよ!」
「……………こっちは。追加で頂いた分の報酬です」
「!…………」
ジャリ………と重い音を立てる袋。それを、アリアナはカウンターに置いた。これまたゴトリ、と重たい音が鳴る。
目を丸くした受付係が、お金の入った袋を眺めたあと、そのままこちらを見上げる。
「………………」
「………………」
「「………………」」
……しばらく見つめ合った後だ。そろり…と受付係が手を伸ばし、袋を取ろうとした。
「待った。」
「…!」
「代わりと言っては何ですが、相談が」
「………なァに~?」
「<Strix>に登録のある傭兵は、ギルドの管理する施設を自由に利用させて頂けるんでしたよね?」
「………そうだけど……?」
「良かった。では、寮を使わせて下さい。空きはありますか??─────僕とレイを含めて、27名分」
そう言ったアリアナに一瞬表情を固めた後、受付係は笑った。
「…参っちゃうな~、てっきりアンタのお仲間かと思ったのに。こんなたくさん、登録希望者連れてきちゃったの~??」
「これじゃ受付の営業時間回っちゃうんだけど??もー、今回だけ特別だよ~?」と受付係が言う。アリアナが「感謝します」と返すと、彼はテキパキと何ヵ所かある受付にそれぞれ希望者を割り振った───『元』山賊たち全員を、である。
くったりとはしているけどちゃんとワイシャツを着込んだ受付の担当者と対峙すると、元山賊の皆はアンバランスさが際立つ。木の皮などで作った服を着ていることや、おっかなびっくりしているせいもあって、さながら山から下りてきた野生動物かのようである……。きっと、彼らは新しいところにやって来たせいで、かつてない緊張状態のはず。…それでも代わりに、今まで経験したことのない新たな働き方が、ここで出来るようになるかもしれないのだ。
アリアナは彼らがいつか、今みたいに心や身体を強張らせず暮らせるようにと祈った。
「──はい、じゃ君らは寮の宿泊申請書書いてもらうから。裏に来てくれる??」
「はい!」
受付係に呼ばれたアリアナとレイバン。
2人は揃って受付カウンターと広間を仕切るスイングドアを通り抜けた。
「ねえ、アル君」
「はい?」
「アンタ、『騎士』でしょ」
「…!」
廊下の途中でそう言われ、アリアナは目を見開く。
その沈黙を答えと取ったようで、受付係はニヤリと笑った。
「だよねぇ。まあ、あのルーカスさんの紹介だもんね」
「………『あのルーカスさん』??」
と、聞き返すと受付係は「有名だよ~」と返してくる。
「今はあのアスガルズ王国で、騎士団のお偉いさんやってんでしょ??すごいよね、『孤児でも腕さえ立てば、王族に重用して貰える』って皆に証明して見せたんだよ」
「『アスガルズドリーム』ってやつだね」。そんな風に、受付係が話を進める。
「それがうちのギルド所属だった、ってんでしょ。彼がアスガルズ国籍を貰った当時は、登録希望者がわんさか押し寄せてね~。ま、俺もその1人なんだけど。…さっきはさ、その時のことをチラ~っと思い出しちゃった」
先導していた受付係がピタリと足を止めた。とある部屋に入ったあと、棚の鍵を開け何かを探る───そして振り返り、紙の束をこちらに突き出した。
「はい、これ」
「えっ…?………こ、これは??」
「まさか、また依頼書か」と危惧したアリアナに、受付係は言ってのける。
「ブラックリスト」
「え?!」と予想していなかった言葉に驚くアリアナ。それに構わず、受付係が言った。
「─────アンタは『信用』に値する。だから、これを託す」
黙ったアリアナの代わりに、レイバンが問う。
「ギルドに依頼してくる顧客の中でも、より犯罪に関わっている可能性が高い人間のリスト……ってことだな?」
「そ。あ、言っとくけどねえ。<Strix>はそーゆーの、ちゃんと受付時点で弾いてんだからね?グレーは引き受けるけど、真っクロけは断る。どんだけ高額の依頼でもね。『うちの登録者にキナ臭い仕事はさせない』。その位の見境はあんのよ」
と、受付係は噛んで含めるように言った。
「っても『そんなもん信じられるかーっ』、『どうせ悪事に加担してんでしょー!』って異国の騎士さんに詰められたんじゃ面倒でしょ。だから警戒してたけどさ。アル君は俺のこと信じてくれそう、って思った。だから」
「てか、アンタなら上手いことすりゃお目こぼし……じゃなくて、お人好し……じゃなくて、慈悲を与えてくれそう!だしね」と、何事かモニョモニョ言っている受付係をよそに、レイバンがリストを確認している。ペラペラと流し見たあと、レイバンは笑った。
「そんなこと言って──こんなに細かく情報を取っておいたのは、『反対に依頼主をゆすれるかもしれない』って思ってたからだろ。………お前が抜け目ないおかげで、何とかなりそうだ」
「……!じゃ、じゃあ……」
「ええ。捜索が進展しますよ」
アリアナは飛び上がって喜びたくなるのを何とか押さえた。まだ、大事な恋人の安否が直接確認できた訳ではないのだから。気を引き締めて掛からねば。
「何か分かんないけど、よかったね~。俺が協力した!ってちゃんとルーカスさんに売り込んどいてよ?──じゃ、はい。この宿泊申請書、書き込んでね」
「はい、よく伝えておきます!何から何まで本当にありがとう…!助かりました」
受付係はそんな真っ向からの謝辞に居心地が悪くなったようで、「ま。ま。良いから……まずは名前ね」と話を逸らした。
「……で、宿泊日数だけど………」
そう言われて、アリアナは悩む。
(宿泊日数か……………)
本当は、今すぐにでもお隣のアールブ公国に行きたい。……だが、今日の依頼遂行中にざっと見聞きした感じ、国境を越える道の方にも、土砂崩れなど悪天候の影響が出ていたようだった。復旧にはまだまだ時間が掛かるはずだ。雨が弱まれば、航路で行くという手も出てくる。が、それだっていつになるか………。
「一泊です」
「!」
そんな言葉に、アリアナが振り向く。再度ブラックリストに目を通していたはずのレイバンが、こちらを見ていた。
「元山賊たちに聞いたんです。『国境を越えられる秘密の抜け道がある』、ってね。彼らの言ってた薬の密輸組織に使われてる道です」
「そ、そこは塞がっていないのか?!」
「ええ。ですが大雨で商売上がったりなんでしょう。『ここ数日は誰も通っていない』と」
「すごい…!彼らがよくそんな情報を教えてくれたね?!」
と、アリアナは感心する。
レイバンと元山賊グループ達の関係はかなり険悪に見えたのに。いつそんなに仲良くなったのだろう??
すると、レイバンがクスクス笑った。
「教えてくれたんじゃなく、ギルドへ紹介する引き換えとして奴らから聞き出したんですよ……。…あなたがなんの見返りも無しに彼らを助けようとするので、俺が代わりに聞いときました」
「まだまだ絞れるのに、もったいないでしょう??」、なんてレイバンが言うものだから、アリアナは受付のある広間の方向を見て呟いた。
「な、なんだか……悪いことをしてしまったかな…?」
「いえいえ。向こうも裏のない親切を訝しんでたので、納得の上でこの情報を提供してくれたんです。当然取るべき釣り合いを取らせただけで、何も悪いことしてないですよ。大丈夫です」
肩を竦めるレイバンに、「そ、そうか……」と返すことしか出来ない。
「問題はその道のりです。
あなたは、道が『塞がっていないのか』と聞きましたよね??…………ええ、絶対に塞がらないんですよ」
「………??」
「山の中腹を周るように進むんじゃない……。
────山を、乗り越えるんですよ」
アリアナとレイバンは、<Strix>の寮で一晩英気を養い、日が出る前にはそこを出発していた。
そして大雨の中、アールブとの国境に聳え立つ山へ登頂し、文字通りヴォルフ救出への大きな壁を、ひとつ乗り越えたのだった。
お読み下さりありがとうございます!




