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お狐令嬢は騙る

転生を匂わせるような描写がありますが、世界観を壊すようなものではありませんのでご安心下さい。こちらはあくまでも『鹿騎士と狼商人』の世界で生きている人物達の物語です。

 ケイトとユーストスがとある喫茶店で鉢合わせていた時と同じ頃。

 別の場所で、また1人の少女が人生の転機を迎えていた。



 それを語るためにはまず、時間を少しだけ巻き戻さねばならない。そう、アリアナとその親衛隊とのお茶会が、お開きになった頃に────。




 『クロエ・スカーヴィズ・オトテール』。


 少女は、フラフラ……と町の路地裏に歩を進める令嬢の影に気づいた。あの特徴的な桃色の髪の毛は………ケイト・ロヴン・アイロワだ。


 「お待ちなさい。1人で裏道を彷徨うのは危ないわよ」───と。


 そう引き留めるべきか、クロエは迷った。


「………」


 と言うのも、ケイトがやたらと「自身の行動を制限されることを嫌う」性質の持ち主であることを、クロエは察していたからだ。


 細かな暗黙知やマナーによって縛りつけられている『貴族』という身分にあって、その性格はいかがなものか──と、クロエなどは気掛かりになってしまうのだけれど、ケイトは表向きにこにこ笑ってそれをこなす。……本当は吐きたくなる程、反発しているのにも関わらず、だ。


 昔から人の仕草を観察し、感情を読み取ることに長けていたクロエ。

 そんな自分の目にかかれば、表面上どんなに取り繕われていても、ケイトがただの『良い子』でないことは一目瞭然であった。



(猫被りもそこまでいくと、もやは一芸ね)


 ……まあ自分も、ケイトのことばかり言えたクチではないのだけれど。


「………」


 クロエはそっとケイトの背中から目を逸らす。そして、薄暗がりに消えていく彼女を見なかったことにしてあげた───自由を愛する友人に、1人の時くらいは伸び伸びさせてあげたかったのだ。

 ケイトが、ある程度自衛できるだけの武力を持ち合わせていることも、クロエは知っていた。


 心配を一旦ねじ伏せ、クロエは馬車待ちをするご令嬢方の方へ振り返る。自分は自分で、この後行かなくてはいけないところがあったのだ。


「───では皆様。今日は楽しい時間をありがとう。私はこれで失礼いたします」


 「また次の定例会で」と優雅に言い残し、クロエはその会場から颯爽と姿を消した。





 そうしてやって来たのは、王都でも有名な一流ホテル。……そのレストランだ。


 ……自分以外に、客は1人もいない………その人物を除いて。


「!っようこそ!オトテール公爵令嬢様…!」


 真っ白いテーブルクロスが掛けられた、窓際奥の席。

 そこでクロエを待っていたのは、とある男性だ。

 赤銅色の瞳が煌めき、自分を捉える。彼は直ぐ様席から立ち上がって、こちらに挨拶した。



 ────ジャック・ロープ士爵。


 つい先月、王から爵位を賜った準貴族である。


(………そして、陛下から推薦された私の新しい『婚約者候補』でもある………)



「どうも」


 というこちらの素っ気ない返しにも、相手は嫌な顔1つしなかった。それどころか、クロエが座る席をすっと引いてくれる。……それが当然なことであるみたいに。


(………貴族の礼よりも、接客の方がお得意。…というわけね)


「はあ…………そういうことは給仕の者に任せて、あなたもお座りになったら?」

「え!?あっ……!……はい、すみません」


 「つい癖で……」と、恥ずかしそうにしながら額に汗を滲ませるジャック。「早速下手を打ってしまった!」と思っているのがバレバレの慌てぶりである。……いや。というかそもそも、爵位が格上の令嬢相手に『貴族として』どう接するのが正解なのか、彼には分からないのだろう。


(………無理もないわ。1ヶ月前までは平民だったんだから)


 そんなジャックに、完璧な振る舞いを求める方が酷と言うものだ……それを理解していてもなお、クロエは彼に寄り添おうとはしなかった。


 あたふたするジャックを無視して、席に座る。

 続けて席に着いた彼が、落ち着こうとするみたいに、こほんと1つ咳払いをした。


「あの………今日は来て下さってありがとうございます」

「………。……それは一体、どういうつもり?」

「え?」

「この食事会は、いわば王命よ。あなた、私がそれを無視するような人間だとでも??」


 キリリと吊り上がった目尻をさらに引き上げて、クロエは静かにジャックを睨む。


「い、いえ───っ!!そんなつもりでは……」


 目に見えて狼狽える哀れな男に、クロエは内心で同情した。


(可哀想に………。爵位なんて与えられてしまったばかりに、私みたいなのと……)


「大変、申し訳ありません……」

「もう良いわ」


 そう言って、クロエはジャックから目を逸らした。




 それから数十分が経ち───何枚目かの皿に乗ってやって来たのは、小さめのサンドイッチである。


 クロエが手でそれを掴み口に運ぶと、視線を感じた。


「…レディの食事姿を、そうまじまじと眺めるものではないわ。無礼でしょう」

「あ!…す、すみません。ただちょっと気になって……」


 言われて、クロエは眉を引き上げる。


「………何が?」

「えっと…それ……、」


 ジャックが指差したのは、自分が手に持っているもの。



「お好きだったらいいな、って」


「…………サンドウィッチのこと?」


「そうです。私の実家は店をやってるんですけど、そこの看板料理なんですよ。サンドイッチ」


(……………知ってる)


 と、胸の中でぽつりと呟き、クロエはため息をついた。


「はあ…………もういいかしらね」


 口元をナプキンで軽く拭き、ジャックを見つめる。察した彼が、居ずまいを正した。



「…さっさと用件を申し上げて。これ以上は時間の無駄よ」



 そう言って、クロエは先を促した。


「……………では、失礼して………」


 言いつつ、ジャックがごそごそと自身のポケットを探る。



「…オトテール公爵令嬢様、改めて私と────、」


「お断りします。」



 言い終わる前にそうぶつ切ると、ジャックが目を丸くした。


「ぇっ…?」

「話は終わりね。じゃあ私はこれで───」

「………ま、待ってください!!」


 さっさと席を立とうとするクロエ。我に返ったジャックが、声を上げた。


「最後まで聞かずにそんな…!」

「はあ……。………聞かなくても分かります。

どうせ、正式な婚約を申し込むつもりだったのでしょう?」

「………そ、そうです」

「お断りします」

「ちょっと待って下さい!」


 そう言って、ジャックがしつこく食い下がってくる。


(こんなにも態度の悪い女に、一体どうして…………)


 と、クロエは呆れ返りつつ、ジャックの目を見つめ返した。


 その目は、こちらを真っ直ぐに見据えている。


「な、何でですか?!…理由を!理由を聞かせて下さい」

「────『理由』ですって??」


 ハッ、と嗤って、クロエは扇を開いた。


「確かに私は先日、婚約を破棄されたわ」

「………」

「未婚の令嬢としてはケチがついた────だとしても、私は紛れもなく公爵家の人間なのです。

…それに引き換え、あなたはどうかしら?たかだか一代貴族でしょう」

「………」

「陛下は、『オトテール公爵家』を事実上政治から切り離そうとお考えだわ。将来的にもね。

だからその一人娘を、無力で、無害で、無価値なあなたに、嫁がせようとしているの。…お分かり?」

「………」

「私はそのことをきちんと理解しているわ。でもそれにしたって、こんな粗野な平民上がりに嫁ぐだなんて!絶対に御免だわ」

「……………」


 クロエは一生懸命に、黙ったままのジャックを詰った。


 …もちろん本当の本当は、彼のことを「粗野な平民上がり」だなんて思っていない。



 憧れているアリアナを見つめていれば、自ずとその親友───いつも一緒の「ジャック・ロープ」という青年の人柄だって、見えてくると言うものである。


 彼が非の打ち所がない好青年で、騎士として働く傍ら、歳の離れた妹たちの面倒を見つつ、週末は実家のカフェを手伝っていることだって、クロエはもちろん知っていた。

 紳士的で穏やかで、優しそうな喋り口。

 どちらかと言うと童顔気味で、キュートなお顔。その下に続いているのは、全然可愛くない屈強過ぎる肉体だ。ギャップも大概にして欲しい。


 本当は、優しく椅子を引いてくれたのもキュンとした。貴族の男なら絶対にしない所作である。

 飾らないニコッ!とした笑顔も、最高に癒しだ。眩しすぎて目が潰れる。



 ────ぶっちゃけて言おう。めちゃくちゃにタイプだ。



 「かっこいい、すき」などと思っていることが間違っても表に出ないよう、クロエは細心の注意をはらった。



 ジャックに好意的でなればこそ────彼を自分から、『()()()()』遠ざけなくてはならない。



 「ここで押し切られて堪るものか」と、クロエは意気込んだ。というか、「親友がお先真っ暗な悪役令嬢の縁談に巻き込まれて、人生を棒に振った」とアリアナに知られてみろ。……舌を噛み千切って死んでやる!


「…………貴女にそう言われても、私は諦め切れません」

「『諦め切れない』ですって??────アハハッ、『命に背いて首を切られるのが恐ろしい』の間違いではなくって??」


 クロエはジャックを嘲った。…しぶとい。ここまでやられて諦めないとは。

 さすが、王国きっての騎士団で働いているだけのことはある。随分と、主君の命令を守ることに拘っているご様子だ。


「それとももしかして、公爵家の血が欲しいの?ふふ……穢らわしいわね。これだから元平民は………」


 そう言って、クロエはクスクスと小馬鹿にしたように嗤う。下世話なことを言われて、ジャックは面食らったのだろう。目を見開き、固まってしまった。


 それを見て、クロエの心臓がドクドクと嫌に脈打つ。………そろそろ、罪悪感に耐えられなくなってきた。


 ────『悪女』は自分にとってハマり役だ。


 …ずっと、そう思っていたのだけど。


(おねがい。早く諦めて………!!!)


 クロエは内心で強く祈った。



◇◇◇



「……………」


 ジャックは、黙って目の前の少女を眺める。

 彼女は、完璧な貴族で完璧な悪女に見えた。……が、もうネタは上がっているのだ。


 ジャックはそれら全てが、クロエによる演技であることをすでに知っていた。



 時は遡り、5ヶ月前────。

 親友であるアリアナが、結婚式を挙げた日。ジャックは、騎士団の上層部に呼び出されていた。



 ──「オトテール公爵が反逆を目論んでいる」──。



 そんなたれ込みが、国王派の文官たちに匿名で伝えられたのは、それより更に2ヶ月程前のことだったらしい。

 国家転覆計画の細かな段取りまで記載された、差出人不明の書簡。「そんなまさか」と思いつつも、文官たちが調査を重ねた結果………それがある程度信憑性の高い情報だということが明らかになった。


 オトテール領の地下には、不自然な空間が出来ていたのだ───それも、戦争を起こすための準備を十分忍ばせておけるぐらいに、広大な。


 とは言え、相手は古参貴族のオトテール家である。


 「信憑性が高い」程度のレベルで下手につつけば、こちらが返り討ちに合う………そう考えた文官たちは、軍部に応援を求めた。

 諜報に優れた騎士───「ジャック・ロープ」を、名指しで。


 騎士団では、主に武力闘争が起こったときに限って、国外向けにその能力を行使していたジャック。国内の、難しい行政のいざこざに巻き込まれるのは、正直嫌だった………が。

 一介の騎士である自分が、上から持ち込まれた任務をまさか断れる訳もなく。


 それ以降、ジャックは騎士団の偵察隊第2に籍を置きながら、極秘でオトテール領に潜伏していたのである。


 結果、オトテール公爵が限りなく黒である、という証拠を集めに集めたジャックは、ふと疑問に思った。


 「告発を行った人間は、一体誰なのだろう」───と。


 今回の事件は、内部からの密告が無ければ、絶対に発覚しなかった。………それは逆に言うと、公爵を裁いてしまえば、その密告者の存在が公爵にバレてしまうということでもある………。

 恐らく、国王は公爵の命までは取らないだろう。であれば、いずれ密告者は公爵からの報復を受けることになってしまう。


 ジャックは上層部への結果報告前に、密告者として可能性の高い人物を洗い出して順に並べた。


 ………そのリストの一番上に来たのが、公爵の娘、クロエ・スカーヴィズ・オトテールだったのである。




 やがてジャックの集めた証拠は、資料としてまとめられ、文官伝に王へと提出された。───「娘はこの謀に無関係」とキッチリ記された資料が、だ。


 そして思った通り、国王はこの件を内々に処理した。国政において重要なポストにあるオトテール公爵家と王家の間に、明確な亀裂が入ることを回避したのである。


 具体的にどうしたかと言うと、オトテール領で多く採掘されている銀の価値を、僅かに引き下げたのだ。

 これにより、財政破綻とまではいかずともそれなりの打撃を受けたオトテール家。

 公爵は自領の軍部縮小───そして一部財産の差し押さえを余儀なくされた。


 その後、内戦を未然に防いだジャックは「国家の平和に多大な貢献をした」ということで、ひっそりと騎士爵を授与されるに至ったわけである。



 騎士団の仲間たちは、そんな自分を少し遠巻きにした。何しろ、一握りの者しか知らされていない極秘の任務だったのだ。突然爵位を与えられたことは、「あいつ、何か面倒なしがらみを背負ったんだな……」と周りに悟らせるに十分だった。「触らぬ神に祟りなし。くわばらくわばら…」と言ったところである。

 親友だけが、「ジャックの能力は名誉を受けるに値するものだから、私はいつかこうなると思っていたよ!!」と興奮気味にお祝いしてくれた。




 ───それからのことは、目の前の少女が語った通りである。


 いくら表向き平穏を保ったとしても、オトテール家に近い者程、この家が国王派にマークされているということを察していた。


 クロエの元婚約者は、直ぐ様彼女を切り離し「自分達はオトテール家の計画とは無関係ですよ」という体を装った…………実際には、1枚噛んでいたにも関わらず、である。


 そして国王は、オトテール公爵が彼女を使って別の協力者を作ることを阻止するため、新しい婚約相手の指定を行ったのだ。


 「失墜した父に巻き込まれ、婚約相手すら選べなくなった哀れな公爵令嬢」………そんな体で、泣く泣く国王派にその身を寄せる───。


 そうすれば、父の包囲網から自然に抜け出し、安全を得ることが可能になるのだ。そこまでが、密告者であるクロエが書いた筋書き。


 微妙に違っていたのは、その新しい婚約者候補が『国王派』はおろか、『中立派』とすら言えないほど無名の、なんちゃって貴族だったことくらいだろうか。


 現場の人間がいくら彼女を庇ったとしても、「国王派に迎えよう」と思える程の信用は、勝ち取れなかったらしい………。


 クロエには申し訳ないことだが………それでも十分なはずだ。

 自分なら、能力を使って彼女を護れる。

 一旦ここで助けを受け入れ、自分の手を取ればいいのだ。そしてほとぼりが冷めた頃に、婚約解消でもなんでもすれば良い。


 それで、彼女の華麗なる計画は大団円を迎えるのでは無かったのか???


「………」


(真意が見えない…)



 と、ジャックは思う。

 ……もしかしたら、クロエは本当に悪女なのかもしれない。父親を告発したのは、彼女自身に別の企みがあったからなのだろうか………??


(………いや、どっちでもいい。……もしそうなら、またその証拠を掴めば良いだけだ)


 行政の諜報部からは、「引き続き不審な点があれば報告するように」と命じられている。



 クロエの出方が分からない以上、こちらも退けない。臨機応変に対応しなければ。

 今のところ「影の英雄」である彼女を、無防備なまま外に放り出すなんて、言語道断。何も分からなくても、自分には騎士として、彼女を安全に保護する義務がある。



「………」

「………」



 退かない者同士の、火花を散らすような睨み合い………それは時間にして数秒。

 その間に、クロエはまたしても様相を変えた。



 スッ……と消えた表情。


 相手の肉体から滲み出るのは、「日常を破壊し尽くすことが現実的に可能なのだろう」と肌で感じさせる狂暴性だ。

 なのに、目だけは虚ろで、夢の中を彷徨うような光を宿している。


 両者の間に、ピリリとした緊張感が走った。


「「………」」


 ジャックがゆったりと、手の指と指を組み、小さく微笑みを浮かべながら僅かにテーブルへと体重を掛けた。


 クロエはギシリッ、と椅子を軋ませて背を凭れさせると、両の脚を放り出す。

 「あーあー……」と、いじける幼子みたいな振る舞いだ。


「………」

「………」


 …そうしたあと、相手は笑っているのかなんなのか分からない口の形で、軽く息を吸った。


 …目と目が合う。



「「………」」



 クロエの目が、酷く興奮したように潤んでいた。キラキラと輝いて、おぞましい。


 例えるならそれは───自白寸前の、凶悪犯みたいな。

 これから語られる内容によっては、追い詰めているのがどちらだったか、立ち場があやふやになってしまうかのような。


(………すごいなぁ)



 ……これが演技だと言うのだから、恐れ入る。



 だけど、それはジャックにとって有難い変化だった。

 だって、「貴族のご令嬢」よりも「イッちゃってる人」と話す方が、職業柄慣れているので。



「………ねえ、あなた───」



 口を開いたクロエ。

 彼女が続けた言葉は、突拍子も無いものだった。



「…………神様は、信じる?」



(………うぅん…)


 と、ジャックは内心で唸る。

 クロエは何としてでも、婚約を諦めさせたいらしい。次は、「貴族として事実上落ちぶれたという現実に耐えきれず、スピリチュアルに傾倒したアブナイ人」…を、演じることに決めたようだ。


「『いたら良いな』と思うけど、『いる』とは思ってませんね…」

「いるのよ。神は」

「へえ…。どうしてそう思うんですか?」


 聞くと、クロエはつり上がった目を爛々と光らせた。


「───私にはね、神の言葉が分かるの」


「『神の言葉』??」


「そう。頭に直接文章を送り込んでくるの。そうして、私に未来を教えてくれるのよ」


「なるほど……」


 変な話だが…それを聞いて、ジャックはなんだか納得してしまった。

 だって、いくらなんでも「19歳の女の子が1人で国家転覆の危機を救った」なんていうのは、少し出来すぎていると、ずっと思っていたから。でも、どれだけ調べたって、クロエには協力者の影すら無かったのだ。ここまで来るともう、彼女が『何らかの超常的な力を使った』と考えた方が、まだ納得出来るな……と。そうジャックは考えていたのである。



「だから、私がすることは全て正しいの。神に肯定された人間だから。私は」



 淡々と、クロエが言い放つ。


「『私の意思を阻む』ということは、すなわち『神の意思を阻む』ということ。あなたには、その行為がどれだけ愚かなものなのか、分からないの??」

「………」

「何も難しいことはないわ。言うことを聞くだけで救われるのよ。神は誰でも救って下さるの。だからあなたも、私の言うことを聞くべきなのよ」


 そんなどう考えてもおかしい理論を、饒舌に語る姿は完全にヤバい奴だ。

 ジャックは逆に聞いてみた。


「神が貴女を救うと言うのなら、この状況自体がおかしいのでは??どうして貴女は婚約破棄されたんですか??」

「それは、先に私が御神託に逆らったからよ。だから罰が当たったの」


 と、クロエがスラスラと言い返してくる。


「……………『逆らった』?」

「そう。でも結局、状況は変わらない………神の定めた運命は、変えられないの。


変えようとすれば、相応の苦痛が伴う」


 そう言ったクロエの目は、ゾッとする程真剣だった。


「…………」


「ハッキリ言うわ。



───あなたは私の『運命』じゃない」



 そう言い切る少女はもはや、少女で無かった。神をその身に宿すように、キンとした雰囲気を纏っている。

 彼女の変貌が絶え間ないせいで、自分が今誰と───いや、何と対峙しているのか。


 ジャックは分からなくなる。狐に化かされる気持ちは、こんな感じだろうか。



「だから、婚約しないの。する意味もない。すれば双方にとって害が出るの。分かったら、今後一切私と関わらないで」


「…………」



 『クロエ』という人間が、微塵も分からない………。

 目を凝らして内側を覗いてみても、そこには深淵が広がっているだけだ。


 ………きっと、大抵の人はその場をさっさと離れるのだろう。───彼女の思惑通りに。


 だが、ジャックは違った。

 自分は真っ暗闇など怖くない。もともと、目に見えるものを頼る生き方はしてこなかった。



「────信じます。」


「」



 ジャックは笑った。大股で、暗闇に踏み込む。


 その中で、少女がはっと息を飲むのが聞こえた気がした。


「貴女みたいに素性の確かな人には、理解し難いと思うんですけど…。…私の父は、ほぼ『住所不定無職』を生業にしているような男でして」

「………」

「世界中いろんな所を回って、変な土産話を持って帰って来るんです。……『さすがにそれはウソだろ』ってやつを」

「……?」

「家族は皆、父を愉快な嘘つきだと思ってます。けれど、私はそうじゃない」

「………何が言いたいのかしら?」


 ようやくそう声を発したクロエに、ジャックは微笑んだ。


「多分、私は父を『嘘つき』にしたくないんだと思います。


そして今は、貴女に対してそう思ってる」


「………」


 クロエの表情は変わらなかった。


「信じますよ。確かに貴女には、神託が届いているらしい」

「………なら、」

「でも、婚約はしてもらいます」

「……何故?」


 聞き返されて、ジャックは笑う。


「『運命』の正体は、『未来』じゃなくて『過去』だと考えているからです」

「…………」

「貴女が、過去に対して『これが運命だったんだ』と決定付ければ、ただそうなる」

「…………」

「神様じゃなくて、貴女の力で私を『運命』にして欲しい」


 クロエは目を細めた。ピントを合わせようとするみたいに。


「……………あなた、何考えてるの?」

「貴女は、何を考えているんですか?」


 そんなオウム返しに、クロエが苛々としながら唇を噛んだ。


(……おあいにく様)


 と、ジャックは挑戦的に笑う。それを見たクロエが、下まぶたをピクリっ、と動かした。


(貴女にとっては、唯一の誤算だったでしょうね)


 思いつつ、唇を噛み締めるクロエの指に、さっと用意していた指輪を通した。


(…俺は()()()()俺じゃない───)



 何とも癪だ………本当に。

 だが……ある男のお陰で、ジャックはもう完全に理解していた。……2度と、同じ轍など踏むものか。



「これからどうぞよろしく、オトテール様??」


「…………」




 そう───望んだものは、『()()()()』押さなきゃ手には入らないのだ。





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