鹿騎士は背を預かる☆
ある日、深夜0時の少し前────。
「!」
アリアナは寝室で、パチリ、と目を覚ました。
「………」
無言でムクリと起き上がる……。次の瞬間。
リンゴーン─────…………。
…と。鳴り響いたのは我が家の呼び鈴だ。
アリアナがベッドから出ようとすると、隣で寝かけていたらしいヴォルフが、くぐもった声を上げた。
「……止せよ、出なくて良い………。
こんな時間に訪ねてくるなんて、ろくでもない奴に決まってるんだから…」
「それか、ただの悪戯だろ……」とも言い、ヴォルフはゆっくりと瞬きをしてみせる。ベッドに引き込もうとしてこちらに伸びてきた長い腕を、アリアナはヒョイと躱し───音もなく寝室の扉を開けた。
「そうじゃないよ……きっとよく知っている人だ。
─────君も私も、ね」
…ガチャ。
「こんな夜更けにどうしたんだい?──ハル」
そう言って玄関扉を開けると、そこには泣き腫らして目を赤くさせたアハルティカがいた。
「…ア~~リィ~~~………!!!」
うえーん、と子供のような泣き声を上げたアハルティカ。その目元から、大粒の涙がぼろぼろと溢れた。
「ああ……、…何かとても悲しいことがあったんだね。よしよし…」
「うぁぁあん……!」
泣き止む気配の無いアハルティカを宥めようとして、アリアナが彼女の背をさする。結果的にそれは、ただアハルティカの涙腺を更に崩壊させただけだったが。
「ううっ…ううぅ~~…!!」
どうやら、泣きすぎて言葉が出てこないらしい……。
(どうしたものか………)
と、戸惑ったアリアナは、ひとまず震えるアハルティカを優しく抱き締めた。泣き声がより大きくなる。
すると、後ろから不満げな声が掛かった。
「リア。そいつから離れろ」
「!ヴォルフ」
すぐ側に迫っていたヴォルフが、はあ、とため息をつく。
「甘やかしたって良いこと無いぞ…。わんわん泣くのなんてしょっちゅうなんだ。
というか、アハルティカは元々、気分の浮き沈みが激しいんだよ。それが原因で、よくレイバンと揉めてる………今日もどうせそうなんだろ」
ヴォルフが頭を押さえながら気だるげに決めつけるので、アリアナは確認した。
「……そうなの?ハル……。レイと、喧嘩しちゃったのか…??」
「……………、」
すん、すん、と鼻を鳴らしたアハルティカは、口を閉ざしてしまった……開けばまた大きな声で泣いてしまうからかもしれない。
「……リア。サッサと別邸に帰した方が、お互いのためだ。いつも、『破局寸前!!』て勢いで喧嘩するくせに、気づいたら仲直りしてんだから、世話無いぜ」
「振り回されんのは、いつだって外野の俺たちだ」とヴォルフが慣れた調子で言う。彼がつらつらと並べた言葉に、泣いて絶望のどん底にいたはずのアハルティカが浮上してきた。
「いつもとは違うもん………っ!!」
……なるほど。「随分と素っ気ない物言いをするな」……とハラハラしていたが……。どうやら、そうやって口を開かせる手法らしい。長い付き合いのヴォルフにかかれば、アハルティカの扱いもお手の物と言うわけだ。
アリアナとヴォルフは、ようやく会話が出来るようになったアハルティカの言葉に、じっと耳を傾けた。
「ただ……っ、ただ……、!」
「「………………」」
「ただ……『結婚ってどう思う??』………って。…聞いてみただけ、だもの………」
「!!!」
それを聞き、アリアナは思わず息を飲んだ。
自分とヴォルフの場合は、最初から契約ありき──結婚前提の付き合いだった。
…が、そうでない多くの男女にとって、こうした話題を自ら切り出すのには、一体どれ程の勇気が必要か……。
それを思うと、何気ない調子を装い聞き込んだのであろうアハルティカの覚悟は、想像に難くない。
アリアナは自分のことのように心臓をバクバクさせながら、彼女に訊ねた。
「……そうしたら…、…レイは何と…??」
途端、アハルティカの目の縁に、じわじわと涙がせりあがってくる。……そして、ポツリ、と呟いた。
「……『結婚よりも、アハルティカの自由を尊重したい』───…………って」
「………!!!」
(………それは、つまり………)
二の句が次げず、アリアナは目を見開く。アハルティカは場に不似合いな、乾いた笑い声を上げた。
「……『何ソレ?』ってカンジじゃない??意味分かんないでしょ??
だからムカついて…『じゃあ今から外で浮気してきても、私の自由ってことね?!』って………飛び出して来ちゃった………」
そのやるせない瞬間を思い出したのだろう。「う…、うう…っ」とまた泣き始めてしまったアハルティカに、アリアナは掛ける言葉が見つからなかった。どうしたら良いのだろう………アハルティカを慰めたいのに……
「なんだ。じゃあお前が悪いんじゃないか。早く謝ってこいよ」
「──ヴォルフ」
アリアナは背後から掛かった声に、思いっきり眉をしかめた。
その言い方はあんまりだ、傷心中の人間に浴びせる言葉ではない……。…そう思ってヴォルフを睨むと、彼は肩を竦ませた。
「誤解だ、リア。俺は知ってるんだよ」
「……何を?」
ヴォルフが腕を組み、壁に凭れる。
「こいつらは元々、『結婚はしない』っていうので合意してたんだ」
「!」
「だから、それを退けられて傷付いたとしても、先に約束を反古しようとしたのはアハルティカの方だ。そうだろ?」
「だから、謝らなきゃいけないのはアハルティカなんだよ」とヴォルフが結論付けると、アハルティカが口を開いた。
「私、悪くないっ……」
ぷるぷると震える唇と手。
「だって、だって……!!!」
ギュ……ッ!!と空の色をした瞳が、目蓋に隠れた。
「~~~っアリーもヴォルフも、楽しそうなんだもの…っ」
「「…………!」」
アリアナはぎょっと目を見開いてしまう。隣のヴォルフもだ。
「……『結婚て、思ってたよりずっと幸せそうだなー』って。…『もしするならレイバンとがいいなあー』って。そう思うのが、悪いことだって言うの!?」
「「……………」」
「私っ!!謝らなきゃいけないことなんて何一つしてないわ…っ!!!」
「「ああ………」」
アリアナとヴォルフは頭を抱えた……どうやら、この騒ぎに自分達は無関係じゃ無かったらしい……。一緒に過ごす内、アハルティカの恋愛観を変えてしまったのは、他でもない自分とヴォルフだったのだ。
そして、「きっとレイバンもそう感じているに違いない」……とアハルティカは思ったのだろう。だって、彼女らには「マーナガラム夫妻と一番親交が深い」という自負があるから。
その予想が打ち砕かれたときの心中は、如何ばかりか…。きっと、あらゆる方面で彼女は傷付いたはずだ。
「……ハル。今日はもう遅いから、うちに泊まって行くと良い……。…ヴォルフも、それが良いと思うだろう?」
「………」
なんとかそう絞り出すと、ヴォルフは少し息を吐いた。おそらく、これまでのアハルティカとレイバンの喧嘩において、その争点は原因よりも「どちらが先に折れるか」だったのだろう。なので、ヴォルフはいつも通りにさっさと謝る根拠を見つけて、この喧嘩を終わらせてやろうとしていたみたいだが………今回に限っては、それを諦めた。何しろ、完全な他人事ではなかったのだから。
「…………ああ。分かった、お前に任せるよ」
そう言ったヴォルフが、ひらひらと手を振って寝室に戻っていく。
「今日は1人で寝たくない」と言うアハルティカに、アリアナはいちもにもなく頷いた。
寝室に自分の枕を取りに行き、ゲストルームへと向かおうとした時。
「同じ屋根の下にリアが居るのに、なんで俺が独り寝しなきゃならないんだ!」
────とヴォルフはごねたが、アリアナはそれを黙殺した。
「………ねえ、アリー……」
「?なんだい、ハル」
2人で横になったダブルベッド。その毛布の中で、少し落ち着いたらしいアハルティカが、ひそひそと話し掛けてくる。
「今日は………ごめんなさい」
「!」
思わず、アリアナは丸くなっているアハルティカの背を眺めた。
もぞ…と動いて、彼女がこちらに寝返りを打つ。赤くなっていた目と鼻と頬が、今は熱を失い赤ん坊のようなピンク色にまで戻っていた。
「………私、めんどくさい女でしょ。分かってるの、本当は。こんな夜中に子供っぽく泣いて喚いて、友達の家に転がり込んで……。『大人のクセに、ほんと非常識!』って思うわ。自分のことだけどね??」
ちょっと冗談ぽく、後半を早口で捲し立てる。ようやくアハルティカの調子が戻ってきたらしい。
「アリーだって……、」
「?………」
止まった言葉の先を無言で促すと……アハルティカは酷く悲しそうに言った。
「……アリーだって、うんざりしたでしょう……?」
その言葉に、アリアナはぽかん、とした後くすくすと笑った。
「そんなことないよ。大人でも、たまには泣いたらいい。幼少期の心を持ち続けるのは大切なことだし、友達に頼られるのは悪い気がしない」
そう言うと、アハルティカがホッとしたように、強ばらせていた頬を緩めた。
「でも、早いうちに仲直りはしないとね。私としても、友人達が仲違いしているのは、見ていて気持ちのいいものじゃない」
仰向けになり、天井を見上げながらアリアナが言う。アハルティカも、それを真似した。
「……やっぱりアリーも、私が悪いって思う??『ヘンなこと言い出してごめんなさい』って。さっさとレイバンに謝っちゃえ、って??」
「いいや?そうは思わないよ。でも……」
「………」
アハルティカが、何か重大な宣告を受けるようにして身構えているのが分かる。…アリアナは彼女の方へ顔を向けた。
「そう言えばハル……」
「なに?」
「君、ここに来るまではどこにいたんだい??」
「……え?………大通りの酒場だけど………」
「そうか。じゃあ、どうしてうちに来てくれたんだ??」
「……飲み屋だと知らない男達に絡まれてウザかったから……。でも1人でどこかに居続けるのは、なんだか怖くて心細くて……ホテルに泊まろうって気にはなれなかったのよ」
「そうだね。君ほどの美人が1人でグラスを傾けていたら、どんな人間だって声を掛けたくなるだろう……きっと、誰もが我先にと君を捕まえようとする」
アリアナは、困ったように眉をひそめて言う。
「君にその気が無くても、悪い人間に本気を出されたら、一般の女性じゃ太刀打ち出来ない。『浮気してくる』だなんて出任せが、無理やりに実現したら、嫌だろう??」
「…………、」
「私、そんなにやわじゃないわ!上手なあしらい方だって、嫌って程分かってるもの」───とは、返ってこなかった。こちらの言いたいことはそこじゃない………それがアハルティカにもなんとなく分かったらしい。
彼女の目線が下がる。
「………結婚についてはともかく、君は本心でもない言葉で、レイを傷付けようとした…………。そのことは謝らないとね」
「……………ええ。………そうね」
素直に頷いてくれたアハルティカに、アリアナはあえて明るく言った。
「明日の出勤前で良ければ、着いていこうか??別邸まで」
「………ううん、大丈夫よ………。そこまでしてもらうのは、さすがに悪いし……」
そう言ってから、アハルティカが口ごもる。
「…それに多分、もうちょっと心が落ち着くのに時間が掛かると思うから……」
「そう………。仲直りできるよう祈っているよ」
「あと、自分に出来るのはそれぐらいだ」……そう思って言うと、アハルティカはくしゃりとした笑顔を作った。彼女はそんな表情さえも、この上なく美しい。
「ええ……、ありがとうアリー。大好きよ……」
「私も大好きだよ。…さあ、おやすみなさい…」
「………」
アハルティカがすう、と目を閉じると、その隙間から悲しみの欠片が溢れ落ちて、シーツを濡らした。
アリアナは少しの間だけ、彼女の寝顔を見守ったが………それ以上は、シーツが湿ることもなかった。
◇◇◇
───数日後の平日。
アリアナは夜勤を終えて、昼過ぎに家へと帰りついていた。
────リンゴーン。
1人だけの家で、呼び鈴が鳴らされる。扉を開けると、そこには手提げを持ったレイバンと、アハルティカの2人が立っていた。
「やあ。レイ、ハル」
「こんにちは、アリー。今、お時間よろしいですか?」
「もちろんだとも。さあ、入って」
どうやら、2人は無事に仲直り出来たらしい……というか、『現状維持』をアハルティカが選択したようであった。
ややギクシャクした感じが残る2人を、アリアナは招き入れる。
「お茶を淹れようか?」
「ああ、ならちょうど良かった……これお茶請けです」
「わあ、これは……」
有名店の焼き菓子だ。そう言った情報に疎いアリアナでも、その名を知っているような。
「良いのか?ありがとう……」
礼を述べると、少し気まずそうにレイバンが目線を下げた。
「いえ……、先日はご迷惑をお掛けしたので…」
「本当にごめんなさい…アリー」
2人からの謝罪に、アリアナは苦笑する。
「迷惑だなんて思っていないよ…、まあ心配はしてしまうから、これからは無いようにしてもらいたいけれど……」
「………そうよね」
「………善処します」
反省しきった様子のレイバン達に、アリアナは小さく苦笑いした。おそらく、ヴォルフからもきついお灸を据えられたのだろう…。
「この家が奴らの避難所みたいになったらどうする!あいつら、いつも下らないことで喧嘩するんだぞ!」───、と。あの後彼が愚痴っていたのを思い出す。
この家で、ヴォルフとの時間以外が優先されたことが、余程ショックだったらしいのだ。アリアナは求められるまま、ご機嫌斜めのヴォルフをたくさん甘やかした。
────そして今日は、その彼が居ない────。
「何はともあれ、こうして3人でお茶を飲める機会が出来たことは、嬉しく思うよ」
そう言って、お菓子とお茶を並べた後。
アリアナは対面に座る2人を見つめた。
「────さて、お話を聞こうか」
まさか、仕事中のヴォルフに隠れてまでする用事が、お詫びのプレゼント……だなんてことが、あるわけもない。
ヴォルフ抜きで集まったのは、以前彼が体調を崩した時以来だが、その時だって、レイバン達は目的があって訪れていた。
「話が早くて助かりますよ、アリー」
そう言ったレイバンが、手を組んでこちらを見つめてくる。やはり別件を持ってきていたらしい。
「では、単刀直入にお伺いしますが────来月、ミズガルダで決起集会が開かれるということはご存知で??」
「??いや……知らないな」
(『決起集会』───??)
と、アリアナは首を傾げる。日程どころかその存在も知らなかった。
「……やっぱり話していなかったか」とレイバンがため息をつく。
「ええと……それは、なんの集会なんだ??」
アリアナが聞くと、レイバンはすぐ答えてくれた。
「我が商会で、毎年設立記念日前に行われているパーティーですよ。仲間達への労いと、来年度への更なる躍進を宣誓するのが目的の集会です。
商会長直々の招集ですから、そこでは各国の支社で働いている社員はもちろん、買収した子会社の役員まで、幅広い人間が一同に会すことになります」
「もちろん、その日に業務が立て込んでいない者達に限りますが」とレイバンが続ける。
「へえ……そんなに大きな催しがあるのか……」
と、感心するのと同時に、「その集会が何か自分に関係有るのだろうか?」とも思ったアリアナ。その様子を見て、レイバンは頷いた。
「……実のところ、マーナガラム商会は一枚岩ではありません。
もちろん、創立時のメンバーは仲間として信頼に値しますが……。…如何せん『急激に成長しすぎた』という点に置いては、社会的な統率が行き届いていないという現実も否めません。
他所の会社とは違う───マーナガラム商会とその傘下は、『ヴォルフ・マーナガラム』と言う圧倒的リーダーを以てして秩序を保っている『群』と言っていい」
「…………」
(つまり、『マーナガラム商会』は『ヴォルフでなければ』成り立たないと言うことか…)
「そう言うトップの威光に頼る集団の中では、いつだって身の程を弁えない人間が沸いてきます。今この瞬間にも、この群の頭に成り代わってやろうと考える奴は、身内にも山ほどいる」
「…………なるほど」
「でも、ヴォルフはその争い自体を歓迎している節がある───ただ一方的な敗北感を味合わせて屈服させるだけでは、戦意喪失して商会を去るのが関の山ですから。
商会に入る人間は、元々が優秀な人材ばかりです。単純に、それを他所に流してしまうのは、損失でしかない」
「ああ………。じゃあヴォルフは、わざと反乱分子を泳がせて、商会内の活性化を促しているわけか」
「仰る通り───どんな謀反も、全てがヴォルフの手の上でした。
…………今までは」
「……?『今までは』?」
アリアナが復唱する。レイバンは言いにくそうに………でも決心したようにこちらを見つめた。
「商会長が貴族と結婚したことで、商会の方針や待遇が変わるんじゃないか────そう噂する連中が出てきたんですよ」
「!!!」
驚いて、開いた口が塞がらない。が、アリアナは必死に言葉を紡いだ。
「…………つまり…………貴族が、ヴォルフを……、
彼の大事にしている商会を、この手中に収めようとしているんじゃないか……っていうことか?」
すると、今度は紅茶を飲んでいたアハルティカが話し出す。
「もちろん、彼らはアリーの『何か』を知ってる訳じゃないわ。
だけど、ヴォルフを喰ってやろうと思ってる人間からすれば、『貴族』は嫌味で傲慢な方が良いし、ボスはそういう貴族に操られる腑抜けになってしまった………っていう筋書きの方が、都合が良いのね」
「………」
アリアナは黙り込んだ。自分でもよく分からないが………何かもやもやとする。………傷付いているのかもしれない。
アハルティカが気遣わしげに、こちらを見遣る。
「…もちろん、そういう社員は少数派よ!
多くの仲間は、『世界的な商会に成るため必要な婚姻だった』と認めてヴォルフを評価しているの。でもそれ以上に、不安を煽ろうとする人間の声が大きいのは、確かよ」
「そうしたからって、『商会長』のお鉢が自分のとこへ回ってくるかは分からないのにね」とアハルティカがバッサリ切り捨てた。
レイバンが紅茶を一口含む。
そして、背を正しこちらを見た。
「ですから俺たちは…………、貴女の力を借りたいと思います」
「!」
「アリーの領分は、あくまで上流階級への『橋渡し』であって、内輪揉めの鎮火じゃない────そうヴォルフは考えているようですが、俺たちは違う」
と、レイバンが言い切る。
彼は、何時だってボスの意向を尊重してきた右腕のはずなのに。……今、決定的にそれを否定したのである。アリアナがそれを感じ取り、目を丸くしているとレイバンは眉を下げて小さく笑った。
「この件に関して───俺とアハルティカは色々と考えて、結論を出しました。
貴女のお力添えが欲しい。そうすれば、ヴォルフの負担が減る」
「今回の行動理由は、ただそれだけのことです」とレイバンが言う。
「きっと『勝手をするな』とあいつは怒るでしょう………でも、貴女は違いますよね?アリー」
レイバンの瞳が、眼鏡の奥でピカッと光るのをアリアナは見た。
「俺たちの判断を………貴女は過小評価しない」
「……そうでしょう??」と。
そこだけ何故か心許ない口調で聞かれ、アリアナは破顔した。
「もちろんだとも。────出席しよう、君たちの集会に」
力強く頷き、レイバン達の意思を後押しする。
「言ったはずだ。君たちのお願い事には、必ず手を貸すつもりだとね」
「「アリー…!」」
そして、アリアナは肩を竦めた。
「というか、『契約』以前に恋人として、ヴォルフに余計な火の粉が掛かるのを、ただ見てはおけない───私との婚姻が火種になっているのなら、尚更ね」
そう言ってから、自分も紅茶を口に含む───誰かさんがあれもこれも買っちゃえよ、と勧めてきた茶葉の中で、「一緒に飲めそうだな」と思い、選んだ紅茶の1つである。それはとてもふんわりとした香りで、固くなりそうだった心に安らぎを与えてくれた。
「知らせてくれてありがとう、レイ、ハル。さすがヴォルフの両腕だ」
そう言うと、レイバンとアハルティカの2人が目を見合せ、嬉しげに笑った。
◇◇◇
「ふ――………ただいま、リア」
「お帰りなさい、ルゥ」
「、」
仕事を終え、リビングに入ってきたヴォルフ。彼は室内の様子を見てピタリと動きを止めた。
その原因は多分、テーブルいっぱいに積み重なった布と紙のせいだ。紙には沢山のドレスが記されている。
「…………これは?」
と、ヴォルフが訊ねてきた。
それもそのはずである。ただ新しいドレスを買うにしては、量がえげつないし……。しかも、積み重なっているのはカタログではなく手書きのデザイン画なのだ。
実を言うと、今の今まで、この家にはレイバン達とは別の来訪者がいた。舞踏会のドレスの時からお世話になっている、洋裁師のエミリーだ。突然無理を言ったはずなのに、彼女は熱心にヒアリングを重ねてくれ、元々あったデザイン画からみるみるうちにその枚数を増やした。
「今度着るドレスのデザイン案だ」
「………『今度』?」
「3月の決起集会だよ」
「……!」
言うと、ヴォルフが「はあー……」とため息を吐いた。どうやら察しがついたらしい。
「あいつら………。最近、あれやこれやと口出しし過ぎだ」
「………怒ってるか?ヴォルフ………」
出来れば、レイバンとアハルティカを責めないで欲しい……。そう思って、アリアナは探りを入れる。
「…………いや」
と、ヴォルフは不安げなこちらの表情を見て、困ったように笑った。
「……助かってる。……感謝してるよ」
その言葉を聞くに、きっとヴォルフも集会で『貴族の妻』をさっくり御披露目した方が、何かと手っ取り早いと分かっていたのだろう。彼の頭脳は明晰で合理的だから。
ヴォルフは、少し気まずそうに目線を泳がせた。
「……お前こそ。言わなかったこと怒ってない??」
「!」
ヴォルフの言葉に、思わず驚いてしまう。アリアナは笑って言った。
「ふふ……怒ってないよ。
私が根も葉もない噂で貶されてることを、知らせないようにしてくれていたんだろう??」
「………」
ヴォルフは少し黙り込んだ後、ヒョイと肩を竦めた。そして、片方の眉をつり上げる……冗談を言うときの顔だ。
「それに、可愛く着飾った恋人を、誰にも見せたくないしな?」
「!…はははっ!」
アリアナは小気味良く笑い、それが収まってからヴォルフをギュッ……と抱き締めた。
「……ルゥ。君が守ってくれるように、私も君を守るよ。だから安心して背中を預けてくれ」
そう言うと、ヴォルフの腕がこちらの背に回り、するすると体の線を撫でた。
「ふーん……具体的には?」
「簡単さ!私が君を愛していて、君自身の意思を尊重してるってことを、皆に見せればいいんだろう??
いつも通りのことじゃないか!」
そう言って笑うと、フ…と顔を緩ませたヴォルフがこちらへキスを落とした。
番外編追加しました。
▼対応するお話はこちら。「狼商人は灸を据える1」
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