鹿騎士は仕置きする
アリアナが騎士として年明け初の遠征訓練を終え、2週間ぶりに家へ帰りつくと、そこはもぬけの殻だった。
「…………ルゥ?」
日も暮れてしばらく経つのに、明かりさえ点っていない家。「とうに仕事から帰っている」と思っていた愛しい人の気配は感じられず、その名を呼ぶ声だけが、空虚に響いた。
そこへ、電話の受信音が鳴る。
アリアナはすぐさま受話器を取り────そのまま病院へと足を向けた。
目当ての病院は、ヴォルフの勤め先から程近い場所にある。
マーナガラム商会と提携する開業医が営む、小規模な診療所だ。
──「早い内、医師との契約をしておいた方が良い」──。
数ヵ月前に、そうヴォルフに提案したのは、アリアナだった。
アスガルズ王国は平和な国だ………けれど、いつ流行り病やら災害が発生するかは、誰にもわからない。
ミズガルダからアスガルズへ、働きに出ているヴォルフ達。国籍に関係なく、何かあった時すぐ診察出来るように体制を整えておくことは、彼らを守る上で重要なことだ………と。アリアナは、そう考えたのである。
「…ああっ!来てくださったんですね!アリアナ様!!」
「先生。お世話になります」
病院の玄関に入ってすぐの廊下。
涙目で出迎えたのは、マクホーン伯爵家の侍医から紹介された、信頼できる有望な医師──わざわざ電話をくれた、この病院の院長だ。歳は40に差し掛かろうか……というところだが、業界ではまだまだ若手の範疇なのだろう。
「──だから、どうして替えを持ってくるんだ!もう点滴は充分だと言ってるだろ!!」
「落ち着いて下さい、マーナガラムさん!それを決めるのは主治医の仕事ですから───、」
「だったら医者を連れてこい!」
すぐ側の個室から、おそらく看護師であろう女性の困惑した声が聞こえてくる。
職員みな、厄介な患者に駄々を捏ねられ、相当に参っているらしい。
眼前の気の毒な医者に、アリアナは安心させるよう微笑み────そしてスパン!と扉を開いた。
「ヴォルフ。」
「…っリア!?!?」
ベッドで入院着の上衣を脱ぎ、シャツに腕を通そうとして点滴に阻まれているのは、我が恋人のヴォルフだ───非常に嘆かわしいことに。
「なんでお前が…?
…!…そうか、あの医者…!」
「…………」
ヴォルフは眉を潜めてから、忌々しげに言った。
「アリアナには知らせないように」とでも、根回ししていたのだろう……それは医師の英断により回避されたが。
「わざわざ見舞いに来てくれたとこ悪いが、症状はただの立ち眩みなんだ。もう治った」
「ヴォルフ」
「直ぐに帰り支度をするから、そこの椅子で、」
「─────ヴォルフ。」
「!…………」
もう一度名前を呼ばれて、ようやく異変に気がついたらしい。ヴォルフがこちらを見た。
「………リア?」
「君にとっては『膝をついて立ち上がれなくなる』のが、『ただの立ち眩み』なのか??」
「………それは、」
「ヴォルフ。」
尋ねただけで、アリアナは答えを求めてなどいない。
…ドサッ、とベッドに鞄を置く。ヴォルフの誕生日に、自分が贈った物だ。中には彼の着替えが入っている。
(この鞄も、こんな使われ方をするのは不本意だったろうな)
と、アリアナは思った。
「………」
「………これは?」
ヴォルフが訊ねてくる………随分と、察しが悪い。
アリアナは分かりやすく説明するために、口を開いた。
「1週間。」
「えっ」
「────1週間、君は入院だ。
もう病院とも話がついている」
「1週間!?!?」
仰天したヴォルフが、目を見開いた。
「な、…なんでだ?!いくらなんでもやりすぎだ!もう元気なのに!!」
「それは君が判断することじゃない」
「俺の身体だぞ!」
「『病人』の身体だ。もっと言うと、『病人』の勝手な自己判断だ。
私は今の君より、先生の判断の方が余程信頼できると思うね」
「………」
ヴォルフは黙り込んだ………分が悪いと、やっと気づき始めたらしい。
それもそのはず───医者からの診断結果は『過労』だったのだ。
…あわせて、軽微な『栄養失調』だとも。
これを聞いて、一体誰がヴォルフの主張を真に受けると言うのだろう?体調の把握について、彼の自主性が当てにならないのは、明白なのに。
「じゃあ、せめて1日……」
「………」
「………2日?」
「………」
「っ3日なら……!」
「………ヴォルフ」
「ならば」と日数の交渉を仕掛けてくるヴォルフに、アリアナは呆れ返った。………彼は、己の立場を理解していない。
「…………」
「!…」
アリアナは薄く微笑み、白けた視線でヴォルフを捉えた。彼の表情が凍る。
「………まさか君が、大人しく留守番も出来ない程の『悪い子』だとは」
「…いや、」
「ここまで環境を整えられていても、自己管理をしないだなんて」
「……それは、」
「────正直、君にはがっかりした」
「………………。聞いて、リア……」
「何も聞かないよ。ヴォルフ」
「!」
アリアナは言い放つ。
「…良いか。勘違いをしているようだから、言っておく…。
今、私たちがしているのは『喧嘩』じゃない」
口達者な恋人を、アリアナは威圧だけで黙らせた。
「───これは『仕置き』だ」
「……!!!」
「…私から君への、な」。そう吐き捨てると、ヴォルフが口を開けたまま固まる。アリアナは構わず畳み掛けた。
「────1週間、君を家に入れるつもりはない。
この期にゆっくりと療養することだ…。じゃあな」
「リア………っ」
「先生の言うことには必ず従うように」。そう言い残して、アリアナは病室を後にした。
◇◇◇
「──ねーぇ、アリー?
どうかもう、許してやってくれない??
今回は私達も、監督不行き届きだったわ。反省してる、ごめんなさい」
「ね?」と、隣に座るアハルティカが可愛く謝罪した。
が、リビングのテーブルを挟んで向かいに座っているアリアナには、にこり、と微笑むだけで受け流されてしまう。
ヴォルフの右腕───レイバン・フガムーンは、そんなアリアナの様子にゴクリと唾を飲んだ。
「今日ボスから与えられた用命は、相当難しいものになる」…と。……そんな予感がしたから。
マーナガラム本邸に、快く迎え入れてもらえたのは良かったが………アリアナの状態が芳しくない。
中期の訓練を終えた後、その間貯まった代休を使い身体を休めている彼女の元へ、レイバンとアハルティカが特攻したのは、つい数分前のことであった。
「…でも、見てらんないわ!あんなヴォルフは、ほんとに」
アハルティカはアリアナの興味を引こうと、一生懸命に話をする。
「……まるで捨てられた子犬よ!
『あーしょんぼりしてるわ~』って思って見てたら、途端に『リアに会わせろ』って吠え始めたり」
「きゃんきゃん!ってね」。と、どこか軽妙な口振りで話すその内容は、悲しきかな事実だった。
…それでも、アリアナは紅茶を口に含むだけで、「じゃあ会おう」とは言ってくれない。
諦めたアハルティカが、深刻そうに声を潜めた。
「…目に見えて、憔悴してるの。
このままじゃ、倒れた時の方が元気だったんじゃないの、ってことにもなり得るわ」
「…………」
「どうか、考え直してくれませんか。アリー」
レイバンも、アハルティカの加勢に乗り出す。
1日目は、ヴォルフも憤慨していた。「話し合いを放棄し、一方的に怒りをぶつけ、あまつさえ行動を制限するだなんて不当だ」と考えていたようだ。
2日目。「自分が全面的に悪かった」と反省した。
3日目。「アリアナに本気で嫌われたのではないか」、と肝を冷やして。
そして、4日目の今日。「1週間我慢すれば良い」、ではなく、「本当に1週間で許して貰えるのか……??」という方向に思考がシフトする位には、もうすでに末期なのである。
それでついに、関係修復へ向けた橋渡しの命が、部下に下された…という次第だった。
「職権乱用も甚だしい」とは、どうか思わないでほしい。
この間にも、「アリアナの心がみるみる離れていっている」……と。ヴォルフは本気でそう思っているのだ。
「アリー……」
レイバンは、深く息を吸った。腰を据えて説得にかかる。
「聞いてください。…ヴォルフは何も、考え無しに調子づいて仕事をやり過ぎた訳ではないんですよ」
そう言って、緑色の瞳を見つめた。…祈るように。
「本来なら、貴女のこの休暇に合わせて、ヴォルフも休みを取るはずだったんです………そのために、前々から調整していた」
「………」
「だけど運悪くヴァナン王国に台風が来て……現地の工場が雨漏りを起こしたんです。それで機材が故障して」
「………」
「アスガルズでの納期に間に合わせるため、ヴォルフの仕事は必要なものでした」
…………それをやり遂げた後、ヴォルフは気が抜けたように膝を折ったのだけど。
「………」
「…貴女の仰りたいことは分かります!雨漏りが起きた時点で、無理をせず『納期を延ばす』ことの方を、ヴォルフは考えるべきだったかもしれない」
「………」
「ですが……それ以上に、2週間ぶりになる貴女との時間を失いたくなかったんでしょう。だから…、」
「…………なるほど」
そこまで黙って聞いていたアリアナが、口を開いた。対話の余地があるのか、とレイバンは期待する。
……それが打ち砕かれるとも知らず。
「じゃあ、レイは──」
…アリアナが、困ったように笑った。
「『ヴォルフが倒れたのは私のせいだ』、と。
………そう言いたいのかな?」
「!!!っいえ、違います…………」
レイバンは反射的に頭を垂れた。
…思わず、跪きたくなってしまう。
もちろん、アリアナがその血統にものを言わせて立場的弱者を蹂躙したりなどしないことは、重々承知だ。厚く信頼もしている。……のだが、脈々と受け継がれてきた高貴な血が、自然と人間を従わせるのだ。
(…ヴォルフとは、こういうところが違うな…)
と、レイバンは思う。
「どこまでだって付いていきたい」、と。そう思わせるヴォルフの物とは、求心力の種類が違う。
レイバンは圧倒的な風格に消し飛ばされないよう、最大限気を付けながらも、口を開いた。ここで引き下がれば、ヴォルフの右腕として立つ瀬がない。
「………ただ…、知ってほしかっただけです…。
あいつがあの2週間、どれだけ貴女を想っていたかを」
「…うん」
アリアナが、頭上で小さく頷いたのが、気配で分かった。
「……だが、それとこれとは話が違うな??レイ、ハル」
御言葉が掛かり、レイバンとアハルティカはピクリと震えた。真剣に、アリアナの落ち着いた声へ、意識を集中させる。
「ヴォルフは本来、健康を害す程の無茶をしたりする男じゃない……。…少なくとも、周りに露見するような下手は踏まないはずだ。───そうだろう?」
「「………」」
……その通りだった。実は、これまでもヴォルフの仕事が過密を極めたことは、何度もあったのである。
だが、そのどれもで彼は必ず成功を納めていたし、疲れを見せても次の日には回復していた…。
しかも彼には、『商会長』として「それらをやらねばならない」という、もっともらしい理由もあったのである。
仲間にさえ不明瞭な目的で、がむしゃらに進んでいたのは、アリアナとの『契約』結婚に悩んでいた、あの時だけだ。
「…今回だって、医者に掛からない程度に『やれる』と思ったから、仕事を詰めたはずなんだ。だけど……」
アリアナがそう言って、1度言葉を止めた。その後見せた笑みは、どこか儚くも思える程で。
「人間には、老いがある」
「「!」」
「『これまで出来ていたことが、ある日急に出来なくなる』なんて───有りがちな話だとは思わないか??」
──アリアナは騎士だ。
一般的な職よりも、体力勝負な一面が強い分、衰えに敏感なのだろう。そして、それを受け入れ折り合いをつけるのが、彼女らにとっての命題なのだ………ということが、レイバンには理解できた。
「私はヴォルフを過大評価しないし、君たちを過小評価もしない」
「「!」」
「…この意味が分かるな?レイバン、アハルティカ」
言われ、2人は気まずげに目線を落とす。………複雑な気持ちだった。アリアナから向けられた信頼が「嬉しい」のと、「申し訳ない」のとで。
その心情に気がついているのだろう。彼女が優しく笑ってくれた。
「君たちは、私の大事な人……大事な友人だ。
だから、『適正』を維持するために必要であれば、いくらでもお願いを聞くし、手を貸すつもりだよ。
でも………今回は『その必要がない』と、私は思う」
そう言われてしまえば、もう何も言えない。
「……………分かりました」
しかし、レイバンは何とか言葉を絞り出す。もはやそれは、ヴォルフの右腕でも何でもなく、ただ彼の古い友人としての意地だった。
「最後に…」
「?」
「ヴォルフから、手紙を預かっています」
言うと、アリアナが眉を下げて笑った。「そう来たか」という感じだ。病院側の職員に、設置されている公衆電話をヴォルフに使わせないよう指示したのは、彼女である。
「読まないとダメかな?」
「………俺が、ボスに叱られてしまうので………」
そんな風に言えば、優しいアリアナは折れてくれた。肩を竦め、手紙を受け取る。何とか手紙を渡せたことに、ホッとして胸を撫で下ろした。
その内容に、アリアナが目を通す。
「……」
それを、レイバンが息を詰めて見守っていた。これでヴォルフの本気が伝われば、せめて快い返信ぐらいはいただけるのではないか………と。そう思ったのだ。
─「俺が悪かった。許してくれ。これからは絶対しない。本当だ」─。
─「……お願い、リア。直接謝りたいんだ、顔を見せに来て。じゃないと、ここを脱走してでも会いに行っちまうかもしれない。それぐらい、会いたい」─。
「…………」
そういった内容を、つらつらと書き綴ってある手紙を読み終え、アリアナが無言でペンを取った。
電話の側に置いてあったメモ用紙に、一筆。
─「こんな物を書いている暇があるなら寝ろ」─。
(……ああ。これは……)
レイバンが、勝ちの目の無さに脱力する。
「これなら知らせない方がマシだ」と思わせるメモ用紙をこちらへ手渡したあと、アリアナが苦笑して言った。
「これの受け渡しをお願いしておいて何だが……『レイを伝書鳩代わりにするのはやめろ』とも伝えておいてくれる?」
「…………はい………分かりました………」
そう言って、レイバンとアハルティカは、すごすごとマーナガラム本邸をお暇したのであった。
───コンコン。
「………ボス」
「!!入れ」
病室の外から呼び掛けると、点滴はせずとも良くなった(が、ベッド上安静を強いられている)ヴォルフが、直ぐに返事をしてきた。
「「…………」」
居たたまれない気持ちでレイバン達が入室すると──、
「ああもういい、分かった。…何も言うな」
顔を見た瞬間、結果を察したヴォルフが天を仰いだ。
「……お手紙のお返事が」
「!」
上司のあんまりにも憐れな姿が心苦しい。レイバンはダメ元で、アリアナから預かったメモ用紙をヴォルフに手渡した。
「………、………………。………はあ」
書かれた短い文字列。それ以上の何かを読み取ろうとでもするかのように、何度も目線が小さな紙の上を往復した───が、その努力は結局、実を結ばなかったようだ。
脱力してベッドに身を沈めたヴォルフが、気落ちした様子で訊ねてくる。
「………どうだった?リアの様子は………」
「相当怒ってるわね、あれは」
「……分かってる……。反省してる……」
(それは痛いほど伝わってる………自分たちには)
と、レイバンとアハルティカは思った。
「────ヴォルフ」
「……なんだよ」
しょぼくれて、普段のカリスマ性など見る影もないヴォルフに、レイバンは提案する。
「諦めよう」
「……………」
(むしろ、それしかない)
と、レイバンは思った。
「ヴォルフ。…私もそう思うわ。だってアリーは、どんなに怒ってても嘘をついたりはしないもの」
「きっと1週間安静にしていれば、本当に許してくれるわ」。アハルティカはそう言い、ベッドの縁に腰を落ち着けて、ヴォルフを励ました。
「……むしろ、アリーらしいと思ったよ。
お前が大事だから、あんなにしてまで怒っているんだ。きっと」
レイバンはアハルティカが座った反対側に乗り上げ、ヴォルフの肩をポンと叩く。
「お前ら…ホントに、そう思うか?」
「ええ」
「そう思う」
言うと、ヴォルフは目を閉じた。
「……分かったよ……」
「あと、1つ提案」
「?」
「今回のことでハッキリしたけど……マーナガラム商会は、ヴォルフ1人の力に頼り過ぎだ」
「!………」
「これからは俺らが、お前の仕事量をセーブして仲間に振り分ける────それで良いな?ヴォルフ」
「…………。」
「「返事は?」」
「……分かったよ……」
「こうなったらもう、大人しく療養するしかない」……と、ようやっと諦めがついたらしいヴォルフに、レイバンとアハルティカは毛布を被せてやった。
◇◇◇
そして、約束の日。
玄関扉の前に立って、入ってこようとしない気配に気がつき、アリアナは中から扉を開けてあげた。
「…………おかえり、ヴォルフ」
「………た、だいま………」
鞄を片手にぶら下げたヴォルフが、どこか萎れた様子で立ち尽くしているのを見て、思わず苦笑する。……借りてきた猫のようだ。
「……君が無事に帰ってきてくれて、嬉しいよ。──さあ、ご飯にしよう?」
そう言って、ヴォルフを自宅に招き入れる……というのも、なんだか変な話だが。
思いつつ───バタン。と、扉を閉めた瞬間。
「………リア」
「!……」
扉とヴォルフの間に挟まれる形で、後ろから抱き締められる。
………その手付きも、ひどく遠慮がちだった。
「………ごめんなさい」
「!………」
「………悪かった。…本当に。すごく反省してる……」
「………」
「もうしないよ……でも、」
「………」
「……まだ、怒ってる………よな?」
どれも小声だったけれど、ヴォルフの本心であることが切々と伝わってくるような言葉の数々。
…アリアナは身動ぎして、ヴォルフの手を解かずに向き直った。
「…病院からの連絡を受けた時───」
「……うん」
「『今、しっかり療養したなら治る』…。その位の症状だと前もって教えられていても………君の顔を直接見るまでは、生きた心地がしなかったよ」
「………」
「……本当に心配したんだ」
「……ごめん……」
「君がきちんと先生の言うことを聞いて、休んでくれたから…今はもう怒っていないよ」
「……本当に?」
「うん。……でも……」
言葉を切ると、ヴォルフがひどく不安げにこちらを見つめてくる。アリアナは正直に話した。
「同時に、とても『悲しかった』……かな。君が、不調を隠そうとしていたこと」
「!」
驚いて目を丸くするヴォルフ。そんな彼に、アリアナは小さく笑った。
「……しばらくは、長い訓練から帰ってくる度に、君を疑ってしまうだろう……。『私が居ない間、本当の本当に、元気でいたのかな??』って」
いや、訓練中にだって、きっと心配になる………。
ヴォルフがしようとしたことは、『その場しのぎ』という以上に罪深いものだった。そう……今後の信頼や安心に、ひびを入れてしまうような。
「…私と君は、お互いの仕事を尊重出来る関係のはずだろう?」
そもそも、契約結婚をしたのは、それが理由だ。
「…私だってもちろん、君の仕事ぶりをとやかく言いたい訳じゃないんだよ?」と前置きした上で、アリアナは言う。
「でも任務についている間、君に何かあれば…………私は自分を許せないと思う」
「!………」
「騎士であることを、後悔したくない───だけど、そうなるかもしれないくらい、君のことが大切なんだ。私は」
「……、…リア………」
ヴォルフの抱き締める力が、強くなる。
ぐいっ───!と。…それ以上に、アリアナは彼を強く抱き寄せた。
「ルゥ。お願いだよ………分かってくれ。
君が私にとって、どれだけ大事な人なのかを」
「…………」
ヴォルフがコクン、と頷いた。小さく掠れた声で「ごめん…」と呟く。
「…もういいよ」
アリアナはその頭をポンポンと撫でたあと、気を取り直し、声を掛けた。身体を離し、両手を繋ぐ。ヴォルフの少し赤くなった目元が、綺麗な髪の隙間からチラチラ見えた。
「オーバーワークの経緯は聞いたよ。君も大変だったな」
「…うん…」
「にしても、食事を抜くのはいただけないぞ。『栄養失調』だなんて!どうして食べなかったんだ」
「いや、それは……。…仕事に夢中になると、ついつい入眠時間が押して…」
「ああ」
「そうなると、空腹に気づいた時にはもう夜中だから、飯屋もやってないし………『面倒だから明日の朝食べれば良いか』って考えて………」
「………で、朝は起きられない??」
「…………そう」
ばつが悪いのか、ヴォルフはもごもごと口ごもる。
「食べられる物が無かったんだ…。これはもう仕方がないだろ」
「………そうか。わかった」
それを聞いたアリアナは、玄関扉を開いてさくさく、と庭の芝を歩き、5分程でヴォルフの元へ戻った。
「ほら」
「………………。」
いくつか差し出したのは、世間で大まかに『雑草』と呼ばれているものたちだ。
……口を噤んだヴォルフが、おずおずとこちらを見上げてくる。アリアナはそれを真正面から見つめ返した。
「覚えろ。──これも、これも…、これもこれも。
色形から断定しやすい種類を選んだ。見た通り、どこにでも自生しているものだ」
「…………………。」
「………うん、…いや。何で??」と言いたげなヴォルフ。
アリアナは言った。
「全部食べれる。」
「……………………。」
ヴォルフも大体予想はしていたのだろう。どうも、当たって欲しくはなかったようだが。
「『食べ物が無い』んじゃない。探せばそこらにいくらでも食べられるものがある──ただ、君に『その気が無い』だけだ」
「……………………。」
「分かったら、出来る時に出来る限りの養生をすることを学べ。────やれるな?」
──「いやいやいや…。お前のサバイバル知識を俺に横流しするな。こちとら最近はもっぱらデスクワークの一般市民だ」──。
…などと、ヴォルフに思われていても、それはアリアナにとって知ったことではなかった。
「……………………」
「……。……………はい。」
「よし。」
黙って向けるこちらの視線に根負けして、首を縦に振ったヴォルフ。それに対し、アリアナも深く頷いたのだった。




