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狼商人は祝われる

 ヴォルフとアリアナが言い合いをした日から、1ヶ月と少し──季節は完全に、秋から冬へと移り変わっていた。


 窓枠の向こうに見える街の景色は、薄く雪化粧を纏っており、降り続ける雪が無ければ1つの絵画と見間違う程に美しい。



(………………はあ)


 …ヴォルフは内心でため息をついた。勘違いしないでいただきたいのだが、これは季節の移ろいを感じたことによって漏れ出た嘆息では、決してない。



 ───本日、12月26日。アリアナと訪れているのは、王都の雰囲気の良いカフェであった。


「………」


「………」


 外の寒さとは打って変わり、ぬくぬくとした店内は壁も優しい暖色だ。テーブルの向かいでは、とうにぬるくなったであろう紅茶の入ったカップを、アリアナがゆらしている。




 雪が薄らと積もる程寒さが厳しくなると、必然的に遠出は難しくなった。比例して、デート先は近場になっていき、最近では王都の繁華街に出掛けることが多い。


 アリアナは、彼女なりに新しい己と向き合うことに決めたらしく、近頃は王都でも外で手を繋いでくれるようになった。こちらとしては大変有難い進歩である。



 ……まあ、さすがにまだ、良識的な『それ以上』をここらの往来でする勇気は出ないらしいが。


 しかし、その気になっているかどうかはすぐに分かる。繋いだ手にじわ…っ、と汗が滲み出すのが合図だ。それに気がつきアリアナの方を見遣ると、彼女は大抵黙りこくり、顔を赤らめてそわそわとしている。


 そんな時はこちらから助け船を出す───振りをして、遠慮無くホテルへ連れ込んでいる。そこで人目など気にせず思う存分キスしてハグして───彼女に許されるなら、他にも色々。



 ただ『自分からホテルへ誘う』というのは、アリアナの中で未だ『恥』の範疇らしかった。



 そんなに自身を否定せずとも、「恋人とイチャイチャしていれば、その過程で自ずとムラムラしてしまうのは当然じゃないか?」とヴォルフとしては思う。

 むしろ、それが『普通』と言ってしまっても良いだろう。


 ただ単に、ヴォルフやアリアナ自身が思うよりも、彼女が『普通』寄りだった、と言うだけの話なのだ。


 しかし、相変わらず彼女はそれを許容しきれないようで───足踏みしている内に、こちらから申し出るとあからさまにホッ…とした顔をするのである。



「………」


 ぶっちゃけ、ヴォルフはそんなアリアナを見るのが好きになっていた。

 至極真剣な彼女には悪いが………、俯いてもじもじと葛藤する姿は大変可愛らしいし、誘われてから「……実は、私もそうしたいと思ってたんだ……」などと言いにくそうに、だが少し嬉しそうに告白してくれるのも物凄くイイ。


 たまに、そわそわしている彼女を焦らして虐めたくなる時もあるが、その顔を見ているとこちらも我慢が利かなくなってきて、結局自分から言ってしまうのだ。




(………………はあ)


 ヴォルフはもう一度息をついた。

 だったら、現在進行形でそわそわしている目の前の恋人に、サッサと声を掛けろ、と言う話なのだ。しかし今回のこれはそういう挙動不審ではなく、きっと………、



 ─────ジリリリリンッ、ガチャ。


「…はい、喫茶<yule>です。はい…、はい……『アリアナ』様ですね?」

「!!」

「……」


 店内に響いたのは、電話の呼び出し音。それを取ったカウンター近くの店員が、アリアナの名を呼んだ。


「お客様の中で『アリアナ・フロージ・マーナガラム』様はいらっしゃいますか?」

「はいっ…!…私です」

「ああ、良かった。お電話ですよ」


 「『アハルティカ』様という方からです」と付け加えられ、アリアナが「ええ、ありがとう」と応える。


「ヴォルフ、ちょっと悪いけど…、」

「………ああ。良いよ」


 待ちに待った連絡が、ようやく入ったのだろう………こちらに断って、アリアナが席を外す。

 いそいそとカウンターまで進み、受話器を手に取った。


「ハル?……うん、うん……」

「………」


 アリアナが、小声で会話している。きっと、聞かれたくない内容なのだろう。


 ……そう。彼女は今、自分に隠し事をしている。


 そのように確信したのはこの瞬間ではなく、今朝起きた時から────いや、もっと前からだった。




 ここ1ヶ月間、アリアナは毎日帰りが遅かった。

 定時で上がってくる時の時間より、1~2時間程オーバーして帰宅してくるのである。


 それを、彼女は「仕事が忙しいから」と言って誤魔化した。…が、実はベルガレットやジャックとする世間話によって、以前より『冬季は比較的騎士団にも時間がある』ということを、ヴォルフは知っていたのである。


 ……無論、アリアナに不審な動きが見え始めた頃、ベルガレットは<R's>に顔を見せなくなり、ジャックは無口なバーテンよろしく、沈黙を守るようになったのだが。


 ヴォルフは、不満だった。

 アリアナに隠し事をされるのももちろんだが、何より彼女との時間が減ることに耐えかねたのである。




 ………そして、今日。

 アリアナとは決定的に目が合わない。


 これが、彼女の『嘘をつく時』の癖であると言うことを、先の一件からヴォルフは理解していた。


 「気付かれないように……」と意識してか、不自然で無い程度に行われているのは確かなのだが、自分には通用しない………。

 何故なら、普段が普段だからだ。彼女からじっ……、と真摯に向けられる視線を、ヴォルフは常々好ましいと思って受けていたから、なおさらの違和感である。…多分、平常時の対応こそが彼女にとっての『無意識』なのだろう。



「…………」


「───何だって?!雪で馬車が……!?」



 ……どうやらアクシデントが起こったらしい。

 嘘がバレているとも知らず、アリアナはこそこそとアハルティカとの電話を続ける。ヴォルフはその後ろ姿を眺めた。ズズ…と2杯目のコーヒーを啜る。


「…そうか、分かった……。じゃあ、近場の店で代わりをいくつか買って────えっ!?もうレイが受け取りに……!?!?」

「…………」

「そ、それで──……?……うん、うん………。わかった、1時間後だね?ありがとう!」


 そう言って、ガチャン、とアリアナは電話を切った。長電話を店員に謝罪し、こちらへ戻ってくる。


「……アハルティカ、何だって??」

「ちょっと用事があって、別邸を出るそうだよ。でも、1時間後には戻るらしいから…」

「ふーん…。そう」


 ヴォルフは、ほんの少しだけイライラした。つい、遠回しな不満が口を突く。


「……なあ。アハルティカから借りてた…本?それって、マジでどうしても『今日』返さなきゃダメなやつなのか??」

「!…、…ええと…」


 今日、王都へやって来ているのには、デート以外にも目的があった。その建前上の名目が、アハルティカから借り受けたと語る本、なのである。

 それについて言及すると、アリアナは守るように、本の入った鞄を後ろ手に回した。彼女と自分とでは、アハルティカと共にいた年数が違う。言っちゃあなんだが、友人はマメに本を読み返すタイプじゃない。

 言い淀むアリアナに、ヴォルフは構わず言い募る。



「本人が『今居ない』ってんなら、別の日に返したって文句言われないだろ。それか、今から別邸に行って誰か他の奴に『アハルティカへ渡しといてくれ』って頼むか……、」


「だッ──!」



 これにはアリアナも参ったらしい。一瞬、慌てたように口を開いた。が、すぐにこほん、と咳払いして、落ち着き払った様子を見せる。


「……ダメだよ。借りてたものを人伝に返すなんて出来ないし、これはハルが大事にしてる本だから、私が早めに返しておきたいんだ」


「…………」


 ヴォルフは疑わしげにアリアナを見つめた。合ったはずの視線は、すい………とそれとなくずらされてしまう。

 そして、彼女はパッ!と気を取り直すように口を開いた。



「そうだ!丁度行きたい店があるから、時間まで付き合ってくれないか?紅茶葉を売ってるお店なんだが──、」

「─────はあ…」


 ヴォルフはもう、ため息を我慢しなかった。



「いやお前…いつも紅茶はティーバッグ派だろ??」



 アリアナは騎士だ。限られた時間で限られたことをしなければならない彼女にとって、『利便性』はなかなか重要なようで。味わうために、繊細かつ面倒な工程がいりそうな、お高い茶葉を使っているところなんて、家でさえ見たことがない。


 ヴォルフはうんざりしながらそう指摘した。

 いい加減、見え透いた嘘と時間稼ぎに乗るのはストレスだったのだ。


(……いや。正確には、リアと俺の価値観の違いが、……か)


 「そうは言っても、今のは感じの悪い言い方だったな…いやでも…」…と、ヴォルフは心の中で頭を抱えた。


 そんな苦々しい気持ちのことなど知らないアリアナが、ぽりぽりと指先で頬を掻き、答える。


「確かにそうなんだけど………」

「……」

「君は、いつも豆から拘って珈琲を淹れてくれるだろう?」

「……」


「だから、私も茶葉から厳選して、きちんと紅茶を淹れてみようかな……って。前々からそう思っていたんだ」


「!…」


「だけど、気乗りしないなら別の場所でも良いよ!どこへだって君の行きたいところに──……あっ!『家に帰りたい』はナシだぞ!」

「………………、」


 そう言われ、ヴォルフは唇を噛んだ。



(…お前が俺のためだけに、紅茶を淹れてくれる気があるってんなら)



 ──「もう、それだけで良いか」……なんて。



 随分と殊勝なことを考える自分に、ヴォルフは心底驚いていた。…今日は、アリアナへのお願い事がたくさんあったというのに。



 …だけど、もうしょうがない。

 こちらの我を通すには、彼女からの気持ちが純粋過ぎた。



 嘘なんて滅多に吐きたがらない彼女が、苦労しながら──だけど、どこか浮き足立った感じで接してくるのが。



 ──どうにもこうにも、愛おしすぎて。



(…………もう、諦めるか…………)


 ついに、ヴォルフは折れた。自分の理想通りではなかったとしても、アリアナの思惑に水を差すのは、あまりにも無粋だと思えたから。



「…いや、悪かった。茶葉、見に行こうぜ」

「……良いのかい?」

「ああ」


 言いつつ、ヴォルフは伝票とコートを持って席を立つ。



「店の端から端まで、全部買い占めてやる」

「ええ!?!?そんなの駄目に決まってるだろう!?──あっ!こらっ、待てヴォルフ!!」



 そう言って、目を白黒させるアリアナ。自身のコートと鞄を引っ掴んで、後ろを追い掛けてくる。


 ヴォルフはさっさと会計を済ますと、彼女の手をぎゅう!と握り締めた。そうしてからするり…、と指を通す。



「ぅ…、ヴォルフ」


「寒いから。」



 有無を言わせぬ調子でそのままぐいっ!と引き寄せ、親指で相手の手の甲をなぞった。



(このぐらいは、俺の好きにさせてくれよ?)



 だって、今日は────




◇◇◇




「「「ハッピーバースデー!!ヴォルフ!!」」」



「おお……!…これはすごいな…」



 1時間後、別邸にたどり着いたヴォルフは、そこそこに苦労しながら──なるべく自然なリアクションを演じて見せた。


 散らばる紙吹雪に、各々の拍手。部屋には陽気な音楽が流れていて、なんだかジャンキーな食べ物達の匂いがする。そして、恋人を含めた仲間達の楽しげな笑顔。

 概ね予想通りに思われた光景だったが、そこに集った人数だけが、想定外だった。…多分、別邸に住むほとんどの者達が出席しているんじゃないだろうか。


「…どう?驚いた!?ヴォルフ!」


 わくわくとそう訊ねてくる可愛い子に、ヴォルフは内心で苦笑いしたが、それをおくびにも出さず頷いた。


「ああ。めちゃくちゃに驚いたよ。大変だったろ、準備」


 アリアナにそう言うと、聞いていたアハルティカがからから笑った。


「ケーキ、デッカイでしょ?!特注よ!

配達員から、途中で『馬車の車輪が雪に嵌まって動けない』って連絡が来たときは、真面目に『詰んだ』って思ったけどね~!」

「レイが現場まで取りに向かってくれたんだよな、本当にありがとう。パーティ準備も任せてたのに…」

「いえ、祝い事の手配は慣れてますから。このくらいはお安いご用ですよ」


 そう言って盛り上がる3人。


(『仲良し』で喜ばしいこった…)


 と、ヴォルフは思った。それは本心なのだけど……、やはり釈然としない。


「あー……。…なあ、リア??」


 ヴォルフは、サプライズが成功したと見て嬉しそうにしているアリアナに、声を掛けた。


「?なあに、ヴォルフ??」


「…今日は本当にありがとう。ものすごく嬉しいし、びっくりしたよ」


「!へへ…、…そうだろうっ?」


 照れたように、だがちょっぴり得意気に、アリアナが笑う。ヴォルフは内心で「うっ…」と怯んだが、それでも懸命に伝えようとした。



「だけど……、」


「……『だけど』……??」



 しゅっ……とアリアナの笑顔が引っ込む。折角合うようになった瞳がゆらゆらと揺れ、「何か不手際があっただろうか…?」という彼女の不安が、容易に見てとれた。


 ヴォルフはアリアナを傷付けないよう、細心の注意を払いつつ、言葉を紡ぐ。タイミングを逃すわけにはいかなかった。今こそ、次回への布石を済ませておく時だ。



「来年からは……『2人きり』が良いな」


「…………『2人きり』??」


「そう」



 こてん、と傾げられた首。ヴォルフは、丸きり不思議そうにするアリアナの頬を、優しく撫でた。



「気持ちは嬉しいし、皆も有志で集まってくれたんだろうってのは、分かってるつもりなんだが……」

「………」


 きゅう、と寄った眉根。緑の瞳に悲しみが混じってしまう前に、ヴォルフは言い切った。


「ほら、俺の誕生日って冬の休暇にガッツリ被ってるだろ?本来なら皆、もう里帰りしてる時期だ」

「!…」

「『祝って貰えて嬉しい』と思う反面、申し訳なくもある……。もちろん、『誰かが悪い』ってんじゃないぞ。ただ、俺の気が咎めるんだ…」

「……」

「別に大勢から『祝って貰いたくない』わけじゃない。だけど、『祝われなくても平気』とは思ってる………ああ、深く考えないでくれ。この時期に生まれた人間の、宿命ってやつさ」


 ヴォルフは軽薄に言って見せた。肩を竦ませて、なお言葉を重ねる。



「だからつまりさ、俺はお前さえ祝ってくれたら、それだけでもう充分なんだ…。


……な?分かるだろ…??」



 というか、分かって欲しい。



「──────お前らも。」



 ヴォルフは、ことの成り行きを見守っていた、付き合いの長ーい仲間達に目を遣った。



(というか、コイツらは『分かって』たハズだ……)


 アリアナと想いが通じ合ってから、初めて迎える誕生日。

 自分が、それを彼女と2人きりで過ごしたがってたことを。



(なのに、コイツらと来たら───)


 ヴォルフは目をすう…と細め、物騒にギラつかせた。



 きっと、今回の発起人であろうアリアナがそれを理解していなかったことにウケて、悪ノリしたに違いないのだ。



(じゃなきゃ、誰かしらがリアを止めなかった理由が付かない…)


 マーナガラム商会には、そんな商会長の沸々とした怒りを正面から受け止めるような命知らずはいなかったようで、皆一様にあらぬところへ目線を逸らした。



 そんな中、アリアナだけが反省しきった顔で口を開いたのである。


「ごめん……」


「!」


「大事な君の、誕生を祝う日だろう…?

私1人の力ではとても足りないと思って、皆にも声を掛けてみたんだ。けど……そこまで考えが至らなかったよ、すまない」


「ああ…頼む、謝らないでくれ、リア。嬉しかったのはホントなんだ」


 ヴォルフは頬に置いていた手を下げていき、アリアナのそれを取った。

 両手をそれぞれぎゅっと握って、彼女の目を見つめ返す。



「────リア。


…来年も祝ってくれる??…今度は2人きりで」



「ああ!もちろんさ」



 お馴染みの、大変良いお返事である。これで確約だ。

 次回からはじっくりまったり迎えられるであろう誕生日に「よし」と心の中でガッツポーズをし、ヴォルフは満足して手を離した。



 アハルティカとレイバンが、場を仕切り直す。


「──さあさあ!じゃあケーキ食べちゃう??」

「ローソクに火を着けるのが先だ。お願いゴトは決めてきたんだろうな~?ヴォルフ」

「そんなもんないさ。自分のことは自分で叶える」


 そう軽口を叩き合い、笑顔のアリアナと仲間達に見守られながら、ヴォルフは点けられたローソクの火を吹き消し去ったのだった。




◇◇◇




 家に帰り着き、ヴォルフはまず自室へと上がっていった。

 貰ったプレゼントをクローゼットに仕舞おうと思ったのだ。


 仲間達は、連名でネクタイピンを贈ってくれた。シルバーのシュッとしたデザインで、先端にモチーフが着いている………多分、狼だろう。


 見つからないよう別邸にプレゼントを預けていたらしいアリアナからは、数日の旅行に使えそうな、中型の鞄だ。

 以前、自分が全くの手ぶらで出張に出掛けていき、手土産だけ持って帰ってきたのを見て、アリアナから質問されたのである。


 ──「君、宿泊用の荷物はどうしているんだい??」、と。


 正直に「出先で買って、使い捨てにしている」と答えたところ、仰天していた。ので、見かねて贈ってくれたようだ……「これでしっかり荷造りをして行け」という、彼女からメッセージだろうか。


「…………??」


 ヴォルフは、その鞄の重心が動くことに気付いた。


 ────パカ。と、蓋を開けてみると。



「これは………」



 リボンが掛けられた紙の包み。──中には、真っ白なセーターがきちんと畳まれた状態で入っていた。

 至るところに飾り編みが施されている。キッチリ並んだ編み目は、「機械で編んだんじゃないか?」と思う程見事で、売り物だと言われても疑わないレベルだ。しかし、そうではないことは明らかだった。どこにもブランドタグが付いていないのだ。



「───リアっ、」



 ヴォルフはそれに袖を通し、バタバタと階段を駆け下りた。




「リア!」

「っわ!びっくりした…」


 と、リビングに居たアリアナが振り返る。

 結局選び抜いて数個しか買わなかった茶葉達をサックリ棚に収め終え、ストーブに薪をくべようとしていたようだ。

 彼女は、先ほどの格好に上半身だけを雪みたく真っ白にした自分を見留め、くすくすと笑った。


「なんだ、ルゥ。もう着ちゃったのか?」

「ああ。見ろ、幅も丈もピッタリだ」

「ふふ、それなら良かった」

「触り心地もめちゃくちゃ良い。───ほら」


 そう言って腕を広げると、アリアナはきょとん、とした。当然だ…触り心地なんて、作った本人が一番よく知っている。


 しかし、それでも彼女は突っぱねたりせず、可笑しそうに優しく笑ってから、空いた腕の中に身を寄せてくれた。

 ふわ、と寄り添ってくれるのを、かき抱く。



「……うん。とってもふわふわだ」



 そう言って、満足気に肩口へ頬擦りするアリアナ。ヴォルフもふわふわな彼女の髪に、ちゅ、ちゅ…とたくさんのキスを落とした。


「ふふ……自分で言うのも何だが、なかなかの出来だろう??」


 とアリアナが笑う。


「母上が寒冷地の出身だから……私も小さいころから教わってたんだ!」


 「母上はもーっと上手なんだぞ!」と鼻高々に自慢してくるのを、ヴォルフは彼女の髪を撫でながら、黙って聞いていた。


「…実はね。誕生会の提案に行ったらレイが……何から何まで、『パーティの準備を引き受ける』と申し出てくれたんだよ。だから、私も君にプレゼントを作る時間が出来たんだ。ハルと一緒にデザインを考えたりしてね」


「!……そうだったのか……」


(あいつら……)


 とヴォルフは心から感謝し、昼間とは一転、彼らにスタンディングオベーションした。


(さすが、伊達に付き合いが長くない。良い仲間を持てて幸せだ)


「…じゃあ、最近帰りが遅かったのも?わざわざ、見つからないよう外で編み物してたのか?」


「そうだよ。業務後にね。支部にある女性騎士寮の談話室で……あ、きちんと寮監にも許可を取ったぞ」


 「快く迎え入れてくれて、助かったよ」と言って、アリアナがひょい、と肩を竦ませた。


「君と一緒の家で過ごすのは、良いことばかりだけどね。『隠れて作業ができないこと』については、数少ない不便と言えるな」


 そう言うと、アリアナが身を離す。


「………気に入ってくれた?」

「もちろん気に入ったさ」

「…すごく、すごーくか?」

「すごく、すごーく、だ」

「そうか……」


 ヴォルフがアリアナの言葉を繰り返すと、彼女は噛み締めるように頷いてから、ぱあっ…とはにかみ笑いをした。



「…嬉しい」



 一言そう言ったアリアナを、ヴォルフはもう一度、胸に収めた。


(『嬉しい』のはこちらの方だ!!)


 ───と、あまりにぎゅうぎゅう抱き締めたものだから、彼女が苦笑する。


「でも、それを着るのは君の実家へ行くときまで、取っておいて欲しかったな…」

「なんで」

「『なんで』って……君の実家は『割と雪が積もって寒い』って。前に言っていたじゃないか」


 「それを聞いて、セーターに決めたんだよ」とアリアナが言う。多分、彼女が指しているのは、年始に予定しているミズガルダへの帰省のことだ。もちろん、彼女も同行予定である。


「違う……。なんで『俺が実家に着てくと思ってるんだ』、ってことだよ」


「???」


 伝わらなかったらしく、アリアナが首を傾げた。仕方なく、ヴォルフが説明する。


「俺がこのセーターを着て行くとする」

「うん」

「そしたら、母さんと父さんが羨ましがるだろ?」

「うーん……。…そう、かな?」

「絶対そうだよ。で、『あたし達もほしーい!』とか言われたら…お前、作っちゃうんだろ」

「それは……そうだね?」

「ほら見ろ!家族でお揃いになっちまうじゃないか!」

「………それって素敵じゃない?」


 「名案じゃないか!」と恋人が言い出して、早くも2着目、3着目の作業に取り掛かり始めてしまう前に、ヴォルフは先手を打った。


「だめ。」


「…『だめ』?」


「うん……………」


 そう言って、ヴォルフは一際強くアリアナを抱き締めた。耳元に、唇を寄せる。



「そうやってお前は………。


…すぐ、俺を『特別』から降格させようとする…」



「!………」



 ヴォルフは出来る限り惨めっぽく、そして哀れに聞こえるよう、そう呟いた。これをすれば、心優しい彼女が思いっ切り甘やかしてくれることを、既に学習していたのである。



「そんなことしないよ……ルゥ」


「……ほんとう?」


「ああ、約束する」



 そう言って、頭を撫でてくれたアリアナに、ヴォルフは頬擦りした。しめしめと思われていることなど露知らず、彼女が笑う。



「君は結婚してから、随分と『特別』に拘るようになってしまったな…」



 そう言われ、ヴォルフは押し黙った。



 さすがに「いや、それはお前と出会ってからずっとだ」──とは、情けなさ過ぎる気がして言えなかったのである。





 ───風呂上がり。ほかほかと暖かい体を冷やさぬよう、2人は寝巻き姿でソファに身を寄せ合う。


「なあ。これからは俺の目の前で編み物してくれよ」


 プレゼントはすごく嬉しかった。が、結局のところ、一緒にいる時間を減らしたくないヴォルフは、アリアナにそうお願いする。しかし、彼女は「うーん」と眉をしかめた。


「うん?どうした?駄目なのか?」

「いや、駄目じゃないけど…。…君が、暇になるんじゃないかと思って…」

「暇?」

「そう。『構ってくれない』って拗ねたり、逆にちょっかい出して、邪魔したりはしない?」


 と、アリアナが確認してくる。


「もちろんさ」


 ヴォルフは即答した。


 実際には、『そうはならない』という約束が出来るわけでは無かった。


(でも、それで良いじゃないか)



 ヴォルフは開き直る。だって、そんな光景も全部───



(幸せすぎるだろ)




◇◇◇


長い、甘い、熱い。


読んで下さりありがとうございます。

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