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鹿騎士と狼商人の休日2

 ヴォルフは、アリアナのつむじを見つめる。彼女はこほん、と咳払いしてから口を開いた。


「私が聞きたいのは、つまり……。

そう。『君は私と出掛ける気がないのか?』って事なんだよ」


 ヴォルフは即答した。


「あるよ。物凄くある。…無いわけないだろう?」


「………………。」


 出来る限り、誠意を込めて返答したつもりだ。だけど、彼女から返ってきた言葉は無情だった。


「……うそだ……」


「!嘘なもんか!」


 心外過ぎて、咄嗟に噛みつく。上から見下ろす髪の隙間から、アリアナが口を尖らせているのが窺えた。


「……でも。……君、途中から楽しんでただろう?私がベッドから動けない状況を、だ」


「!……それは…、」


 ヴォルフは言い淀む。

 彼女の表現には語弊があった───が。…正直、全くの的外れ、という訳でも無かったのである。


(どう伝えたもんかな……)


 と、ヴォルフは思わず首を捻った。


 ──誰に対しても、節度ある振る舞いをするアリアナ。…もしもそんな彼女の賢明さを、捨てさせることに成功したなら──、


(恋人である俺を、どう扱うのか??)


 ……それを、以前からヴォルフは確かめてみたかったのである。…有り体に言うと、彼女のワガママを聞いてみたかった。し、言わせてみたかったのだ。


 何だって叶えてやれる自信はあるのに、肝心の彼女から望まれないんじゃ、虚しすぎる。


 そうは言っても、アリアナに直接お願いしたところで、怪訝な顔して断られるのがオチだ……。だから、何かとチャンスがある度に彼女を唆していたのである。今回、全く意図しない形ではあったが……その望みが少しだけ叶ったことは、大変嬉しかった。甘やかすのがめちゃくちゃに楽しかったことも、潔く認めよう。


(でも──、)


「誓って、お前の不幸を喜んでた訳じゃないんだ。それは別件というか……。…とにかく、誤解しないでくれ」


「……」


 そう懇願する。ここで言う『不幸』が振りだっただけに、アリアナも強く咎める気は無いようだった。彼女が、ほんのチラ…とだけこちらを見てくれる。


「だから…つまりさ。俺はわざわざ外に出掛けなくても、それと同じくらい『お前と一緒なら楽しい』ってことなんだよ」


「………………………………」


 …長い沈黙。それに耐えきれず、ヴォルフは口を開く。


「あー…。てかさ……、お前こそどうなんだよ??

『出掛けたい』って言うけど、こないだもアハルティカと出掛けてたじゃないか?」


 「買い物が済んだなら、無理に出掛ける必要もないだろ?」とアリアナに訊ねた。すると、彼女が首を横に振る。


「私だって、君と一緒ならどこでも楽しいよ。けど…………」


 と、言葉を詰まらせるアリアナ。少し悲しそうに目を伏せる。


「…ハルは、色んなお店や景色の良いところを知っていてね?その話を、いつも楽しそうに聞かせてくれるんだ」


「……………」


「そんな素晴らしい物を『他でもない君と見れたら素敵だなぁ』…って思うのは、悪いことじゃない。…そうだろう?」


 そう言って、アリアナがこちらを見つめてくる。



「…何も毎週外出しなくても良いんだ。

ただたまには…私から君に、何か返してあげたいんだよ。


…今のままじゃ、毎回君からしてもらうばかりだ」



 「それって全くフェアじゃないだろう??」と、アリアナが続けた。


「!………」


 その言葉に、ヴォルフは小さく息を飲む。


(それって───、)


 もしかして…。いつも自分が先導して、行為を行っていることを指している……のだろうか。

 慣れてはきたが、まだまだ性に(くわ)しいとは言えないアリアナである。文字通り、手取り足取り自分が彼女に教え込んでいたのは事実だけれど。


(まさか。そんなことを、気にしてたのか…??)



「私だって。今出来る私のやり方で、君のこと満足させられるよ」


「…そ、うか」



 座ったまま、ちょっぴり背を伸ばしたアリアナに、ヴォルフはつい堪えきれず、ニッコリ微笑んでしまった。

 少しだけ思ってしまったのだ──。それって裏を返せば、彼女も夜のあれこれが「悪くない」って思ってくれてることの、証明になるのではないか?、と。


 初な恋人は、意識がハッキリしているときに「良かった」などの感想を述べることなんて、全く無かったのだ。なので、勝手にテンションが上がってしまうのも、仕方のないことだと思う。

 もちろん、意識があやふやな彼女にだって、強要して言わせたことなど無かった。けれど、確信が持てて安心したのである。


 ただ、真剣なアリアナを嗤っていると勘違いされないよう、ヴォルフは瞬時にその笑みを隠した。


 常、手練手管を極め尽くした女達しかヴォルフの周りには残らなかったため(水面下で行われた熾烈な競争の結果である)、ただ一人愛した女性の拙さが─もちろんその著しい成長も─ヴォルフ的には嬉しいし、新鮮で大変満足なのだが。

 何かと返したがりな彼女は、そうでは無かったらしい。



「……」


 今度はヴォルフが、こほん、と咳払いをした。


 ──先程答えたように、自分だって彼女と出掛けたくない訳ではないのだ──。…ただ、問題が1つ。



「…でも、お前…。外では手も繋ぎたがらないじゃないか」



 「キスも、ハグもだ」と言うと、アリアナが首を傾げる。


「…??何だい、急に……。───だからそれは、」


「『したくなったら絶対人の目がないところで』って言うんだろ?」


 「知ってるよ」とヴォルフは彼女の言おうとした言葉を、先に言い当てて見せた。これは、彼女が新婚旅行の終わりにすぐ打ち立てた、2人の約束事である。


「でも、毎回外で部屋を取るくらいだったら、最初から家にいた方が良い」


 「当然だろ?」と続ける。すると、彼女がぽかん、とした顔でこちらを見た。



「えっ…、君……。毎回外で私と手を繋いだり、キスやハグしたい、って思ってるの…?」



 ──「確かに新婚ではあるが、周りが見えない付き合いたての恋人たちって訳でも無いだろうに。一体どうしてしまったんだろう、私の夫は?」──。


 と、言わんばかりに聞き返され、ヴォルフは苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。「しまった」とも思ったが、それでも前言を撤回することはしなかった。



「…………………。」


「ぁ、え、ええと…」



 と、思わぬ意向にあたふたとするアリアナ。ヴォルフは眉根を寄せて彼女を見下ろした。


(……むしろ。なんで俺が『そうしたい』って思わないと思えるんだよ。お前は)


 と、内心でムカムカする。

 実際、いつもそうしたいと思ってしまうのは、アリアナのせいだった。デート中の彼女は、いつもの可愛さに輪をかけて可愛い。『すきすき♡』オーラが駄々漏れているとでも言おうか……。


 そんな風に刺激され、否応なしに沸き立った色んな衝動を抑えつつ、何食わぬ顔で彼女の隣を歩かされる……。というのはもう、こちらから言わせれば「何かの拷問か」と思ってしまう程の仕打ちなのである。


 前日に補充しておかねば、とてもじゃないけれど外で我慢が利かない。無論、そうしたとしてももやもや─もといムラムラ─を抱えて、彼女に相対することには変わりないのだけど。


 ──しかし、解決策が0というわけではなかった。前日念入りに抱き潰しておけば、彼女が外に出たがる確率はぐんと低くなったのである。彼女だって合意なんだし(実際には微妙に違ったみたいだが)、そうなればもう、家の中でいちゃいちゃし放題だ!



「………………」


「………………」



 しん、と静まった雰囲気が居たたまれない。が、ヴォルフは譲らなかった。



(──俺はもう、1回だって『待て』はしたくない)



 婚約中、長らく押さえ付けていた分の跳ね返りが、今になって自分を襲っているのは、自覚していた。


(…でも、仕方なくないか?)


 ──お貴族サマたちはそれが主流なのかもしれない。だが、全く手を出さずに世間一般で言う『恋人期間』を終えてしまい、不完全燃焼気味なのだ。こちらは。


(…そうだよ。俺はお前と、どこでだって手を繋ぎたいし、キスしたいし、ハグしたいんだ)


 ……少しだけ色づいた頬で、アリアナを睨む。──「何だよ?悪いかよ?」…と。


(ああ、『余裕がないんだね』といくらでも笑えば良いさ。浮き足立ってるのは、俺が一番よく分かってんだからな!)


 と、ある種の開き直りを見せるヴォルフに、アリアナは驚いているようだった。その隙を見逃さず、更に畳み掛ける。



「………アハルティカとは、『手を繋いで歩いた』って聞いた」


「!それは………」


 以前……アハルティカからそう自慢されたとき、ヴォルフはそれなりに傷ついたのだ。


(対象が『全員』ならまだ─いや、それでも遺憾だが─構わない。けど、『俺だけ』ってのは納得いかない。いくわけがない)


 ………だって、想い合ってる仲のはずなのに。


(『俺』は、『俺以外』よりリアを独占して然るべきだ。そうなりたくて、ずっと頑張ったんだよ。……なのに、それじゃ駄目なのかよ……?)


 じりじりとした視線に堪えきれなくなったらしい。アリアナが、口を開く。


「っ同性の友人と君とでは、その意味合いが全然違うだろう?」


「……………何が。どう違うってんだ」


「……それは。…だって……君と手を繋いでると…………」


 アリアナが言い淀む。


 「…なんだよ。この際だ、言ってみろよ」と、ヴォルフは聞きの姿勢である。


 アリアナは、珍しく目を泳がせた。既に赤く染まっていた頬の色が、更に可哀想な程濃くなり──



「…………………………………………




……………………キスしたくなる。」


「!」



 ……そのまま、恥じ入るように目を伏せてしまった。


 「…はあ?」と口を開け、彼女を凝視することしか出来なかったのを、どうか許してほしい。



「……………」


(『キスしたくなる』から…?…そんなことで、俺を遠ざけたのか───?)



 と、呆気にとられた反面、胸の奥には熱が生まれていた。そんなのは初耳だったのである。


(──どういうことだ…???……お前、『キスしたい』って思うこととか、あるのかよ)


 と、ヴォルフは聞き返したかった。

 …だって室内ではいつも、キスを仕掛けるのは自分からだ。しかも、それを性急にエスカレートさせようものなら、すぐ「ちょっと待て」の合図が入るのに。

 そんなだからもちろん、彼女の方からキスされたことなどない。「キスしてほしい」とお願いされたことだって、片手で数えられる程しかなかったのに。外だと何が違うと言うんだろう。



「…………」


 ………ヴォルフはなぜか、酷く現実離れしたことを考えてしまった。


(…もし、俺にフサフサの尻尾が生えていたら──)


 きっと、今頃千切れんばかりにブン回し、派手な風切り音を響かせていたに違いない……、と。


 しかし幸いなことに、実際には尾など無かったので………ヴォルフは落ち着いた男の顔を装うことに、見事成功していた。



 舌で、上顎の歯列をなぞる……。声が上擦らないよう気をつけて、口を開いた。


「……………したら良いじゃないか」


 そう彼女をけしかける。すると、すぐさま否定の言葉が飛び出してきた。


「無理だよ………」


「なんで。」


「だって、外だし………」


「外?…外だからどうした??どこでだってしても良いだろ、キスぐらい!」


 「俺らは結婚してんだぞ?!犯罪を犯してるわけでもなし!」と言い募る。


「だけど、だって……。…はしたないじゃないか…」


「はしたなくなんてない。皆やってることだ」


「でも……、だって………」


 彼女にしては珍しい。「だってだって」と言い訳モードである。


「……分かった。…じゃあ、暗くて人通りの少ない路地裏とかで、サッと…、」


 『彼女からのキス』を逃したくなくて、そう提案してみる。──すると。



「っ…そういうところを重点的に見て回ってるんだよ、騎士団は!」



 と、食い気味で訴えてくるアリアナ。


(…ははあ、なるほど)



 ヴォルフはようやく合点がいった。


 おそらく、彼女は街の見回りだとかで、そういった現場を(たぶんキス以上に過激な場面も)何度も目撃しているのだ。

 その度に、真面目な彼女は「もっと人目を弁えるべきだ」と思ったのだろう。無論、愛する人が出来たからと言って、彼女自身がそちら側に回るということは、その性格上あり得なかった。


(単純に、仲間に発見されたとき気まずいというのもあるか)


 ヴォルフは冷静に分析する。


 きっと、何にも知らなかった婚約時代は、手を繋ぐだけで、身も心も十分満足出来ていたんだろう(こちらは違ったが)。

 誤算は、行くところまで行きついたアリアナも、手を繋ぐだけでは満足しきれなくなってしまったこと、か。

 そうして彼女は、慌てて屋外での接触禁止令を出した。



 きっとアリアナは、これまで常に任務を全うしてきたのだろう。

 『騎士』としての仕事はもちろんのこと、『契約相手』であったときは、その条件を。そして『夫婦』となった今はその役割を。


「…………………、」


(間違ってない)


 と、ヴォルフは思う。


(『夫婦』にならなきゃ、結婚しなきゃ、リアは手に入らなかった。だから、それで良い)


 ……でも、同時に。自分たちは『恋人』でもあるべきだと思う。バカみたいに相手へと焦がれるお互いを、もっと主張し、認め合う期間が必要だ。


 ヴォルフは思い返す。そう、新婚旅行を終えた辺りからだ。

 まるで、浮わついた空気を振り切り、気を引き締め直す休み明けの学生みたいに、彼女がそうした工程を全てすっ飛ばして、『良き妻』になろうとしているようで。…こちらは気が気ではなかったのである。


 もちろん自分だって、そう遠くない内に『良き夫』になるつもりだ。それまでいくらでも、「自覚が足りない」と思ってくれて良い。…でも、それが『悪』だとは思って欲しくなかった。


(ホントのところ、リアも俺を欲しがってくれてるんだとしたら、それを隠すな)


 ヴォルフは哀願する。

 今だけは『契約相手』でも『夫』でもない、馬鹿でガキで、欲しがりで、彼女を愛してやまない『ヴォルフ・マーナガラム』を────



「なあ、リア。



お願いだ…………………………俺を見て」



(俺だって、『アリアナ』という女性を見るから………)


 そう────例え、それをアリアナ自身が見ようとしなくても、だ。



◇◇◇



「…………………、」


 アリアナは、思わず黙り込んだ。ヴォルフが、縋るようにこちらを見つめてくる。いつものスマートさはどこへやら、だ。


 ──こういうヴォルフも──いや、きっとどんな彼も、心の底から好きだ、と思う。


(なのに……私はこれまで無意識に、彼を型に嵌めようとしていたのかもしれない)


 と、アリアナはそう思った。



 新婚旅行を終えてからというもの───アリアナは、とある心境の変化に振り回されていたのである。


 そう。なぜか…、ヴォルフの魅惑的なところばかりに、目が行くようになってしまったのだ。

 美しい首筋にある隆起が、飲み物を飲んだ時にぐん、と上下する様や、男らしくゴツゴツしているのに、触るとどこか滑らかな手。甘美な声が漏れ出す少し厚目の唇に、さらさらと靡く髪の毛。服の上からも分かる、彫刻みたいなその肢体───。


 それらをひとたび意識してしまえば、胸のどこかがうずうずとして、何とも言えない気持ちになってしまう。しかも困ったことに、何故かその衝動は、出先で殊更に強くなるのだ。


 結婚してから、事あるごとに深く触れてくるようになったヴォルフが、外なのを考慮して最低限の自重をしてくれる───有り難いはずなのに、それがどこか焦れったかった。手繋ぎで接している部分だけが、じりじりと熱い。



 ──────「もっと触れたい」。



 …その欲求は、親愛から来るものでは無かった。


 どこか、自分にとって禁忌めいた発想。

 それを、アリアナはハッと自覚した───が、受け入れることは出来なかったのである。

 だって、ただ彼とのお出掛けを純粋に楽しみたいだけなのに。……そんなことを考えるのはおかしい。──浅ましい、とさえ思える。


 アリアナは、それを物理的に回避しようとした。

 ──手なんてぎゅっと絡めているからいけないのだ。外ではもっと切り替えなくては!!──と。


 そうして作り出された「屋外でベタベタしない」という取り決め。それは一見、()()()()()()()()()妥当な提案のようにも思えた。



(………でも。)


 と、アリアナは考える。



 ──自分は、『()()()()の彼を愛しているのだったか──??



 ──────答えは、否だ。



 自分は、『ヴォルフ・マーナガラム』その人を愛している。

 ……なのに、歓迎しない自我が芽生えたことに怯んで、あろうことかそれを促してくる彼ごと、手っ取り早く次の枠へと放り込んでしまったのだ。………本当に、ひどいことをした。


 アリアナは反省する。


(……『ヴォルフが好き放題している』、と決めつけていたけど。もしかすると彼の方も、私と同じくらい苦しんでいたのかも)


 その事に、どうして思い至らなかったのか…。



 ──ばちり。と、目が合う。今日はほんの少しばかり潤んだ、アイスグレーの瞳。

 …まともに彼の瞳を見るのは、なんだか久々な気がする。それを見ていると、どうしてだか何でも吐露してしまいそうになるので、今朝は直視することを避けていたのだ。──今日は、彼をぼんやりとしか見れていない。


「……………」


 そこまで考えて、不思議なことに頬が緩んだ。彼が言ったのは、どこかで聞いた覚えのある台詞だったから。


 …アリアナは、その言葉にどれだけ切実な想いが込められているのかを、身をもって知っている…。



「───ばかだな………君しか見えてないよ。


最初から、ね」



 アリアナは、ヴォルフにそうっとキスをして、静かに抱き締めた。


「でも、ちょっと思い違いをしていたみたいだ…君にも不自由させたな。本当にごめん」


 それをヴォルフがぎゅう、と抱き締め返してくれる…。仲直りだ。



「いや、俺も……お前の意思を尊重した気でいたよ。本当に悪かった」


 そもそも外に出ないことで、接触禁止令の抵触を回避しているつもりでいたことにも問題があった……と、ヴォルフは内省していた。


「……俺達って、まだまだ言葉が足りてない。たくさん話すべきだと思うんだが、どう?」


「全くその通りだ。もっと教えてくれ、私もそうするよ」


 アリアナが深く頷く。するとヴォルフが目を細めた。

 外したままだったシャツのボタンを、彼が丁寧に下まで留めてくれる。



「…じゃあ、早速ひとつ。」


「!何だ?」



 アリアナは意気込んでそう聞き返した。ヴォルフが片方の眉を吊り上げ、ニッと笑う。



「リアからちゅうされるの、嬉しいぜ。もっとしてくれ」


「────了解だ」



 くすくすと笑ってから、アリアナはヴォルフにキスした。




◇◇◇




 それからしばらく経ったある日。

 場所は、広い湖が一望できるカフェだ。バルコニーに置かれた白い木製のテーブル席に、空色のワンピースを着た美しい女性が腰掛けている。


 そこへ、1人の男が歩を進めた。彼女の前に、ティーカップを置く。


「探したぞ、リア。外にしたんだな」


「!ヴォルフ」


 「席を取ってくれてありがとうな」と、顔を寄せて、軽く頬に口付ける。彼女は避けずに受け入れてくれた。


「こちらこそ、注文をありがとう。


ハルから、この店は『外の席から見る景色が良い』って聞いてたんだ。でも、今日はちょっと風が強いかな?」


「ん。まあ、湖の近くならこんなもんだろう」


 その風の気持ち良さに「ふ――…」と息をつく。それからアリアナと対面の席に、ヴォルフは腰掛けた。



(…シーツの上の彼女も可愛いけど、風に吹かれる彼女も良い)


 自分の手元にあるホットコーヒーを啜りつつ、そんなことを考える。ゆったりと、アリアナを眺めた。


 2人は今日、遠出している。と、言っても王都を出て少しのところではあるが。

 今までは『何でも揃っている』という理由から、いつも王都で用事を済ませていたけれど。ちょっと距離を取って顔見知りに会わないようにすれば、ずいぶんアリアナの気は楽になったようだった。今はのんびりと景色を楽しんでいる。


「───……」


 ヴォルフもそちらに目を遣った。……美しい湖の畔には、点々と人が座っている。そのどれもが親密そうな2人組だ。


 こういったいかにもなデートスポットへ足を運ぶと、必然的に周りは「お互いしか見えてない」とでもいうような恋人達だらけになる。意外なことに、静かでひと気の少ない場所よりも、こちらの方が彼女のハードルも下がるようで。


 つい、とアリアナがこちらを振り向く。



「ヴォルフ。───キス、しても…良いかな?」


「ああ」



 ヴォルフはアリアナが伺いを立ててくるのを、笑って受け入れた。


 あの一件で、「言っても良いんだ」と認識してからというもの、アリアナは持ち前の素直さでよく意思表示をするようになった。

 前まではわざわざ言わせるまでもなくヴォルフから求めまくっていたので、彼女の気持ちに気付けていなかったのだ。

 相手からされるキスが、こんなに良いものだとは思いもしなかった。自分からするより、数倍嬉しい。したいと思うタイミングがほぼ一緒なのも。それ以外の時は自分から言えば良い。


「…今日の服、良いな」


 口を離してすぐ、そう言った。──アリアナが笑う。


「君に見せたくて、ハルと一緒に買いに行ったんだよ」と。



 ───ああ、今日も最高に恋人が愛しい!




という訳で、これからもゴリゴリ恋人気分の2人でお話を進めていきます。どうぞよろしくお願いいたします。

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