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狼商人は世話を焼く1

 ───ある休日の朝。


 目が覚めると、隣にアリアナが寝ていた。ふわふわの髪の毛が、窓から差し込む黄色い光に照らされて、きらきらと透けている。


「…………」


 ヴォルフはそれを見て一旦目を閉じ、その後もう一度開いた。


(──珍しいこともあるもんだ…)


 寝惚けた頭のまま、そんなことを考える。

 アリアナはいつも、休日か否かに関わらず早起きだ。なので、寝坊常習犯の自分が目覚めるこの時間(多分10時はとうに回っている)まで寝ているのが、意外だったのである。



 ────……ギシ、



 ヴォルフは背を向けている彼女にゆっくりとにじり寄り、無言のままぎゅっ…と捕まえた。声を掛けた途端「寝過ごした!!」と飛び起きて、彼女がベッドから慌ただしく去ってしまわぬように──そしてあわよくば、二度寝に付き合ってもらえるように……である。



「…りーあ……。朝だぞー……」


 すり…。


 と、眼前にスッと伸びる首筋へ、鼻梁を擦り付ける。そして、真剣には起こす気が無い寝惚け声で、アリアナの名を囁いた。



「………。」



 …返ってきたのは、無言である。



「?……リア……??」


(──…おかしい。彼女らしくない)


 ヴォルフは異変を敏感に察知した。むくり……と上半身を起こす。

 ……彼女は本来、どんな僅かな物音にさえも機敏に反応出来る人間のはず。それを知っている身からすれば、声を掛けられてもなお(だんま)りのアリアナだなんて────めちゃくちゃに、不自然だった。


「リア?寝てるのか??」


「…………!、」


 そっと顔を覗き込む。それと同時に、アリアナが枕へ顔を埋めた。


(なんだ、起きてるんじゃないか)


「おはよう」


「……………ん…、」


 挨拶しても、返ってくるのは枕越しの呻き声。


「………おい、大丈夫か。どうした…??」


 ──いよいよおかしい。

 そう思ったヴォルフが、焦って声を掛ける。


「風邪でも引いたか?熱は…」


 彼女を仰向けにして、額に手を当てようとしたその時。



「い、いや良いっ……!その……


───大丈夫だから……!!!」



 アリアナがサッ!と自身の両腕で顔を覆い隠して、そう叫んだ。


「………?『大丈夫』ったってお前……」


明らかにおかしいじゃないか。


 そう続けると、彼女は口をもごもごさせた。


「それは……、…その~……。………ええと…、」


 頑として顔を見せようとしないアリアナ。


「…………??」


 不審に思ったヴォルフが、ついにその邪魔な腕を掴み退けさせようとした瞬間。アリアナが声を上げた。



「っ今日は腰が痛くて…!!それで……」



「……………………何?」



 ───ピタリ。と手を止め、ヴォルフは思わずそう聞き返していた。


 「身体が資本だ」と、普段から口酸っぱく言っている彼女。に、配慮して『翌日に痛みを残さぬように……』と、そこのところだけは毎回意識していたのだ。………もちろん昨夜だって。



 ──なのに、それを損なうだなんて!



「悪い!!俺の落ち度だ…!今すぐ医者を──」


「っよせ!やめろ!絶対にやめてくれ!!」



 頭がサッと冷えたヴォルフは、すぐさまベッドから飛び降りようとした──が、今度は逆に腕を掴まれ、アリアナに制止されてしまう。


「───そう!医者に掛かる程では無いんだ!!

じっとしてれば、平気だから…!」


「………………。」


 ヴォルフは思わず疑わしげな様子でアリアナを見た。

 他人のことはよく気遣うくせに、自分自身に関することには大概「平気だよ」と言ってしまう──それが彼女だからだ。


 アリアナはそんな疑いの眼差しから逃れるようにして顔を逸らし、こほん、と咳払いした。


「……それよりもっ。

…医者を呼ぶ代わりに、して欲しいことがあるんだけど…!」


「!…何だ??」


 「何でも言ってくれ」と言わんばかりに顔を寄せる。……すると、アリアナは目を伏せて言った。



「今日、1日……私はベッドから動けそうもない。


だからその間──家のことは、君に何とかして貰いたいんだ」


「………………………????」



 ヴォルフは首を傾げた。

 どうにも、彼女のお願いには疑問が残ったのである。


(だって、俺が家事をこなしたからって、魔法のようにお前の腰痛が治る訳でもない。だろ?)


 ──……それは、『医者を呼ばない』理由にはならないような──



「~~っと、とにかく…!!そういうことだ!

私は今日『何もしない』から、そのつもりで!分かったか?!」


「、」


 思考をぶった切られて、ヴォルフは口を噤む。


「わ、かった」


 そうして、ほとんど閉め出される形でベッドから下りた。




◇◇◇




 ───…とん、とん、とん………、


 とヴォルフは階段を下り、リビングを通って目的の場所へと足を踏み入れる。…珈琲を淹れたり食器を洗う以外は、ほぼほぼ立ち入っていないキッチンに、である。

 そしておもむろに釜へと火を入れた。それが安定するまでの間、思考を巡らせる……。


(……とりあえず、何か飯。だよな)


「…………」


 ヴォルフが家庭用冷蔵庫─研究の出資をしている学者に試作させた、非売品である─を覗くと、中には薄切りにされたベーコンと卵……そして葉野菜が入っていた。


「………うーん…」


 頭を掻き、とりあえずそれらをキッチンの調理台に出す。


 水で手を洗い、フライパンを火にかけて油を熱し、卵を割り入れて───その後、ベーコンも投入。


 ───ジュウ、ジュウ……、



「……………」


 ……もしかすると、油は不要だったかもしれない。


(ベーコン焼いたら、何かめちゃくちゃギトギトしてきたな……)


 と、そうは思っても、もう取り返せない。

 皿に乗せる前に紙で吸ったら良いか……と思い直して一旦ベーコンを裏返し、焼けていくそれらを眺めた。


「……………」


 木べらでちょいちょい、と触ってベーコンの焼け具合を確認するも、正直全く頃合いが分からない。多分生焼けが一番良くない……ので、もう少し様子見である。


 じっ……、とフライパンを見つめながら、ヴォルフは考えた。



 アリアナはいつも、事あるごとに感心して自分を褒め称えてくれる……「すごい!」とか、「君ってなんでも出来ちゃうんだなぁ」とか、そういう風に。


 だが………実際のところ、「なんでも出来る」訳ではない。むしろ仕事に関連すること以外は、からっきしと言っても良い。


 練習すれば人並み以上にやれる自信はあるが、費用対効果を考えてしまい全く手を着けていない………そういった事柄の1つに、『料理』は含まれていたのである。



 実家を出てしばらくは、三食を十分に食べるだけの金や、心の余裕が無かった。故に、「腹が減った時に必要な分だけ食う」生活に身体が順応してしまったのである。更には効率化を求め、外食かデリバリー、または手の汚れない果物を適当に掴み食べする生活を続けて、今に至る。


 アリアナが、騎士団の野外訓練中に習得していた料理の技術がなければ、きっと結婚後も温かい家庭の味になんて触れてなかったに違いない。



「────、」



(……今からでも何とか覚えようか………。だって、こういう時にちゃんと旨いもんを食わせてやれたら………、)



 と、そうは思うのだけど。……今日のところは無理かもしれない。


「んん………」


 ヴォルフは唸った。

 ……パチン!パチっ!!と派手な音を立てて爆ぜるベーコン。それに対して、卵の表面には全く火が通っていない──── 一体、どうなってる。





 結局、卵が焼けるのを待っていたら、ベーコンが焦げてしまった。次からはその前に皿へ救出するとして。……ひとまずは良いだろう、と無理やり妥協し、そのまま火を落とした。


 卵と、油を切った焦げつきベーコンが乗る皿。その結果を受けて、見事包丁を操る自信が無くなったヴォルフは、水洗いした野菜を手で千切った。

 それを適当に盛って、別の皿にクロワッサンを2つ。そしてナイフとフォークも忘れず用意して……


「あと牛乳──は、切らしてるから…水で良いか」


 ヴォルフはそれらを木のトレーに乗せ、慎重に寝室へと運んだ。





お待たせしてすみませんでした…!引き続き楽しんで頂けると幸いです。

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