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鹿騎士は相談する

「なあ、リア。悪かったよ、本当に」


「……………。」


 疲れきり、ぐったりとベッドに横たわっていたアリアナは、そう声を掛けられても黙り込んでいた。「寄るな触るな」と言わんばかりに、身をシーツでくるんだまま、じっと動かない。


 …が、あえて空気を読まなかったヴォルフによって、シーツの端は簡単に持ち上げられてしまう。隠れ蓑の中に、ベッドランプの柔らかい光が差し込んできて、思わず目を細めた。

 ヴォルフが顔を寄せ、誠心誠意といった感じで謝罪してくる。


 今夜は──いや、今夜()

 彼が無体を働いたため、明日の外出予定は取り消しになってしまうだろう…。そのことに対する謝罪である。



「……ごめん、な?お詫びに何でもする………


─────俺を、好きにしていいから」


「う、ぐ……ッ……!」



 「さあ、煮るなり焼くなりしてくれ」と、自ら腹を見せることで絶対服従の姿勢を取り、こちらのご機嫌を伺ってくる夫。それを受けて、アリアナは堪えきれず唸った。



 そう……結婚から早2ヶ月。

 いい加減、夜の情交にも緊張しなくなった頃──新たな事件は起こっていたのである。


(──くそ…っ、そんな表情(かお)でこちらを見るのはよせ!!)


 と、歯を食いしばり、アリアナはなんとか目線を逸らす。

 ヴォルフの涼やかな瞳…。それが、外では絶対に見せないような甘やかさで垂れ下がり、ゆるりと細められるのがどうにも苦手だった。


 それが、「ここぞ」と言うときに彼が使う必殺技であることを、よーく理解していたからだ。


 …しかもその効き目ときたら、何だって許してやりたくなってしまう程に抜群なのである…。


「………ッ!」


(ずるい、酷い、あり得ない!……っ大体何だ、「好きにしていい」って?!私がそれを手放しで喜べる人間だと、本気で思っているのか!?君は!)


 と、そう内心で罵ったあと。アリアナは充分に深呼吸してから口を開いた。冷静になって、彼に伝えなければならないと思ったからだ。


 ……重たい身体を苦労して引き起こす。


「…良いか、ヴォルフ?」


「うん?」


「そこまで言うくらいなら、最初から()()()()()んじゃない……。


私は引き換えを求めて怒ってる訳じゃないんだ。


──君に、行動を改めて欲しいから言っているんだよ」


「………………」


「次からは絶対にしないで。」


分かったか?


 アリアナは、真剣にヴォルフを見つめて言い含める。


 すると彼はニッコリと笑って、いつも通りの台詞を吐いた。



「分かった。努力するよ」




◇◇◇




「やぁだ、ヴォルフってばそんなにガッついてるの?」


「若いのねぇ~…!」


「……いえ、休みの前日だけ…ではあるんですが…」


 平日の夕刻。場所は雰囲気の良い王都のカフェで、周りの雑音が聞こえにくい店の最奥だ。

 この小さなお茶会が始まってから、まだ15分ほどしか経っていない。が、アリアナは肘をついて手を組み、そこに自身の額を当てて俯いてしまっていた。


「…彼と…、…その…したくない、わけではないんです。

…でも、折角立てた予定が何度も潰れるのは、精神的に堪えるというか」


「「あらまあ………」」


 相談を受けている、アリアナ以外の2人は目を合わせた。


 ──普段から身体を鍛えていて体力もあるはずのアリアナが、翌日出歩くのも億劫になる程の行為…とは。


 「……しかも、それを毎週??」と、内心で若干引いている聞き手達には気づかず、アリアナは続ける。


「『明日は()()一緒に出掛けよう』とキッチリ伝えておいても、全然加減をしてくれない………いや、むしろ酷くなっているように思えて…」


「…平日はセーブできてるんだから、確信犯よねそれって」


「う、うぅ………」


 俯いていたアリアナは、熱くなってきた顔を両手で隠した。首筋まで赤くなっているだろうから、ほとんど意味を為していないことは分かっていたけれど。


(ああ…なんでこんな夜の事情を人様にご相談しなくてはならないのだろうか。羞恥心で憤死しそうだ…っ)


 そうは思っても、事実アリアナにはヴォルフ以外の男性経験が皆無なのだから、そちらの方面で解決できない問題が起こった場合は、第三者の知恵を借りるしかない。


 そして白羽の矢がたったのが、目の前の席に座るアハルティカと、フェルビーク小隊長の奥方であるキャロラインだったのである。



 最初はアハルティカの貴族嫌いを考慮し、別々に相談をしていた。だが、2人が知らない仲では無いと聞いてからは、こうして何度か3人一緒にお茶会を開いている。


 偶然にもフェルビーク小隊長とアハルティカは、たまに<Rope's kitchen>で酒を飲み交わす仲だったらしく、アハルティカは彼が筋金入りの貴族嫌いであることを既に知っていたのだ。

 侯爵家当主の継承権を、騎士となってかなぐり捨てた小隊長。そんな彼と喜んで結婚し、これ以上ない程円満な生活を送っている夫人。

 その様子を見るに「フェルビーク夫人はギリ許容範囲内だ」とアハルティカは判断したらしい。


 性格が全く違うように見える2人は、それゆえにかなかなか楽しそうに会話をする。このまま順調に仲良くなってもらえたなら、アリアナとしても嬉しい限りである。



「…あら?でも、この間の休みにアリーと遊んだときは、フツーだったわよね??」


 首を傾げたアハルティカに、アリアナは頷く。


 ──そう。こちらの交友関係に関わる予定は、阻害しないよう注意しているらしいのだ。潰されたことは、これまで1度も無い。


「どうやらそういうのは弁えてるみたいで……」


「へ~ぇ…?」


「となると…ちょっと不自然ねぇ…」


 キャロラインが考え込むように目を伏せた。

 ──週末にテンションが上がり過ぎてつい。のパターンではなさそうである。



「そうなんです……彼が何を考えているのか……」


「!」


 ほとほと困ってしまった、と言う風にアリアナが眉を寄せたのを見て、アハルティカは閃いた。そして、意地悪そうに笑って言う。



「じゃあ………ただ『困らせてやりたい』…とか?」


「…???」



 頭の上に疑問符を浮かべたアリアナに対し、キャロラインは笑った。


「…『甘えさせたい』、ってことですよ~。アリアナさん」


「──そう!それですわ、さすが夫人」


 2人がきゃいきゃい盛り上がるのに遅れてしまったアリアナは、視線をキョロキョロさせた。


「え、ええと───それはつまり??」


「だからぁ……」


 アハルティカが、テーブルの上に身を倒し顔を寄せてくる。


「もっと『頼られたい』ってことよ!」


「ええ??」


 驚いて、アリアナは顔を引く。


「もうっ!アリーったら。

──どうせめちゃくちゃされた次の日も、真面目に家事をこなしたりしてるんでしょう??」


「そ、それは……」


………そうだけど。


 と、アリアナは呟く。多少身体に違和感があったとしても「いつもしていることをやらない」というのは、どうにも気分がよろしくないのだ。それに、ヴォルフは放っておくとすぐ食事を抜く。


「『頼り甲斐』と『愛』を同等のものとして捉える男性も少なくないですし…。もしかすると、ヴォルフさんもそれが欲しいのかも……」


「……そ、うなんでしょうか…?」


「そうそう。いっそのこと『めちゃめちゃ困ってます』って、我慢せず態度で示してあげればいーのよ。思いっきりね!」


「思いっきり………」


 アリアナが復唱する。


 ──『困惑している』という点で言えばもうすでにしているのだが………これ以上にどうやって………。


 と、言葉に詰まる様子を見て、アハルティカが明るく笑った。


「無理して捻り出す必要ないわ!

アリーが普段やってることを、ぜーんぶヴォルフにさせるの。それだけ。

『頼られたい』ってなら、これで満足させられるじゃない?


──もし予想が外れてたとしても、反省はするはず。でしょ?」


 軽やかに言われ、アリアナは唸る。



(…『俺を好きにしていい』って、そういうこと??)



「うーん………」


 ──でも実際、これまでヴォルフに「何故こんなことをするんだ」と問い詰めても、煙に巻かれるばかりだったのだ。ならば、こういうアクションで訴えかけるのも、手法として間違いでは無いのかもしれない…。


 ……そこまで考えて、アリアナは頷いた。


「2人とも話を聞いてくれてありがとう。…上手く行くかは分からないけれど、1度試してみようと思う」


「ええ、それが良いわね」


「また結果を報告してね~?」


 「応援してるわよ」と2人に優しく背を押され、アリアナは微笑んだ。



「…でも、アリーに『もっとわがまま言われたい』って気持ちは、分からないでもないわ。私もそうだもの。」


「えっ??」


 アハルティカの突然の告白。アリアナは本当に驚き、声を上げた。


「…私、もう言っているよ?こうして相談にも乗ってもらっているし……。


!──そう、この間の休みだって、私の服を買うのにわざわざ付き合ってもらったんじゃないか!」


 アリアナは、よくアハルティカと買い物に行く。

 自分のセンスに自信が持てないが故に、彼女を街へと連れ出してしまっている形だ。

 そんな時はお礼に食事をご馳走するのだけれど、そのお店を楽しそうに提案してくれるのもアハルティカである。しかも、食事中の会話にさえ彼女には華とキレがあり、聞いていてとても面白い。


 ──結局、ハルの時間を割いてもらって、自分ばかりが満足しているのだ。これをわがままと言わず何と言うのか。


 すると、アハルティカがプッと吹き出した。


「…もう、お馬鹿さん!あんなのはデートよ、デート。ご褒美だわ!」


「!?」


(──ご褒美?!)


 アリアナは思わずむむむ、と考え込んだ。彼女と自分には認識の齟齬があるようだったから。


 真剣に悩み始めたアリアナを、アハルティカとキャロラインが見守る。


「!」


 ──そして数秒後、ハッとしたアリアナが「お互いに嬉しいなら、それが一番良いじゃないか!」と、満足げに頷きながらそう結論付けたため、アハルティカとキャロラインはくすくす笑った。


 その後「次は私も誘ってちょうだいね」とキャロラインが言ったので、3人は帰宅までの残り時間を使い、早速お出掛けの予定を組みはじめたのだった。





お久しぶりです、読んで下さりありがとうございます。

【新婚旅行編】が長引き、半年以上お待たせしてしまって申し訳ありませんでした…。無事、2章始まります!また楽しんでいただけますと幸いです。


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