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鹿騎士と狼商人の終幕……?

「ヴォルフ、代わるぞ。」


「んー?いや、良いよ。俺が焼く。」


 レイバンが声を掛けるが、ヴォルフがバーベキューコンロの前を陣取って動こうとしないので、思わず苦笑いした。


「主役がこんなとこに居ちゃあ駄目だろ。」


「その『主役』になれたのは、お前らのおかげだ──そら、焼けたぞ。」


「……じゃあ、このくそ熱いコンロ周りを皆が囲むことになるが、それでも良いか?ボス。」


こっちが迷惑しちまう。


 と、レイバンに肩を竦めて諭され、ヴォルフは笑った。トングを一旦肉の皿に置く。


「レイバン。本当にありがとうな………色々。」


「お安いご用さ、ボス。」


本当に、おめでとう。


 2人は軽く抱き合って背を叩き合うと、場所を交代した。



 ヴォルフの所有する邸の庭。

 神でなく、そこに暮らす仲間たちに対して、誓いの言葉を述べたのはつい数十分前だ。


 結婚式は、貴族や各界の要人、商会の協賛者、そして記者等がひしめき合い、到底一般人がそれを気安く祝うには向かない雰囲気であったため、ヴォルフがセッティングした二次会である。

 彼にとっては、こちらが本番のようなものだが。



 ヴォルフは、大きく息を吸い込む。



 ───素晴らしい1日だ。



 そして、それがこれからも続いていくであろうという確信めいた予感が、彼にはあった。


 自身を支えてくれる仲間たちと、愛する女性さえいれば、きっとなんだって出来る。


 ……なんだか無性に、今頃仲間たちに囲まれているであろう彼女に会いたくなって、ヴォルフは1歩、足を踏み出した。




「……あれ?ここに居るって教えて貰ったのにな……。」


 少しして、入れ替りでコンロの前にやって来たのはアリアナだ。レイバンが、目を丸くする。


「おや、入れ違いになったみたいですね。少し前まで居たんだが……。」


「さっき、向こうですれ違ったわよ。」


 アハルティカが新しい情報を与えてくれる。


「そうか、ありがとう。」


 アリアナが、すぐに立ち去るのではなく、こちらにサクサク、と歩みを進めて来たため、レイバンとアハルティカは思わず笑みをこぼした。


「ドレスも良いけど、そっちも似合うわ。素敵よ、アリー。今日は本当におめでとう!」


「ふふ、ありがとう……。

やっぱり、ハルの見立てには間違いが無いね。」


「あら、素材が良いのよ!」


 くすくすと笑い合う2人を、レイバンが目を細めて見守った。


 実際、似合っていると思う。可愛らしい印象を受ける、刺繍が凝らされた白いワンピース。カジュアルだけど、彼女が着ると、何だか品良く感じるのは何故だろうか?グレーの上着、そして水色のシャツに着替えたヴォルフとも、良く合っている。


「ヴォルフのも似合ってるよな。」


「私もそう思う。」


「あら、2人とも。褒めても何にも出ないんだから。」


 アハルティカが、照れたように、でも得意気に笑って見せた。


「──今日は……いや、今日まで、本当にありがとう。ハル、レイ。」


「何よ、アリーったら!突然。」


「そうですよ、気にしなくて良いです。俺たちが、やりたいと思ってしただけだから。」


「でも、嬉しかったから。


今から、君たちの番までに、私が返せることを考えておかなきゃね。」


「「!」」


 アハルティカとレイバンが目をみはった。


「アリー……、それは、一体誰から…。」


「?誰からも聞いていないよ?ただ、それ以上に君たちの息が合いすぎているから……。」


 そう言って、アリアナは笑う。


「アリー、私たち、決してあなたに秘密にしようだなんて思っていなかったのよ?


ただ、これまではヴォルフとのことだけに集中して貰いたかったから───……。」


「分かってる。それも含めて『ありがとう』なんだ。


私も、君たちの結婚式には是非呼んで貰いたいな……出来ることなら何でもするよ!」


なんて。気が早かったかな……?


 と、聞いてくるアリアナに、レイバンが苦笑いし、アハルティカが、「さて、どうかしらね」とお茶を濁した。




 別れ際に、アハルティカとレイバンを順に抱き締める。

 そうしながら、今一度目を見てしっかりと感謝を──そして「これからもよろしくね」と伝えると、何故か2人が涙ぐんでしまったため、それが本格的な号泣になる前に、アリアナはその場を離れた。お世話になった彼らを笑顔にさせること以外は、この日に相応しくないように思えたので。


 少し歩くと、見知った顔に出会う。



「フェルビーク小隊長!」


「アリアナ。」


 「やあ、おめでとう」と言いながら振り返ったベルガレットに、「ありがとうございます」と応えながら、アリアナが駆け寄る。

 彼も、面倒な顔触ればかりが集まる結婚式の参加は辞退し(そもそも『貴族』と関わりを持ちたくないらしい)、二次会の途中から参加してくれた一人である。


「ヴォルフ君が、君を探してたぞ。」


 その言葉に、アリアナが吹き出す。


「それは奇遇だ。私も彼を探しているんですよ。


──あれ、キャロラインさんと、アーニーは?」


「帰ったよ。アーニーが疲れて眠ってしまってね。

『ベルは最後まで楽しんで』と言われた。」


 ベルガレットが、肩を竦めてから、口を歪めて笑う。


「……まあ、確かに、ここは、寝るには賑やか過ぎるからな。」


すごい人出だ。


 そう続けるベルガレットに、アリアナが苦笑する。


「そうでしたか……残念です。


今日は休日なので、参加を強制しているわけでは無いらしいんですが、本当に大勢……アスガルズ支社の社員の方々までお祝いに来てくれたみたいで。」


 とんでもないどんちゃん騒ぎで、方々から笑い声や歌声が響いている。


 それに当てられたのか、アーニーが珍しく大きな声で泣いたので、陽気な客人たちは、まるで腕試しをするみたいに代わる代わるアーニーを抱き抱えては、彼を笑わせようとした。彼は今日、本当に良く泣いて笑った。


「『アリアナさんとヴォルフさんによろしく』と言っていたよ。」


「ありがとうございます。でも、直接ゆっくり会いたかったな……。


あ、そうだ!今日から祖父上が、数日間タウンハウスに滞在することになったんです!


是非、また皆さんでいらしてください。」


「!…師が王都に?」


 そんなことは、『特別顧問』の任を解かれてから一度もなかったはず。王都は王家の圧が強すぎる。


「そうなんです、もしかしたら騎士団にも顔を出すかもしれません。」


「それは……身が引き締まるな。」


「ふふっ。

……ああ!でも、出来れば家に!

アーニーとキャロラインさんにお会いしたいですし……。」


私も祖父上も!

そうだ。それに、ユーストスにも弓の指南を頂きたくって…!


 そう言い募るアリアナに、ベルガレットは苦笑した。


 マクホーン総出でフェルビーク家を懐柔しようとしている気配が若干するが……『家族ぐるみで付き合いたい』と思って貰える程、好かれている……と、認識してしまっても良いんだよな?


「…分かったよ。ありがとう、アリアナ。」


「!」


 ベルガレットは、くしゃくしゃとアリアナの頭を撫でた。


 それに目を見開いたあと、アリアナが、大輪の花のような笑顔を弾けさせる。


「こちらこそ、ありがとうございます。本当に、色々。


祖父上が、今日式で父上と普通にお話しているのを見て───私の方が嬉しい気持ちになりました。」


 アリアナが、くしゃり、と笑う。


「…どれだけ私が願っても、全然叶わなかったのに。

貴方はあっという間に祖父上を変えてしまったようです。


やっぱり、フェルビーク小隊長は凄い!」


 屈託無く彼女が笑うのを見て、ベルガレットは思わず、先程より強めに彼女の頭をかき混ぜてしまった。


「わっ?!」


「────違うな。」


「……えっ?」


 前髪の隙間から、ベルガレットの顔が一瞬見えた。


 とても、………優しい顔をしていたように思える。


「今回の結果は、色々な人間の、色々なタイミングが折よく重なったからだ。


………だが、一番は、アリアナ。

君が、ずっと頑張ってきたからだろう。


───そのおかげだ。」


俺は、最後の後押しを務めたまでさ。


 そう言って、手の動きが止まったとき見た顔は、いつも通りの顔だった。


「本当に、ありがとう。」


「……へへ。」


 アリアナがはにかんだように笑うと、殺気に近い視線がこちらを刺しているのに気がついた。


「……どうやら、お目当てのものは見つかったようです。」


「……『それと、君のおかげでもある』と伝えておいてくれ。」


 ベルガレットは、巻き込まれるのは勘弁だと思ったのか、さりげなくその場から離れた。


 見ているばかりで、近づいてくる気配がないので、仕方無しにこちらから伺う。


「……やあ、ヴォルフ。」


「よお、リア。」


 ドリンクを片手に優雅に佇む、今日夫となった人間の、まるで「今気づきました」と言った素振りに、アリアナが思わず吹き出した。


「見てたなら、声を掛けてくれ。」


ずっと、君を探していたんだよ。


「!おっと。そんなにあからさまだった?」


 ヴォルフは、ひょい、と片眉を上げ、すっとぼけて笑って見せたのだった。




◇◇◇




 昼間の大騒ぎとは打って代わって、落ち着いた音楽が響くダンスホール。


 一通り賑わった後、そのまま連れだって出掛けていく者が多かったのだろう。三次会では随分と穏やかな時間が流れていた。


「ヴォルフさん!」


「おう、来たか。ジャック。」


 綺麗めな軽装でやって来たジャックを、ヴォルフが片手を上げて迎え入れた。


「ご招待、ありがとうございます。

……だいぶ、遅くなっちゃいましたかね?」


「いいや?さっき始まったところだ。」


 今ここにいるのは、昼間に用事があったり、ミズガルダ等を含む遠方から、わざわざ出てきてくれた者たちだ。彼らがのんびり過ごせるよう、開始は日が暮れてしばらく経ってからだった。


「ま、『現実を受け入れるのが怖くて、来ないかも』とは思ったがな。」


 実際、そういった者たちがいた……ケイトを含むアリアナの信奉者たちである。


 それに対し、ジャックが心外だとばかりに、ふん、と鼻を鳴らした。


「俺は()()()()現実を見れてるんで、ご心配には及びませんよ。」


「ふっ、どーだか。」


 ヴォルフがからかうと、ジャックは少し、顔を曇らせた。


「……。」


「……どうした?」


「いえ………実は、本当にそんなことを言っている暇は無くなるかも知れなくて……。」


「…どう言うことだ。」


「……すみません。今はまだ、決定ではなく機密扱いなので……詳しくは話せないんです。


本当は、今日どうしても抜けられなかったのも、その話があったからで………。」


「………。」


「……ヴォルフさん。」


「ああ。」


「貴方にこんなことを頼むの、格好悪いとは思うんですけど………


何かあったら、───……相談しても良いですか?


…………なんて。」


 隣に立っていたヴォルフを見遣ると、此方に顔を向けていた。その真剣な面差しに、ジャックの方が驚く。


「……『しても良いですか』じゃない。


──絶対に『しろ』。


…力になる。」


「……!…………、はい。」


 ───敵わないな、こりゃ。


 ジャックは、何度目かの敗北感を味わったが、不思議とその心は軽かった。


「………ご結婚、おめでとうございます。」


「ああ。ありがとう。」


 ポツリと呟かれた言葉に、ヴォルフが目を細めて笑った。



「ジャック!来てくれたんだな。」


「アル!結婚おめでとう。どうだ?気分は。」


「最高!って感じだよ。ジャックが来てくれたおかげで、もっとね。」


「それは良かった。」


 ジャックが笑う。


「……そっちこそ、どう?今日は仕事だったんだろう?」


「ああ……。まあ、いつも通りだよ。」


 少し、こちらを窺うような口調になったアリアナに、内心舌を巻く。

 俺が君を想っていた時は全くそれに気づいていなかったのに、それ以外の機微に対してとなると、彼女のアンテナ強度は凄まじい。


 心配げに見つめてくる仲間の肩に手を置き、安心させるように微笑んだ。


「まあまあ。今日くらい、仕事のことは忘れろよ。


そうだ、ちょっと小隊長に挨拶してこようかな?」


「……ああ。小隊長なら、あそこで飲んでるよ。」


「お、レイバンさんとアハルティカさんもいる!


じゃあ、行ってくるよ。また後で。」


「うん。」



 それを、少し離れたところで見守っていたヴォルフは、ため息をついた。


 駄目だな、それじゃ。


 その程度の誤魔化しでは、アリアナは納得しない。

 彼女は、自分の手が届く範囲で─もしかしたらそれ以外でも─自分の大切な何かが辛い思いをしているという状況に、耐えられないのだ。


 「巻き込みたくない」と思ったところで、彼女の方から駆けつけて来るので、多分それは無駄な足掻きなんだろう。


 ひとまず、ヴォルフは彼女の浮かない顔を元に戻すため、その手を取った。


「リア。」


「!ヴォルフ。」


「……なあ、踊らない?」


 ヴォルフが、アリアナの手にあるドリンクをすっ、と取り上げ、近くの食事がたくさん乗っているテーブルに置いた。


「…お願い。」


「……ふふ。うん、良いよ。私も踊りたい。」


 アリアナが優しく笑った。


「覚えてる?君とここでワルツを練習したの。」


「もちろん覚えてる。でも、今日はそう言うのじゃないやつ。」


「え?踊れるかな……どのダンス?」


 ヴォルフは、客人が休んだり、食事を摘まみやすいようにとセットされた丸テーブル達の間をするする、と通り抜けて、開けた場所に来ると、向き合って両手を繋いだ。


「名前なんてない……ただ子供が遊びでするみたいな。

お前が、俺を寝かし付けたあの日にしてくれたみたいな、そんなやつ。


……ほんとは、そっちの方が好き。」


 お前と一緒なら、戯れに体を揺らしているだけで、満足だ。


「……………。」


 アリアナの視界が、優しく微笑むヴォルフで一杯になる。物理的にも、心情的にも。彼から目がそらせない。


 君って、どうして、そんなにも───



 ((────ガチャンッ))



「───…………?」



 ジャックの、動物であれば、ピンと伸びた長い耳だろうと思われる優れた聴覚が、この夜に似つかわしくない音を聞き付けた。聞き慣れたこれは─────


「──!危ない!!全員逃げろッ!!!」


「「!!」」


 銃弾を装填する音だと断じたジャックの警告に、いち早く動いたのはベルガレットとアリアナだ。


 ベルガレットは部屋にいる人数とその位置を把握し、部屋の一番奥にいたアリアナは手近にあったテーブルたちを蹴り倒した。


 その1拍後。


 ───パン、パァンッ!!


「きゃあああぁぁ?!?!」


 銃声が、鳴り響いた。


 どかどか、と荒い足音を立てて入ってきた見知らぬ男達数名に、女性客の一人が悲鳴を上げる。


 しかし、殆どの人間は、既にジャックとベルガレットが先導し、10秒程前にダンスホールを後にしていた。


 この部屋に、ドアは2つ。正面と、食堂に繋がるドア。食堂には、食材を搬入するため外に繋がる勝手口と階段がある。

 残っているのは、部屋の奥側にいて食堂のドアから逃げそびれてしまったアリアナとヴォルフを含む数人である。銃声に驚き、物陰にしゃがみこんでいるのだろう、ここからは姿を視認出来ない。


「……………。」


「……………。」


 アリアナとヴォルフは、倒れたテーブルの裏側で、お互いに息を潜めた。不幸中の幸いは、この屋敷中の人間が、ここに集まっていたことか。きっと、状況を知らずに危険に晒される人間はいないはずだ……。


 奴らが、物盗りで無いことはすぐに分かった。どうやら、人を探しているようである……。


 ヴォルフが肩を竦ませて、小声で囁いてくる。


「……気配で分かんなかったのか?鹿騎士さん。」


「すまない、君に夢中で。」


「なら仕方ないか。」


「そっちこそ、敵襲に心当たりは?」


「正直………」


「?」


「…ありすぎて分からん。」


「…君って奴は!」


 アリアナが語気を荒げた。


「悪かったよ。じゃあ、ひとまず俺が奴らを引き付けるから、お前は残っている人間を集めて外へ出ろ。」


「『ひとまず』って……どうやって?」


 ヴォルフは、内ポケットから小さな拳銃を取り出した。


「…随分前から、レイバンに護身用として持たされてる。」


「!」


「実際、人に向かって撃つのは初めてだけど、な。」


 ……ヴォルフは自身を落ち着けようと、無意識に深呼吸していた。そして、アリアナを見上げる。


 ────覚悟を決めなければ。


「……お前なら、他の客が今どこにいるのか、分かるんだろう?


俺が合図したら、彼らを連れて逃げろ。……良いな?」


 ヴォルフがぎゅう、と銃のグリップを握る。

 とにかく、なんとしてでも彼女を逃がさなくては。


 一応、銃の腕前は悪くないはずだ──()()()()()()()()、距離があっても確実に当てることが出来る。


 でも、もしこの室内で発砲し、何かに跳弾でもしたら?


 ………それが、彼女に当たらないと、言えるだろうか?


 いや、落ち着け………、力むほどに精度が下がる……。


 …………ヴォルフは、最後にもう一度だけ、深呼吸した。



 ────しかし。



 それを敵へ構える前に、アリアナが銃身を手で抑えた。



「ヴォルフ。」


「!」


安全装置(セーフティ)。」


「……!!、」


 この状況に合わないぐらい、凪いだ瞳が、ヴォルフを落ち着けようと、こちらを見つめていた。次に、温かさを思い出させるようにして、ヴォルフの緊張で冷たくなった手を握る。


「ハッ…、」


 ヴォルフが、思わず吹き出す───。


 彼女の瞳が、決意に満ちていたからだ。



「──お前が、守ってくれるのか?…俺の騎士様。」



「──もちろん。任せて。」



というか、脱出ならこの館の構造を知ってる君が案内した方が良い、だろう?



 そう言って、アリアナが破顔した。


「私たちって、『苦手な部分はフォローし合う』んじゃなかったっけ?」


「──それもそうだ。」


 ヴォルフが苦笑する。


 アリアナは、ヴォルフから取り上げた銃を己の前に掲げ、その銃身に口付けた。



「───君はこの銃で、私を守って。」



 当たり前に、勝利を誓おう。君に。


 アリアナはいろんなものが飛び散った床からナイフを手繰り寄せると、それでワンピースを破いた。

 そして、クルリと回してその持ち手をヴォルフの方に向ける。


「いいか?残っているのは私たちを除いて6人。4時の方向に2人と、7時の方向に4人だ。


敵が敷地内に押し入る気配は無かった……きっと、最初からこの邸のどこかに潜んでいたんだ。


可能性は低いが、今残っている内の誰かが、奴らを手引きした内通者の場合もある。用心して近付き、不審であれば迷わず刺せ。」


「分かった。」


「すぐに追うから。──良い子で待ってて。」


「お前の無事を祈ってる。またな。」


 ちゅう、とこの場に似つかわしくない程の可愛らしさでヴォルフがアリアナに口付ける。


 ──まったく。全然良い子じゃないな、君は。


 アリアナがスプーンを前方に放り投げた。

 その瞬間、 ヴォルフも動き出していた。


 ───カツーン…


「なんだっ!?」


 一番近くに迫っていた男が、その音に振り返った。

 後ろから、アリアナが男を絞め落とす。


 脱力した身体を検査するが、この男は銃を持っていない……持っているのは、リーダー格と思われる男ともう一人、始めに押し入ってきた男だけのようだ。

 アリアナは、男が持っていたナイフを取り上げ、男の利き腕に切り傷を付けてからウエストに巻かれたリボンへ差した。


 アスガルズは、銃規制が行き届いている。そこそこに入手は困難であるし、製造番号を照合すれば、簡単に足がつく。なんとしてもそれを押収しなければ。


 この素人たちを雇って、私の夫とその仲間たちを危険に晒した人物を、必ず洗い出してやる。



「……?おい、マーク?


……どこ行った?!マークが居ないぞ!!」



 仲間の不在を騒ぎ始めた男の背後を取り、手刀で失神させる。起き上がれない程度に、足首をナイフで刺した。



「……な、なんだ?ど、どうしたんだ?!マーク?!エリック!!


まずいぞ!ここ、何か居る!!」


「落ち着いて固まれ!

……きっと、ターゲットの一人──『アリアナ』とか言う女だ。騎士だから、少しばかり腕が立つみたいだな……。」


「!」


 ……ターゲット?どうして私が?


 じわじわと、部屋の奥側……バルコニーの方へ、並んで近づいてくる男達。


 アリアナは、一旦疑問については考えないことにした。


 この部屋で活動可能なのは、あと5人。内少なくとも2人は拳銃を所持している。



 アリアナは、銃の安全装置を外し、構えた。


 ───パンッ



「ぐあぁっ!!!」



 銃を持たない男の膝を撃ち抜く。



「いたぞ!あそこだ!」



 距離を詰めてきた男達を躱し、敢えてその中に入った。



「?!」


「っ!」


「やめろっ!撃たないでくれぇ!」



 必ず銃を持っていない男を後ろにして立ちまわる。そうすると、銃を持っている2人は発砲しなかった。やはり、素人である。多分、スラム街をグループで渡り歩いている程度の子悪党だ。

 人を傷つけることに躊躇は無いが、仲間内に情やパワーバランスがある。


 少し揺さぶりを掛けられただけで、簡単に武器を無力化させられてしまうようでは、宝の持ち腐れである。きっと、プロとの実力差を埋め、『ターゲット』を確実に仕留められるよう、雇い主から渡されたのであろうが、失策だったな。


「ちくしょう………ッ!」


 後ろから飛び掛かってきた男を背負ってバルコニー下へ投げ飛ばす。


 落ちたところで、肩を撃ち抜いた。


「アル――――ッ!!!」


「ジャック!!!」



 客の退避を済ませたジャックが、庭へ駆け込んできて、その勢いのまま手に持った棒切れをバルコニーのアリアナへブン投げた。


 それを片手で掴み、振り向き様に背後へ迫っていた敵の横っ面へ叩き込む。


「良いな。」


 さすが、分かっている。

 私が普段使っている剣と同じ位の長さだ。


 最後に、相手が引金を引くよりも早く、銃で2人の腕に1発ずつ銃弾を撃ち込んだ。


 銃を取り落としてもなお、逆上してこちらに向かってくるため、棒で応戦した。銃がなければ、それこそ彼らに勝ち目はゼロである。リーチはこちらが勝っている。


 ──倒れ伏した男達の他に、気配が潜んでいないことを確認し、呻き声の響く中、アリアナはようやく一息ついた。




 ベルガレットが、警ら中だったのであろう騎士を数名引き連れて部屋へと入ってきた。


 他にも増援が来ること、この輩を内に引き入れた人間も確保済みであること─屋敷から避難中に、アハルティカがその変装に気付き、レイバンが今日のために雇った人間に成り済ましていることを断定したらしい─そして、ヴォルフも無事であることを、教えてくれた。


「彼らの狙うターゲットの内、一人は私だったようです。

これまで、騎士として捕らえた者達の誰かが、逆恨みをしたのかもしれません。」


 ベルガレットにそう伝えると、その背後にレイバンが立った。……どうやら、一度自室に戻って手に持っている資料を取り、騎士団に届けに来たらしい。


 そして、小声で語り掛けた。


「……ベルガレットさん。

これは、マックス・レージングル・ファーバー男爵のここ最近の動向を記録した資料です。きっと、捜査のお役に立ちます。」


「……!どうして、それを?」


「今日のパーティー。彼らが三次会を狙ったのは、闇夜に紛れるためだけじゃない。


遠方のファーバー領からやってきたグリンカム商会の面々と、それを吸収したヴォルフ、そして、その妻のアリアナが一同に会す機会がそれだったからだ。」


きっと、その線から捜査したほうが、解決が早いと思いますよ。


 そう言ったレイバンに、ベルガレットが口をへし曲げて笑う。


「ふっ……、随分と上司思いなことだ。」


「……いくらでも、ご協力いたします。

ですから、新婚の彼らに免じて、ここは一つ……。」


「……良いだろう。」


 その応答に、レイバンがホッとしたように息をついたのだった。




「ヴォルフ!」


「アリアナ!」


 ヴォルフがぎゅっとアリアナを抱き締める。


「ありがとう、ヴォルフ。君の銃のおかげで、すぐに方がついたよ。」


「そいつは良かった。」


 ヴォルフは彼女をもう離さない、と言わんばかりに固く抱き締めて離れようとしなかったが、アリアナの方が身を捩って逃れた。


「ヴォルフ。新婚旅行のことなんだけど……。」


「……ああ、分かってる。

今回の件が片付くまでお預けだろう?予定はキャンセルするさ。」


 そう言ったヴォルフを、アリアナは頭を横に振ることで黙らせた。


「予定を、1日分後ろにずらして。

あと、明日の王都観光には同行出来ないってことを、ホテルに連絡して今すぐランドルフさんたちに伝えてくれ。」


「……え?いや、お前……」


「ヴォルフ。」


 アリアナが、強い瞳でヴォルフを射抜いた。


「旅行を楽しみにしているのは、君だけじゃない──。


分かったら、今度こそ良い子で待っているんだ。」


解決までは、騎士団に泊まるよ。必ず、出発に間に合わせる。


 そう言ったアリアナに、ヴォルフはぽかん、としたあと吹き出した。


「分かった………待ってるよ。リア。」


 「今度こそ」って言ったのに、ヴォルフはまた、アリアナにキスした。




 そうして、やっとのことで叶った新婚旅行は、2人にとって、大変実りあるものとなった──。






第1章、これにて完結です!お付き合いくださりありがとうございました。


この後、第2章に進む前に、挿し絵と、番外編小説を充実させ、あと、新婚旅行編を別で作る予定です。

新婚旅行編は、彼女たちが、不健全にいちゃいちゃするだけの小説です。青少年に配慮し、ムーンライトノベルズ様にて連載予定です……もしかすると、彼女たちの印象が壊れるかもしれないので、特にご案内はいたしません、読まなくても大丈夫なやつです。ヴォルフが可哀想だから書くだけ。告知のみしておきます。


ここまで続けられたのは、本当に皆さんのおかげです。心より、感謝をこめて。

また、2章でお会いできることを、楽しみにしています。



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