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鹿騎士は微笑む2

「なあ、リア。最近欲しいものとかあるか?」


「えっ?どうしたんだ、急に。」


 欲しいもの?


 と言って首を傾げるアリアナに、ヴォルフが笑う。何で、この状況でピンと来ないんだ。


 今、ヴォルフとアリアナが馬車に乗って向かっているのは、王都の西側ギリギリに建つ古城だ。これから行われるのは、アリアナが出席権をもぎ取ったケイト・ロヴン・アイロワ侯爵令嬢の誕生日パーティーである。


 ヴォルフが指差した先には、アリアナが手に持つ大きな赤い薔薇の花束。包みの外側には美しい刺繍のハンカチーフがリボンと共に巻かれている。

 もちろん、その他にもうひとつ用意しているが。


「?」


「プレゼント。………お前だって、8月頭が誕生日だろう。」


「!どうして……」


「知ってるさ。これ位は。」


 8月2日。彼女の誕生日は、見合い候補選別の事前調査でレイバンが既に情報を仕入れていた。今からもう1ヶ月もない。

 それを察し、「そうか」とアリアナが頷く。


「ありがとう……。

でも、今のところ………特に欲しいものは無いな……。」


「……おいおい、俺は『恋人』として、お前にプレゼントを贈りたい、って言ってるんだ。

今さら遠慮するな。」


 そう言って、キッチリ目を合わせてアリアナに吐かせようとするヴォルフに、思わず苦笑した。


「違う、本当なんだよ。」


「………分かった。

じゃあ、無くなった物とか、壊れた物とか。」


 無欲な恋人に、0から1を生み出させることは難しいだろうと判断したのか、ヴォルフは言い方を変えた。


「う―――ん……。」


「……………。」


 本気で悩むアリアナを、ヴォルフは根気強く待つ。


「あ……」


「………何だった?」


「えっと……腕時計を…………。


訓練中にどこかへぶつけたみたいで、壊れてしまったんだ。」


 ヴォルフが聞き捨てならない、といった風に眉をキリリ、と引き上げた。


「……何だって?リア、お前『アクセサリーは着けられない』って前に言ってただろ。」


「?時計は『アクセサリー』じゃないよ?」


「………。」


 ぐうの音も出なかったようで、ヴォルフが黙り込む。それに、アリアナが笑った。


 腕時計は、騎士団での業務中、訓練以外での着用が認められている数少ないツールのひとつだ。訓練中は腕から外すように教育されている。


 だが、野外の訓練においては、時間を知るため背嚢(はいのう)─簡単に言うと、でかくて丈夫な全員揃いのリュックサック─に取り付けたりなどして使用するのは許可されていて。


 その日も背嚢の蓋のところに着いているベルトにくくりつけて、一緒に山へ潜った。


「入団したときに、父上からお祝いで貰った物でね。すごく大事にしてたんだ。


でも、木の枝か、背嚢を下ろしたときに岩にぶつけたのか………いつの間にか壊れていて。

部品もいくつか落っことしてしまったみたいで足りなかったから、修理も出来なくて……。


あれ以外の物は考えられなかったから、そういえばまだ、新調できていない。」


 ちょっと、未練がましいかな……?


 はは……、と、乾いた笑い声を上げたアリアナに、ヴォルフが確認をした。


「それ、誰にも言っていないな?」


「え?うん………。」


 なんと、父にもまだ言えていないのだ。申し訳ないのと、諦めきれないのとで。………謝らないといけないのに。


「分かった。じゃあ俺が贈るから、他の誰にも言うな。…………オスカーさんには良い。」


 お願い。


「!君が……?」


「うん。」


 アリアナは、少し視線を彷徨わせた。


 ……だって、経年劣化で壊れたのではないのだ。

 自分の不注意で壊してしまったものを、君に新しく贈り直して貰うだなんて……。


「……………。」


「リア。

そうしたい。そうさせて。」


「…………………。


……うん、………分かった。ありがとう。」


「よし。」


 満足そうに、ヴォルフが笑う。

 アリアナが、それを見て意を決したように口を開いた。


「──ヴォルフ。」


「うん?」


「腕時計について……ひとつ要望があるんだけど、良いかな。」


「──ああ。聞こう。」


 アリアナが、真剣な面持ちでこちらを見つめてくる。


 ヴォルフが瞳をきらめかせた。婚約者様からの『要望』なんて、滅多に無いから。


 ───何だろう?ブランドか、デザインか?


 大概のことは、叶えられる自信がある。


 アリアナが、口を開いた。



「う―――んっ………………と!丈夫な奴にしてくれ。」



「」



「君から貰うものだなんて、なおさら、絶対に、壊したくないんだ!何なら男性物が欲しい。」



 良い?うんとだよっ?



 と、念押ししてくる恋人に、ヴォルフは額に手をつけて俯いた。………なんだよ、それ。


「………ヴォルフ?」


「……もういい、分かった。期待してくれ。」


「ふふ……、うん。」


 十分気を払って使っていた時計だったが、父から貰ったものは、女性物の華奢な作りだった。どれだけ丁重に扱っていたとしても、騎士団の業務内容や訓練環境は変えられない。だからきっと、男性物の時計であれば、耐久性も上がって前よりも永く使えるはずだと考えたのだ。


 ヴォルフは嬉そうに笑うアリアナの頬を撫で、さっと離した。


 あの日、ヴォルフから明瞭に示された一線。

 それをうっかり越えないように、ヴォルフとアリアナは、適切な距離感を保つことを、お互いに意識していた。


 アリアナは軽率に彼のテリトリーに近づかなくなったし、ヴォルフは彼女に必要以上には触れなくなったのである。


 馬車がゆっくり停車した。


 ヴォルフが降り、アリアナをエスコートする。


 ……これだ。


 アリアナは内心で眉根を寄せた。


 ヴォルフは『必要以上に触れなくなった』代わりに、必要な時はまるで壊れ物を扱うようにして、丁寧に触れてくるようになった。

 そういう時のヴォルフは、嬉しくて嬉しくてたまらない、といった風な顔付きで、鼻歌でも歌い出すんじゃないかと言うぐらい上機嫌なのである。


 そんな風にされると、嫌でも「大切にされてるな」と実感してしまい、アリアナは嬉しいやら恥ずかしいやら、申し訳ないやらで、何とも言えない複雑な気持ちになるのだ。



 頬を赤らめるアリアナを見て、ヴォルフの幸福感が上がる。


 ヴォルフには、彼女の気持ちが手に取るように分かっていた。でも、これが、数少ないチャンスなのだから、許して欲しいところだ。


 お前を愛している、と。


 態度で伝えられる、チャンス。


 ヴォルフは名残惜しく思いながら、その手を離した。


 ───早く、キスして抱き締めたい。


 まだ、俺に見せてないお前がいるんだろう。


 ………結婚したら。結婚したらだ。


 すぐに、全部を見せてくれよ───?


 願いを込めた瞳でアリアナを貫く。



 アリアナが、飲まれないようにぷい、と顔を逸らした。


「っ、ははっ!」


「……君、ずるいぞ。」


「悪い。」


 ヴォルフがくすくす、と笑う。

 エスコートのひとつをとっても、どうしたって、男性側からのアクションが多い。ヴォルフからばかり主導で調子を乱されて、アリアナは面白くないのだった。




◇◇◇




「ケイト様。お誕生日おめでとうございます。」


「アル様……!」


「本日はご招待下さり、ありがとうございます。

貴女のお誕生日をお祝いできて、私もとても嬉しいです。」


そして、私の婚約者も。


「お初にお目にかかります。ヴォルフ・マーナガラムです。アイロワ侯爵令嬢様。」


「貴方がアル様の………まあ、ようこそいらっしゃいました。」


 ───おや。


「歓迎いたしますわ。」


 うふふ、と貴婦人らしく笑って見せる少女に、ヴォルフは察した。


 なるほど。さっきから刺さってくるこの視線。


 『商人』に対する蔑みだとかの冷たいものではない。


 それとは対極にめらめらと燃える瞳が、ヴォルフを焼き尽くそうとしているのが分かった。



 ははあ。

 どうやら、婚約者様の人気は凄まじいらしい。



 ─────これは、嫉妬だ。



 ………マジかよ。ここにいる、全員が?


 ヴォルフの背を冷たい汗が伝った気がしたが、それをサッと払いのける。



 良いのか?………そんな態度で。


 そもそも、アリアナが、苦手な社交に出向いているのは()()()()()なんだぞ??



 大人げなく張り合って、ヴォルフがニッコリと笑う。



「……そうそう。我が商会で取り扱っているドレスにご興味が有られるとか?


ちょうど、良い布が入荷したところなのですよ。

今度、機会があれば()()()()()()()()いらしてください。」


 あの日のドレスは特注なのでご用意出来ませんが、貴女にお似合いの物を、必ず用意してご覧にいれましょう。


 その言葉に、アリアナが両手を合わせる。


「ああ、良いね!きっと、直接見ていただいた方がドレスの良さも伝わるはずだし………。


あっ……、もちろん、ケイト様のご都合が良ければ、ですが…!」


「………………っ!!!!!!」


 ビシャアアアァッ!!


 と、ケイトの脳天に落雷が発生する。


 舞踏会の時から薄々感じていたが、どうやらアル様はこの男の商品を売ることに、随分と協力的なようだ。


 つまり、今日来てくれたのも、私の誕生日を祝うと言うより、この男のため……?


 襲い来る悲しみと、目の前に突然ぶら下げられた『アル様とのお出かけ』に頭がグラグラする。


 悔しい。それなのに、ここで甘い汁へと飛び付いてしまっては、負けを認めることになる。


「くゥっ…………!!!」


「…………。」


 狭間でケイトが揺れる。

 それを分かっていて余裕の微笑みを浮かべる男が憎らしい。このぉっ………………!!!


「………義兄上。」


「ん、ユース。」


「気持ちは分からないでもないですが、そのようなやり口は如何なものかと。」


 やんわりと、ケイトとヴォルフの間に割り入ったユーストスに、ヴォルフが人の悪い微笑みを霧散させた。


 今日は、アリアナたち以外に服飾店の面々と、ユーストスも共に出席している。舞踏会準備の立役者でもあるアハルティカは欠席した。彼女は基本的にアリアナ以外─マクホーン家は別としても─の貴族が好きじゃない。


「………ヴォルフ?」


 一瞬漂った不穏な空気に、アリアナも気づいたのだろう。心配気にヴォルフを見遣った。


 ふう、とヴォルフが息をつく。


「分かってるさ……。


──失礼いたしました。アイロワ侯爵令嬢様。

尚早なお誘いでございました……。もちろん無理に、とは申しません。


是非、引き続き婚約者と仲良くしていただけたらと思います。」


「……ええ、喜んで。」


 深く、丁寧に礼を取り、ヴォルフがその場を離れた。アリアナも続くが、その前にユーストスへ耳打ちする。


「──すまない。後は、お願いね。」


「ええ、承りました。姉上。」


 ユーストスは、姉から貰った花束を抱え込んで俯くケイトへ向き直った。


「………………。」


「ケイト様………、すみません。」


 謝らないで。


 『私』がお邪魔虫なのが、際立ってしまう。


「……いいえ。愛し合うお二人の前で、私もあからさまでしたわ。」


「!………ふふっ」


 ユーストス様が、ふわりと微笑むのを見て、思わずため息を漏らす。

 だって、否定の言葉がない。


 これでは、何も言い返せないではないか。


 ………アリアナ様を、お慕いしていて。もっともっと─────お話してみたくて。


 そのために、いろんなものを利用して、やっと今日、この日を迎えているのだ。


 だから、そんな私が、アリアナ様とあの男を責めることなど出来ない。好きなら、何でもしたいと思うのが、普通だから。


 ………頂いた花束が、随分空虚な物に思えてしまって悲しい。


「ケイト様。」


 ユーストス様が、甘く微笑む。


「貴女の考えていることは、大体当たっていると思う。


だけど────どうやら姉を、勘違いしておられるようだ。」


 この古城には、中庭に大きな噴水があるでしょう。

 気分転換がてら、水場で涼んでらしては?


 そう言って、魅惑的に、目を細める。



「────良いことが、あるかもしれません。」




◇◇◇




「はあ…………。」


 確かに。私には、頭を冷やす時間が必要ね。


 そう思って、ケイトはユーストスの提案どおり、中庭の噴水まで足を運んでいた。

 現実を突きつけられたとして、それを顔に出して本日の主役を務めるなんて、貴族令嬢のすることではない。


「もう、やめちゃおっかな……。」


 アリアナ様にも、もう一度会えたし。


 噴水を見上げながら、そう呟いた。


 どうやら、何分か置きに、水の噴出する勢いが増す設計のようだ。今の萎んだ私の気持ちとは裏腹に、随分景気良く水を散らしている。ぱらぱらと、霧状になった水滴が顔にかかった。


 それが、段々と勢いを無くしていく。


 ああ、せっかく、ちょっと気持ちいいな、って気分を変えられそうだったのに。


 残念に思いながら、もう帰ろう、と踵を返そうとしたときに、彼女は現れた。


「何をおやめになるんですか?」


 !!!!!


 心臓が。

 飛び出るんじゃないかと思うほどに、驚いてしまった。声も出ない。


 気泡で白んでいた水の幕が途切れて。噴水の対岸に───


 鮮やかな黄色の、素敵なドレスを身に纏ったアリアナ様が、優しく微笑んでいた。


「ご足労ですが、こちらへ。」


「──………!」


 アリアナ様が、まだ宙を舞っている水滴にキラキラと囲まれながらこちらへ手を伸ばしてくれるのが、まるで夢の中みたいで、思わず駆けていた。

 ああ、だめ。こんなのって、『貴族』らしくない。


 噴水の裏手に回って手を取ると、更にアリアナ様の後ろに隠すようにして誘い込まれた。


 アリアナ様は女性の中では随分背が高いので、きっと、中庭へ出ただけなら私がいるとバレないだろう。


 緑の瞳が優しくきらめく。


「──それで、何を?」


「え………?」


「『やめる』と仰っていたでしょう。先程。」


「い、いえ。全然、そんな……大したことでは…!」


 貴族をやめることが大したことでないなら、一体何が大したことなの?って感じだけれど、今の私にとっては、本当にそんなのは些末なことで。


 こんな、こんなに近くに、憧れの人が。


「………本当ですか?」


「ほ、本当です……!!」


 身を屈めて目線を合わせてくるアリアナ様に、息が詰まる。近い!近い………!お顔が!!!!!


 ほ、と彼女が息をつく音が聞こえた。


「良かった。

では、まだ、フェンシングは続けて下さるんですね?」


「へ………」


 すらり、とアリアナ様が、背後に回していた片手をこちらに向けた。


「───これを。」


「こ、れは。」


 驚いたように、ケイトが目を丸くするのを見て、アリアナは気まずげに目を逸らした。


「前にお会いした時、『実践的なコツを教えていただきたい』と仰っていたでしょう?

ですから、練習にエペを使っているのではないかと思いました。」


「それは───」


 その通りだ。より、実践で強くあれるように、と。

 ───貴女みたいに。


「騎士として申し上げます。

これは、とても基礎的で、かつ重要なことですが───勝つために、自身に合った武器を使うことです。」


 どうぞ、と渡された剣に、ケイトが思わず口を開く。


「っ軽い!?」


「ふふ。」


 アリアナがその反応に、嬉しそうに微笑んだ。


「貴女は小柄ですから、無理せずにフルーレを使うことをお勧めします。


速さを追求すれば、きっと実践でも劣らずに戦えるはずです。」


「………ありがとう、ございます───でも、どうして────?」


「『どうして』とは…?………ユーストスに頼んでまでこんな風に貴女と会っていること、ですか………?」


「そ、それも。です。」


 いつまでたっても緊張を解かない私を気にしてか、柔らかく、ゆっくり問い掛けてくるのが、逆に緊張を煽る。耳が、蕩ける。


「『淑女に剣を贈る』という行為自体がイレギュラーですし、それを誰かに見られては──贈られた側も、あまり良い噂にはならないかと思いまして……。」


「そんなっ、………そんなこと、無いです。私、嬉しい……です。」


 アリアナ様が、微笑みながらも、軽く頭を横に振った。


「『貴女を守りたい』と願う騎士としては、貴女がこの手に剣を持つ、というような事態が、そもそもないように尽力して然るべきだ、とは思うのです。


……しかし、貴女の生い立ちを考えれば、剣術を身に付けたいと思うのも、仕方がないことなのかもしれない………。


──だから、せめてものお守りのようなものです。

この剣は、私の剣を打ってくれる鍛冶屋が手掛けてくれました。」


 え?何か今サラッと凄いこと言われなかった?


「身に余る光栄です………。」


 ケイトがぷしゅ――、と湯気が出る勢いで顔を真っ赤に火照らせたのを、アリアナが両手で包みこんでこちらに向かせた。


「───それは、私の方です。」


「えっ。」


「私は、社交に苦手意識を持っていました。あの舞踏会の夜、意気込んではいたけれど、確かに私は後込みしていた。


だけど、そこへ貴女は颯爽と現れて、私に声をかけてくれましたね?」


「そ、れ……は。」


「────本当に、嬉しかった。」


 涙が出そうになる。……嘘じゃない。アル様は、本気で言ってくれている。「嬉しかった」───だって。


 私の、あの無様な招待に。


「社交へ踏み切るきっかけをくれた婚約者に、心から感謝しています。


だって私にも、本当は、皆様みたいに楽しくお茶や、お話をして過ごしたい時も、あったはずだから。」


「!」


「申し訳ありません。

私、全部が全部、貴女の『理想の騎士様』では、いられないと思います。



───でも。…………それでも、貴女と。


お友達になりたい。」



 真っ直ぐに射抜かれて、心臓がついに動きを止めてしまった。


 ああ、不安そうな顔、しないで。


 早く、はやく、アリアナさまに。


 ───「私も」って。


 言って、さしあげなければ──────




◇◇◇




「まさか、主役を酸欠で気絶にまで追い込むなんてなぁ………。」


「なっ!そ、……その通り、か。」


 帰りの馬車の中で、ヴォルフが口を開いた。


 挨拶を終えてから馬車へと剣を取りに戻り、その流れで会場のどこか端っこで良いから、彼女を呼び出して合流し、こっそりプレゼント出来たら───と、そこまでは、良い案だと思ったのに。


 ユーストスも、うまくやってくれて、その時点で計画は概ね成功した、と思っていた。


 だけど。


 彼女は急にフラフラと倒れ込んでしまい、彼女を横抱きして休憩できるところへ運ぼうと駆けていたアリアナを、中庭入り口で帰りを待っていた(かつ彼女らを邪魔する者がいないか見張ってくれていた)ヴォルフが制したのだった。


 「やめろ。余計に体調が悪くなる」と言われ、仕方無しに彼女を下ろすと、嘘のようだが、本当に回復したのである。


 「だ、大丈夫ですか?!?!」とあたふたするアリアナに、落ち着きを取り戻したケイトがなぜか謝罪してくれた。


 違う、悪いのは私なのに。


 きっと、直射日光に当たりすぎて、気分が悪くなったに違いないのだ。


 そうしょんぼりするアリアナの両手を、ケイトが恐る恐る掴み、慰めてくれた。そして、今度一緒に商会へ行きましょう、と約束してくれたのだった。


 「私たち、『お友達』ですものね」と言ってもらえて、本当に嬉しかった。




「っいや、違うよ!あれは熱中症だ。」


「どーだか。」


 ハッ、として言い直したアリアナに、ヴォルフが面白く無さそうな顔をした。


 ()()症ね。まあ、それもある意味間違いではない。


「………ヴォルフ、怒ってるの?」


 ──それも、そうか。


 今日は彼の商会を売り込むチャンスだった。それなのに、私は自分の願いを優先して、挙げ句主役である彼女を体調不良にしてしまったのだ………。


 はあ…、とヴォルフがため息をついた。


「違う。やきもちだ。」


「…………え?」


「また、俺以外に、お前に夢中なやつが増えた。

しかも、俺はお前から誕生日プレゼントなんて貰ったことない。」


 ぶすっ、とした顔を見られたくないのか、馬車の窓から遠くを眺めるヴォルフに、アリアナがポカン、とする。そして、笑った。


「君にプレゼントを贈るのが、今から楽しみだ。」


「………まずは、リアの番だろ。」


 と、言ったあと、ヴォルフは真剣な視線を寄越した。


「……お前こそ、良いのか?」


「え?」


「……俺は、『恋人』のお前を利用してるようなもんだ。」


 もう、『契約者』では、ないはず。俺達は。

 それを、心から望んでいた。


 しかし、商人として、そこのところを譲りがたく思っている自分に、ヴォルフは辟易していたのだ。


「、………ふふっ。」


 笑われて、ヴォルフがちょっと不機嫌そうな顔をした。

 それを、抱き締めてあげたくなったけど、我慢する。



「私は『恋人』として、君を支えられたら本望だよ。」



 それに、『私』自身は彼女たちを利用する気がこれっぽっちもないからね。


 そう肩を竦めて言うと、彼のアイスグレーの瞳が、ぱちぱち、と目蓋に隠れた。



「……なら、遠慮なく。」



 ヴォルフが商人らしく笑ったので、アリアナも微笑み返したのだった。




「───何の騒ぎかしら?」


「あっ、クロエ様……!


何でも、アイロワ侯爵令嬢様が先程()()()立ち眩みを起こされたそうで………念のため、お医者を呼ばれたようですわ。」


「…………そう。


ならば、もう心配はいらないわね。

淑女たるもの、そう必要以上に騒ぐものではないわ。」


 ────あの子。


 また、命知らずな無茶をしたようね。


「まあ!そうですわね……!

私ったら取り乱してしまってお恥ずかしい……さすが、オトテール公爵令嬢様ですわ!」



 後日、しっかりとお話聞かせて下さいましね!

 我が戦友、ケイト!!



◇◇◇



うーん、もしかしたら、このお話は番外編小説(作成中)に移行するかもしれません……。

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