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鹿騎士と狼商人の婚約※

挿し絵を入れてみました!

※イメージを壊したく無い方は注意してください。

(表示設定の変更でうっかり見るのを防げるようです!)


よければお楽しみください。

 ────ガシャンッ!!!


 と、厨房の方から何やら大きな物音が聞こえた気がしたが、アリアナはそちらに目を向けることなくヴォルフを見つめた。


 あまりにも即決なアリアナに呆れたのか驚いたのか。

 ヴォルフは目をぱちくりとさせたのち微笑んだ。


「もう少し考えて返事をしたらどうだ?お嬢さん」


「いや、これが良いんだ」


 アリアナはまっすぐに答えた。


「君に言われてわかったんだ。

私は今まで中途半端だった。全てに対して誠実であろうとして、結果的に不誠実だったんだ。…そんなのは、騎士の風上にもおけないのに」


 アイスグレーの瞳を、正面から見据える。


「本当に、辛くて……。でも…どうすることも出来なくて。気がつかない内に、もう限界ギリギリになっていたんだよ。


だけど、君が私を『取引相手』という立場にしてくれた。本当にありがとう、礼を言う」


 「霧が晴れたような気がするよ」と、アリアナはヴォルフに笑いかけた。


 実際、ここ数年内でやっと一息つけたような心地になっている。


(良かった。これでもう、誰かを悲しませたり、騙したりしなくて済むんだ……)


 ホッ…、と息を吐いたアリアナに、ヴォルフから声がかかった。


「商売に口約束は厳禁だ。この契約書にサインをいただけるかな?」

「ああ」


 契約書とペンを出そうとして、ヴォルフがローブを捲る。


 ────チラリ、


「!…」


 その時一瞬見えたのは……自分が愛用している蝋とスタンプで、封をされた手紙。


(──……そういえば)


「………」


(…もう契約書がしたためてあるなんて、あまりに手筈が良すぎないか?…それに、私がテーブルへ着く前にも、彼は『縁談』ではなく『商談』と──)


「うん?やっぱり無かったことにするか?」


 片眉をくい、と上げて笑みをたたえる美丈夫。こちらに伸ばされた手には、品の良い重厚なサインペンが握られている。


 ───アリアナは、差し出されたサインペンを迷うことなく手に取った。その顔には笑みさえ浮かべて。



「いや。未来の夫の手腕が見れて安心したよ」


「そりゃ良かった」



 そうしてサラサラと丁寧に、己の名を書き足した。


「さて、これでめでたく婚約成立だ」


 アリアナは、そう言って笑うヴォルフに奇妙な安心感を抱いたのだった。


 挿絵(By みてみん)




◇◇◇




「……こう言ってはなんだけど、本当に納得しているのね?アリー」


 王都にあるマクホーン家のタウンハウス。そこの客間にて、目に涙をたたえたアリアナの母と父が、最後の確認をする。嬉しさと驚きが半々といったところか。


「ああ、もちろん。この人が私にとって最良の方だよ。どうしても結婚したい」

「…あぁっ!オスカー!!」


 感極まったマリアムは、夫であるオスカー・ニヨルド・マクホーンの胸に顔を埋めた。


「………、」


(──嘘はついていない。…嘘は)


 そう自身に言い聞かせるアリアナをよそに、オスカーは苦笑いをする。


「こらこらマリアム、まだ婚約だよ。

して───ヴォルフ・マーナガラム殿、貴方も同じ気持ちだと思って良いんだね?」

「ええ、彼女は素晴らしい女性です。心から伴侶として望んでいます」

「おぉ、おぉ…!」


 オスカーは感激したように頷き、今一度しっかりとマリアムを抱き締めた。

 そして、彼女が落ち着いたあと、対面に座るヴォルフを見つめてこう言ったのだ。


 「どうか、私たちの娘アリアナを、よろしく頼みます」…と。




「いやー、良かった良かった」


 その後アリアナとヴォルフは、邸のバルコニーに出て話をしていた。「あとは若い二人で」、というやつだ。


「普通、見合い相手と娘が一緒に帰宅してきて『すでに婚約に同意した』とか言い始めたら、もっと不審がるだろ」


 そう言われて、アリアナは思わず苦笑する。


「私のせいだが…、これまで見合い自体が全く脈なしのところからスタートしていたからな。

トントン拍子に進むなら、願ったり叶ったりなんだろう」

「───ま、俺としてはありがたかったけどな。

商人と結婚だなんて、絶対1度はご両親に反対されると思ってたから」


 「1度は」ということは、2度目はなかったんだろうな……とアリアナはまた苦笑いした。貴族相手に『商談』を成功させるための策が、一体いくつ頭の中にあるのだろう?


(──…いや。彼からすると、『いくつあっても足りない』のかもしれないな…)


 と、アリアナは思い直した。

 マクホーン家がそうでも無かっただけで……実際問題、貴族階級と平民階級の間には、深い隔たりがあるらしいのだ。

 中でも、歴史と血統を重んじる古参貴族は、その多くが商人を成金だと揶揄して毛嫌いしている……。と言った話は、アリアナも人伝に聞き及んでいた。きっと、あまりにも金銭的な勢いと領民たちからの支持が強いため、成り代わられないように警戒しているのだろう。


「…………」


(──だが、この婚約者殿はどうだろうか)


 と、アリアナは考える。

 ローブを脱いだ代わりに、上質な絹で出来た深い紫の上着を着た彼は、とても粗忽な成金には見えない。


「……改めて見ると、君は本当に美しいな……」


 アリアナは、ついそう呟いていた。それが聞こえたらしいヴォルフと目が合う。


「その上着もすごく似合ってるよ。貴族と渡り合うための教養を、十分に持ち合わせているのが一目で分かる。だから母上たちもOKしたんだよ。

一体どこで仕立ててもらったんだ?」

「…お前は……、俺を褒めすぎな。

この服はまあ、俺の商会が投資している子飼いの仕立て屋で…。

選んだのは、別の仲間だけどな。まあ、すぐに紹介するよ。お前にもドレスを仕立ててやりたいし」

「そんなつもりは無いが…ただの事実だ。よく言われないか?──って、ドレス……!?」

「ああ、一等お前に似合うドレスを作ろう。社交に必要だろ?」


 「しっかり利用させてくれよな?」と片目を瞑られて、アリアナは呻いた。


(そうか、そういう契約だもんな。これは致し方ない…)


「結婚式については、商会の名を上げて大々的に開催するから、もう少し時間がかかる。

その前に籍を入れるが問題ないか?」

「………問題ない。」

「なんだ、その間は」


 「契約不履行か?」と片眉をあげるヴォルフ。


 アリアナは慌てた。『契約結婚』自体に不満があるわけじゃないことを、彼に表明しなければ!とそう思った。……観念して、口を開く。


「自慢じゃないが…、私はドレスが似合わないんだ。

ほら、あまり『らしさ』がないだろう?

その上、訓練のために何ヵ月も王都を離れるときがあるから、流行にも疎いし。


……社交が不得手だから『恩人の君に迷惑をかけやしないか』──って。…今から不安になっちゃったんだよ」


 アリアナの目線は、自然と下がっていた。現実逃避で、質素だけども良く手入れされた自慢の庭を眺める。


 女性にしては上背があるアリアナ。そのため、騎士服は男性用を着用している(というか、騎士服は国より貸与される消耗品のため、アリアナ一人のためだけに大きいサイズの女性用を作ることは手間とのこと)。

 そちらに馴染んでいる分、今さら女性らしい装いをすることに少なからず気恥ずかしさもあるし、さらには筋肉質なため、ドレス全般が似合わないことも自覚していた。


「!ぁ……、ええと…」


(…いけない。親友のジャックにも、こんなことを溢した覚えはないのに)


 そう思うと、途端に「余計なことを言ってしまった!」という気分になった。多分、『取引相手』への距離感を、間違えている。

 …だって、今のはまごうことなき弱音だったから。


(始まる前からそんなでどうする──)


「……………。」


 急速に、口の中が干上がっていくような感覚がして、黙り込むアリアナ。…それを見て、少しの間考える素振りをしていたヴォルフが、口を開いた。


「…なぁ。1つ良いか?」


 「大事なことだ」と彼が続ける。


「…?…なんだ??」


 見つめ返すと、かち合ったのは存外険の無い眼差しだった。


「契約上…、お前には今まで避けていた部分もカバーしてもらう必要がある。


──悪いが、そこんとこは変えられない」


「ああ」


 「それはそうだ」とアリアナは頷いて見せる。彼と自分は、そう言う契約関係なのだから。


「けど………それは同時に、お前を支援する義務が俺に発生しているということだ」


「………。…つまり?」


「俺達は『お互いに背を預けあう仲』だってこと。


苦手な部分は、それぞれにフォローし合うんだ。その方が効率的だし、ミスも少ないだろう?


──だから、俺に何かを遠慮する必要はない。

それ自体が俺達の定義を壊し得る」


「…………!」


(──もしかして……「何を話しても問題ないから、頼れ」と。彼はそう言ってくれているのだろうか…??)


 アリアナにとって、そんな相手は初めてだった。…逆に、全ての隠し事は禁止されたとも捉えられるが。


「ああ。わかった。」


「………お前は…。ホントに何でも良いお返事しちまうのな」


 きっちり言い切ったアリアナに、ヴォルフが呆れた風を装って「騙されても知らないからな?」などと軽口を叩く。


「いや、ちゃんと解った上で答えているつもりだが?

君も同じで良いんだろう?相棒」

「…ま、努力はしようかね」


 そう言って曖昧にでも応えてくれる相棒に、アリアナは破顔したのだった。





アリアナは「想定の3倍かっこいい」を意識して描きましたがどうでしたでしょうか……?


番外編を追加しました。「ここらで休憩したいな」という方はどうぞお楽しみ下さい。

▼対応するお話「専属御者は語る」

https://ncode.syosetu.com/n8272ha/1/

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