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鹿騎士は微笑む1

修正したのに長くなっちゃったよ…どうして……。


ぜひ時間のあるときにゆっくりお読み下さい。

 ───ここで少し時間を巻き戻し、一方のアリアナはというと。


 「じゃあ、行ってくる」。そう告げて、ダンスホールから遠ざかっていく婚約者殿。

 その後ろ姿を見送りつつ、アリアナは顔を真っ赤にさせていた。頭の中で、先ほどポロリと溢れた言葉が反芻する。



 ───「私を見ていて」───。


(…なんてことだ)



 ………とんでもなく恥ずかしいことを言ってしまった。これではまるで「親と離れるのが嫌だから」と、たったそれだけで感情を爆発させてしまう、幼い子供のようだ。


 …いや。覚えている限り、自分が小さかった頃でさえ──弟のユーストスが生まれ、両親がそちらに掛かりきりになっていた時だって──「こちらに注意を引き付けよう」だなんて素振りを、人に見せたり言ったりしたことはなかったように思う。


(どうしてしまったんだ、私は………)


 あまりにも拙すぎる……。

 と、自分でも引いてしまう程なのに、ヴォルフはそんな振る舞いに対して実に大人な対応をしてくれた。

 結果、自分は彼の発した一言にいとも容易くあしらわれ……挙げ句「嬉しい」と舞い上がり、現金にも調子を取り戻してしまったのだ。



(ああ――――――……………)



 アリアナは思わず、天を仰いだ。ここが作法の求められる舞踏会場でなかったなら、うずくまって頭を抱えてしまっていたところである。自制心のある自分をアリアナは褒めたかったが、代わりにやたら煌々としたシャンデリアの光が、目に沁みるようだった。



「………」


 最近ヴォルフに提案され覚えた、「甘える」ということ。

 それは、「何でもかんでも頼って良い」という意味ではなく───「己の力だけでは乗り越えられない壁がある時、そこを通過することで共通の目標に対し一定以上の成果を見込める場合に限って、協力を仰ぐ」ことなのだ、とアリアナは少し前に認識を改めていた。


 そのきっかけは2週間前の剣術大会、アリアナの初戦。

 多分心配してくれていたのであろう一般人のヴォルフに抱き締められて以降、アリアナがそう定義付けてしまったのは、自身が周りへ適用する範囲は『騎士』という職業柄、広大すぎて──困っている人は放っておけないし、大体どんな内容、甘えられ方でも嬉しいと思ってしまう──そうでないヴォルフに「自分と同じことを期待するのは、負担が大きすぎるのではないか?」と思い至ったからである。

 ………詰まるところ、アリアナはどこまでも真摯で、そしてくそ真面目だった。



 その定義から考えると、今回自分がした「お願い」は明らかにそこから外れてしまっている。だって、どう考えてもあれはヴォルフの「契約者」の座を争う者として正当なものではなく、「自分自身」の個人的な望みだった。

 そんなものを理由にヴォルフを一方的に縛ったり、行動を制限して良いはずがない。さっきのは、丸きり駄々っ子のそれだったのである………。


 だが、ヴォルフはそんな「我が儘」をスマートにいなしてくれた。ただ、こちらが努力していることを忘れないでいてくれるだけで良かったのに、「お前のことしか見えてない」だなんて言葉もくれて………。


(………情けない………。…でも、困った顔をしないでくれて助かった…)


 ヴォルフがもし呆気にとられてものも言えなかったなら、アリアナはその場で我に返り、羞恥のあまり舌を噛みきっていただろう。


(……………よし)


 心の中でヴォルフへの感謝と、謝罪と、その他何とも言えない感情が入り交じっているのを感じつつも、アリアナは信頼できる人間─ベルガレットならば婚約者殿を守るに十分過ぎるはず─に彼を任せている今こそが、現状を立て直し、掲げた目的を遂行する良い機会だと思った。


 むしろ、離れていなければおちおち考え事も出来なかったかもしれない……。今夜のヴォルフは何か、言葉にしがたい危険な魅力を纏わせていて、とてもアリアナの手に負えそうもなかったから。



「ふ―――……」


 アリアナは、大きく深呼吸した。


 ……ともかくもうこれ以上、醜態は晒せない。すぐにも、この失態を巻き返さなければ。


 アリアナがここまで焦っているのには理由があった。なぜならこの夜会への参加自体が、『アリアナ』という人間と契約を結んでいるがゆえにヴォルフが被った、損害だからである。


 もしも、ヴォルフが普通の貴族令嬢と契約を結んでいたなら、彼はここに来なくてよかった。

 ヴォルフが初めてグレイズの屋敷に訪れたときにも話していた通り、彼にとってはこの結婚に際して必ずしも祖父からの了承を得る必要などはないのだ。

 それでもこの条件を飲んだのは、アリアナを第2小隊へ異動させるため─つまり、祖父を協力させるためだった。

 アリアナが『騎士』であったがために、ヴォルフは今、『普通のご令嬢』相手であればやらずに済んだ手順をわざわざ踏んでいる……。


 そう───まさにこの瞬間、アリアナはライバルたちに一歩先をいかれているのだ。


(さっきの件ではまだ、ヴォルフは私を見放してはいない………と思う)


 「あまりにも幼稚だったから、気にも止まらなかっただけだ」──とは意識的に思わないようにした。


(……………あれ?)


 …そこまで考えて、アリアナはふと違和感を抱く。


 これまでアリアナは、目標やモチベーションを、『今の自分』以外の『他人』に委ねることはなかった。それはアリアナにとって望ましくないことだったからだ。


 「あの人より強くなりたい」だとか、「あの人に負けたくない」だとか、そういった感情を起因とするやる気も、最初は良いと思う。


 「だが、もし何らかの理由で、その人間が目の前から消えたら?」。「目標を失った自分は、───その先どうなるのだろうか?」。


 ……アリアナは、「自分が誰かに劣っている」という状況よりも、「自分の成長に対する情熱が失われてしまう」ことを最も恐れた。


 だから、何よりも自発的な「やりたい」、「なりたい」といった強い意志に基づいて行動を起こしていくことこそが重要なのだ、と。

 早々に『一般的な令嬢コース』から逸れていたアリアナは、身をもってそのことを悟っていたのである。



(でも………──この気持ちは何だろう…?)



 「ヴォルフの相棒になりたい」と願ったのは、確実に自分の意志だ。それは間違いない。そして、それに基づいて自分は行動している。

 …しかし、最近はなんだか「()()()()()選ばれたい」という気持ちばかりが先行してしまって………。


「……?」


 アリアナは首を傾げた。


 その気持ちは、「利害の一致」が理由の契約相手に対しては過剰すぎるように思われたし……かといって、先ほど例えにした親と子の関係とも、方向性がずれている気がしたのだ。



(…これじゃあまるで、私はヴォルフを────)



「アリアナ・フロージ・マクホーン様」


「!はい」


 突然呼ばれた名に驚いて、しかしそれを表に出さないよう気を付けながら、アリアナは振り返った。





「貴女は────」


「お目にかかれて光栄ですわ。

私、ケイト・ロヴン・アイロワと申します」


 アリアナが視線をやった先。そこには、小柄な少女がいた。


 赤味を帯びた、珍しい金髪───それと同じ色の睫毛に縁取られた、大きな瞳。

 丸くて愛くるしいそこに、自分が映っている。


「──今晩は。ご挨拶下さりありがとうございます。アイロワ侯爵令嬢様」


 アリアナはなるべく落ち着いた声で、ケイトに語りかけた。

 年齢も体つきも、職業にさえ違いがある2人である。話し掛けて来てくれたのはケイトの方だが、だからこそ受け答えの中で、彼女を驚かせたり、怖がらせたりなどは、絶対にしたく無かった。


 こちらから慎重に礼をとると、ケイトも丁寧に膝を曲げて返してくれたので、アリアナは少し安堵する。


 ケイトは一拍すぅ、と小さく息を吸い込んだ後、柔らかく微笑んだ。


「…そんな。どうぞ気軽に“ケイト”と呼んで下さいませ。私の方が年齢は下なのですから」


「!……お気遣いをありがとうございます、ケイト様…。

では、私のこともどうぞお好きなようにお呼びください」


 嬉しくなったアリアナがそう微笑みながら言うと、ケイトはハッと息を飲んだ。それはこちらの耳にも届いていたのだけれど、彼女はすぐに取り澄ました様子で、細い顎をつんと上げる。それでも、声はやや上擦っていた。


「えっ、あ、そ、………そうですか?


ではその────ぁ、“アル”様?」


「…はい。何でしょう?」


 アリアナは顔を真っ赤にするケイトに合点がいって、思わず苦笑してしまった。


(──なんて、可愛らしい乙女だろうか…)


 ……凄く自然に、マナー通り振る舞ってくれていたので気付かなかったが……ケイトをよく見ると、指先がずっと細かく震えている……。瞬きも多いし、小粒の苺のような唇については、きゅっと引き結ばれては深呼吸のため開く、を忙しなく繰り返していた。



 その様子から推察するに……おそらく、ケイトは『騎士アリアナ』のファンなのだろう。



 警ら中、そう名乗る町のお嬢さん達によく声を掛けられるが、まさか社交界でもそれがなされるとは…。


 驚いた。しかし、アリアナも女性であるので、彼女らがそうしてしまう気持ちは、なんとなく理解出来たのである。


 それはきっと、アリアナが騎士団へ入団する前流行っていた─正確に言うとその年頃の少女がこぞって嗜みだす─恋愛小説や演劇に登場する騎士に、自分が酷似しているからだ。


 現実とは儚いもので、そういった登場人物のモチーフとなっているのは、大概見栄えと実力を買われ職についている近衛騎士だ。国王と謁見する機会でもない限り、滅多に御目にかかることは出来ない。


 対して、街で気安く見掛ける騎士たちは筋肉質で、粗暴で、喧嘩早い一面を多分に含んだ気の良い漢たちで。だから、その中で見ると細身な体、女性としての丁寧な振る舞いや、言葉および気遣いが出来る自分に、『理想の騎士様』としての需要が集まってしまうのだろう、とアリアナは実に冷静に己を客観視していた。


 ケイトが、仲間内にしか呼ばれていない『アル』というあだ名で自分を呼ぶというのは、おそらくそういうことである。


 そんなこんなで、「なんで、アルばっかり!」とブー垂れる仲間たちを、アリアナは「今に君の男らしさやたくましさに夢中になるさ」とよく励ましたし、実際そうだった。きっとケイトもそうだと思う。

 少女の夢が託されるのは光栄だが、それはごく一時的なもの。だからこそ、とても微笑ましくアリアナの目に映った。




 ───補足すると。


 アリアナは理解していない。


 かつて、無数に初恋泥棒の罪を冒したことを。


 そして、少女達の初恋が、いかに永く、甘酸っぱい良き思い出として、彼女らの心に宿り続けるのか、と言うことを。


 事実、今この場にいるアリアナと同世代およびその前後のご令嬢達の中で、アリアナは絶対的人気を誇っている。それ以外の層は、アリアナよりもその婚約者(仮)に夢中になっていたようだが、初恋泥棒被害者の会員らにとっては、全く目ではなかった。

 この瞬間も、「誰が1番にアリアナへ声を掛けるか」───と、水面下で熾烈な小競り合いが行われていたのである。


 そこへ、良くも悪くも空気を読めないケイトがアリアナに突撃した。


 ───というのが、現在の正しい状況なのであった。




(有り難いな……)


 事態を重くは受け止めなかったアリアナは、素直にそう思う。


 そして、今日達成すべき3つの任務について、思考を巡らせた。

 特にその3番目──『出来る限り多くの貴族と顔見知りになること』については、なかなか厳しい戦いになると踏んでいたのである。


 それもそのはず。自分は今夜、晴れて婚約者付きの令嬢として夜会に参加しているため、マナー的にこちらから男性に声を掛けることは出来ないし、向こうからも掛けてくることは無い。

 アリアナ自身の努力では、ご令嬢に声を掛けて回るぐらいしか、貴族との交友関係を広げることは出来なかったのである。


 「とは言え、自分が社交を離れていた間に出来上がっていたらしいグループに、きっかけもなく入り込むのは骨が折れそうだぞ」──と悩んでいた折り、ありがたくも話しかけてきてくれたのが、このケイトだったのだ。


 わざわざポツンと孤立していた自分に、震えながらも話し掛けてきてくれた───なんと光栄なことだろう!


 「勇気を出してくれたのだろうな…」と言うことが分かるケイトの両手を、アリアナは感謝と敬意を込めて掬い取った。



「!!!」


 瞬間、ケイトの首がガクンと後ろに揺れたが、すぐに戻ってくる。アリアナは彼女を驚かせたかと思い、手を離そうとした。しかし、その手が逆にきゅっと握り返される。


 アリアナが再びケイトの顔を見た時、彼女はもう侯爵令嬢として申し分ない、余裕のある微笑みを浮かべていた。



「聞きましてよ。剣術大会、良き成績をおさめられたそうで。

誠におめでとうございます。同じ貴族令嬢として、私まで誇らしい気持ちになりましたわ」


「……!ありがとうございます…!

ですがあれは祖父や…婚約者の尽力があればこその勝利でした」


「…、まあ!アル様ったら、ご謙遜を……」


 不意に褒められ、アリアナは笑った。皆で手にした勝ち星を称賛されるのは、本当に誇らしい気分だったのだ。

 だから、ケイトが眉をピクリと震わせたことには気がつかなかった。


 少女は軽く、顔を横に傾ける。絹糸のように見事な緩い巻き毛が、ケイトのフワフワとしたドレスの上を、さらりと滑り落ちた。


「ああ、そうです。私、実は体型維持のため、フェンシングを習っておりますの」

「──ケイト様が、フェンシングを?」


 アリアナは聞き返す。話題変えに乗り出したケイトの雰囲気を、察知できないほど風変わりな趣味に感じたのだ──貴族令嬢としては。


(…普通、ご令嬢が『体型維持』と言ったらダンスとかではないのかな?)


 と、思わないことは無かったが、如何せん自分自身がその『普通』から外れている自覚があるので、違和感に確信が持てない。

 「…まあ、そういうこともあるのか…」とアリアナが思い直したタイミングで、ケイトは言葉を放った。


 周りを見渡しながら、ゆっくりと大きな声で───。


 ……否、聞き耳を立てているアリアナのファン全てに聞かせるように、である。



「それで是非、経験豊富なアル様から実践的なコツを教えていただきたいと思っていたのです──良ければ、私の誕生日パーティーにいらして、お話お聞かせ願えませんこと?


────ご都合の良い方々もお呼びして」



「「「「……………!!!!!」」」」」



 途端に周囲の熱気が増し、温度が1、2度上がった──ことなど知らず、アリアナは歓喜に打ち震えていた。


(そうか、なるほど!今夜で決着を焦らなくても、そういった機会さえあれば、色々なご令嬢様方と仲良くなることが出来るのか!!)


 約5年のブランクですっかり令嬢としての文化が抜け落ちていたアリアナにとっては、まさに天の助けのような申し出だったのだ。

 思わず笑顔で、ケイトの手を握り返す。


(そうと決まったら、今度我が家でお茶会を催すのも良いかもしれない!)


 来てくれるご令嬢がケイト以外いるかは未知数であるが、もし主催のパーティーをマクホーン邸で開けたなら……母のマリアムも大層喜ぶに違いない──と、アリアナは考えてわくわくする。


(いや、しかし騎士として勤務しつつお茶会の準備、というのはなかなか厳しいだろうか………?)


 などと回りはじめた思考を一旦切り、アリアナはケイトへ返事をしようとした。


 ────正にその瞬間。



「……あら。とても楽しそうなお話をしてらっしゃるのね?アイロワ侯爵令嬢様」


「…………オトテール、公爵令嬢、様…」


「!」



 どこか深みのある高音で、背後から声が掛かる。

 振り返ると、そこには「社交界で知らぬものはいない」と言えるほどの有名人が佇んでいた。



 アリアナはきちんと向き合って挨拶をしようと、一旦ケイトから手を離す。


 威風堂々とした雰囲気に、凛としてかつ豪奢な衣裳を身に纏う彼女は───。



「クロエ・スカーヴィズ・オトテール様、ご機嫌よう。

私、アリアナ・フロージ・マクホーンと申します」


「……」



 「オトテール家」はアスガルズ王国でも3本の指に入る、有力な公爵家。クロエはそこのご令嬢だ。


 山の大きな細目の眉と、涼しげな目元。

 それらが彼女の高貴さを、より際立たせている。

 豊かで癖を知らない金色の髪の毛は、ストロベリーブロンドのケイトと並ぶと、その透明感から銀髪のようにも見えた。


 国王への挨拶を終えて、今初めてこちらのホールへとやってきたのだろう。

 クロエは1度、つり上がった瞳ですぅっ、とケイトを流し見た。

 その後、こちらに向け小さく微笑みを浮かべる。


「もちろん、存じていますわ。アリアナ様」


 「ご機嫌よう」と返され、アリアナはホッと胸を撫で下ろし言った。


「良かった………本日は、お加減よろしいようですね」

「……と、言いますと?」


 アリアナはクロエを見つめ返して笑った。


「ああ、いえ。実は私、昨年まではこの舞踏会で警備に付いていたんです。

それでよく、貴女がバルコニーに出ていらっしゃるのを庭から見掛けていたものですから。…人酔いなさるお方なのかと心配で」


 そう言うと、クロエがドレスのポケットに入れていた扇を優雅に取り出し開いた。


「………」


 目の下から半分まで隠されてしまい、アリアナはハッとする。

 当時、自分は誓って真面目に王宮の警備をしていたのだが、本来騎士がすべきは不審者への警戒であって、ご令嬢の観察ではない。

 それでも巡回中、あまりにクロエを見掛けたものだから心配して出た言葉だったのだけど、結果職務怠慢を自白することになってしまった!


 「……あの、ええと…!」とアリアナが焦って取り繕おうとした時、クロエは言った。


「ご心配には及びませんわ。少しお酒に酔いやすいだけですから」

「……そ、うですか……しかし、」


 クロエは完璧だった。ケイトよりも、だ。

 普段から隠れて慕っているアリアナを、クロエは舞踏会がある度、2階のバルコニーからさりげなく眺める、という趣味を持っていたのだが、それを『本人から認知されていた』という事実が知らされてもなお、大した動揺などを見せたりはしなかったのである。

 だから、アリアナは目の前の女性がまさか、自分の親衛隊隊長に就任していることなど─というか、ご令嬢方の間でそうした組織が存在することさえ─、知る由もなかった。


 クロエは言い掛けたアリアナを、さらりとかわす。


「それよりも。───先ほどのお誕生会のお話なのですけれど」

「あっ、はい!」

「不躾ですが、カントリーハウスならまだしも、タウンハウスでのお茶会となりますと、どうしても手狭になりますでしょう?

──そこで提案なのですが、オトテール公爵家の持ち物で、パーティー会場にとても良い物件がございますの。

私の権限でお貸ししますから、そちらで開催してはいかがかしら?」


 その申し出を聞き、アリアナは思わず声を上げた。


「えっ、それは…。よろしいのですか……?!」

「ええ。その代わりと言っては何ですが、是非、私のことも会にお呼び頂きたいのです…。

アリアナ様の御召しになっているその斬新なドレスについて、ゆっくりとお話伺いたいと考えていたものですから。

──皆様もそうよね?」


 とクロエが回りに同調を促すと、パッと見ただけでも15人程のご令嬢方が頷いた。


 アリアナは華やいだ笑顔を見せる。アハルティカや、デザイナーのエミリーが一生懸命作ってくれたこのドレスを、社交界で褒めてもらえたのが素直に嬉しかったのだ。

 そして気付く。自分が無意識に、「社交に通ずる話のネタなど、持ち合わせていないも同然」と卑屈になっていたことを。

 そのせいで手をこまねいていた自分に、不在のはずの皆が力を貸してくれている───。そんな気がした。


 アリアナは背を押され、勇気を持って踏み出す。


「それは……!とても嬉しいです!このデザインを考案してくれた者たちも喜びます…!


あ、と…。誕生会に、その者たちと私の婚約者も同伴させていただきたいのですが……問題無いでしょうか?……恥ずかしながら私、パーティーには馴れていないので、少々心細くて…」


「…………」


 言うと、クロエがニッコリ微笑んだ。


「──もちろん。人が増える分には構いませんわ……。そのための会場提供ですもの。

…ねえ、ケイト様?」

「はっ…!はい、そうです。全くその通りですわ。是非よろしくお願いいたします」


 クロエに声を掛けられたケイトは、ハッ!!と目覚めたように眼を見開くと、こくこくと何度も頷いて見せた。


「~~~あ、ありがとうございます……っ!本当に……!!」


 アリアナは嬉しくなって、ケイトとクロエの手を握り、弾けるように笑った。



◇◇◇



「……姉上?」


「ユース!」


 苦笑しながら、ユーストスは姉に声を掛ける。しばらく踊り続けたので、休憩がてら彼女の様子を確かめようと思ったのだ。


 アリアナは、頭ひとつ分他のご令嬢方と比べて背が高い。そのため探すのは容易であったが、この状況は……。


(一体、どうしたんだろう………)


 ユーストスは冷静に現場を見分した。アリアナがひどく感極まった様子でにこにこと微笑んでいる。──彼女の両手にそれぞれ繋がれた2人の少女が、ほぼほぼ屍と化しているにも関わらず、だ。


「、ぁ、う…わ」

「……………………………。」


 姉の全力のたらしこみを真正面から受けたらしい1人が、息も絶え絶えに立ち尽くしているので──もう1人はピクリとも動かない──、謝罪の気持ちを込めて、ユーストスは助け船を出した。


「今晩は。ケイト・ロヴン・アイロワ侯爵令嬢様。

ユーストス・フライア・マクホーンです。どうか、私と踊っていただけませんか?」

「は、はい。喜んで…」


 へろへろと伸ばされたケイトの手を、ユーストスはしっかり取る。


「……皆様も。今宵、寂しく過ごす紳士達をかわいそうに思って下さる慈悲がおありなら、どうかダンスをお楽しみ下さい」


 そう言うと、周りを囲っていた令嬢達が散り散りにその場を去る。姉に手を握られていたもう1人の令嬢も、サッと無言で挨拶をし、その場を後にした。マナー的に、舞踏会へ参加した女性同士での長話は、あまり推奨されていないからである。……いや。ただ単純に、彼女らから絶賛置いてけぼりにされている婚約者たちの存在を、思い出してくれたからかもしれない。


「あ、お待ちください」


 と、ケイトを引き留めたのは、アリアナだった。



「ご招待の便り、お待ちしております、ケイト様。


──あと、随分健康的になられていて驚きました」



 「……本当に、良かった……」と呟き、アリアナがそっ…と手を離す。


「あ…」


「楽しみにしていますね」


 ケイトに軽くお別れの礼をすると、アリアナは次にユーストスへ向けて手を振り、ダンスへと送り出してくれた。


「……………っく、ぅ…!」


 ユーストスの隣を歩くケイトは、パッ!と視線をダンスホールの中心へと向け、意識をそちらに集中させようとする。しかし、その努力は大した成果を上げなかった。



「……覚えてて、くれた……っ」



 そう溢した瞬間、ポロポロと涙を流すご令嬢に、ユーストスがハンカチーフを手渡す。


 ──『ケイト・ロヴン・アイロワ』。


 彼女は3年前、ある事件をきっかけに庶子としてアイロワ侯爵家に引き取られた。


 一時期社交界ではそれなりに騒がれていたし、アリアナが騎士として職務にあたった件でもあったので、ユーストスはそのことをよく覚えていたのだ。ケイトはそれからずっと、姉を慕っていたのだろう。

 そうして再会が叶った今夜、姉は明らかにオーバーキル気味であったが。


 ユーストスは輪の中で、ケイトに向き合う。

 目元を真っ赤にしながら唇を噛み締める彼女に、「何もかも忘れて、今日を楽しく過ごして欲しい」──とユーストスは願った。




 ダンスの後、ユーストスは「王への挨拶に向かう」と言って離れたケイトを見送り、今度はアリアナと1曲踊った。


「ユースはダンスが上手だなぁ。本当に自慢だよ」


 そうしみじみと言われ、ユーストスは笑ってしまう。


「そうですか?姉上と義兄上のダンスも素敵でしたよ。リードに余裕があって」


 「俺とじゃ、やっぱりお遊戯みたい」と呟くと、それを聞き付けたアリアナが目を見張り、その後苦笑した。


「やめてくれ、もう…。そんなことを言ってくれるから、ユースへの子供扱いがいつまでも抜けないんだ…。弟離れしなきゃいけないのに……」



 踊り終わったあと、本当に困った顔をしたアリアナが、ぎゅう、とハグをしてくれた。


 ユーストスはそれを抱き返してクスクスと笑う。


(姉上は、俺のことを『自慢の弟』と言ってくれるけど───俺にとっても『自慢の姉上』だ)


 ユーストスはヴォルフのことを尊敬している。彼が何でも教えてくれる上、「覚えが良いな」とたくさん褒めてくれるから。

 そうしている中で、「自分と姉は進む道も学ぶことも違うのだろう」と実感することはある。だが……出来れば姉に、まだまだ成長を見守ってもらいたい、と願ってしまうのだ。………そう思うのは、姉離れが出来ていない甘ったれの、迷惑なわがままなのだろうか……?


「ユースの成長が見れて、すごく嬉しいよ」

「……ぇっ」

「また機会があれば踊ってくれる?」

「…もちろんです、姉上!」


(───どうか、幸せになって欲しい)


 「それが出来るのは、きっとヴォルフだけだ」、とユーストスは確信していた。


 そのために、越えねばならない壁がある──。


 この後控える王への挨拶を思い、ユーストスはアリアナの笑顔を見ながら深く息を吐いたのだった。





▼番外編

………更新予定………



やろうと思ったときには、既に布石が完了している系主人公アリアナ。アリアナにかかれば、ヒロインも悪役令嬢様もチョチョイのチョイ!なんですから。

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