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狼商人は戯れる

 最初、その卓には6人が着いていたが、今はヴォルフを含めて3人だけとなっていた。


 シュボッ……。

 と、葉巻へと火を着けるためにマッチが擦られ、対面にいる男の手元が一瞬明るくなる。それに口を付けた相手は眉間に皺を寄せたまま、何度か煙を肺に送り込んだ。

 ……ヴォルフの手には5枚のトランプ。行われているのは、至ってオーソドックスなポーカーである。


「──200追加」

「ぐッ…ぅう…!」

「…私は降りる」


 そして、また1人減る。


 「あとひと押しだ」、とヴォルフは勝利への算段をつけた。


 ちなみに、ヴォルフはこれで4戦目の試合である。



 ベルガレットを協力者に引き込めただけでもヴォルフにとっては十分な収穫であった……が、王族主催のパーティーに参加できるという、またとないこのチャンス。

 現状、自分は『アリアナとの身分差』以外、貴族には注目されていない…となれば「顔と名前だけでも売っておきたい」───というのも、商人として正直なところだ。この機を利用しない手はなかった。


 向こうの『ダンスホール』が淑女の社交場だとすれば、王が控えるこちらのホールに用意された『遊戯場』は、紳士の社交場とでも言おうか。

 煙草の煙と様々な思惑が渦巻き、少し薄暗くさえ感じるこの片隅は、ある意味シャンデリアの煌びやかな光の下よりもヴォルフに馴染み深く、肌に合うとすら言えた。


 ベルガレットは、礼儀作法に則ったお綺麗なやり取りよりも、カードで交わす駆け引きの方がヴォルフの性に合っていると見抜いていたのだろう。だから、遊戯場にヴォルフを誘ったのだ。


 件のベルガレットは、と言うと。

 この試合にも参加していたのだが、今は降りてヴォルフの後ろに立ち、勝負の行方を見守っている。手札にあまりこだわらず駆け引きを楽しむヴォルフとは対極に、ベルガレットは手札が良くなければ滅多に勝負しない質のようだった。…かと思えば、思い切った勝負を仕掛けてくる時もあるので驚いてしまう。

 その根拠は戦いで磨かれた勘か、ただの気分か。

 堅実なようでいて、度々顔を出すプレイが彼の強烈な遊び心を隠しきれていない。


 アリアナはベルガレットを「厳しく強い、目標とすべき上司」だと認識しているようだが、実のところそれは見た目から受ける印象が9割で「中身は案外普通の、陽気なオッサンなのかもしれない」……とヴォルフは思った。


上乗せ(レイズ)します」

「……フォールドする」



 4戦目も、ヴォルフの一人勝ちだった。最後に開示した手札は、弱くもないけど強くもなく……といった役だ。それを見て「ああ!あそこで粘っていれば、俺でも勝てたかもしれなかったのに!」と、退いた元参戦者たちが歯噛みしている。


 周りにそう思わせて勝つのが、ヴォルフは巧かった。だからきっと、敗者は愚痴を言いやすいのだろう。ヴォルフがいる卓のことはちょっとした口コミのように広がり、今や人だかりが出来ている。


 またそれは、ヴォルフが『商人』だと知られていることも要因の一端かもしれなかった。「ひとつ、この新参者(ルーキー)の手前を見てやろうじゃないか」と、物珍しさから人々が集まってくる。

 そうこうしている内、「この卓にいても勝ち目はない」と抜ける者がいる一方で、「我こそは」と勇み足で席に着こうとする者達が列を成している…という妙な状況になっていた。


「…………」


 ヴォルフは卓を眺めながら、ぼんやり思う。


(…リア。どうしてるかな。本格的に会いたくなってきた…)


 別れ際、少し様子も妙だったし、ユーストスがいると言っても心配である。…そろそろ戻らなければ。

 今日の目的は、なんと言ってもアリアナとの結婚を確固たるものにすることなのだ。『商人』としてよりも、『アリアナの婚約者』として夜会に存在することの方が、優先度が高い。


 「少々、欲が出てしまったか」──そんな風に自己分析し、「これが最後のゲームだ」と見切りをつけたその瞬間。

 ……新たな参戦者が、この卓に目をつけた。


「この席、よろしいですかな?」

「────公爵閣下。ご無沙汰しております。もちろん、大歓迎ですよ」


 順番待ちをしていた者達が自然と道を開け、並びが繰り上がる。現れたのは白い髪と髭をたたえた背の小さな紳士だ。彼に声を掛けられたベルガレットが、感じ良くそう答えた。


「……」


 ヴォルフは無言で、ユーストスと予習した内容を思い起こす。


 アスガルズ王国に、公爵家は7つ。

 今やってきた紳士はそのなかで序列6位の、アクセルロッド公爵家当主、ウィリアム・クワシール・アクセルロッドだ。

 「実質的な影響力で言えば、序列2位に該当してもおかしくない」……ともユーストスは言っていた。公の孫娘が見事他国の王子の心を射止め、その結婚が「円満な国交に大きく貢献した」と王に認められたためだ。


(最後の最後にとんでもないお方が着いたな)


 ほくほくとしながら席に腰かける公爵を見つめ、ヴォルフは考える。


「ふむ……。私の勘違いでなければ、公爵様を遊戯場でお見掛けしたことは、これまで無かったように記憶しておりますが……」

「ほほほっ。恥ずかしながら、最近になって嗜むようになりましてな。お手柔らかにお願いしますぞ」

「またご冗談を。<アスガルズの賢者>と名高いお方に手を抜く余裕など、我々に御座いましょうか」


 対貴族用の、ニヒルでない笑顔のまま和やかに歓談を交わしつつ、ベルガレットがこちらに情報を横流ししてくる。


(なるほど)


 「相手は目上なのだから、ある程度のお膳立ては必須………けれど、分かりやすすぎる接待(・・)は不興を買う」───。


(それだけ解れば十分だ)



 参加費を払い、卓についたのはヴォルフとベルガレットを含め満員御礼の8人だった。


 順番決めで一番強いカードを配られたのはヴォルフの右隣に座る男。今後のターンは全てヴォルフから開始されるため、他プレイヤーの様子見が出来ない分不利である……と、されている。ガッカリした身振りをし、ヴォルフはブラインドした。ゲームスタートだ。


 ディーラーから配られた5枚のカード。さて、今回はどんな読み合いを楽しめるだろうか?



 自分だけに見えるよう、サッとひっくり返した手札の絵。真意の読めない満面の笑みが、こちらに向けられていた。



 ──────『道化師(ジョーカー)』。



(くそが………)


 と、事を理解したヴォルフは心中でこっそりと舌打ちする。



(……いつから入ってた?)



 まさか、最初からということはないだろう。

 これまでの4戦でだって、卓についた誰からもこのカードを含んだ手札は開示されていなかった。

 ピクリとも表情を動かさず、ヴォルフは考えを巡らせる。


 とにもかくにも、この場にこのカード(ジョーカー)があることを()()()()()()()()()し、誰かに渡してもいけない。


「500、レイズです」


 そうこうしている間にも回ってきた順番に、ヴォルフは強気で出た。「えっ…?」と周りのプレイヤーが引いている。まだまだ序盤なのだから、その困惑も当たり前だ。


「………降りよう」


 それを見ていたベルガレットが肩を竦め、フォールドした。この卓に起きた異常事態に早くも勘づいたらしい。


(さて…)


 世界共通で「正統派ポーカー」というと、思い浮かぶのは「ドローポーカー」だ。

 対してジョーカー…──つまりワイルドカードを含めたポーカーのことを、「ワイルドポーカー」という。世間的にはマイナーな部類だろう。

 このカードが加わるだけで、「ドローポーカー」とは出来得る役やその確率、強さ順が変わってしまう。その点について、プレイヤーは事前に説明されていない。もし存在を知らずに勝負に出ようものなら、当然ワイルドカードを手札に持つ者に高確率で負けることになる。それだけ、ワイルドカードのもたらす影響力は強いのである。単なる「運」の一言には収まらず、「不平等だ」と感じてしまうほどに。


(…それとも、アスガルズではドローポーカーと同じ位、こっちがメジャーだとでもいうのか?)


 席を立ち、早速ヴォルフの後ろに回ったのはベルガレットだ。手札を確かめようと覗き込んだ彼が、密かにスッ、と息を詰め、眉を潜めた気配がした。


 卓から少し遠巻きに、にやつきながら眺めている貴族が何人か居るので、顔を覚えておく。中にはヴォルフが先程のゲームで負かした者もいた。おそらく、彼らがこのカードを紛れ込ませたのだろう。


 ヴォルフはため息を我慢する。


(畜生、しょうもねぇ悪戯に付き合わせやがって)


 勝ち越しているヴォルフに、一泡吹かせてやろうと思ったのだろう……。「ワイルドカードを仕込んでおけば、いずれそれを手にした誰かがヴォルフを負かすはずだ」と見込んで。


(逆恨みしてんじゃねえよ。てめぇが負けたのは、そのお粗末な脳ミソのせいだろうがよ──)


 そう悪態をついたのは一瞬。



(……さて。どう組み立てる?)


 と、ヴォルフは思考を切り替えた。


 どうやって仕込まれたのかは知らないが、ワイルドカードは偶然にも自分の元へと舞い込んで来たのだ。最も重要な事実はそこである。


(…『偶然』??)


 「………いや」、とヴォルフは思い直す。



(『俺』だからこそ巡ってきたのかも、な)



 場において異質で、あらゆる可能性を秘めたワイルドカード。

 ───この道化師も今夜、ひょんなことに自分と同じくゲーム(夜会)の舞台に立たされている。だから………なのか?


(………ああ、違う。そうじゃない──俺の場合は、望んでここに立っているんだった)


 ならば……、上手に演じきってやろうではないか。



「………」


 ヴォルフはふっ、と笑った。

 公爵がこちらを見る。


「うむ、余程良いカードが回ってきたんでしょうな?」

「いえ、良くなるかどうかは私の腕次第……、といったところです。実に悩ましいな……」


 本当に困った風に眉を寄せて言うヴォルフに、ウィリアムはホッホッホッ、と笑い声を上げる。それに合わせて豊かな白い髭が揺れた。


 彼は造作もなくチップを追加する。


「ゆっくり考えなさると良いですぞ」

「お言葉に甘えて、そうさせて頂きます」


 ふむ、とヴォルフは手を口に当て考える。

 この様子からすると、公爵の手札は悪くない……いや、何なら「ちょっと良い」くらいだろう。

 まずい手札でブラフをかますつもりなら、もっと大袈裟にやらないとヴォルフは降りない。そのくらい公爵も分かっているはずだ。


(これは、誘い込んでベットを吊り上げようとしているな…)


 大方、スリーカードかツーペアと言ったところか。


 対するヴォルフも「10」のペアとワイルドカード…つまりスリーカードを成立させることが出来るわけだが、一般的にはワイルドカードを用いて成立させた役の方が、強さは上になる。


 ベッティング・ラウンドが終わった。まだ1回目だと言うのにとんでもない高額ベットだ。しかしこの時点で、卓に6名も残っている。


(──どうする?)


 ワイルドカードを手放し、見なかった振りで通すことは出来なくなった。参戦者が多すぎるのだ。ここでワイルドカードを交換したとしても、この後全員が5枚交換したとしたら、デックの枚数が足りなくなる。捨て札を含めてシャッフルしなおし、このカードが別の誰かに配られてしまったなら。


(…………終幕はどうなる?)



「…………3枚交換」



 ヴォルフの申告に、ギャラリーがざわめいた。

 「あんなに強気に出ていたのに、3枚も交換だって?奴の手札には一体何が来ているんだ??」と。


 2回目、最後のベッティング・ラウンド。


「…………………………」

「どうされましたかな?」

「……ヴォルフ君?」


 黙り込むヴォルフに、ベルガレットが小声で呼び掛けてくる。彼には捨てたカードと交換したカードの中身が見えなかったのだ。


 「それでもここは悩む場面ではない」───と、この時のベルガレットは感じていた。

 それもそのはず。何しろ、順番的にヴォルフの宣言が1番最初なのだから。




 ────ヴォルフは上唇を薄く開いた。




「オールイン」




 ザワザワッ!!!!


 と、どよめきが起きる。その周辺の気温が1、2度上がった気すらした。


 ─「ほ、本気かっ?!」。

 ─「嘘だっ!ヤツはブラフを言ってるだけだぞ!」。

 ─「ここは恐れず勝負すべきだ!」。

 ─「いや!だが完全に弱い手とは限らないぞ、これまでも結局、彼の役はそこそこ強かったじゃないか?」。


 と、口々に考察を述べ、ここ一番の盛り上りを見せる観客たちとは反対に、卓上の6人の間には異様な空気が漂っていた。張り詰めて息がしにくいとまで感じる時間が、じりじりと過ぎる。


「…どうされますか?」


 片眉を引き上げて決定を促したヴォルフに、公爵の瞳がピカリ、と輝いた。


「……ほっほっ、では私もコールだ」


「「「「!!!!」」」」


 ウィリアムは、勝負に逃げも隠れもしなかった。だが、残る4人は震える手で手札を伏せる…フォールドだ。


「では、ショーダウンです」


 ディーラーの言葉に、2人が手札を開示する。



 ──「J」のスリーカード。

 そして一方は、ワイルドカードを含めた「A」のワンペア。



「勝者はアクセルロッド公爵です」



 しん、と静まり返った後、徐々に喧騒が帰ってくる。


 ─「あいつは一体どういうつもりだったんだ?何故この役で勝負に出た?正気とは思えない」。

 ─「単純に苦し紛れの力押しさ、さすが公爵様は見抜いていたようだけど」。

 ─「やっぱり3枚ドローしたのが無茶だったんだよ。起死回生でファイブカードでも狙ってたのか?」


 あからさまにヴォルフを虚仮にする者がいる一方、ヴォルフを初戦から見物していて感嘆を漏らす者もいる。…出来れば後者とお近づきになりたいものだ。

 と、ヴォルフは内心で肩を竦ませた。



「…」


 ──「私の楽しみに、水を差した愚か者がいるな」。


 開かれた手札を見て、直ぐ様事情を察したのはウィリアムだった。

 ギロリ。と白い眉の下、衰えを知らない眼光でもって、ウィリアムは周囲の様子をなめ回す。


 良くも悪くも、話題に上がるのは自分が今しがた負かした男のことばかりである。それだけで「今居る卓に人々が注目していたのは、他でもないこの男が勝ち続けていたからだ」、ということを悟るに十分だった。

 そして、「その彼が自身の一時的な満足よりも、こちらの面目を優先したのだ」ということも。


 「たかがポーカー、お遊びだ」───。

 …そう言う者もいるかもしれない。だが、ジョーカーの入り込んだ今回のゲームについてだけは、そうと言い切れなかったのだ。

 この卓に着いた者たちの中で、事の重大さを正確に理解していたのは、見慣れぬ目の前の若者だけだった。


(対して、これを仕掛けた馬鹿者はどうだ)


 この卓に着いた者たちが、ジョーカーを持った誰かに負けて「ジョーカーを仕込まれた!不正行為だ!!」とかなんだと騒ぎ立てる可能性は、微塵も考慮しなかったのか?


 ウィリアムは黙って推察した。

 「犯人はおそらくこの試合より前に彼と戦い、そして敗れた人間だ」、と。だが、現段階でその証拠を提示するのは不可能である。つまり大事になれば、この卓に着いたすべての者たちにその嫌疑がかかってしまうのだ──ずっと大勢の好奇によって注視されていたらしい、彼の人を除いて。


 貴族が体裁や権威を保持しようと努めることで起きる正と負の影響がどれ程のものか……。

 それを考えれば、疑われること自体が「家名に泥を塗る行為」であるのは明らかであった。


 「この若者の何よりも評価すべき点はそこだ」──と、ウィリアムは考える。

 彼は、ワイルドカードをあえて保持し続けた状態で周りを降ろさせ、1()()1()()()()()()()()()()()()。起こるかもしれない諍いのリスクを、最小限に留めたのだ。



 ───「成し得たいことの為ならば、道化になることも厭わない」───。

 ………今自分が闘った相手は、そういう大局観を持つ男だった。



(…………ふむ………)


 と、ウィリアムは髭を撫でる。

 娘婿への爵位継承を直前に、手慰みとして始めた趣味はまだまだ練習中で、初心者の域を出ない。今回のように試合に勝って勝負に負ける、ということも度々である…。

 だが賭け事とは違い、貴族社会を渡り歩くことに限って、自分の勘はいつもピカイチであった。それに付随して、人を見る目も。


(………隠居後の楽しみが増えたのう)


 サッ、と不穏さを引っ込め、ウィリアムは実に好々爺然とした笑い声を上げる。


 この、誰よりも光輝く将来が約束されているかのような若者が、自分のような老いぼれを気遣い……あまつさえ華を持たせてくれるとは。


 「これだから歳はとるものだなぁ」、なんてウィリアムは考えた。



「──やあ、良いゲームだったね。君のおかげで楽しかったよ」


 よろよろと立ち上がり、ゆっくり腕を広げる公爵。ヴォルフはみずから身を屈めて、その懐に入った。


 軽くポンポン、と背中を叩きあってから離れる。


「ちなみに君。見ない顔だが…」

「公爵閣下、紹介しましょう。

私の部下、アリアナ・フロージ・マクホーンの婚約者である、ヴォルフ・マーナガラムです。

ヴォルフ君、こちらは公爵家ご当主のウィリアム・クワシール・アクセルロッド様だ」


 ベルガレットが顔繋ぎしてくれたのをありがたく受け、ヴォルフは恭しく礼をとる。


「ほぉ、マクホーンの姫君と!あんなに小さかった彼女も、結婚をする歳になったか……」


 うむうむ、と公爵がうなずく。「早いものだ、時の流れは」……と感慨深そうに呟いてから微笑んだ。


「ちなみにマーナガラム君、出身は?」

「ミズガルダです。ミズガルダで商人をしております」

「なにっ!ゲームの本場じゃないか!!…では今度、是非ホールデムの練習に付き合ってはくれんかね……!」


 後半は声を潜めるようにしてヴォルフに提案してくる。ヴォルフはその様子に内心クスリ、と笑った。

 アスガルズには、カジノがない。今回賭けたチップも、集めれば用意された賞品と交換できるらしいが、どちらかと言うとレクリエーションの要素が強い。そのため、本当のスリルを体感するためには、ミズガルダや他国へ出向かなければいけないのだ。


 そして近年カジノでは、「ホールデムポーカー」のほうが主流となってきている。


 ドローポーカーとは違い、ホールデムポーカーでは場にカードを出して皆がそれを使う。単純に配られた手札だけでする勝負よりも、コツや定石、空気感を掴むのに時間は掛かってしまうのだが……。普通のポーカーに比べ、運の要素やプレイヤー個人の性格が色濃く出るため、ホールデムは駆け引きが特段に面白いのだ。

 賭け事を嗜む者としては、一度は現地で遊んでみたいゲームだろう。


 しかし、およそ貴族─ましてや世界の中心であるアスガルズの貴族─が嗜むほど格式高いゲームでは無いため、こちらにはなかなか馴染みのある人間がいないのであろう。これはポーカーに限ったことではないが、何かで勝負に勝てる位まで腕を磨くには、ある程度経験を積んだ先達が必要だ。


 それが分かっていても、よもや身分に差がありすぎる自分へ何の衒いもなく「教えて欲しい」だなんて。


「───もちろん、是非」


 そう言って、ヴォルフは公爵と握手をする。

 ……ふいに、ベルガレットが眼力を強めた。向けられている方向は、玉座の位置だ。


「ッ。…すまない、ヴォルフ君。どうやら出番のようだ。俺は席を外すが、君はどうする?」


 ヴォルフにしか聞こえない程度の舌打ちを繰り出すベルガレットに、苦笑してから答える。


「では、私も一度ダンスホールに戻ります」

「そうか、悪いな」


 「もっとここで顔を繋げられたら良かったんだが」と、ベルガレットが首を捻った。


「いえ、もう十分ですよ。感謝しています」


 ……この夜会は実のところ、営業をかけるにしては規模が大きすぎたのだ。国中の貴族達が一同に介す場で、マクホーン家の跡継ぎであるユーストスを差し置いて(または一緒に)オスカーから人脈を繋いで貰うというのは世間体的に微妙であったし、それは無論ベルガレットにおいても同じことである。折角上手く折り合いを付けている彼を、貴族達の間で変に目立たせるような行動は避けたかった。

 分かりきっていたことだが、自分とこの独特な社会とでは間に開きがあり過ぎる。もし本格的に人脈を繋ぐなら、もう少しクローズドな場でなくてはならないだろう……。だから、今回はこのホールの片隅───『遊戯場』が最適解だったのだ。


 …というかそもそも、このまま平民のヴォルフが1人残って席に着くには卓の敷居が高すぎた。ベルガレットが「フェルビーク侯爵代理の連れ合い」という形を取ってくれたから、なんとか抱き合わせでの参加を許可されていたのだ。そうでなければ、始めから着席を拒否されていただろう…………彼はこの数十分間、『フェルビーク』の名を存分に使わせてくれた。


「それに、元々この試合で最後のつもりだったんです」


 そう伝えると、ベルガレットは「ならいいが」と言って肩をすくませた。



 話の区切りを見計らい、公爵が「()は私に任せておくれ」と言って、ヴォルフら2人を送り出してくれる。別れの言葉にしては随分と含みのある言い方だ。もしかするとウィリアムは、ここに滞在して明確に犯人捜しをするつもりなのやもしれない…。

 ヴォルフ達はそのまま礼をとって公爵と別れたが、今度はこちらが彼に「お手柔らかに」と念押ししておくべきだったかもしれなかった。



 一緒に遊戯場を抜けたヴォルフとベルガレット。2人は玉座への列を流し見しつつ、軽く挨拶をしてから別れた。



(──さて、婚約者様を迎えに行きますか)


 ヴォルフは相変わらず手加減無しでぶつけられる視線を優雅にかわす。そして、無意識にその歩を早めた。



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