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鷲騎士は共闘する

「お待たせしました。ベルさん」


 そう言って、煌びやかな長身の青年がこちらに歩いてくる。ベルガレットは、ヴォルフに気安く「“ベル”さん」と呼ばれたことに対して、口ばしを歪めた。


 …やはり、人違いではなかったらしい。「彼」はあの日、<R's>で飲み交わした彼だ。


「いや、然程待っていないさ。………ん、随分と上機嫌だな」

「っと。そうですか?」


 ヴォルフは口元に手を当て、す、と表情を引き締め直した。ベルガレットは笑う。

 どうやらしばしの別れさえも、ヴォルフとアリアナにとっては気持ちを深めるためのイベントに過ぎないらしい。


「ふ、余程お熱いようだ」


 開催の宣言時に顔馴染みが居ることに気付いてから、ベルガレットは己の能力を存分に使い、ヴォルフとアリアナを遠くから注視していた。2人のダンスはかなり情熱的で、ベルガレットはこっそり驚いたものだ。

 あのようにしどけなく人に寄り掛かるアリアナは、普段の様子から想像も付かない……。見習い期間を終え、部隊に配属された彼女は、その当時より英雄じみた完全無欠さと高潔さをたたえた振る舞いをしていた。…それが師と重なって鼻に付いたものだ。


「いえ、まだまだですよ」


 にこり、と笑って答える食えない男に、ベルガレットは内心眉を下げる。


(…アリアナ。君は彼を『とびきり良い男』だと言ったが、やはり俺には『悪い男』に見えるよ)


「んんっ…、ヴォルフ君……。『やるな』とは言わないが、あまりガッつくのは如何なものかと思うぞ。

アリアナに歩調を合わせるべきだ」


 そう伝えると、ヴォルフが片方の眉をくい、と上げた。


 ──「どの口が。貴方もきっと、捕食者(こちら)側のくせに」──…とは明言しなかったが、そう思っていることが十分伝わってくる、そんな表情だった。


「…………」


 ベルガレットは眉を吊り、首をキリリ…と傾ける。「───だからなんだ??」と言いたげに。

 そうすると、うざったい前髪がハラリ…と視界を横切った。


 …確かに自分は、貴族である妻を首尾よくかっさらった人間ではある。常日頃「奥手な彼女がそうさせるのだ」と理由をつけて、心ゆくまで妻に求愛してしまうのも事実だ。


 だが、それがどうした??

 自分とヴォルフが『同類』だったとして、そのことが『彼を止めない理由』にはならないだろう。

 …いや、むしろ同じ穴の狢だからこそ、彼にしてやれることがあると思う。というか、普通に同じ轍を踏ませたくはない。


 「貴族の女性」というのが、世の一般女性と比べてどれだけ特殊か…。

 それをヴォルフはまだ理解していないし、『アリアナ』という娘の唯一無二な気性が、その括りに対する見落としを助長してもいた。


「───肝に銘じます」


 賢いヴォルフは、こちらの譲らない意思を察したのだろう。言い返してなどは来ず、素直にそう返事をしたのだった。



「まあ、君が仲良くお話してくれる気になったみたいで安心したよ。あまり素っ気ないんで、記憶違いを疑っていたところだ」


 「あの日は久しぶりに酒を入れたからな」と続けると、ヴォルフが黙り込み上唇を捲って笑った。…こちらの出方を伺っているのだろう。

 それに対し、ベルガレットも口をへし曲げて笑って見せた。


「なあ。これは提案だが…、俺にも一枚噛ませてくれないか?」

「……」

「貴族同士の社交は面倒事が多くてね…。深く関わりすぎないのに越したことはないが、かといって、無為に時間を過ごすのも味気ないだろう?

今日、君に何かしらの思惑があるなら、『侯爵代理』としてそれに乗ってみるのも悪くない…。


────この肩書き、好きなだけ使え」


「!」


 「他に使いどころもなくて困ってる」。そう吐き捨てると、ヴォルフは僅かに目を見開いてからくつくつと笑った。


「…いえ、先ほどは突然失礼しました。合わせてくれて助かりましたよ」


 「てっきり、そのことを叱られるのかと思った」などと、ヴォルフが言う。


(…何だって?)


 その言い様に、今度はベルガレットが口を開けて笑った。

 ───よりにもよって、「叱られる」とは。


(そんな子供っぽい台詞が飛び出すなんて、こいつは『貴族』を嘗めてるのか。…それとも、俺を分かりきっているのか)


 一頻り笑った後、ベルガレットはヴォルフの肩に手を置いて引き寄せた。


「…今回は、俺の参加自体がイレギュラーだったから仕方ないが…。次に名前を使わせてもらいたいときは、事前に申告してくれ。

その方が確実だし──何より黙って借りようとするのは筋が違う、そうだろう?」


 「『フェルビーク』の名は、本来そう易々と貸せるもんでもない。君だから貸そうと思えたんだ」と伝えると、ヴォルフは心得たように頷く。


「本当に申し訳ありませんでした」


 そう謝罪したヴォルフが丁寧に礼を取り、それをベルガレットが受けた。




「────さて。じゃあ聞くが、どうして初対面の振りを?」


 「やるからには理由があるんだろう?」と、ベルガレットが問う。

 少々のざわつきと、こちらを推し量るように集まる視線。それを華麗に跳ね返しつつ、2人は会話する。


「どうせなら顔見知りの体でいった方が、この夜会に馴染めたと思うが……」

「いえ。今夜に限って、それは得策じゃない…」

「というと?」

「実は今、ちょっとした試験中なんですよ」

「…ほう?大体分かってきたぞ」

「さすが」


 ベルガレットは頷いた。……大方、師の差し金であろう。


 彼は、ヴォルフがアリアナを任せるに足る婚約者であるかどうかを、実践で確かめようとしているのだ。相変わらず、やり口のえげつない御仁である。


 この夜会は、王族からの招待がなければ参加できないはず。そこに、アスガルズ王家との所縁などあるはずもないヴォルフが紛れ込んでいる────そんな不可解にやっと答えが与えられ、ベルガレットはスッキリとした。



 給仕の者より受け取ったグラス。

 ベルガレットはそれをヴォルフにも手渡すと、まるで舌鼓を打つかのようにしながら、小声で告げた。


「……なら忠告しておこう。『マクホーン』の名は、君や彼女ら自身が思う以上に売れている」


 「先祖代々、人たらしだからな」。そう言って、ベルガレットは肩をすくめた。この試験を突破する上で、ヴォルフには事前に伝えておかねばならない情報が幾つかある……。


「へえ…。『売れている』?」

「ああ。まず、現当主のオスカーだが…。

…彼とその妻マリアムの結婚は、今もいい語り草だよ」



 そう言いながら、ベルガレットは当時のことを思い出していた…。


 病気染みた細さや白さ。

 それが、女性の「美しさ」とイコールだった時代が確かにあった。

 けれど、「病弱に見える」ことと、実際「病弱」なことでは、その扱いに天と地程の差がある。……特に、田舎の貴族──しかも治める領地は極寒、というおまけ付きのマリアムでは、嫁の貰い手が付かないと言う意味で致命的であった。

 その焦燥感からか、彼女は生まれつきの体の弱さを覆い隠すように、強情な態度を取るようになる。聡明さからくるハッキリとした物言いは、人を遠ざけるのに一役買った。

 そんな調子で、裏じゃ「氷の女王様」などと揶揄されていた彼女が、独り自領で細々と暮らしていくのは想像に難くないように思われた…が。


 なんのことはない。南の領地を治めるため、見習い騎士から堕ちた<英雄の息子>が、あっさり彼女の心を溶かしてしまったのだ。


「………なるほど」


 と、ヴォルフがため息をつく。アリアナの豪速球が父親譲り───いや、その家系によるものだと理解してくれたらしい。


 ベルガレットはご明察、と肩をすくませて見せた。

 マクホーンの直系らが発する言葉には、下心や嘘がない。ゆえに、心の鎧を砕く破壊力がずば抜けて高いのだ。……だが真に恐ろしいのは、『その使い方を間違えない』、という点だった。

 しっかりと相手の真ん中へ放り込んでくるので、彼女らと話しているうち、厳重に武装している方が馬鹿馬鹿しくなってくるのである。「怪我をしないように…」という過剰な警戒心を、継続させてはくれない。「そもそも、この相手は怪我をさせる気など毛頭ないのだ」ということに、こちらが気付く方が早いのである。頑なな人間に無血開城を余儀なくさせるその手腕には、舌を巻くばかりだ。


 おそらくオスカーのそれが、若き日のマクホーン夫人に刺さった。

 「『マクホーン』は、あのマリアムさえも落としてしまうのか」と、同世代の貴族たちは大いに盛り上がったものだ。それが、お伽噺か伝説のように語られるようになって、久しい今日である。貴族連中はいつだって、舞踏会での仲睦まじいオスカーらに注目してきた。


「……そして、これが1番大事な点だろうが…。

陛下とアリアナの祖父……グレイズは旧知の仲だ」


「!」


 ヴォルフは目を見開く。そしてすぐに細めた。


「…表には出ていない情報だよ。当時、ただの騎士としてはあり得ない抜擢だったんだが、師は陛下の剣術指南役でな…」


 以下の内容は、騎士団の中でのみ語り継がれる武勇伝のようなもの。ベルガレットでさえ、グレイズ本人から聞いた話ではない。




 現アスガルズ国王のニクラスは、幼少期より知識欲の塊のような人間であった。


 己の限られた時間の中、彼はより効率的に、高水準を満たした知識を取り込むため、常に周りに『一流』を揃えたがった。


 そのため、若くしてメキメキと力を付け「ゆくゆくは騎士団総帥となるのも夢ではない」と当時の総帥に言わしめたグレイズに目を付けたのは、ある意味当然の成り行きであった。「ぜひ近衛騎士に」と、彼を引き抜こうとしたところ。


 ──「現場に出れないなんて冗談ではない」。


 グレイズはそう言って、あくまで戦地を駆けることに拘ったのである。驚く程アッサリと、提案は断られてしまった。


 ──『近衛騎士』は、騎士職の花形。

 ……それも、王族直々の要望を棒に振るなんて!


 王家の面子を保つため、世間ではこの提案自体が無きものとされている。

 しかし、騎士団内部に限っては、この逸話が瞬く間に広がった。そしてグレイズに対し、絶大な支持が集まったのである。


 「そこを何とか」と食い下がったのは、当時まだ殿下であったニクラスだ。あまりにしつこいので、グレイズは仕方なく首を縦に振った。

 殿下付きの近衛騎士ではない──比較的拘束時間の短い、「剣術指南役」を引き受けることで手を打ったのである。


 礼節を重んじつつも、出来に妥協せず指導してくる点や、出し惜しみしないグレイズの性格。

 それは、殿下の癖に面白い程よく嵌まった。彼は、戦争に先駆けて同盟国へ雲隠れしたあとも、こっそりと自国にてグレイズを重用するよう根回ししていたらしい。

 それもこれも、自身がアスガルズへ帰ったときにグレイズを使いやすくするためである。

 そうした働きかけが功を奏し、グレイズは自国他国を問わず、<英雄>として世にその名を轟かせた。大仰な肩書きが、結果的に戦争の終結を大いに助けたのである。


 また、この時殿下の亡命には、渡りの傭兵が同行していた。そのいち傭兵も、優秀な騎士としてニクラスに寵愛され、いまや王立騎士団の偵察隊──第1小隊の長として、「梟」の騎士に抜擢されている。


 このように、後々<賢王>と評されることになる殿下からの覚えがめでたいというのは、死ぬまで人生に大きく影響する事柄なのだ───が、グレイズはそれを、全く意に介していなかった。


 その証拠に、グレイズは戦争を終結させてすぐ、引退を表明した。新国王に即位したニクラスが、必死に止めるのも聞かずに、である。


 領地の奥地へと引っ込んだグレイズを、もちろん周りは放っておかなかった。あらゆる国、機関から呼び声が掛かる日々。

 しかし彼は、その全てを断固として拒絶したのである。



 ………だが、数年後。


 突然に雷神は帰ってくる。




「……」


(────それは、多分)


 一旦話を切り、ベルガレットは夢想する。


(………アリアナが、生まれたからだ)


 師はきっと、自分なりに「己を変えねば」と萎んでいた気持ちを熱く奮い立たせ、再びその重い腰を上げた。

 その決意の現れが、かねてより王から依頼されていた『特別顧問』の任を引き受けることだったのだろう。


(……今なら、それが分かる。あれほど憎んでいたアリアナこそが、俺と師を会わせてくれたきっかけだったんだ、と)


 まあその任も、アリアナの入団に合わせて解かれてしまったのだが……。



「国王が師に執着しているのは間違いない。『英雄の血(マクホーン)』を市井には出さず、王族で囲ってしまいたい、というのが本音だろうさ。


だから<英雄>は、王家に構われるのを嫌ってきた」


 元々、父親が一代貴族だっただけのグレイズである。戦いの中のごたごたで、知らぬ間に爵位を与えられるまでは、彼自身、己を平民と同等に思っていただろうから。


(『過剰な引き立てや独占は息が詰まる』、といったところか)


 フン、とベルガレットは口端を引き上げた。


(まあ、そんな態度が余計に、ニクラス陛下の歪んだ憧れを加速させたとも言えるが…)


 「誰彼構わず好かれてしまう、という性質も困りものだな」と、ベルガレットは内心ため息をつく。


「───だが、今回はその2人が結託した形だ。向こうの節介焼きに、師が乗った。陛下は相当強気で来るぞ」

「望むところです」


 ひょい、と片眉を引き上げ、ヴォルフが言う。あたかも「なんてことない」、というみたいに。


(────この男)


 ベルガレットは、首をわずかに傾げる。


「俺は、アリアナと結婚したい。でも、そこでグレイズ様に相当手を焼かされることは、最初から分かってました……だからあともう一手、強力な口添えが欲しかったんです。


────それが貴方だ」


「君は………凄いな。本当に」


 ヴォルフには、いつからこの絵が見えていたのだろう??

 アリアナが剣術大会で自分を下し、その上絆してしまうことさえも読めていたというのか??グレイズの棲み家を教えれば、そこへの同行を自分が許可するだろうということも?


(全部全部、俺から師に、アリアナの結婚を認めるよう進言させるために??)


「予定外でしたが、貴方はこの夜会にまでやって来てくれた……どうやら、運は俺に向いているようだ」


 そう言って、ヴォルフは美しく、そして恐ろしく笑った。


「貴方には、この試験の証人になってもらいたい。

ただ一言、グレイズ様に言ってくれるだけで良いんです。『ヴォルフ君は大変よくやっていた』、とね。


だから、()()()()()()だ」


 「でしょう?ベルガレット卿??」とヴォルフが嘯く。


 クッ、とベルガレットは思わず笑っていた。


「ああ…。相手が誰でも関係ないんだな、君は」

「……」

「フン…それほど本気だってことが分かって、安心したよ」


 今さら、ヴォルフが自分の『侯爵』という名に、物怖じする訳がなかったのだ。


 なぜなら今日、彼は最初から───『王族』相手の喧嘩すらも、買ってやるつもりで来ていた───。



 そのことに気付き、ベルガレットは心底愉快になる。階級など意にも介していないらしいこの商人と、決して無謀な馬鹿ではないはずの彼をこうまでさせる部下が、信じられないほどに痛快だったのだ。


 そう、この話のミソは「ベルガレットとヴォルフの2人が、この夜会以前の知り合いである」、ということを知っている人間が、この場に1人もいない点。ゆえに、自分と彼が口裏を合わせてしまいさえすれば、結婚の決め手となり得るかもしれない証言に、駄目押しで偽りの公平性を持たせることが出来る…。


 ───つまりこれは、秘密の保険だ。

 出来すぎていて、試験の意味も何もあったもんじゃない。


 ベルガレットは殊更に不正を嫌う恩師へと想いを馳せたが………それは一瞬のことだった。


(良いだろう。君の覚悟に免じて、今夜は存分に使われてやる───)


「伸び伸びやってみると良い…。今夜もし失敗しても、合格判定にしてやるさ。

君とアリアナには、借りがある」


「よろしく頼みます」


 そうそう負ける気などないくせに、殊勝に言って見せるヴォルフ。

 未だに「失敗なんてしませんよ」、だなんて返答を期待していたらしい自分に、ベルガレットは眉を下げて笑った。


(本当に、食えない男だ………)



「───して、ヴォルフ君。


君、カードに興味はあるか?」




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