狼商人と雷神の問答1
グレイズの屋敷は、とても辺鄙な所に建っていた。
…いや、『先代領主』でなく『猟師』の住まいだと思えば、妥当な立地かもしれない。見た目は『屋敷』と言うより、少し立派な一軒家だ。
「駅から馬車で2時間とちょっとか…『交通の便が良い』とは言えないかな」
ヴォルフはここまでの山道を頑張って引いてくれた馬と御者に、礼を述べてから言った。
「でも、王都のタウンハウスからは6時間程で着きました!馬車だけの時より、2倍近くも短くなるなんて…!!」
機関車初体験であったユーストスが、興奮気味に言う。目を輝かせて感心している様子に、ヴォルフは自分が初めて機関車に乗った時のことを重ねて、くすりと笑った。
ちなみに、このまま山の反対側に下れば、本邸であるカントリーハウスに行けるとのこと。
つまり、本邸からだとこの山を越えない限り、汽車には乗れないわけだ。山道はとてもじゃないが「馬車の乗り心地が良い」とは言えなかったので、「普段マクホーン家が長距離の移動をのんびり馬車でするのも頷けるな…」と、ヴォルフは考えたのだった。
「………」
目の前の家を見上げ、ヴォルフはふう…と息をつく。
アリアナの祖父、グレイズ・トール・マクホーン。
「彼がこの結婚の最大難関である」と断じたのは、なにも自分の腕に不足があると思っているからではない。
欲の絡んだ人間が相手なら、9割方有利に取引を成功させられる自信が、ヴォルフにはあった。
だが、欲の無い者───つまり、この世捨て人のような生活を送っているであろう御仁に対し、「取引に持ち込めるだけの材料があるだろうか…」と、そこだけが不安だったのである。
それでも、現在取り急ぎ飲んでもらわねばならない望みがこちらにはあるのだから、やってみないことには始まらないだろう。
「………」
「さあ。行くぞ」
一向に足が動かせないようであるユーストスの背を抱えながら、ヴォルフは呼び鈴を鳴らした。
◇◇◇
「ユーストスか??!!」
「…わ──、」
「……」
扉が開き現れたのは、70過ぎとは思えない、見事な体躯の翁。
ユーストスを見た瞬間、目を潤ませて彼の細い体を抱き締めた。
「…そ。…祖父、上……?」
ユーストスは初めてまみえる男性に、戸惑いを隠せないようだ。…が、その白髪混じりのダークブラウンの髪は、間違いなくマクホーン家一族の物である。
「祖父上……!」
ユーストスは、力一杯グレイズの体を抱き締め返した。
「会いたかった………っなどと…、…今さら抜かすこの爺を、赦してくれるか…?」
「!!…」
苦し気に絞り出されたその言葉を聞き、ユーストスが目を見開く。
「……大手をふって、お前を可愛がってしまえば……『アリアナが身を引くのではないか』、と。
それを恐れてしまったのだ」
「!!………ふふ、」
そう言って肩を小さくする祖父に、ユーストスはくしゃりと眉をしかめて笑った。
「…………やはり、祖父上も…。…僕と同じ事を、危惧していたのですね」
「!」
「『赦してくれるか』だなんて、そんな…。
僕、『会いたかった』と言われて嬉しいんです。本当に」
「!ユーストス……」
グレイズが、唇を震わせる。その背を、ユーストスがさすった。
「いつも………お祝い事のときは欠かさず、花とプレゼントを贈ってくれていたでしょう??」
「……!!」
「特に、スクールの入学祝いは豪勢でしたよね?」
「……気付いていたのか…」
「もちろんです」
ユーストスは、グレイズから一旦体を離す。
「僕……。…それが『ただの義理じゃなかったんだ』って分かって……。…すごく、嬉しいです」
(……………)
「本当にありがとうございます」と続けたユーストス。
ヴォルフはそのしゃんと伸びた背を、黙って見つめた。
「───『やっぱり、僕のことが嫌いなわけじゃなかったんだ』って。今、確信できました」
「、ッ……『嫌い』なわけがあるか……!
ユーストスもアリアナも、俺の大事な孫だ………!!」
少しずつではあるが、和解に向けて努力する2人の会話を聞き、ヴォルフは小さく微笑んだ。
(なんだ。どんな頑固ジジイかと思ったら、なかなか良識のある老紳士じゃないか)
「これならなんとかなりそうだ」……と、ヴォルフは再度交わされた2人の抱擁を見届け、少ししてから口を開いた。
「…初めまして、グレイズ様。そろそろ本題に移っても?」
「黙れ!ドブネズミが!!」
(おっと。見込み違いだったな)
ヴォルフはさっきまでの評価を、あっさり翻した。
『話の通じる相手』と思わない方が、こちらへのダメージは少なそうである。
「…失礼しました。名乗っていなかった私に問題がありますね。アリアナ様の婚約者、ヴォルフ・マーナガラムと申します。お祖父様も今後はそうお呼びください。
本日は彼女との結婚のことで、ご挨拶に伺った次第です」
「お前に『お祖父様』などと呼ばれる筋合いはない!」
「ははは、イヤだなあ。単にお孫様方から見た『お祖父様』という意味ですよ。気が早くていらっしゃる……もっとのんびり話をしましょう──あ、お部屋に上がらせていただいても?」
グレイズは徹底抗戦の構えだ。
ヴォルフはにこやかに笑って、それを全て受け流した。
「馬車で山道を来たので、もう腰が痛くて痛くて。
なあ、ユース?」
「え…!、ええと…」
突然話を振られて驚いたのだろう。珍しくユーストスが言葉に詰まる。
いや。『驚いた』だけではなく、明らかに喧嘩しそうな義兄と祖父を、一緒にしていいものかどうか、分かりかねているのかもしれない。
(……頼む。ユース)
「!……」
ヴォルフはパチリ、と片目を瞑ってみせた。
「……はい、そうなんです。
…それに僕、祖父上とゆっくり座ってお話をしたいな───義兄上も一緒に」
「…!む……ぐ、…」
大事なユーストスからお願いされては、突っぱねることも出来なかったのだろう。渋々…と言った感じで、ヴォルフたちを家に招き入れるグレイズ。
(……優秀な義弟が居て助かった)
などと考えつつ、ヴォルフはユーストスと共に、リビングへと案内されたのだった。
「………粗茶だが」
「ありがとうございます、祖父上」
「……これはこれは、ご丁寧に」
3人で席に着いたところで、お茶を頂いた───が、露骨にヴォルフの分だけお茶が少ない。
自分がグレイズにとって「招かれざる客である」と言うことが、よーく分かるパフォーマンスである。
飲み終わったのを見計らい、サッサと放り出されては困るので、とりあえず出されたティーカップに口だけ付け、「ワァ美味しい」と言っておいた。
「…さて。アリアナ様との結婚についてですが…、」
「認めん。」
「でしょうね」と、ヴォルフは内心で肩をすくめた──が、それでもにっこり笑って言い募る。
「ですが、婚約についてはお互いが了承し、すでに成立しているのです。
もしも結婚式当日にお祖父様が来てくれなかったら…、アリアナ様は悲しむだろうなぁ」
「…っ、それは…!」
ぐっ、とグレイズの目に力がこもった。『結婚』自体に反対しているはずだが──寂しそうにするアリアナでも、目に浮かんだのだろうか。
ただ事実を話しているだけなのに、ここまで効果覿面なのを見ると……余程アリアナのことを大切に思っているのが伺えた。
(この線で押すか)
「アリアナ様にとって、お祖父様がかけがえのない存在であることを、私も理解しています。
ですから、彼女に心残りがない状態で結婚してもらえるよう、こうして貴方とお話にやって来たわけです」
にっこり微笑み、いけしゃあしゃあと言う。
(回りくどいやり方は、本来趣味じゃないが───それ以上に今は、この爺の力が必要だ)
ヴォルフは『取引』に持ち込むため、無意味な『話し合い』という体を、自ら作り出した。
「………条件がある」
「それはそれは……一体、どのような?」
ヴォルフはできる限り、神妙な顔つきになるよう配慮した。
(…そちらから、取引を持ちかけて来るなんて…)
「願ったり叶ったりだ」と思っていることを、グレイズにだけは悟られちゃいけない。それでも眼を爛々と光らせて、ヴォルフは彼を見つめ返した。
が、彼の放った言葉は、とても建設的とは言えなかったのである。
「───お前の『強さ』を証明しろ」
「……。」
(それは……、ずいぶんと意地悪な条件だな?)
とヴォルフは思った。なにせこっちは素人、相手は英雄だ。
(達成できるはずもないことを条件として突き付けるなんて、性格が悪いにも程がある…)
…と、ヴォルフは自分の性格を棚上げした。
思わずひょい、と片眉を上げ、じとりとグレイズを見つめてしまう。
彼はふん、と鼻を鳴らした。
「何も『俺に勝ってみろ』、と言っている訳ではない」
「…というと?」
「………」
グレイズは一度目を伏せた後、ヴォルフの目を強く睨み付けた。
「『強さ』とは………、『相手を思いやること』。
相手の弱い部分を包み込んでやれるだけの、実力と気概があることだ」
「……………」
…その言葉は重かった。
家族や自身に対する今までの苦しみ、そして後悔が乗っているのが、ヴォルフにすら分かった。
(そういうことか。俺の身分を指しての結婚反対…ではなかったらしいな)
グレイズにとっては、「覚悟も決まっていないのに可愛い孫娘へ手を出す人間」が、総じて「ドブネズミ」に見えているらしい。
「…なるほど」
ヴォルフは素直に深く頷いて見せる。グレイズが、睨みを鋭くした。
「2、3日の間に、オスカーの元へパーティーの招待状が届くだろう。
それに出席し、『強さ』を見せてみろ」
「分かりました。挑むところです」
と、ヴォルフが唇の端を持ち上げて言う。
「あと、お前の両親にもアリアナを紹介しろ」
「、」
言われて、一瞬反応が遅れた。
「そうは言っても、私の両親は海の向こうなのですが…」
「関係ない。お前はアリアナを、相手の両親に挨拶もなく結婚の約束をするような、非常識な娘にするつもりなのか?」
「……分かりました」
「よし……」
条件を飲んだヴォルフに満足し、会話を切り上げようとするグレイズ。ヴォルフがそれを、微笑みながら引き留めた。
「では、こちらからの条件を申し上げます」
「何っ!?それは『アリアナとの結婚』だろう!!」
本気で驚いたらしいグレイズが、眼を見開いて声を荒げる。
「ははは、何をおっしゃいますやら。それはあなたの我が儘でしょう。
私は必要な手続きさえ踏めば、いつでも結婚出来るんですよ?」
「なッ…!?!?」
「……ぇっ?」
にこやかにグレイズへ笑いかけるヴォルフ。「は?手心を加えてやってんのはこっちの方だぞ。勘違いするな」と、暗に言っているのだ。
その様子に、隣で話を聞いていたユーストスも、少し引いている。
「祖父が思う『納得できる結婚』を担保に、ここに来て要求を重ねるのか」──、と。
「しかもその言い分は、そもそも条件と前提の順番が前後した、とんでもない論点ずらしなのでは??」──と。
そんな風に思われていることなど、百も承知である。ヴォルフは、ゆったりと優しげな笑みを浮かべた。
「安心してください。……何もむちゃくちゃなお願いをしたい訳じゃないですから」
「………、」
「アリアナ様が騎士としてステップアップするために、必要なことです。
………あなたに手を貸してもらいたい」
ピクリ、と。グレイズの眉が動く。
「剣術大会…、そこでアリアナ様の実力を証明しなければなりません。
貴方は、偵察隊現第2小隊長の『ベルガレット・ティアチ・フェルビーク』という騎士を、ご存知ですね?」
「………」
グレイズは黙り込んだが、こちらには確信があった。
(知っているはずだ)
騎士を辞めた後も、グレイズは騎士団の『特別顧問』という職につき、非常勤勤務をしていたはず。それはもう、見合い前の時点で調査済みのことだった。
しかも、割と最近──アリアナが騎士団に入団する直前の、5年前までだ。
「アリアナ様とその騎士は、元々1つの同じ部隊に所属していました。ですから、お互い手の内は知り尽くしています。
彼に勝つためには、どうしても第3者の目が必要だ。
───それも、誰よりも強者の、ね」
ヴォルフはグレイズを睨み返した。もう、顔に笑顔は浮かんでいない。
「だから『山籠り』などと意地悪をせずに、真面目に稽古をつけて欲しい。
───それが条件だ」
「─────、」
その言葉にグレイズは一度目を丸くした。
そして1拍後、ワハハハハハハ!!と轟くような笑い声を上げたのである。
「──はっ…、『意地悪』とはな…」
馬鹿にしたように、こちらを見遣るグレイズ。
「まさか俺が、『結婚について孫に背かれたから』という理由で、意趣返しをしていると思ったわけではあるまい?」
「………。」
(結構しそうだけどな)
とは、言わないでおいてやる。
「ふん。俺だって、あの子が望めばいくらでも稽古はつけてやる。
だが、本人がそれを拒否したのだ」
グレイズは窓から見える森へと目を向けた。そして悲しそうに細める。
「今、アリアナは自分で望み、森に入っている。
…大方、入団当初『祖父の七光り』だなんだと謗られたこともあったが故だろう」
「それを危惧して特別顧問も辞任したのだが…大した効果はなかったようだな」と、そう続けるグレイズに嘘はないように見えた。
「だからアリアナは『自力だけの鍛練』に固執しているのだ」
(なるほど)
ヴォルフは納得がいった。
(…『山籠り』なんて、『他人の手を借りない』方法の中じゃ、最たる物だ)
「………」
(そういうことなら、話は簡単───)
もともと1口分くらいしか入っていなかったカップの中身を、ゴクンと飲み干す。
「途中で申し訳ないが、失礼します」
「裏口から行くと良い。森を進むのに一番分かりやすい道へと繋がっている」
「どうも」
言われた通り、キッチンの裏口から出ようと席を立つ。ついでにカップを流しに置いて。
「!…」
───扉を開けると、裏口先の石段の隅っこに、アリアナが背を向けて、ちょこん。と腰かけていた。
◇◇◇
「…よう」
「やあ」
アリアナは、裏口から勢いよく飛び出してきたヴォルフに声を掛けられて、チラリとだけそちらを振り返った。
「…聞いてた?」
「聞いてた」
こくり、とアリアナは頷く。するとヴォルフが「…そう、探しに行く手間が省けたわ」と言って、隣に腰をおろした。
「……祖父上の森に、何かが入ってくる気配がしたから。急いで、森を駆け降りてきたんだよ」
「もしかしたら、君かと思って」と続ける。
「…そりゃ凄いな」
そう言いつつ、ヴォルフがこちらに手を伸ばして来た。滑るように走り降りてきたせいで、頬に跳ねていたらしい泥を、その綺麗な指先で拭ってくれる。
「……そしたら、驚いた。ユースも一緒だったから。
5歳位の時に1度せがまれてからは、全然来たがろうとしなかったのに…」
「………」
あの頃はちょうど繁殖期で、森の動物たちの動きが活発化していたのだ。
だから、万が一の危険に備えて幼いユーストスを連れては行かなかったのだが………「着いていきたい」と言われたのは、後にも先にもあれ一回きりとなった。
「一体、どんな魔法を使ったんだ?」
「秘密。」
「そうか…」
と、アリアナは足元の揺れる草を見ながら呟いた。
「………」
「………」
降りた沈黙。……なんとなくそのままでいると、ヴォルフが口を開いた。
「皆、お前が『家族のために自分を犠牲にした』と思ってるみたいだ」
そっ……、と。…手に手が重なる感触。
遠くの1番高い杉の木を眺めながら、ヴォルフが手を握ってきたのである。
アリアナはぱっ!と彼の方に向き直った。
「──まさか!誰のせいでも、誰のためでもない。私は、祖父上に憧れて騎士になっただけだ」
「…やっぱり?ちょっと話し方とか似てるもんな」
「じいさんのほうはなんかムカつくけど」。などとヴォルフが軽口を叩く。
その様子に、アリアナは目をまんまるくしてから苦笑した。
「…………ほんとは、」
「うん?」
「ほんとう、は…」
「うん」
「…………」
アリアナは迷う。…だって、誰にも打ち明けたことがないのに。
……こくん、と喉を鳴らしてから、アリアナは言った。
「………最初の頃はちょっとだけ、そう思ってた」
「………うん………」
それは、何かある種の懺悔みたいなものだったのだけど。
返ってきたヴォルフの声色が優しすぎて、拍子抜けする。
批難されなかったことに勢いづいて、また口を開いた。
「私だって、他のご令嬢みたいに可愛いドレスを着たり、髪を結ったり、綺麗なお菓子がたくさんのお茶会をしてみたいな──って。思ったときも、あったから。……多分、そうなんだ」
「でも、ほんのちょっとだよ?」と言い募る。するとヴォルフが、握った手を指で優しく撫でてくれた。
………かさついて、マメのある、泥の着いた手だ。
貴族令嬢には、似つかわしくないのかもしれない。
(それでも、何の後悔もない)
「その『ちょっとだけ』の憧れより、家族が笑ってる未来を、『私』自身が欲しかった。ただ、それだけだったんだ」
今度はアリアナから、ヴォルフの手をぎゅっ、と握る。
「それがひとつ叶った。君のおかげだ、ありがとう」
「?」
「祖父上とユースを、引き合わせてくれただろう?」
アリアナは心底嬉しくて、パアッと輝く笑顔を見せた。ヴォルフが目を細める。
「礼を言われる覚えはない……だって、『俺のおかげ』にしたのはお前ら姉弟自身だろ??」
「……え?」
「どういうことだ??」と首を傾げると、ヴォルフが少し眉を寄せてから肩を竦めた。
「お前たちは…1人だけで抱え込み過ぎなんだよ。
周りを頼れば、俺じゃない誰かが、もっと早くにユースとじいさんを会わせてくれただろうさ」
「!………」
「───何も考えず素直に甘えとけば良いんだよ、そういうのは」
「………」
と、ヴォルフは言うけど。
(でも私は──今日こうしてくれたのが、『君で良かった』と。たしかにそう思っている)
「………、」
アリアナは、気がつくと指を絡めていた。…元々ヴォルフの指が、軽く潜っていたのだけど。
彼は言葉を続ける。
「もっと『利用』しなきゃ。
お前ら姉弟を愛していて、感謝もしていて。
『リアたちにならどれだけでも利用されたって良い』──そう思ってるやつが、たくさんいる」
「…君も?」
「俺も」
「…まあ、俺はお前のことも利用するけど」と言って肩を竦めるヴォルフに、アリアナは笑った。
「どうする?お前のじいさんも、そう思ってる1人らしいけど」
「……そうだなあ」
「意固地になるなよ?」
片眉を上げてこちらを覗き込んだ後。
──ヴォルフはどこか名残惜しげに、絡めていた指を解いた。
「……………」
…アリアナは黙って立ち上がる。
そしてヴォルフに見守られながら、キッチンへと通じる勝手口に──しっかりと、その手を掛けた。