鹿騎士と狼商人の喧嘩1
剣術大会。
その起源は100年以上前に遡り、世が戦乱の時代から年に一度開催されてきた、由緒ある大会だ。
剣術、と銘打ってはいるが、その実「銃」と「毒」以外の全ての武器使用が認められている異彩の大会である。
開催決定当時、戦闘の主たる武器が剣以外無かったゆえの名残であるが、名前以外にもう一点、当時からの伝統がこの大会にはあった。
───それが、出場者のみに許される『試合相手の指定権』である。
過酷を極めた戦場と、そこでの抑圧された生活環境。それを強いられることで生まれた鬱憤が、仲間へと向かうようになり、騎士同士の私闘が各地で勃発していた戦乱期のころ。
当時の国王は、頭を悩ませていた。
一丸となって戦わなければいけないときに、身内同士でいさかいを起こしている場合ではないはずなのに。
…しかも、行われるのはルール無用の『決闘』なため、お互い無傷では済まず、最悪死に至った例もあった。
早急に対処が必要であるが、これに重い厳罰を課すだけでは、更なる抑圧になるだけで根本的な解決にはなり得ない──そう悟った王は、当時の騎士団総帥へ意見を求める。
──「では、いかがでしょう。決闘に公式の場を設けるというのは」。
「よくもこんなトチ狂った提案にGOを出したな」と第98代目アスガルズ国王には感服しきりだが、なんとこの案は見事大当たりした。
そうして、最低限の危機管理と救命措置体制だけを整えた何でもアリの武闘大会が、今日まで騎士たちの生活に根付いて来たという次第である。
指定権の行使方法は簡単。参加資格を持つ45歳以下の騎士全員に1枚だけ配られた『指定権行使願書』──その記入欄に、自分および試合を希望する相手の氏名と部隊名を書き込み、騎士団司令部の意見箱へ投函するだけ。
無論、『権利の行使をしない』という自由も認められている。全ては参加者個人の裁量次第だ。
しかし、権利を行使した場合、そこには強制力が発生する──それは、大会における『私闘の抑止』という名分のもと、指定権を行使された者は司令部により認められた理由がない限り、この申し入れを断ることは出来ない、というものだ。そして、指定権を行使した者も撤回は許されない。
『決闘』の申し入れとは、簡単に翻す覚悟であってはならないものだからだ。
それゆえ、必然的に指定権の行使をされた者にダブりが出る場合がある。特に見習い騎士たちなどは、担当教官に胸を借りる(日頃の恨みをぶつける)傾向があるため指定が集まりやすい。
その際は、希望する指定者が被った見習い騎士たちを抽選で小山に分け、そのトーナメントを勝ち残った代表が教官と当たるよう、対戦が組まれる。
指定に関係ない者たちは、指定権行使者たちと指定者の枠が決まり次第、ほぼ無作為に空いた山に割り振りがされていく……という手筈だ。
多くの指定権行使者に指定された者は、結果的に何回戦もシードになる。が、その他小隊長クラス以上の騎士たちについても、若手騎士たちへより多くの試合回数をこなすチャンスを与えるため、シードを組まれる傾向にあった。
───さて。
以上の知識を踏まえた上で、この状況は一体なんなのだろうか。
「・・・・、」
時は、剣術大会の1ヶ月前──。
アリアナは周りの大歓声の下、呆然とトーナメント表が貼り出された掲示板の前に突っ立っていた。
「とうとうアルがやりやがった!フェルビーク第2小隊長と一騎討ちだ!」
「期待してるぜ、アル!お前ならワンチャン行けるぞ!!」
──「異動願が受理されないことに業を煮やしたアリアナが、ついに第2小隊長を指定して一対一の戦いを挑んだ」──。
そう思って、やいやい声援を飛ばしてくる仲間に「黙ってください!」と言い返すのも忘れて立ち尽くす。
だって、そう思われるのも必然だったから。
第2小隊長は、通例通りならシードになるはずなのに。……なぜか、一回戦第98試合目に書かれた自分の名前の隣に、その名が鎮座している。
(…どうして?私の指定権行使願書はここにあるのに)
──いつも隣にいてくれる友人がいない。
それだけで、答えが出た。
◇◇◇
────バターン!!
「ヴォルフ!!!!」
「わお、訪問は事前連絡してからするって言ってなかったか?」
「2週間前はさ」と受け答えしたヴォルフ。
その目の前まで、開け放った扉を閉めることさえ忘れたらしいアリアナが、詰め寄って来る。
場所はマーナガラム商会のアスガルズ支社………そこの商会長室である。
「そうやって飄々と………っ!分かっているんだろう!?!?私がやって来たその理由を!!!」
執務机を挟み、その椅子に座する自分をものすごい剣幕で捲し立てるアリアナ。その隣で、ぽーっとした顔をしているのは、敷地内に常駐している設備管理係の女性である。どうやら、アリアナをここまで案内してきてくれたらしい。
ヴォルフは未だ立ち尽くす管理係に、目だけで退室を促した。
ハッ!として一礼し、退室していく彼女を申し訳ない気持ちで眺める。
(…ありゃリアの豪速球を、真正面から食らったな)
「聞いてるのか!ヴォルフ!」
「聞いてるさ…。…俺が会社を開けてて良かったな?今日の休日出勤は偶然だぞ──ああ、そうだ。管理係の休日出勤届にも、判を押しておかないと」
思ったより早かったアリアナの訪問。ジャックは、随分とアッサリ口を割ったらしい……。アリアナが商会へやって来たということは、つまりそう言うことである。
(…まあ、どうせバレるのは時間の問題だったし、遅かれ早かれとっちめられることには変わり無かったから、別に良いが……)
……と。悪びれないこちらの態度が、アリアナの癇に触ったようだった。
「ヴォルフ!!」
「………分かったよ。剣術大会のことだろ?」
大きな声を出され、ヴォルフは動かしていた手を止めた。仕方なしに、彼女へと目を向ける。
アリアナはふ――……、と一度息をついた。その様は、「熱くなりすぎるな」と自身に言い聞かせているようにも見えた。
「ジャックが──、」
「……」
ヴォルフは黙って耳を傾ける──彼女と親しい間柄のジャックに、一体何と説明されたのか……是非ともお聞きしようじゃないか。
「君に指示されて……私が以前提出した異動願の筆跡を、自分の指定権行使願書に書き写して投函した──と」
腕を組んで、こちらを鋭く見下ろすアリアナ。
「これは本当か?」
「!」
問われ、ヴォルフはぱちくりと目をしばたたかせてしまった。
──アリアナは、怒っている──。
それは間違いないのだけど、今彼女が目の前にいる理由は、それだけじゃ無かったらしい。
……そう、『事実を確認しに来た』のである。
(…つまりそれって…。付き合いの長いジャックと同じくらい、俺のことを信じてる───ってことか??)
「……」
(──いや、単に公平なだけか。……どちらにしても、)
ヴォルフはしばらくしてから満足気に笑って、言葉を発した。
「俺、リアのそういうところ好きだわ」
「誤魔化すんじゃない」
「そう。俺がジャックに頼んだ」
「…どうしてそんなことを」
「別に深い意味なんて無いさ」
そう言って、両手を組む。
「俺はリアが結婚してくれることでかなり利益が出るけど、そっちは今まで通りだろ?だから、ちょっとした恩返しのつもりだったんだ。
このやり方ならジャックの不正はバレないし、リアも第2小隊長に直接実力を見せられる」
「ジャックから、リアが『第2に行きたがってる』って聞いたからさ」と言うと、アリアナは眉をキリリと引き上げ、唇を引き結んだ。
「……ッ、!!!」
「………」
実際、剣術大会の特性を理解した狡猾な手口ではある。
ここまで来たらもう、アリアナが「自分は第2小隊長との試合を希望していないし、投函もしていない」と訴えたところで、大会規則により指定権行使は撤回されない。それに、願書の筆跡はアリアナのものなので、「出したは良いが土壇場になって怖じ気づいたのだろう」と思われるのがオチだから。
ジャックとの約束については、アリアナには言わない。……言えば、騎士として持っている彼女のプライドを傷つけてしまうだろう。
アリアナはヴォルフとの間にある大層大きくて広い執務机に手を強く打ち付けた。
「私は──君が結婚してくれて、『騎士を続けさせてくれる』と約束してくれた……そのことだけで、充分だったんだ」
──「余計なことをしてくれるな」。
そうアリアナが言外に凄む。
「何をしたいかは、私自身が決める。
───次は無い。」
くるりと背を向けた彼女は、扉の前で立ち止まった。
「…それと、親友に手を汚させたことは絶対に許さない」
底冷えするような声で吐き捨てたアリアナ。「ジャックが聞けば、色んな意味で泣き出しそうだな…」とヴォルフは思った。
「仕事中に邪魔をしたな」と言い残し部屋を出ていくアリアナを、ヴォルフは眺める。
足音が聞こえなくなった頃、「ふぅ」とため息をついて視線を机にやると、見覚えの無い皺の寄った紙が目に入った。
───『指定権行使願書』。
(へえ、これが)
「わざわざ取り返してきたのか?」と紙を手で押し開いてみる───、と。
「…!」
その記入日欄の日付は……ジャックに指示を出すより、ヴォルフと出会うより───もっとずっと、前の日付だった。
「──アリアナ!!!」
今日ずっと座りっぱなしだった足は、突然の稼働命令に驚いたのか全然動いてくれない。
理想通りに動かない足をそれでも叱咤して、ヴォルフは階段を駆け下りた。
「突然来たのに、案内してくれてありがとうございました」
「いいえ、そんな!商会長の特別名刺をお持ちの方ですもの。お通ししないわけには参りません。
また何かございましたらお声がけ下さいね」
目当ての人物が、案内してくれた管理係に守衛室へ繋がる小窓から感謝の意を伝え、別れの挨拶をしながら支社の玄関を出て行こうとしていた、ちょうどその時。
────バタバタバタ……っ!
「アリアナっ…!」
ヴォルフは大きな足音と声で、アリアナを呼び止めた。
(…いや。それだけじゃ足りない)
そう考えたのと同時に、アリアナの背中へと手が伸びていた。
どっ。
どっ。
どっ。
という荒くなった心音と息が、直接アリアナに伝わってしまっているだろうが、構いやしなかった。腕を回して、必死に引き留める。
「謝るなら、今じゃないとだめだ!」──と、心がわめいていた。
「ごめん。俺が全面的に悪かった──お前は何も悪くない」
「……」
息を無理やり整えたあと、ヴォルフはアリアナを抱き込んで捕まえていた腕をそっ…と放し、今度は肩を優しく掴んでこちらに向かせた。
「君は一体何を言い出すんだ!!」と怒って拒絶されるパターンも頭を過った。──が、やはり……彼女はそうでなかった。
……どこか、罪に耐えかねた人間が見せるような表情で、こちらに振り返ったのである。
「…………………本当は、」
「うん」
「…ずっと前から考えていたんだ。指定権を行使すること」
ヴォルフは、ポツリと言葉をこぼすアリアナの顔を覗き込んだ。
…泣いているかと思った。
……だが泣いてはいなかった。
「……第2小隊に、入りたかった」
「…………」
(……分かってる)
──そう。完全なる第3者のヴォルフには、アリアナの『望み』が客観的に、ハッキリと分かっていたのだ。
だから、「例え禁じ手を使い、それがバレて一時的に彼女の怒りを買ったとしても、長期的に見れば双方に釣りが来る」──、と。そのように勘定したのである。
でも、それは間違いだった。彼女がこんな風になるなんて、想定もしていなかったのだ。
「私、本当に……。努力はしていたんだよ──『正しい方法』で」
そう断ってから、彼女はポツポツと語り出した。
アリアナは、騎士であることが誇りだ。
それがたくさんの人を救うことと同義であると考えているから。
中でも偵察隊は天職だと思う。
敵地にいち早く到着し、敵の人数や配置、武器を正確に見切れれば、後に続く戦闘部隊や後方支援部隊の負担も減るし、敵味方両方の損失を最小限に出来る。
中でも精鋭、かつ最新鋭とも言える第2小隊が発足されたとき、「絶対に入りたい」と。そう思った。
残念ながら、創設時の構成隊員には選ばれなかったけれど、その気持ちは変わらなかったのである。
─「まだ、ここから選ばれる可能性はある」─。
とは言え、それが狭き門であることは事実だった。実現させるために必要なことは、『能力の証明』以外に無い。
胸に抱いた、強い憧れ。
……一見、推進力の源かのように思われたそれは、『指定権を行使する』という手段を、アリアナに躊躇させる結果となった。
──なぜなら、それ自体が「不服があるから直接闘え」、と言っているようなものだからだ。
『決闘』という意味合いを名残に持つ剣術大会。それは、単に自身の有用性を上層部へアピールする場として選ぶには、些か乱暴すぎたのである。
───「これで不興を買い、逆に第2小隊入りが遠退いたらどうしよう」───、と。
普段より礼節を重んじているアリアナにとっては、そもそもその選択肢を視野に入れること自体が、憚られたのである。
無論、異動の直談判は門前払い───それでもアリアナは、諦めずに手を尽くした。
(大丈夫。真面目にコツコツやっていれば、きっと第2小隊長も認めてくれる)
─「第2に女騎士はお呼びじゃないってよ」─。
(どうしても入りたいってことを伝えよう。手紙を書いて………異動願と一緒に提出すれば、第1小隊長伝に必ず渡るはず)
─「昨日、第2小隊長室の掃除当番だったんだけど、アルの手紙…封は切られてなかったよ…」─。
(指定権を行使しなくても、腕には自信があるからいずれ第2小隊長に当たるだろう)
─「今年、出場しないかもしれないんだってよ、奥さんの出産予定日がその辺りらしい」─。
…。
……。
…………。
「………。」
ヴォルフはアリアナの語るそれらを、黙って聞いていた。
「……貼り出された対戦表を見たとき、ずっと考えていたことが現実になって───とても狼狽えたよ」
「『私はまだ何もしていないのに!』…ってね」と、アリアナが苦く笑う。
「でも心のどこかでは───、
『これで戦える』と思っていた。
…『嬉しい』とさえ思った自分がいたんだ」
アリアナが、ぎゅう……!!と自身の拳を握り締めた。
「本当に、本当に………。さっき、君に言われるまで、気付いていなかったんだよ。
────でも、もう気付いてしまった。手段など選ばないで我を通したいと願う、狡い自分に」
「………」
わなわなと、アリアナの肩が震えている。それがヴォルフの手の平を伝った。
「私は……『己がやるべきことをしなかった』という罪について、もっと深く悔いるべきだった。
だって何も考えずに、サッサと願書を提出していれば……きっと君たちに、汚いことをさせずに済んだんだから」
「…なのに、この様だッ…!」と、アリアナが吐き捨てる。
…彼女の言う「この様」とは多分──今、自分を謝らせていることも含めて指しているのだろう。
「私は…、…………臆病な卑怯者だ。最低だ、本当に、ごめん…」
「ほんとは、君を怒る資格なんて無かった」──…と、そう告げるアリアナに、ヴォルフは困ってしまった。
こんなもの、涙が出ていないだけで泣いているようなものだ。女一人を泣かさないように守るのが、こんなに難しいことだとは想定していなかった。このままだとユーストスに殺されるし、ジャックに獲られる。
(何より………)
「…………」
(───『君たちに汚いことをさせずに済んだ』、だと??)
ヴォルフはぎゅっ…と眉根を寄せた。家族だったり、古い友人のことを気にかけるなら、まだ分かるのだ…………しかし。
(……俺なんてまだ、出会って2週間だろ……)
ヴォルフは自分が思い上がっていたことに気づく。彼女の本質を、完全には理解出来ていなかったのだ。
──『アリアナ・フロージ・マクホーン』には、区別がない──。
過ごした時間も、嘘も真も。……利害関係さえ。
全てが──彼女の前では溶け合って…透明な何かになってしまう。
だから、今。彼女はこうして、目の前に立っているのだ。…………固く握った拳を、かすかに震わせて。
(こんなはずじゃなかった───)
……アリアナにペンを取らせた、あの日。
自分と同じ誇りをもつ彼女を利用する代わりに、その心を守ってやりたいと思ったのは、揺らぐことの無い本心だったのに。
「…………、」
ヴォルフは唇を噛んだ。
自分の不甲斐なさに内臓がぐるぐる渦巻いて、手足は冷えているのに頭がかあっと熱くなる。
(───落ち着け、次は間違えるな)
と、そう己を叱咤した。
「…な、アリアナ。自分を責めるなよ。
今回は、俺がしたことがたまたま結果オーライだっただけで、お前は思いっきりキレていいんだ。
それくらい、俺は自分勝手だった。
これからはリアの気持ちを決めつけて勝手なことはしないし、リアの意思を尊重するよ。約束する」
神に誓うように、胸に手を当て真剣に言う。そのあと、しどろもどろに「書面に起こそうか?」と続けると、アリアナの目元からやっと力が抜けた。
「……」
(…少しは…誠意が伝わったか……??)
と、アリアナを窺う。彼女は、すーはー…と静かに呼吸した。
「…ううん、ヴォルフ。…これは契約じゃない……だから、心に刻んで。
…私ももう、やるべきことから逃げたりしない…。そう刻むよ」
「ああ」
ヴォルフの行動になぞらえてか、自身の胸に手を当てるアリアナ。
………その姿に、不思議なほど安心感を覚えた。
頭のどこかで警笛が聞こえた気がする。が、今だけはそれを無視した。
「リア、許してくれる?」
「、……」
「自分は、『許す』などと言える立場じゃない」──きっと、そう思っているのだろう。
苦しげに言葉に詰まったアリアナを、ヴォルフが見つめた。
「………」
他人に「全部、お前のせいだ!」とわめきたて、陰では降って沸いた幸運にほくそ笑む……。
…そう言った、誰もがやってるであろうことが。
(なんで、出来ないんだよ。お前は…)
ヴォルフは心底疑問に思い、果てには少し呆れたが───やがて、その考えを改めた。
そもそも、それが難なく出来る人間はきっと、見合いを何度も丁重にすっぽかしたり、あまつさえ貴族なのに商人と契約結婚をしたりなんて、しはしないのだ。
ヴォルフはじっ……、と緑色の瞳を捉えた。
(──もういい、)
「リア…」
「!…」
(お前はただ、俺にだけ怒ってりゃ良いんだ──)
そんな願いを込め、アリアナの固く閉ざされた両手を指先で包む。
……それが通じたのかどうかは分からない──が、まだ全開とは言えない歪んだ顔で、アリアナは笑顔を作ってくれた。綻んだ手が、ヴォルフの手を遠慮がちに取る。
「……ああ、謝罪を受け入れたよヴォルフ。…ありがとう」
「いや、良いんだ。お前は自分なりに、ただ頑張ってただけだよ」
「俺が悪い、本当にごめんな」。そう言い、ヴォルフはアリアナの前髪をすくって、泣き顔でないことを確認してからポンポンと撫でた。
「そうだ…、良ければ外に飯でも行かないか?お詫びと言ってはなんだが奢らせてくれ」
思い付いたようにそう提案する。「えっ?仕事は大丈夫なのかっ??」と気にするアリアナに構わず、その背をグイグイと押しながら、ヴォルフは守衛室へと目を向けた。
「君も騒がせて悪かったな。今日はもう上がる。戸締まりだけお願いするよ」
管理係に「いいかな?」と確認するも、ポカンとした顔のままだ。よく分からない内に目の前で何かが始まり、そして終わった、ということにまだ面食らっているのだろう。
それを察し、ヴォルフは苦笑いした。
「え、ええ…」
我に返った管理係が、つっかえながら了承する。それに「ありがとう」と言い残して2人は消えた。
「………」
そうして支社の施錠をひとつひとつ確認している最中──管理係は、ようやく答えに至った。
──「あの女性こそが、狼商人の妻となる噂の貴族、アリアナ・フロージ・マクホーン様だったのだ」──と。
どちらが良い悪いではなく、ただひたすらに二人の考え方が違います。
これからもっと噛み合っていくと良いなぁ、とそう思います。