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鹿騎士は逃げ回る

 ───ガタゴト…ガタゴト…───。


 鳴り響くのは、馬車が石畳を行き交う音。それと、活気ある人々の話し声だ。


 ここは、古き良き街並みと豊かな緑をたたえる国、アスガルズ王国。───古来より変わらず『世界の中心地』と言われ続けている、有力な国家である。


 そんな国の王都には、ある大規模な拠点が存在した。国中から集めた有望な騎士たちに、より良い研鑽を積ませるための施設だ。


 その名も「国立騎士団王都支部」。そこの敷地内で一等高所に構えられているのは、「共同闘技場」という建物だった。


 休日である今日、闘技場を使用しているのは2人だけ。

 深いブラウンの髪に、特徴的な緑眼が光る女性騎士───それと、赤茶色の髪にやや垂れ目がちの、穏和そうな男性騎士である。



「はぁッ!!」

「!!」


 鋭く繰り出された一撃。

 それを、アリアナは鹿を思わせる跳躍で華麗にかわした──そして、すぐさま相手の背後を取る。


 「はあ、はあ…っ」と乱した息を整えた後、アリアナはにっこりと笑って言った。


「──かなり腕をあげたな。ジャック」

「……当たり前だ。第2小隊は、戦闘訓練もみっちりだからな」

「ま、今回は私が勝ったわけだが」


 アリアナは、降参の意を表すために両手を掲げたジャックの後ろでキン、と剣を納めた。手合わせの一時中断である。


「はぁ~…っ!何だって俺が武闘派の第2に…。

──『第1(そっち)に帰りたいです』って、異動願い出そうかな??」


「無駄だよ…。…だって第2に配置がえになったのは、もともと第1小隊長の推薦だろう?そちらで実績を積まないと、第1(こちら)には戻してもらえないと思うぞ」


 「…だよなぁ」と肩を落とすジャック。それが無理な提案であることは、彼もよく理解していたのだろう。


 現在第1小隊に所属しているアリアナは、ジャックがこの手合わせの前に「第2は先輩方ばかりで息が詰まる」とか、「他に同期が居てくれたらなぁ」とか、「第1にいた頃は良かったよ」などと愚痴っていたのを思い出した。

 そこから察するに、異動を希望する本当の理由は、『仕事内容に対する不満』では無いはずだ。というかそもそも、自分は彼が仕事に対し誠実で、かつ努力家であることを知っている。


 ……だから多分、事はもっと単純で──ジャックはただ、『同期達の元へ帰りたい』んだろう。


 そう考えたアリアナは、丸まった彼の背中にぽん、と手を添えた。


「…ジャックが敵地に一番乗りしちゃうんだから、第2にいかなきゃならないのはもう仕方がないよ」


 「君の能力なら大丈夫。きっと馴染めるさ」と、アリアナはこの存外寂しがり屋なかつての同僚──そして同期入団の友人でもあるジャックを励ました。


「それに一緒の訓練は出来なくても、寂しくなったらこの共同闘技場で手合わせできるし」


 「毎週末が楽しみなんだよなぁ」と伝えると、少しはジャックの気分も上向いたらしい。

 「ありがとな」と言われて、「こちらこそ」とアリアナは返した。


 今回、もともと1つだった偵察部隊が、現場に臨場した後の戦闘など、諸々の実働を想定して2つの小隊に別れたのは、ジャックだけでなくアリアナにとっても青天の霹靂だったのだ。

 優秀であるがゆえに、その後すぐ第2に配属された友人。そんな彼に恋しく思われるのは、多分に嬉しくはあった。


「まあ、私もいつかはそっちに行くかもしれないから。

…まだまだ第2小隊長には認めてもらえてないみたいだけど」

「あー…。…あの人言っちゃあなんだけど、考え方が古いからなぁ」


 と、ジャックがしみじみ呟く。きっと現上司である第2小隊長の主張を思い返しているのだ──「女性騎士は第2にいらない」という一点張りを。

 アリアナは気を取り直すように背筋を伸ばした。…無意識にだけれど、自分を奮い立たせたかったのかもしれない。


「でも私は、自分が女であることを不利だとは思っていないよ。きっと、第2小隊でも役立てると思う………現に、手合わせでは私のほうが、ジャックより上手(うわて)だしね」

「言うなよアル…、俺も今頑張ってるとこだって…」


 再びうなだれてしまった友人に対し、アリアナは快活に笑って見せた。


 ───しかし。

 瞬間、サッ…!とアリアナの顔色が青ざめる。


「!!!」

「うわっ、…どうした?」


 アリアナが突然背に張り付いたせいで、驚きの声を上げるジャック。その問いに、アリアナは震える声で答えた。


「まずい……。母上だ」


「はぁ?…またよく気配に気づいたな、どこだよ?」


 ジャックが、小高い丘に建っている共同闘技場の窓から外を覗く。

 すると、確かに。

 控えめな色合いではあるが、一目で上等だと分かる綺麗なドレスを着た女性が、豆粒ぐらいの大きさで確認できた。高貴な雰囲気をまとった婦人が、門に立つ騎士に軽く会釈して拠点に入ってくる……。


「あー…、ありゃたしかにアルのお母さんだな。

まさかお前…()()?」


「………。」


 そう問われて、アリアナはむっすりと口を閉ざし「何も言いたくはないし聞きたくはない」と言外に表現した。それは、ジャックの口ぶりが再犯した食い逃げ犯を諭すときのものと、遜色なかったからでもあるのだけれど。


「…」


 アリアナは視線を落とす。

 自分は誓って無銭飲食などはしていないのだ…、けれど罪を犯しているのは事実だった。


 そう。何を隠そう、今日は大切なお見合いの日なのだ。……もちろん、自分の。

 つまり、今この時間、こうして剣を掴み練習着を着ていることは、とてもとてもおかしい。



 アリアナは黙ったまま、罪悪感で目を泳がせた。

 ………自分だって、すき好んですっぽかしの常習犯になっている訳ではない──ただある事情があって……、…さらにそれを、家族に打ち明けられないだけ………なのだ。


(……というかそもそも、騎士団の拠点へ一般人を入れるには、事前に満たすべき条件があるはずだ!)


 と、アリアナは苦し紛れに憤慨してみた。

 機密保持のため「入場希望者が親類等を自称してはいないか」、「先にきちんとアポを取っているのか」等を、対象とされる団員へ確認するのが決まりなのだ。


(あの人たち、絶対面白がってる…!)


 そう決め込んで、アリアナは本日の門番に対し歯噛みした。こちらが目に見えて狼狽えているのを気の毒に思ったのか、ジャックが口を開く。


「…しょうがない。お母さんは寮の方で待ち伏せするつもりだろうから、今の内に支部を出よう」

「…いいのか?」

「ま、手合わせに付き合ってもらったし。実家に匿うくらいはわけないさ」

「ありがとうジャック!恩に着るよ……!!」


 今着ている服は私服だが、扱いはほぼ練習着のようなものだ。それを着替えに寮へ戻れないのは痛いが、そうも言っていられない。2人は共同闘技場を出る前に礼をしてから、足早に丘を下りた。

 目指すは支部の正門、そして王都にカフェとして店を構えているジャックの実家だ。



「──よう、アル!今回も見合いから逃げ出すのかぁ?!」


 母親と入れ替わりの形で門までダッシュしてきた2人。それを見留め、門番についていた先輩騎士が声を掛けてくる。


「お黙り下さい!今度は絶対、私を通してから母上を入場させてくださいよ。次やったら今度の剣術大会、娘さんたちの前で大恥かかせますから」

「う、そいつは勘弁…立つ瀬がなくなっちまう。そうでなくてもあいつら、お前の親衛隊みたいなもんだからな…」


 「あと嫁さんも」と門番が付け足した。


 そう、実はこの“アル”ことアリアナ・フロージ・マクホーンは、前代未聞の貴族令嬢騎士なのである。

 普段は凛々しく騎士服に袖を通し、男性騎士達と変わらぬ訓練をこなすアリアナ。…そちらへ勤勉な故に、貴族として重要な責務である社交の方はからっきしだ。

 ともなれば結婚相手探しに難を極めるのは必定で、もはや周りから流れ作業的に見合いの予定を取り付けられてしまう始末なのである。

 ちなみに、この国の貴族令嬢は16~18歳の間に正式な婚約を結ぶのが通例だ。

 けれども、アリアナには21歳にして結婚願望がない。というわけで、見合いから敵前逃亡した回数はもう両手で足りないくらいになる。


 最近では、遂に業を煮やしたマリアム・スカディ・マクホーンが──つまり、アリアナの母が──、見合い当日に娘の職場まで押し掛けるようになった。「引っ張ってでも連れていく」という、強い意思の表れである。


「……よかった。本当は私も、父君の醜態なんて娘さん方に見せたくはない」

「最初からその気も無かったクセに……」

()()仰いましたか??」

「いえ何も。」


 「…わかったら、絶対に母上にはジャックの家を教えないでくださいね!」と、そう門番へ念押しして、アリアナ達2人は門を飛び出した。


「……ははぁ、そんなに悪いもんかね。結婚は…」


 残された門番は、ポツリとそう呟いたのだった。



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