第12話 やはり、アレ
「魂ノ井さん、僕と付き合わない?」
人気のない校舎裏にまで場所を移したところで、男は予想通りの言葉を繰り出した。
「申し訳ございませんが、お断りさせていただきます」
ゆえに、環も予定通りの台詞と共に軽く頭を下げる。
「……もう付き合っている人がいる、ってことかな?」
僅かな間を空けた後、男が問うてきた。
「付き合ってる人はおりません。ですが、心に決めた方がおりますので」
感情を込めず、環は淡々と答える。
「……それって、さっき君が『兄様』とか呼んでた人?」
「はい」
隠すつもりもないので、短く回答。
「でも付き合ってないってことは、片思いなんだ?」
「そうなります」
「告白は? しないの?」
「毎日のように、しております」
「毎日……? えっ、それって毎日フラれてるってこと?」
言っている意味がわからなかったのか、男は眉根を寄せながら問いを重ねる。
「そのようなものです」
やはり、環の答えは短いものである。
「なんで? ありえない、超もったいないって。ていうかそれなら尚更、僕と付き合っちゃおうよ。その方が傷心も癒えるよ?」
「いえ、ですからお断り致します」
「振り向いてくれない相手追いかけるより、付き合える相手と付き合った方がいいって」
「そういったことは考えておりませんので」
「最初は妥協でもいいんだ。そこから始まる恋だってあるはずだろ?」
「わたくしにとってはありえないのです」
こういった手合いには割と慣れっこなので、環は無表情のまま断り続けた。
せっかくの兄との時間を邪魔されたことで若干の苛立ちは感じているが、それを表面に出すことはない。
が、しかし。
「そんなに、あいつのことが好きなの? でもさ……言っちゃアレだけど、さっき見た感じはなんかパッとしない感じだったし……」
「……あ?」
話題が庸一への侮蔑に及び始めたところで、苛立ちが明確な怒りへと変わった。
瞬時に頭が沸騰。
「はいそこまでー」
激情にかられて手を振り上げようとしたところで、横合いからポンと肩を叩かれる。
声で、気配で、その手の主が誰であるかなど一瞬でわかった。
「兄様……!」
僅かな驚きと共に、環は愛しい人の姿を視界に入れる。
「悪いね、大事な場面に割り込んじゃって」
一方の庸一は、環の方を見ることなく男に向けて手で謝罪の意を示していた。
「まったくだよ……って君、どうなってるんだいそれ!?」
庸一の方に目を向けた瞬間、男が驚愕の表情を浮かべる。
恐らくは、庸一が壁の出っ張りに足を引っ掛けた状態で逆さまに男を見上げているからだろう。
「あぁ申し訳ない、トレーニングの途中でたまたま通りがかったもんで」
「まさか、君か!? 小堀高校七不思議の一つ、『校舎裏に現れる逆さ男』って!?」
どうやら、他の人にもその姿を目撃されたことがあるらしい。
「って、いや、そうじゃない……そういうことじゃなくて……」
こめかみに手をやって、男は自分を落ち着かせるように呟く。
「ふっ、随分と白々しいじゃないか」
それで調子を取り戻したらしく、今度は失笑を浮かべた。
「魂ノ井さんを追いかけてきたんだろう? なにせ、この時間に『逆さ男』が目撃されただなんて話は聞いたことがないからね。『逆さ男』が現れるのは、決まって昼休みと放課後とあと土日は割と終日……って、改めて考えると滅茶苦茶目撃されてるな君!?」
言葉の途中で、再び驚愕。
あまり調子は取り戻せていなかったようである。
「トレーニングは、継続しないと意味がないからな」
「そういう問題じゃないんだけど……ていうか、それだけ頻繁に目撃されていて今までよくその正体がバレなかったね君……」
「向こうに見つかった状態から逃げ切るのも、トレーニングの一環だからさ。むしろ、見つかるところまではあえてやってるんだ」
「何を想定してのトレーニングなんだいそれ……」
「主に、仲間やトラップのところまで敵をおびき寄せる場面を想定してかな」
「何を想定してのトレーニングなんだいそれ!?」
ツッコミを入れてから、男はハッと表情を改める。
「な、なるほど……? 理解したよ。つまりこれが、君の手というわけかい。そうやってこちらのペースを乱そうって魂胆なんだろう?」
「いやまぁ確かに、たまたま通りがかったっていうのは嘘だけどさ。この格好については、マジでそういうつもりはないんだけど……混乱させてしまったんなら、申し訳ない」
そう言いつつも逆さま状態を継続する庸一に、男は頬はヒクつかせるのであった。