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第105話 勇者教の女

「流石にフラグが立ったと思うんだけど、どうだろう?」


 ファミレスのボックス席にて、光は真剣な表情でそう切り出す。

 この場にいるのは、全部で四人(・・)


「前世の記憶がガチじゃと知って、改めて思うが……それを妾たちに堂々と確認してくる辺り、コヤツまっこと『勇者』よのぅ」


「いや、ははっ、急にどうした? 魔王に褒められると、なんだか照れるじゃないか」


「褒めとらんが」


「現代において、『勇者』という単語はもはや蔑称に近い意味に変わりつつありますものね」


「そんなことないけど!?」


「あら、確かにこれでは他の世界の勇者の皆さんに失礼ですわね。『光さん』が蔑称に近い、に訂正致しますわ」


「私の存在そのものが!?」


 という、ある種お決まりのやり取りを交わした後。


「……ちゅーか、じゃな」


 黒は、光の隣へと胡乱げな目を向ける。


「コヤツは、なんでおるんじゃ?」


 そこに座っているのは、庸一……ではなく。

 黒ほどではないが小柄な体躯、黒髪三編みにやや野暮ったいメガネ。


 100%の確率で『委員長』というあだ名を付けられたことがあるであろう、大人しそうな彼女の名は(ひじり)菜々水(ななみ)


「はいぃっ! わたくしめのことはお気になさらずぅ! 空気とでも思ってくださいましぃ!」


 前世ではパナシィ・イーヴという名で、勇者教の大司教だった存在である。



   ◆   ◆   ◆



 話は前日、ボンッの少し後まで遡る。


「パナシィ・イーヴ殿か!? 勇者教大司教の!」


 目を見開いて、そう問いかけた光に対して。


「はい……はいぃっ! まさか、また勇者様にその名を呼んでいただける日が来ようとはぁ……!」


 感極まったように、パナシィと呼ばれた女子生徒は何度も頷きながらボロボロと大粒の涙を流す。


「なぜぇ、忘れていたのかぁ……こんな、大切な記憶をぉ……私の、全てとも言えた記憶をぉ……」


 かと思えば、なぜかブルブルと全身が震え始めた。


「大罪ぃ……勇者様との記憶を忘れるなどぉ、何よりの大罪ぃ……」


 その震えが、徐々に大きくなっていき。


「自害を以て償いますぅ!」


「償わなくていいです!?」


 鞄からカッターナイフを取り出し自らの喉元へと突き立てようとするパナシィの手を、慌てて駆け寄った光が掴んで止めた。


「その……転生って、そういうものだから仕方ないんだ! 私だって、ちょっと前まで前世の記憶なんて全部忘れてたし! 私も一緒! だから、自害、しない!」


 光も動揺しているのか、最後の方はなぜか片言気味である。


「嗚呼、勇者様と一緒だなどと恐れ多いお言葉ぁ……! 勇者様のお慈悲に感謝しぃ、ひれ伏しますぅ……!」


 パナシィはカッターナイフを手放し、今度は五体投地。


「ちょっ、これじゃ私が土下座させてるみたいじゃないか!? こんなところ人に見られたら……!」


 パシャパシャパシャッ!


 不安げにキョロキョロと周囲を見回す光の耳に、シャッター音が届く。

 音の方を見てみれば、スマホを構える環と黒の姿があった。


「君たち、なぜ今写真を撮った!? 目的は何!?」


「何かしらの脅しに使えそうかな、と思いまして」


「この面白画像を残さん手はない、と思うてな」


「どっちの理由も最悪だな!?」


 そう叫んでから、光は慌てて膝をつく。


「パナシィ殿、ひれ伏さなくていい! どうか立ち上がっていただきたい!」


「はいぃっ! 勇者様がそう仰るのなら無論否などありませんんっ!」


 言葉通り、パナシィは素早くしゃんと立ち上がった。


「で……誰なんじゃ? あの厄介そうな女は」


 そんなパナシィを半目で指差しながら、黒。


「先程、光さんが言った通りですわよ。前世における、勇者教の大司教」


「ちなみに、大司教ってのは勇者教で一番上の立場の人な」


 環の説明に、庸一がそう補足する。


「つまり……こう称するのが、一番伝わりやすいかもしれませんわね。かつての世界で最も熱心な……ゆえに厄介な。『勇者』の、ファンガール(・・・・・・)であると」


「お、おぅ……」


 その言葉で、黒も色々と察したようだ。


「あと、聖炎も消そうね!? 今、端から見たら大惨事だからね!?」


「はいぃっ! 仰せのままにぃっ! 前世の記憶が蘇ると同時にぃ、ついつい荒ぶってしまいましたぁ!」


 引き続き滂沱の涙を流し続けるパナシィの身体から、ようやく蒼の炎が消えた。


「勇者教の御業、『聖炎』……まさか、転生してから初めて拝むことになろうとはな」


 感慨深げな庸一の、傍らで。


「魔を退け、人々を導く聖なる炎……過ぎたる詭弁に、臍で茶が沸いてしまいますわぁ」


 環が、そう呟いて皮肉げに口元を歪めた。

 恐らくそれは、庸一への言葉ではなく独り言だったのだろう。


「……?」


 とはいえどういうことか気になって、確かめようと口を開きかけた庸一だったが。


「嗚呼、勇者様ぁ! 勇者様、勇者様ぁ……!」


「わ、わかったからちょっと落ち着いていただけないかなっ!? 泣きながら縋り付かれるとなんかこう、私が酷いことしてるように見えかねないから……!」


 パシャパシャパシャッ!


「だから撮らないで!?」


「タイトル……『女同士の痴情のもつれ、その終着点』、といったところでしょうか」


「もうちょいシンプルに、『捨てられる女』とかの方が良いのではないかえ?」


「あら魔王、なかなか良いセンスをしていますわねぇ。それでいきましょう」


「ねぇ、何について話し合ってるんだ!?」


 再びのシャッターチャンスに環の意識は撮影の方に向いてしまったようで、なんとなく尋ねるタイミングを逸してしまった。


 こうして、場がだいぶわっちゃわっちゃとしてきたところで。


「えーい、解散! せっかく私の勉強会のために来てくれたところ申し訳ないけど、今日は解散とさせてほしい! しばらく、パナシィ殿と一対一で話すから!」


 光は、やけっぱちのようにそう叫んだのだった。

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