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部活探偵  作者: 城戸修司
1/1

出会う

この小説には一部グロテスクな表現を含む描写があります。

◇1◇


見渡す限りの畑。その畑と畑の間には『農道』と呼ばれる道が幾重にも連なっていた。

京都の様に碁盤状に広がる道を抜けた先に、秋代高校はある。

だがここは東京で、この先には伝統あるお寺もなければ、国宝級の重要文化財もない。ただ、学校があるだけだった。

東京の郊外、この秋代市の人口約10万人。

これといった名物は無く、しいてあげるのであれば、東京で唯一、地下水による給水システムを有しているということだけである。


さて、この農道の終点にある秋代高校だが、文武両道を掲げた設立時に比べ、今は随分と許容範囲の広い、寛大な条件で新入生達を受け入れていた。

つまるところ、行く宛の無い、おちこぼれと呼ばれる人間や、通常の学校生活に馴染めない特殊な悩みを持った子供達が毎年大挙して入試におしかけるのだった。


青木大介もその一人だった。

実際彼の風貌を目の当りにすれば、その理由もなんとなしに伝わってくる。

栗色に染まった髪、頭のサイドはすっかり刈り上げられ、頭頂部に至っては天を突こうかという勢いで豪快にツンツンと立ち上がっていた。


「毎度毎度この道は嫌になるぜ…」


煙草を咥えながら農道を歩く彼の回りには一人として生徒の姿は見当たらなかった。

決して彼が勤勉な生徒だということではない。登校時間はとっくに過ぎ、今は昼の12:40。

のんびりと大あくびをしながら悠々とした社長出勤ならぬ社長登校というわけだ。

この時間なら先生とも出っくわす危険性は無い。安心して煙草の煙を肺の中に押し込んだ。


大介はこの道が嫌いだった。

いつも投稿時間は一人だし、延々と続くストレートは長い長い気の遠くなる自分の人生の道のりのような気がしてならなかった。


「まだこんなにあんのかよ…。」


これからの人生の事だろうか。はたまた今農道を行く彼の率直な意見であろうか。

ぶすっとした表情で誰に話しかけるでもなく呟いた。

17歳らしからぬ人生への希望を捨てたサラリーマンのような彼の不満はその日常にあった。

毎日が同じことの繰り返し。毎日おもしろいことなんて起きやしない。

気の利いた事件や、スリルが味わえる高校生活。そんなものは漫画の中の話でしかない。

実際は毎日同じ電車に乗り、同じ学校に通い、同じ授業を受け、そしてまた帰っていく。

退屈。

これといった学校生活を楽しむアイデアは無いが、受身での事件発生を期待する。

その思考こそが退屈な日常への道に繋がっているとは考えもしなかった。


農道の途中を横切る国道に出る前に大介はタバコを捨て、無造作に足でもみ消した。

国道とはいっても片側一車線の車通りの少ない通りだったが、気分的にいつもここは歩き煙草をする気にはなれない。

車通りが少ないとはいえ人目につく。いつ学校関係者を乗せた車が通らないとも限らないからだ。

捨てた煙草から細い青白い煙が揺らいでいた。


◇2◇


大介が校舎に到着した頃はお昼休みが終わる寸前だった。

この時間は先生も昼食をとっている為、顔を会わす事は無い。

しれっと午後の授業から教室の自分の席に座る。

さすがに毎日の事ではないが、週2,3日は訪れる、彼曰く『お疲れ休み』なるものが存在する。

お疲れ休みとは午前中いっぱい家で寝て、午後から登校するという、実に怠慢な自分勝手なルールである。


いつものように昇降口に行き、上履きを履き替えた時


「大介。」


顔を上げると担任の永山が立っていた。

「うわ。」

「うわ。じゃない。今何時だと思っているんだ。」

永山の手には購買部で売られているパックのコーヒーが握られていた。

なるほど。それでこんなところに───。

ついてない。自分の登校のタイミングが恨めしかった。

「いや〜なんか身体がだるくて…。」

「ふん。まぁいい。さっさと教室に行け。騒ぎを起すんじゃないぞ。」

「は〜い。」


この永山という教師は好きになれない。

今までの教師で好きになったヤツがどれ程いたかはさておき、この教師が嫌いだという事はハッキリしていた。

数学の教師にして、大介の担任。歳は36歳ぐらいだったか。それすらも曖昧なくらい興味が無い。

それにしてもいつもなら面倒くさいイヤミのような説教をされているところだが。

なんにせよ、すぐに開放された事は予想外だった。気が変わらないうちに教室へ向かおう。


階段を登り始めた時、ふと永山の言葉を思い出す。

「騒ぎを起すんじゃないぞ。」なんのことだ?

いつもそんなことを言われたことはない。

騒ぎを起こすのは日常的な風景。そう永山も感じていると思っていたのに。

わざわざ今になって律儀に言ってくるとはね。クラスの査定でも近々入るのか。

そんなことを思いながら階段を登り、3階を目指した。


校舎は4階立て。1階には購買部や、事務室、共同の広場があり、二階には特別教室、職員室がある。

教室は3、4階にあり、各階4クラスずつ。一学年計8クラス。

各学年ごとの棟に分かれていて、一階と二階だけ全ての学年の棟へと連絡されていた。


大介は4階にある2−5の教室へとやってきた。


「おはよっす」

教室に入ると、みんな「またか」といった呆れた顔をした。


「大介。もうお昼終わったよ?何しにきたの。」

ショートカットの活発そうな女子が声をかけてきた。

「そりゃねえよ。北沢。俺だって気にしちゃうんだって。出席数とかさ。」

北沢と呼ばれた女子はオーバーリアクションを交え、

「うっそ。そんな健気な事も考えてるワケ。驚ちゃった。」

北沢と一緒に昼食を食べていたと思われる女子数名から『ホント、ホント』『意外すぎる』との声があがる。

「うっせ」一言吐き捨てると自分の机に座った。机の中身はからっぽだった。

教科書類は一人ずつ割り当てられる小さなロッカーに押し込まれているからだ。

数学の教科書にいたってはここ数ヶ月お目にかかっていない。


「うっす。大ちゃん」

「おっす」

右耳にピアスをあけた陽気そうな男が大介の隣の席にやってきた。

「おせーよ。大ちゃん。今日はもう来ないかと思ったよ。」

「まぁ色々とあってね…」

「どうせいつものお疲れ休みだろ。」

「バレタカ。」

彼は伊崎義治。大介の周りに構成されたグループの一員だ。

喧嘩はそれ程強くないが、仲間想いでムードメーカーだ。

「そんで大ちゃんさ…。」


伊崎がそこまで言うと教室のドアが開いた。

そこに立っていた男に大介は見覚えが無かった。


背は低く、ほっそりとした体系で、色白。フレームのない眼鏡をかけている。

髪は黒髪でまるで女の子のような艶やかなストレートヘアだった。

中学生じゃないのか?大介は思った。


「誰だあいつ」

「そうそう、その話だよ」

どうやら伊崎が先ほど言いかけた話はコイツについてだったのかと大介は悟った。


その中学生は、無表情に大介と伊崎の間をするりと抜け、大介の前の席に座った。

「え」

「編入生だよ。今日から入ってきたんだ。」

伊崎がそう紹介しているにもかかわらず、編入生は我関せずと言わんばかりに文庫本を開いた。


「ちょ。挨拶くらいしろよな。」

大介がわざと聞こえるように言うと編入生のページをめくる手が止まった。

ゆっくりと振り返り、大介の顔をまじまじと見つめた。


「お、おう。なんだよ」

「黒崎直哉だ。」

その見た目には似合わない落ち着いた口調で編入生は自己紹介をした。

しかし、その顔には「面倒くさい」といった雰囲気が滲み出ていた。

大介は少しイラついたが、ふぅっと一息つくと「青木大介だ。よろしくな。」とこちらも自己紹介した。

「名前は普通なんだな。」

言われた瞬間はよく意味が分からなかったが、褒めてくれいる訳ではないという事は理解できた。

「編入早々喧嘩売ってんのか?お前」

しかし黒埼は全く反応せず、前を向いたままじっとしていた。

「おいこら」と声を出そうとした瞬間チャイムが鳴った。

ほぼ同時に教室へやって来た永山を目の隅で確認すると、次は数学だったのか。という倦怠感と同時に目の前の生意気な転校生への反撃を邪魔されたイラだちが交互に襲ってきた。

くそ。後できっちりお返しさせてもらうぜ。覚えていろという気持ちをこめて黒埼の背中を見つめたが、授業開始とともにやって来た心地よい眠気に誘われた。

「何しに来たの?」北沢に言われた言葉が頭の中で聞こえた様な気がしたが、大介の都合のいい頭は聞こえていないという事に決め付け眠りへと転げ落ちていった。

この編入生に対する怒りを持続させながら眠るという器用な事は絶対に出来ないと大介も薄々感じていた。

もういいや。と。


◇3◇


青木大介という男は実に大雑把な性格だった。

この高校に進学したのもほんの気まぐれで、「自分の頭でも入れる学校」という選択をしたらこの高校しか無かったという訳だ。

中学時代、派手に暴れまわっていた大介は、「高校に入ってまでヤンチャをする気なんてねぇよ。」と中学の同級生には言っていた。

同級生は皆『そんな訳が無い』と思っていたのだが、果たしてその通りになった。

まず入学初日には早速隣のクラスの長谷部健太に呼び出された。

長谷部は隣町の立河市の中学生ヤンキーなら知らないものはいないという有名人だった。

たまたま隣のクラスにツンツン栗色頭を見つけ「高校の手始め」に、自分の力を見せつけるつもりだった。

結果は大介のワンパンチに沈むという惨敗だった。


翌日、長谷部の次に「一年ナンバーワン」の座に近いと言われていた4組の関根高志が大介の元にやってきた。

長谷部を倒した大介に勝てば、一石二鳥と踏んだのだった。

惜しむらくは関根が『長谷部VS大介』の現場に居合わせなかったことだ。

もしその場に居たのならば大介に挑戦するということが一体どういうことなのか、もう少し理解できていたはずだった。

大介に挑発したその数秒後、関根はドアごと廊下に叩き出される事となった。


その後、2組の木下修一郎、5組の横山則靖と各中学校の「頭」であった男たちをなぎ倒した後、大介はこう認知された。


一年生のナンバーワンは、青木大介───。



しかし、ここからがこの男の大雑把な性格の本領発揮である。

通常、学年のトップになれば誰もが次に考えることは「一年生一派」の設立と「上級生への挑戦」である。


ところが当の本人、大介はというとそんな気はさらさら無かった。

売られた喧嘩を買ったまでで、頭とかそういうのはめんどくさい。やりたい奴がやればいい。

これが大介の言い分だった。

大介に敗れた長谷部達も拍子抜けしてしまったが、その後は各派閥をつくり、一年生同士での小競り合いを行っていた。

大介の元にも、その強さに惚れ込み、数十人の男たちが集ってきたが大将である大介のあまりにも適当な日常に愛想をつかしたのか、二年生に進級した今では「青木一派」と呼ばれるグループはほんの6人を数える程度だった。


しかし、トップである大介の強さと、入学翌日に敗れた実力者の関根高志が青木一派にいることから、数は少ないもののやはり一年ではナンバーワングループとして君臨しているのである。


だから他の一派の奴と校内ですれ違うと挨拶はされるし、教師達にも睨まれた。

大介はそれがたまらなく面倒くさかった。


どんなに強力な一派を作ろうと、学校を支配しようと卒業したらそれまで。

中学の時にすごく空しい気持ちになった。それ以来、正直「ヤンキー」の世界には魅力を感じられなくなった。

でも、服装や態度はその当時に染み付いたものから離れられないし、喧嘩を売られたらやっぱり受けてたたなきゃ男じゃない。

そんな根本があるから、大介自身も代わり映えの無い学校生活に嫌気を感じ始めていたのかもしれない。

とにかく自分に面と向かって文句を言える奴なんてここしばらくいなかったのだ。


だから黒崎直哉とかいうやせっぽっちのメガネに機関銃の様に文句を言われた時は、正直びっくりしてしまった。


大介が目覚めるとすでに誰も教室にはいなかった。

いや。目の前の席で黙々と本を読む黒崎を除いては。


眠い目をこすりながら大介は「こいつ何やってんだ?」とぼんやり考えていた。

考えた事を即行動に移すタイプの大介はあくび交じりに黒崎に質問した。


「おい。お前何やってんだ?おい。」


だが黒崎はやっぱり反応しなかった。「おい!聞こえないのか?何やってんだっていってんだよ!」

今度は少し語気を強めて言った。


すると黒崎はパタンと読んでいた小説を閉じるとゆっくり大介の方に顔を向けた。


「お前呼ばわりされる筋合いは無い。さらに言えば僕がここで何をしようが君には関係ない。第一君とは親しい間柄でも友達でも何でも無い。黙っていてくれないか。」


大介は唖然としてしまった。もしかしたら口をあんぐり開けてしまっていたかもしれない。

「殺すぞ!」とか「やんのかコラ!」等という言葉には耐性のある大介だったが、理路整然と文句を言われることには慣れていなかった。

「確かにコイツの言うとおりだな。」とまで思ってしまった。

だからつい「す、すまん。」という言葉が口から出てしまった。


その言葉を聞いた黒崎ははぁっという溜息をつくと本をカバンにしまい、立ち上がった。

呆然とする大介を一別すると、「どこも一緒だ。全く退屈だ。」と吐き捨てて教室から出て行ってしまった。


一人残された大介は、何故か胸の奥が熱くなってくるのを感じた。

この気持ちがなんなのかはっきりは分からなかったが、怒りではないということはハッキリしていた。


やっと俺と同じ思いの奴が現れた───。


そんな気持ちだった。こうして秋代高校2年最強の男は編入生のひょろひょろメガネに興味を持ったのだった。



◇4◇


「面倒な男だ。」

黒崎は編入そうそう変な男に目をつけられていた。

その男はすぐ後ろの席にいる青木大介という俗に言う『ヤンキー』なる人種だ。

授業と授業の合間には10分間の小休止ががある。その時間の内にトイレに行く者。友人と昨日のTVの話をする者など様々だ。

黒崎はお気に入りの推理小説を読む時間に当てている。

いや、『当てていた』という言い方が正しい。

「なぁ、おい黒崎。何の小説読んでるのかって聞いてんだよ。なぁ。」

休み時間になる毎に後ろの席にいる青木大介が話しかけてくるのだ。

これからせっかく殺人のトリックの綻びを探偵が見つけ出そうかという展開なのに。

仕方なく後ろを向いた。

「なんなんだ。君は。放っておいてくれないか。僕が何の小説を読もうが勝手だろう。邪魔しないでくれ。」

すると大介はポカンとした顔をしたかと思うとニヤリと笑い、さらなるちょっかいを出してくる。

なんだこれは。変態なのか?「ちょっと俺に見せてみろよ。俺ならすぐ犯人分かるぜ」その根拠の無い自信はなんなんだ。

それにそんなことをされてはいい迷惑だ。黒崎はさらに語気を強めて言った。

「何が目的なんだ。僕の邪魔をしたいのか。初日の事が原因なのか?それに対する嫌がらせなのか。」

大介はまたポカンとした表情の後にニヤリと笑うと「そんなこと気にしてねえよ〜。ちょっと今日お前んち行っていい?」

なんでだ。なんでいきなり僕の家に来ようと言うのか。何をする気だ。うちに来て。大体会話が成立していない。

そんな考えを巡らせていると、チャイムが鳴った。休み時間の終わりを告げるチャイムだ。

結局また小説の中の事件は一向に進展しないまま次の授業を迎えることになった。

ハァ。と深い溜息をつくと前に向き直り、手にしていた文庫本に目を落とした。

事件の解明にやっきになる警部が、トリックの壁に阻まれ漏らしたセリフに目が行った。


「もうお手上げだ」


「知ってるか?溜息つくと一回ごとに幸せが逃げていくんだぜ」

ヤツの声が背中越しに聞こえる。


小説の中の警部の気持ちが痛いほどわかった。



それからも大介の執拗な「口撃」は止まらなかった。

家はどこだ。趣味はなんだ。どこの高校から来たのか。質問が尽きることは無かった。

黒崎の小説は警部がサジを投げてから一向に進んでいなかった。


ある日昼食の時間に大介が満面の笑みを浮かべてどこからか帰ってきた。

黒崎の後ろに付くなり、よぉ。よぉ。と声をかけて来た。

あんまり騒がしいので「何だ。」と振り向くと嬉しそうにパンを渡してきた。

「ウチの購買部の幻の焼きそばパンだぜ!二個あるから一緒に食おう!」

何を言っているのかわからなかった。何故一緒に食べなければならないのか。いやそれよりも

「幻のものがここに二個あるのはおかしいだろ。見たことも無い、噂では聞いたことがある程度の物の事を普通は幻と呼ぶもんだろう。

手に持って幻と言われても全く意味が分からない。」

すると大介は得意満面の顔で言った。

「へへ。これには訳があんだよ。さっき3時間目数学だったからサボって部室棟の方に行ったんだよ。そしたら丁度昼用に販売するパンの納品の時間にカチ合ったわけよ。そんで購買部のおばちゃんに頼み込んで二個特別に予約しておいたのさ。」

大介の話では焼きそばパンは大人気で、お昼に行っても絶対に買えない代物だった。

なぜなら購買部は三年棟の一階に当たる部分にあり、チャイムと同時に三年生がダッシュでやって来て全て売切れてしまうのだという。

一年、二年の教室からはどんなに走っても間に合わない。買うことの出来ないパン。三年にならないと食べる事の出来ないパン。

それが幻と言われる所以だそうだ。

得意げに鼻の穴を膨らます大介だったが、黒崎のリアクションは大介の予想とは異なっていた。

「遠慮する。」

「え。なんで。」

「そんなに苦労してきたなら一人で食べればいいだろう。恩着せがましくされても適わない。第一、僕は惣菜パンというものを認めていない。」

「うまいぞ。食ってみろよ。」

大介の差し出すパンの前を手でさえぎった。

「パンはパン。焼きそばは焼きそばで食べた方がおいしいに決まっている。何故パンに挟み込む必要があるんだ。」

そこまで言うと大介は、はは〜んといった顔つきで

「お前食った事無いんだろう。そういうのを食わず嫌いって言うんだぜ。」と諭すような口ぶりで言った。

「君は僕の話を…」

「わかった。わかった。じゃぁ賭けようぜ。」

何を言っても会話にならない気がした黒崎は少し黙ることにしてみた。


「いいか。ルールはこうだ。俺が買ってきたこのパンをお前が食ってうまいと感じたら、俺の勝ち。今日一日は俺と行動を共にすること。もしまずかったらお前の勝ち。何でも言う事を聞いてやらぁ。」


何を勝手な…。いや待てよ。黒崎は考えた。もしこのパンを食べてうまいと思ってもまずいと言い張れば僕の勝ちになるのではないか。

何でも言う事を聞く。確かにそう言っている。この面倒くさい男を黙らす絶好の機会ではないのか。


「おもしろい。その賭けに乗ろう。」


いいのかぁ?本当に。という表情で大介は黒崎に焼きソバパンを渡した。


さぁこれでこの面倒くさい男ともお別れだ。このパンを食べ終わったその時にこの妙な関係は解消されるのだ。黒崎は喜んでパンを一口かじった。

その時だった。パンと焼きソバの絶妙なハーモニーが黒崎の舌を襲った。ソースの香りとパンの芳醇な香りが見事にマッチしている。

若干のパサつきを持ったパンに焼きソバの水分が絡み合い、お互いをフォローしているかの様な味だった。


「うまい…。」


黒崎は自分の耳を疑った。まさか?今のは自分が言ったのか?

大介とのこの妙な関係を解消できるという思いが一瞬黒崎にスキを与えたのであった。


なんてことだ。


悔しがる彼の後ろに座るツンツン頭が小躍りしながらヤキソバパンを食べているのが視界に入った。


迂闊だった───。


こんなにうまいとは…。確かに幻と呼んで差支えが無いとすら思う。


やけになった黒崎は残りの焼きソバパンをほおばった。

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