8話 初めての商売
ベットの上で仰向けに寝っ転がり、家出時に持ってきていた小説を読む。
主人公が自身の内に抱えている狂気と向き合い、葛藤するシーンだ。
この子の半生は悲しいもので、親からろくに愛してもらえなかったのだ。
そんなだからか、一般のそれとは違う考えや倫理観を持っていたりする。
今後の展開が気になる。早く続きを読みたいと思ったところで
コンコン
と、ドアをノックする音が部屋全体に響き渡った。
はーい、と返事をすると数秒後、扉が開いた。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「ありがとう。よく眠れた。」
「それじゃあ今日から商人としての基礎を教えていくよ。」
街に出る前に専用のメティアスをもらった。
なんでもこれに商人登録をすれば入国時の検査が楽になるらしい。
犯罪者がそれを利用して他国に入国したらどうするの?と聞くと
「商人組合のメンバーでなければ持っていないし、渡される際、悪用すれば罰が下される呪いをかけられてるらしくてね。物によっては命すら危うくなるそうだ。」
能力者自身が悪党だった場合彼らはどうするのだろう。
そんな疑問を抱いたが、それは心配無用なんだとか。
曰くその能力者はみんなから信用されていて、人を裏切れるような性格をしていないと商人は言った。
(そんな単純じゃ無いと思うけどな。)
大体自分以外のことなんてほとんどの場合表向きな部分しか見ることがないじゃ無いか。
実際は腹黒で、平気で人を騙したり裏切るような人かもしれないのに…どうして大人は表向きの性格だけが全てだと思うのかな?
不満に感じたところで、きっと商人は自分の気持ちをわかってはくれまい。
心のもやをそっと、自身の奥底にある箱の中に押し込める。
売り物を荷馬車に乗せるのを手伝い、そのまま宿屋から街へと繰り出した。
ーーー
「何かオススメの果物はあるかしら?」
「それですとこちらがーー」
広場と思われしき場所で商人が複数人を同時に相手している。
幅広い年齢層の人たちがワイワイと何かを求め声を出す。
(わかるよ。他国のものって珍しいもんね。)
数十年前までは輸入品が多く、国産のものが少ない国まであったそうだが、全人類に能力が現れるようになったきっかけの戦争以来、国同士が最低限の関わりしか持たないようになっていた。
アリシアが生まれた頃にはすでに国々の関わりが薄く、輸入品なんて旅商人が持ってくるものしかなかった。
自身の記憶を辿っていると突然、くいっと洋服のすそを引っ張られた感覚がした。
反射的に下を向くと、5歳か6歳くらいの小さな女の子がこちらを見上げていた。
女の子に目線を合わせるようにしゃがみ
「どうしたの?何か欲しいものがあるのかな?」
「えっと……しぼるためのぬのください!」
大きな声で欲しいものを言ってくるが、何が欲しいのかわからずしばらく考える。
「うーん……もしかして麻の布かな?」
「それ!それください!」
品物の中から麻布を一枚とり、少女の手に渡す。
すると、少女はアリシアに銅貨を1枚わたしてきた。
「おねえちゃんありがとう!ばいばい!」
少女が足っていく様を見ながら、その後ろ姿に向けて手を振る。
お使いかな。微笑ましいな。と思いながらも、自分にもあんな時期があったはずなのにと考え、寂しくなってしまった。
その日の午前中は商人の動きや客たちの動きを観察したり、値段設定の基準などを教えてもらったりした。