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陽炎の見る夢

陽炎の見る夢~春樹千沙編~

作者: SchwarzeKatze

やっぱり、この話を載せたいと思い、執筆いたしました。

このお話しは、前作があります。

よろしければ、そちらから先に見ていただけると、うれしいです。


陽炎の見る夢

https://ncode.syosetu.com/n9935ex/

 「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」


 私、春樹千沙はるきちさは、ベッドで一人泣いていた。

 その日……お兄ちゃん、門真勇作かどまゆうさくが突然倒れたから。

 脳に障害が出来たらしく、現在は昏睡状態。


 「お兄ちゃんが居なくなったら、私……」


 泣きじゃくる私。

 そう……あの時遊んだ4人のうち……。


 「お兄ちゃんまで居なくなったら……」


 その日は、泣きつかれたのか、いつの間にか寝てしまっていた。


 そして、翌日も……その次の日も……容体は変わらなかった。

 ほぼ、生命維持装置で、なんとか生きてる……生かされている感じ。

 そうして、一カ月が過ぎようとしていた、ゴールデンウイーク。

 いつものように寝ていると、声が聞こえる。


 「ちえちゃん。聞こえる?」


 聞いたことが無い声だけど、どこか懐かしい声だった。

 過去に……聞いたことがあるような……。


 「あら、ごめんなさいね。私、あなたと同じ年の姿をしてるから」

 「……?」


 私は、眠気眼で目を開く。

 そこには、高校生くらいのワンピース姿の女性が、私の足元に立っていた。

 あれ? でも……この雰囲気……。


 「おねえ……ちゃん?」

 「覚えていてくれて、うれしいわ」


 そこには、私の中では中学生で姿が止まった女性……横田千絵よこたちえの高校生姿があった。


 「お姉ちゃん! 生きて……」


 私は、思わず抱き着こうとするが、体が動かない。

 金縛り!?


 「そうよ……あなたの知ってる通りよ?」


 お姉ちゃんは、優しく微笑む。

 私の中で、疑問が沢山あふれる。

 なぜ、お姉ちゃんが、ここに居るのか……。

 なぜ、お姉ちゃんが、高校生の姿なのか……。

 なぜ、今になって……。


 「きっと、ちえちゃんは、混乱しているわね。少しずつお話ししてあげるわ」


 また、優しく微笑む。

 ……小さいころ、この微笑みにどれだけ救われた事か……。

 複雑な気持ちを抱えながら、思わず涙する。

 動けないまま……。


 「……あまり、言わなくても、私がここに来た理由は、なんとなくわかるでしょ?」


 あえて、答えは言ってくれない。

 私も答えを言いたくない。


 「……」

 「そうよ……」


 短い言葉で、意思疎通する。


 「今ね、勇作はね。とても、長い、長い夢を見ているの」

 「……」

 「私はね。せめて夢の中だけでも、幸せでいてほしいの」

 「……」

 「だからね……。ちさちゃん、勇作の夢に入ってくれない?」


 ……夢に……入る?

 私はよくわからなかった。


 「どういう……こと?」

 「勇作の夢の、登場人物になってほしいの」

 「……なんで?」

 「私は知ってるわよ? ちさちゃんの気持ち」

 「!?」

 「せめて、夢の中だけでも、その気持ち伝えてほしいの」


 ……さすがはお姉ちゃん……。

 完全に見抜かれてる……。

 私はお姉ちゃんの、そういうところが好きだった。


 「そうね……。今は社会人になった時の夢を見てるの」

 「社会人?」

 「そう。だから、ちさちゃんは勇作の後輩役ね」


 お姉ちゃんがそういうと、私は深い眠りに落ちた……ような感覚になった。


 ・・・・・・


 「ちさちゃん」


 私を呼ぶ声が聞こえる。

 私は声の方向に振り替える。


 「おねぇ……あれ?」


 今度はお姉ちゃんが、大人の姿をしている。


 「うふふ……ちさちゃんも自分の姿を見てみて?」


 いつの間にか、街の中にいるようだった。

 私は近くにあった、ショーウインドーを見る。

 私も……大人になってる!?


 「今日、勇作の勤めてる会社の新人配属日なの」

 「え? よくわからな……」

 「それで、ちさちゃんが勇作の後輩になるって、物語なの」


 私は、あまりにも情報が多すぎて、処理しきれない。

 よくわからないけど……これは、お兄ちゃんの夢……。


 「どうすればいいの?」

 「会社に行って、遅刻するの」

 「え?」

 「迷子になったことに、なってるから」


 なぜ、迷子……。


 「うふふ……勇作の中では、ちさちゃんはずっと方向音痴みたいよ?」

 「え、なにそれ、ひどい……」


 お兄ちゃんの中では、私は方向音痴なの?

 いや……それは、小さいころの事であって……。

 ……最近も、あったか。

 ちょっとへこむ私。


 「で、どうすればいいの?」

 「向こうに、会社があるから、行ってみて?」

 「向こうって、言われても……」

 「行ってみればわかるわよ? ほら、もう遅刻の時間。走って?」


 私は、言われるがままに、お姉ちゃんの指さした方向へ走り出す。

 不思議と、道には迷わなかった。

 理由はただ一つ。

 その道以外は、空白だったから。

 会社についても同じ。

 お姉ちゃんが言っていた、部署にもすんなり行けた。

 お兄ちゃんが、夢で生活しているであろう物以外は、空白だから。

 一つだけ、目立つ扉があった。

 私は、その扉の前で、呼吸を整えつつ、夢の役者となる。


 「すいません! 道に迷いました!」


 不思議と、自然にセリフが浮かぶ。


 「いいよ、いいよ、今日は道を覚えただろうから、明日は気を付けてね」


 年配の方が、私に話しかける。

 ……夢だから、迷わないけど……。


 「ちょっと派手な入場だったけど、自己紹介お願いね」


 じ、自己紹介?

 とりあえず、頭に浮かんだことを、口走る。

 なんだか……自然と、頭に入ってくるような……。


 「初めまして、春樹千沙です。

 新人研修が終わり、こちらの課に配属になりました。

 今後よろしくお願いいたします。

 趣味は園芸で、高校の時に部活に入ってました。

 苦手なことは方向音痴で…営業ということで少し不安があります。

 初めのうちは先輩たちの迷惑をおかけするかと思いますが、

 どうぞよろしくお願いいたします」


 言い終わると、私は深々とお辞儀をする。

 ……方向音痴って……。

 お兄ちゃんのイメージって、そんなんなのかなぁ……。


 「うん、営業はトークが命だから、それだけ話せればここ強いよ。

 まぁ…新人研修初日の大遅刻も聞いているけどね」


 ……私って、どこまで方向音痴の設定なんですか!?

 まぁ、仕方ないかぁ……。

 ここは夢の世界、夢の世界……と。


 「ここの課は和やかな雰囲気だから、初めのうちは気張りすぎないように、慣れていってくださいね」


 えっと……ここでは偉い人なのかな?


 「では、課の紹介をしますね。では…。」


 まずは、私に話しかけてきてくれた、年配の方。

 課長さんみたいね。

 お兄ちゃんの夢の中のはずなのに、とてもリアリティーがあった。

 そして……。


 「門真です。よろしくお願いします」


 大人の姿のお兄ちゃん。

 私は思わず、固まってしまう。


 「どうかしましたか?」

 「…いえ、何も…。」

 「では、ちょっとドタバタしましたが、朝礼を終わります。」


 ここは、お兄ちゃんの夢の世界……。

 こじんまりとした、職場……。

 多分お兄ちゃんは気づいては居ない。

 目隠しされたパーティションの裏は、空白の世界だということを……。


 ・・・・・・


 それから、私は毎日お兄ちゃんの夢の中に入るようになった。

 正直、夢なのに疲れた。

 夢の中で、お仕事をしているから。


 「ちさちゃん、大丈夫?」


 時々出てくるお姉ちゃん。


 「うん……。お兄ちゃんって、すごくゆっくり夢見てるのね……」

 「そうよ? それに、勇作は自分がどうなったか、まだ知らないみたいだし」


 そう……お兄ちゃんは……本当のお兄ちゃんは、今もなお病院で昏睡状態だ。

 その夢の中に……私は存在している。

 これは、確かな事実。


 「お兄ちゃんは、いつ知ることになるの?」

 「それはね……私が教える役目なの……」


 お姉ちゃんは、悲しそうに、でも私に微笑みかけながら話す。


 「そろそろ時間よ? 次はちさちゃんのイベントよ」

 「え?」

 「うまくやって頂戴ね」


 そして、私はまた夢の世界にいく。

 お兄ちゃんの……。


 ・・・・・・


 景色は変わり、お兄ちゃんの夢の世界に。

 今日は二人で仕事する日だったっけ?

 確か待ち合わせは、9時にお店だったような……。

 ふと、私の時計を見る。


 「ちょ、お姉ちゃん!?」


 私の持っている時計は、9時30分を指していた。

 そして、私のスマホが鳴り出す。


 「もしもし」

 「今どこだ?」

 「えっと…西側改札をうろうろと…」

 「…こっちは東側だよ…。目印のあるところで待っててくれ」


 スマホの電話を終え、お姉ちゃんをにらむ。


 「勇作も、ここまで方向音痴って思ってるとはね」


 お姉ちゃんは優しく、そしていたずらっぽく笑う。


 「ねぇ、わざとでしょ?」

 「それは、勇作に聞いてちょうだい。ほら、待ち合わせの場所に向かって?」


 笑いをこらえてたのか、お姉ちゃんはそう言うと、お腹を抱えて笑い出す。


 「んもう!」


 私は待ち合わせ場所、電話で指定されたところに向かい、きょろきょろしてた時、お兄ちゃんの姿が見えた。

 私は、お兄ちゃんの元に、駆け寄る。


 「ごめんなさい、道に迷いました…。」

 「…もしかして、ずっと迷ってたのか?」

 「…はい、1時間ほど…。」


 ……1時間って、何!?

 私って、そんなに方向音痴キャラなの?

 私は普段の行いを、思い返す。

 そして……お兄ちゃんを見ると、少し思いにふけっているようだった。


 「?」

 「いや、何でもない。それより店に急ぐぞ!」

 「は、はい!!」


 お姉ちゃんはイベントだって言ってたけど……。

 少しずつ、私の事を思い出してくれてるのかな?


 そして、一日の作業を終える。

 お兄ちゃんが、なんでこんな夢を見てるのかは、わからない。

 でも、それはきっと……。


 「今日はお疲れさまでした。」


 私は、お兄ちゃんに挨拶をする。


 「……明日は迷子にならないように……」

 「大丈夫です、一度覚えた道は忘れません!」


 本当は迷子になんて、ならないんだけどなぁ……。


 「週初めに、成果報告で会社に戻るから、それは忘れずに」

 「わかってます。そっちは迷子になりません!」


 どうしても、方向音痴キャラを払拭したくて、私は胸を張って言った。


 ・・・・・・


 あっという間に時間は過ぎて……。

 お仕事の区切りの日になった。


 「1週間で、72件かぁ…なかなかだね。こっちの仕事だけど、もう梅雨に入ったことだから、売り上げが伸びなくても、気にしなくていいよ。どちらかというと、宣伝を兼ねてやってることだからね」


 夢の中の課長さんは言う。


 「で、様子としてはどうだった?」

 「初日に私が遅刻しました……」


 若干、お姉ちゃんに恨みを覚える。


 「いや、正確には待ち合わせに遅刻しただけで、店には影響を与えてません。」

 「あはは…春樹さんの方向音痴はちょっとした話題になっているよ。研修初日に迷子になって1時間遅刻、泣きながら総務に電話してきたって」

 「え?そうなんですか??」


 え?

 どうなんですか?

 私の中でも、疑問符が沢山付く。

 そして、お兄ちゃんのイメージなんだなぁ……と、少し寂しく、そして恥ずかしい気持ちになった。


 「でも、方向音痴はすぐには治らないと思うから、徐々に直していってね。しばらくはペアで行動してもらうけど、そのうち一人でお願いすることもあるからね。」

 「…はい、わかりました。」


 ……このもどかしさは、どこにぶつければいいんだろう……。

 あとで、お姉ちゃんにでもぶつけよう……。


 ・・・・・・


 そして、ペアで動く最終日。

 お姉ちゃんが現れる。


 「夢のお仕事はどうだったかしら」

 「……ちょっと疲れた……」


 お姉ちゃんは、くすくす笑う。


 「今日は最終日だから、打ち上げにでも誘ってみたら?」

 「え? 打ち上げ?」

 「そう、二人きりになるチャンスよ?」

 「でも……」


 そう、私は夢の役者。

 基本的には、お兄ちゃんの筋書き通りにしか動けない。


 「違うわよ?」

 「え?」

 「これからは、勇作とちさの夢になるんだから」

 「どういうこと?」

 「それはね……。あら、そろそろ時間よ? うまくやってね!」


 お姉ちゃんは、笑顔でそういうと、スーッと消えていく。

 とりあえず、ここ最近の職場に、私は向かった。


 そして……仕事終わり。


 「先輩、ここももうすぐ終わりですね」

 「ああ、意外と順調でよかったよ」

 「先輩は次の仕事って聞いてます?」

 「いや、課長からは終わったところで、次の仕事を伝えるって聞いてるよ」


 無難な会話のあと、私は思い切って聞く。


 「先輩、今週末の金曜日予定開いてますか?」

 「いや、無いけどどうかした?」

 「いえ、せっかくだから打ち上げなんかいかがかと。」

 「そうだな、春樹さんにとっては初めての仕事だから、打ち上げでもしようか」

 「うれしいです! ありがとうございます!」


 お姉ちゃんのアドバイス通り、予定を取り付けることに成功する。

 これで……よかったんだよね?


 ・・・・・・


 そして、その金曜日。

 お姉ちゃんがまた現れる。


 「アドバイス通り、予定は取り付けられたみたいね?」

 「うん……なんとかね……」


 私はうなだれたように、言う。

 ……でも、これ、夢なんだけど……。


 「そうそう、これは私からのプレゼント」


 そういうと、お姉ちゃんは紙を2枚、取り出す。

 手渡され、よく見ると、私の好きな遊園地のチケットだった。


 「え? この遊園地、夢の世界にあるの?」

 「そうよ。だってここは勇作の夢の世界。行ったことがあるはずなんだけど、勇作は忘れているみたいね……」


 お姉ちゃんは、物思いにふける。

 そう、私たち4人の家族で、遊びにも行った遊園地。

 それを忘れてるなんて……。

 そんな会話をしている時、私のスマホが鳴った。

 お姉ちゃんは、ジェスチャーで、時計を見るように促す。

 ……また、待ち合わせの時間から、遅れてるし……。


 「もしもし……」

 「……はい、言いたいことは分かっています……」


 電話を切ると、お姉ちゃんは大笑いする。


 「……お姉ちゃん!」

 「ごめんなさいね……ちさちゃんはすっかり、方向音痴キャラみたいだから」


 私は、お姉ちゃんをにらむ。


 「で、今度は、この遊園地に誘えばいいの?」

 「そうよ。そしたら、ちさちゃん達の夢が始まるから」


 私たちの夢って、何だろう?

 きっと、聞いても教えてくれないんだろうなぁ……。


 「じゃあ、勇気を振り絞って、デートの約束してね♪」


 お姉ちゃんは、優しく微笑むと、スーッとまた姿を消す。

 ……お姉ちゃんと話しすぎた……。

 私はスマホを取り出して、お兄ちゃんに連絡する。


 「…すいません、もう一度場所を教えていただけますか?」


 あ~あ、迷子キャラ確定ね……。


 「今までお疲れさまでした!」

 「「乾杯!」」


 待ち合わせに遅れること、30分。

 お姉ちゃんを恨む。

 ……いや、お兄ちゃんの夢だから、お兄ちゃんを恨むべきか?

 夢の中でも、お酒には酔うみたいで……。

 当然、お酒なんて飲んだことないけど……。

 私は、勢いで、聞いてみる。


 「ところで先輩は、私の事覚えてますか?」


 いい加減、思い出してほしい。


 「私、高校が先輩と一緒で、同じ部活だったんですよ?」

 「あれ?あの春樹ちゃんだったの?」


 ……やっと思い出した……。

 でも、それだけじゃないよ? お兄ちゃん。

 もっと……昔の事も思い出して?


 「…そうですよ、忘れてたんですか?」


 私にとっての、今。

 そこまでは思い出してくれた。


 「あはは…いや、こんなところで会うなんて、思いもしなかったからさ…。」

 「先輩、ひどいです…。」


 そうそう、お兄ちゃん酷いよ……。

 もっと思い出してよ……。

 私は、手元にあった飲み物を一気に飲み干す。


 「私はしっかり覚えてましたよ!近所の幼稚園の菜園に行ってお手伝いした時に、迷った私を助けてくれたり。私は先輩の恩を忘れたことはありませんでした。」


 覚えてるのは当たり前。

 私にとっては、最近まで……お兄ちゃんが倒れる前までの、記憶だから。


 「ごめん、ごめん。」


 そうだ! もっと謝れ!!


 「そうえば、慣れた手つきしてたよね? 部活以外でもやってたことあったの?」

 「ええ、家庭菜園があったので、趣味で庭いじりをしてました。」

 「俺もそうだったよ。収穫忘れて花が咲いたのもあって…。種をとろうとしてたんだけど、親に雑草と間違われて、処分されて…。」


 お兄ちゃん……とことん私の事、忘れてるなぁ。

 それも、私にとっては最近の話しだよ……。

 そういえば、お姉ちゃんから、遊園地のチケットをもらたことを思い出す。


 「ところで先輩、再来週末の土日のどちらか開いてますか?」

 「うん、両方とも開いているけど、どうかしたの?」


 夢なんだから、予定で断られることないはず……とは、思うんだけどね。


 「実は友達から遊園地の件をもらってて…できればいっしょにどうですか?」


 嘘。

 本当はお姉ちゃんから貰ったものだけど。

 きっとこの様子だと、お姉ちゃんの事も忘れてるんだろうなぁ……。


 「じゃあ、土曜日はどうかな? その次の日曜日も休みだし。この仕事でしばらく土日は休めなかったから、息抜きがしたかったところだよ」

 「ありがとうございます!では、再来週の土曜日お願いします!」


 お兄ちゃん……この遊園地は、私たちの思い出の場所だよ?

 もっと……思い出して?

 切ない気持ちを抱きながらも、私は夢から覚めた。


 ・・・・・・


 約束の土曜日。

 私は遊園地のそばで、お姉ちゃんと話しをしていた。


 「懐かしいわね……ここ」

 「うん、これもお兄ちゃんの夢なの?」

 「そうよ。でも、勇作は忘れてるみたいだけどね」


 お姉ちゃんは、寂しそうに言う。

 遊園地から目をそらし、私に向き直って、言う。


 「今日は少し思い出してくれるかもよ?」


 お姉ちゃんは優しく微笑む。

 続けて。


 「これからは、二人の夢よ? 思う存分楽しんでね」


 どこか寂しそうに、お姉ちゃんは言う。


 「わかった……」


 私は知ってる。

 お兄ちゃんとお姉ちゃんは、両想いだってこと。

 お姉ちゃんはきっと知らない。

 お兄ちゃんは、お姉ちゃんの事を……。


 「時計」

 「え?」


 お姉ちゃんは、つぶやく。

 そして、私は時計を確認する。


 「あーっ!!!!」


 私のスマホが鳴る。


 「……はい、わかってます……」

 「また迷子か?」


 電話を切り、お姉ちゃんをにらむ。

 お姉ちゃんは、けらけら笑っている。


 「うふふ……迷子さん♪」

 「~~!!」


 言葉にならない、怒りをぶつける。


 「これ、お姉ちゃんのせいなの? それともお兄ちゃん?」

 「後者ね」


 くすくす笑いながら、お姉ちゃんは言う。

 じゃあ、私の怒りはお兄ちゃんにぶつければいいのかな?


 「ほら、早くいかないと、勇作が待ってるわよ?

 「……わかったわ」


 私は約束の場所に向かう。

 そこで、きょろきょろしていると、大きく手を振っている、お兄ちゃんを見つける。

 お兄ちゃんの元へ駆け寄る。


 「…ごめんなさい…。」

 「いや、大丈夫だよ。」


 お兄ちゃんは優しく微笑む。


 「じゃあ、行きましょ♪」


 私は二人きりの遊園地に心を弾ませる。

 園内に入り……。

 そうだ、お兄ちゃんの夢のせいで、迷子キャラにされたから……。

 ちょっと、意地悪してみよ。


 「じゃあ、これから!!」


 私は、この遊園地で一番大きなジェットコースターを指さす。

 これ、結局、お兄ちゃんも乗れなかったんだよなぁ……。


 「…いきなりか?」

 「ここのジェットコースターは有名で、列が出来ちゃうんです。今日は早めだからまだ人の並びは少ないので、まずこれに乗っちゃいたいです」


 そう、有名なジェットコースター。

 私は適当な理由を付けて、ジェットコースターの列に並ぶ。


 「これでもすいてる方なのか?」

 「うん、お昼ごろにはそこのゲートまで並ぶほどの人気だから」


 この列も、お兄ちゃんのイメージ。

 お兄ちゃんはね。列に並んで、いざ乗り込むときに、気持ち悪いとか理由つけて、乗るのやめたやつだよ?

 ……まぁ、今日は一緒に乗ってくれるよね?

 夢だけど……。


 「そういえば、ジェットコースターなんて初めて乗るかも……」

 「私もです」

 「……大丈夫なのか?」

 「……多分……」


 ……夢だし。

 って、リアルな夢だけど……。

 そういいながら、私は安全レバーを下した。

 お兄ちゃんのイメージなのかな……。

 ジェットコースターは、とてもリアルに再現された。


 「……おもった以上に激しかったな……」

 「そうですか? 私は楽しかったです!」

 「俺は少し、酔ったぞ……」


 私は、お兄ちゃんが顔色を悪くしているのをみて、満足げに微笑む。

 そういえば、お姉ちゃんは、二人の夢になるって言ってたけど、これは私の夢なのかもしれない。

 こうなったら、私は私で楽しんでやる!


 「じゃあ、次はこれで!」


 私は、絶叫系フルコースで楽しむ。

 お兄ちゃん、私を迷子キャラにした恨み、晴らしてやるんだから。


 「……疲れた……」

 「大丈夫ですか?」


 お兄ちゃんは疲れた様子。

 きっと、これは私の夢。

 じゃあ、もう少し意地悪して……。


 「これ、飲んでください」


 わざとフローズンを渡す。


 「……乗り物酔いで渡すものではないだろ……」

 「え? ここのおいしいって評判なんですよ?」


 聞こえないふりをする。

 ……でも、このフローズンは、私の思い出。

 この遊園地に来る時、必ず飲んだんだよ?

 ちょっと、意地悪も過ぎたことだし……。


 「少し休んだら、お昼にしませんか? 今の時間なら人がすいてそうなので。」


 休憩にはいい時間。

 私はお昼に誘う。


 「……そうしよう」


 お兄ちゃんも、うなずいてくれた。


 ・・・・・・


 昼食を終わらすと、午前中とは変えて、大人しいアトラクションを選ぶ。

 絶叫マシン苦手なお兄ちゃんに、嫌われたくないし。

 私は、デートを楽しんだ。

 心なし、手が寂しくなった。


 「ちょっといいですか?」

 「どうした?」

 「あの……」


 私は言葉に詰まる。

 昔は、よく……。

 でも、この歳……高校生になって、言うのも恥ずかしい。

 私は、勇気を振り絞って言う。


 「手をつないでもいいですか?」


 お兄ちゃんは、少し戸惑った様子。

 でも、次の返事で。


 「あぁ……」


 私は、嬉しくなった。

 お兄ちゃんの手を取り、私は言う。


 「ありがとうございます! なんだかデートみたいですね。」


 うん、デートだけどね♪

 久しぶりに触れる、お兄ちゃんの手。

 大きくて……暖かくて……。


 「私、こういうのあこがれてたんですよね」


 ……もちろん、あこがれてたのは、お兄ちゃんと。


 「周りからみたら恋人同士にみえるのかな?」


 周りは夢のエキストラだけど……つい言いたくなった。

 ねぇ……お兄ちゃん……。

 私、ずっとお兄ちゃんの事が……。

 ふと、大きな観覧車が視界に入る。


 「そろそろいい時間なので、あれなんてどうですか?」

 「いいよ」


 お兄ちゃんも、快く返事してくれる。


 「本当は夜景がきれいなんですけど、その時間帯は混むから…。」


 観覧車に乗り込み、二人だけの空間。

 でも、不思議と私は落ち着いていた。


 「なんか、高校の頃を思い出すな~」

 「ん? なんで?」

 「いや、何でもない」


 私、本当は高校生なんだけどね。

 お兄ちゃんが、少しでも思い出してくれるなら……。


 「私……高校の頃、先輩にあこがれていたんです。」


 今の……止まってしまった時間を、取り戻したくて……。

 ……きっと、この言葉を言えなかった、後悔だったのかもしれない。

 お姉ちゃんに、感謝しないと……。

 多分、お姉ちゃんの事だから、こうなる事も……私が苦しんでいたことも……見抜いていたのかもしれない。


 「……」

 「……」

 「私が迷子になった時に、先輩が探してくれて……うれしかったんです……」


 少しずつでも、思い出してほしい……。


 「実は先輩、私たちってその前にも一緒に遊んでたんですよ?」


 もう、この際だから、全部……。


 「先輩は忘れてしまってるかもしれませんが……。私たち近所で……。幼いころみんなでよく遊んでたんですよ」


 お兄ちゃんは、戸惑ってる様子。

 でも、私は言葉が止まらない。


 「千沙ちゃん……」

 「ええ、そう呼ばれてましたよ」


 ……どこまで思い出してくれたんだろう……。

 でも、全部思い出してしまうと……。

 私は、怖くなった。


 「その時のことは先輩は忘れて仕方ないと思ってます。 無理に思い出さなくていいですよ?」


 少しずつ、記憶を取り戻していく、お兄ちゃん。

 でも……思い出してほしくない記憶もある。

 それは……今の……本当の……。


 「…夕日、きれいですね。夜まで待たなくてもきれいな景色が見れて……」


 私は、話題を変える。

 今は……私だけを見てほしい。

 そう願って。


 「ねぇ、先輩…。また一緒に遊んでくれますか?」

 「あぁ、今度は俺が誘うよ……」


 もう少し……。

 あと、もう少し……。

 このままで居たい……。


 「先輩……」


 私は目を閉じると、お兄ちゃんは、そっと唇を重ねてくれた。


 ・・・・・・


 翌日の日曜日。

 私とお姉ちゃんは、お兄ちゃんの夢の中に居た。


 「お姉ちゃん、この公園って……」

 「そうよ? 覚えてる?」


 そう、私たち4人で遊んだ公園。


 「なんでこんなところに?」

 「……」


 お姉ちゃんは、悲し気にうつむく。

 ……いや、私もなんとなく気が付いてた。


 「……」

 「そうよ……」


 無言で意思疎通する。

 これ以上の言葉は、私からは出なかった。

 いや、正確には、出すのが怖かった。


 「もう……なの?」

 「ううん。もう少しだけ」


 お姉ちゃんは、言葉少な気に語る。


 「……今日はもう時間ね。早くしないと、見つかるわよ?」

 「……うん」


 こうして、私は目が覚めた。


 ・・・・・・


 私の夢の時間は、二人っきりの世界だった。

 毎週、お兄ちゃんとデートを楽しんだ。

 でも……日を重ねるごとに、胸が痛くなった。

 残された時間……。

 せめて夢の世界だけでも……。


 私は、最後まで、涙はとっておくと決めた。


 そして……。

 8月のお盆前……。


 「……明日よ……」


 お姉ちゃんは、寂し気にそう告げた。


 ・・・・・・


 私は眠れなかった。

 寝ないと会えないのに……。

 でも、次寝ると……。

 涙がこみあげてくる。


 「私が寝かせてあげる……」


 ふと、声がする。

 お姉ちゃんの声。


 「私とも、最後になるから……」


 とても悲しそうな声。


 「うん……じゃあ、夢の中で」


 私は、そういうと、眠りについた。


 ・・・・・・


 夢の中でも、炎天下。

 公園からは、離れた位置に居る。

 多分……お姉ちゃんとお兄ちゃんの……。

 おそらく、時間稼ぎ。

 私は慌てて、公園に向かう。


 「お願い! 間に合って!!」


 私は、そう願いながら、懸命に走る。

 どうか……。

 ……までに……。


 公園を見つけると、もうお兄ちゃんとお姉ちゃんが、会話を……。

 お兄ちゃんが、お姉ちゃんに手を差し伸べる。


 「お姉ちゃん!!」


 間に合った……の?


 「お姉ちゃん……もう時間なの……?」

 「うん、そうなの……」


 お姉ちゃんは、すこし寂しそうに、そう告げる。


 「ちさちゃん、今まで私に付き合ってくれてありがとう。」


 いや……付き合ってくれたのは、お姉ちゃんの方……。

 私、とっても感謝してるよ?

 でも……。


 「嫌だよ!! お兄ちゃんとも、お姉ちゃんともお別れするなんて嫌だ!!」


 私の我儘。

 叶わない、我儘……。


 「……千沙……。ごめん。今までありがとう。」


 お兄ちゃん……全部思い出したんだね?

 それだけでも……。

 ……それだけでも……。

 でも、わかってはいるけど……。


 「嫌だよ……私……。なんで、お兄ちゃんとお姉ちゃんなの……」


 最初は、お姉ちゃんと……。

 次は、お兄ちゃんに……。

 わかってる……わかってる……けど……。


 「でもね、仕方ないことなの。私も……お姉ちゃんもお兄ちゃんも、見守ってるからね。」


 私には、どうすることもできない。

 悔しくて……でも、今度はちゃんと……。


 「ねぇ…千沙ちゃん。最後にちゃんとお別れ行ってほしいな……」


 そう、お別れをちゃんと言えること。

 私は、力を振り絞って、言う。


 「……そうだね……。私の我儘で二人を引き留めてられないもんね……」


 私は、涙をこらえられない。

 でも……この言葉……。

 最後に言えるのは……。

 もしかしたら、私は幸せなのかもしれない。


 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、今までありがとう。私もお兄ちゃんとお姉ちゃんのこと忘れないから」


 忘れない。

 忘れたくない。

 でも、お姉ちゃんは、首を振って別の事を言う。


 「いいえ。私たちのことは早く忘れてほしいの。そうして、ちさちゃんが生きてくれることを私は望むわ。」


 お姉ちゃん……。


 「千沙……本当にありがとう。これからは、千沙の……自分の人生を歩んでほしい……」


 お兄ちゃん……。


 「嫌だ、忘れたくない!!」


 そう、絶対に……。

 二人の事は……忘れたくない!


 「今はそう思えても、いずれは忘れる日が来るわ。私たちはそれを望むから……」


 お姉ちゃんは、優しく言う。


 「じゃあ、行きましょうか……」

 「あぁ、行こう」


 ……お別れ言えるの、私は幸せだよね?

 力を振り絞って、二人に告げる。


 「……こういっちゃ変だけど、二人とも元気でね……」


 最後の意地。

 もう……お別れしか選択が無いから……。


 「あぁ、ありがとう。」

 「ちさちゃんは元気にね。」


 お兄ちゃんとお姉ちゃんから、最後の言葉。

 お兄ちゃんとお姉ちゃんの体が、光に包まれて消える。


 「いやぁぁぁぁ!!!!」


 私は、いつまでも泣いた。

 夢の中でも……夢が冷めても……。


 ・・・・・・


 泣き疲れ、眠っていた私に、一本の悲報が届く。


 大丈夫……。

 私は知ってるから……。


 最後は、幸せになったんだから……。


 ちゃんと、お別れできたことに、私は感謝した。



----完----


まだ、謎は残ったまま……ですね。

ラストは、千絵の視点(?)で、一応完結……かな?

4人にしている理由が語れる……かな?

お付き合いいただき、ありがとうございますm(_ _"m)

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