陽炎の見る夢~春樹千沙編~
やっぱり、この話を載せたいと思い、執筆いたしました。
このお話しは、前作があります。
よろしければ、そちらから先に見ていただけると、うれしいです。
陽炎の見る夢
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「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
私、春樹千沙は、ベッドで一人泣いていた。
その日……お兄ちゃん、門真勇作が突然倒れたから。
脳に障害が出来たらしく、現在は昏睡状態。
「お兄ちゃんが居なくなったら、私……」
泣きじゃくる私。
そう……あの時遊んだ4人のうち……。
「お兄ちゃんまで居なくなったら……」
その日は、泣きつかれたのか、いつの間にか寝てしまっていた。
そして、翌日も……その次の日も……容体は変わらなかった。
ほぼ、生命維持装置で、なんとか生きてる……生かされている感じ。
そうして、一カ月が過ぎようとしていた、ゴールデンウイーク。
いつものように寝ていると、声が聞こえる。
「ちえちゃん。聞こえる?」
聞いたことが無い声だけど、どこか懐かしい声だった。
過去に……聞いたことがあるような……。
「あら、ごめんなさいね。私、あなたと同じ年の姿をしてるから」
「……?」
私は、眠気眼で目を開く。
そこには、高校生くらいのワンピース姿の女性が、私の足元に立っていた。
あれ? でも……この雰囲気……。
「おねえ……ちゃん?」
「覚えていてくれて、うれしいわ」
そこには、私の中では中学生で姿が止まった女性……横田千絵の高校生姿があった。
「お姉ちゃん! 生きて……」
私は、思わず抱き着こうとするが、体が動かない。
金縛り!?
「そうよ……あなたの知ってる通りよ?」
お姉ちゃんは、優しく微笑む。
私の中で、疑問が沢山あふれる。
なぜ、お姉ちゃんが、ここに居るのか……。
なぜ、お姉ちゃんが、高校生の姿なのか……。
なぜ、今になって……。
「きっと、ちえちゃんは、混乱しているわね。少しずつお話ししてあげるわ」
また、優しく微笑む。
……小さいころ、この微笑みにどれだけ救われた事か……。
複雑な気持ちを抱えながら、思わず涙する。
動けないまま……。
「……あまり、言わなくても、私がここに来た理由は、なんとなくわかるでしょ?」
あえて、答えは言ってくれない。
私も答えを言いたくない。
「……」
「そうよ……」
短い言葉で、意思疎通する。
「今ね、勇作はね。とても、長い、長い夢を見ているの」
「……」
「私はね。せめて夢の中だけでも、幸せでいてほしいの」
「……」
「だからね……。ちさちゃん、勇作の夢に入ってくれない?」
……夢に……入る?
私はよくわからなかった。
「どういう……こと?」
「勇作の夢の、登場人物になってほしいの」
「……なんで?」
「私は知ってるわよ? ちさちゃんの気持ち」
「!?」
「せめて、夢の中だけでも、その気持ち伝えてほしいの」
……さすがはお姉ちゃん……。
完全に見抜かれてる……。
私はお姉ちゃんの、そういうところが好きだった。
「そうね……。今は社会人になった時の夢を見てるの」
「社会人?」
「そう。だから、ちさちゃんは勇作の後輩役ね」
お姉ちゃんがそういうと、私は深い眠りに落ちた……ような感覚になった。
・・・・・・
「ちさちゃん」
私を呼ぶ声が聞こえる。
私は声の方向に振り替える。
「おねぇ……あれ?」
今度はお姉ちゃんが、大人の姿をしている。
「うふふ……ちさちゃんも自分の姿を見てみて?」
いつの間にか、街の中にいるようだった。
私は近くにあった、ショーウインドーを見る。
私も……大人になってる!?
「今日、勇作の勤めてる会社の新人配属日なの」
「え? よくわからな……」
「それで、ちさちゃんが勇作の後輩になるって、物語なの」
私は、あまりにも情報が多すぎて、処理しきれない。
よくわからないけど……これは、お兄ちゃんの夢……。
「どうすればいいの?」
「会社に行って、遅刻するの」
「え?」
「迷子になったことに、なってるから」
なぜ、迷子……。
「うふふ……勇作の中では、ちさちゃんはずっと方向音痴みたいよ?」
「え、なにそれ、ひどい……」
お兄ちゃんの中では、私は方向音痴なの?
いや……それは、小さいころの事であって……。
……最近も、あったか。
ちょっとへこむ私。
「で、どうすればいいの?」
「向こうに、会社があるから、行ってみて?」
「向こうって、言われても……」
「行ってみればわかるわよ? ほら、もう遅刻の時間。走って?」
私は、言われるがままに、お姉ちゃんの指さした方向へ走り出す。
不思議と、道には迷わなかった。
理由はただ一つ。
その道以外は、空白だったから。
会社についても同じ。
お姉ちゃんが言っていた、部署にもすんなり行けた。
お兄ちゃんが、夢で生活しているであろう物以外は、空白だから。
一つだけ、目立つ扉があった。
私は、その扉の前で、呼吸を整えつつ、夢の役者となる。
「すいません! 道に迷いました!」
不思議と、自然にセリフが浮かぶ。
「いいよ、いいよ、今日は道を覚えただろうから、明日は気を付けてね」
年配の方が、私に話しかける。
……夢だから、迷わないけど……。
「ちょっと派手な入場だったけど、自己紹介お願いね」
じ、自己紹介?
とりあえず、頭に浮かんだことを、口走る。
なんだか……自然と、頭に入ってくるような……。
「初めまして、春樹千沙です。
新人研修が終わり、こちらの課に配属になりました。
今後よろしくお願いいたします。
趣味は園芸で、高校の時に部活に入ってました。
苦手なことは方向音痴で…営業ということで少し不安があります。
初めのうちは先輩たちの迷惑をおかけするかと思いますが、
どうぞよろしくお願いいたします」
言い終わると、私は深々とお辞儀をする。
……方向音痴って……。
お兄ちゃんのイメージって、そんなんなのかなぁ……。
「うん、営業はトークが命だから、それだけ話せればここ強いよ。
まぁ…新人研修初日の大遅刻も聞いているけどね」
……私って、どこまで方向音痴の設定なんですか!?
まぁ、仕方ないかぁ……。
ここは夢の世界、夢の世界……と。
「ここの課は和やかな雰囲気だから、初めのうちは気張りすぎないように、慣れていってくださいね」
えっと……ここでは偉い人なのかな?
「では、課の紹介をしますね。では…。」
まずは、私に話しかけてきてくれた、年配の方。
課長さんみたいね。
お兄ちゃんの夢の中のはずなのに、とてもリアリティーがあった。
そして……。
「門真です。よろしくお願いします」
大人の姿のお兄ちゃん。
私は思わず、固まってしまう。
「どうかしましたか?」
「…いえ、何も…。」
「では、ちょっとドタバタしましたが、朝礼を終わります。」
ここは、お兄ちゃんの夢の世界……。
こじんまりとした、職場……。
多分お兄ちゃんは気づいては居ない。
目隠しされたパーティションの裏は、空白の世界だということを……。
・・・・・・
それから、私は毎日お兄ちゃんの夢の中に入るようになった。
正直、夢なのに疲れた。
夢の中で、お仕事をしているから。
「ちさちゃん、大丈夫?」
時々出てくるお姉ちゃん。
「うん……。お兄ちゃんって、すごくゆっくり夢見てるのね……」
「そうよ? それに、勇作は自分がどうなったか、まだ知らないみたいだし」
そう……お兄ちゃんは……本当のお兄ちゃんは、今もなお病院で昏睡状態だ。
その夢の中に……私は存在している。
これは、確かな事実。
「お兄ちゃんは、いつ知ることになるの?」
「それはね……私が教える役目なの……」
お姉ちゃんは、悲しそうに、でも私に微笑みかけながら話す。
「そろそろ時間よ? 次はちさちゃんのイベントよ」
「え?」
「うまくやって頂戴ね」
そして、私はまた夢の世界にいく。
お兄ちゃんの……。
・・・・・・
景色は変わり、お兄ちゃんの夢の世界に。
今日は二人で仕事する日だったっけ?
確か待ち合わせは、9時にお店だったような……。
ふと、私の時計を見る。
「ちょ、お姉ちゃん!?」
私の持っている時計は、9時30分を指していた。
そして、私のスマホが鳴り出す。
「もしもし」
「今どこだ?」
「えっと…西側改札をうろうろと…」
「…こっちは東側だよ…。目印のあるところで待っててくれ」
スマホの電話を終え、お姉ちゃんをにらむ。
「勇作も、ここまで方向音痴って思ってるとはね」
お姉ちゃんは優しく、そしていたずらっぽく笑う。
「ねぇ、わざとでしょ?」
「それは、勇作に聞いてちょうだい。ほら、待ち合わせの場所に向かって?」
笑いをこらえてたのか、お姉ちゃんはそう言うと、お腹を抱えて笑い出す。
「んもう!」
私は待ち合わせ場所、電話で指定されたところに向かい、きょろきょろしてた時、お兄ちゃんの姿が見えた。
私は、お兄ちゃんの元に、駆け寄る。
「ごめんなさい、道に迷いました…。」
「…もしかして、ずっと迷ってたのか?」
「…はい、1時間ほど…。」
……1時間って、何!?
私って、そんなに方向音痴キャラなの?
私は普段の行いを、思い返す。
そして……お兄ちゃんを見ると、少し思いにふけっているようだった。
「?」
「いや、何でもない。それより店に急ぐぞ!」
「は、はい!!」
お姉ちゃんはイベントだって言ってたけど……。
少しずつ、私の事を思い出してくれてるのかな?
そして、一日の作業を終える。
お兄ちゃんが、なんでこんな夢を見てるのかは、わからない。
でも、それはきっと……。
「今日はお疲れさまでした。」
私は、お兄ちゃんに挨拶をする。
「……明日は迷子にならないように……」
「大丈夫です、一度覚えた道は忘れません!」
本当は迷子になんて、ならないんだけどなぁ……。
「週初めに、成果報告で会社に戻るから、それは忘れずに」
「わかってます。そっちは迷子になりません!」
どうしても、方向音痴キャラを払拭したくて、私は胸を張って言った。
・・・・・・
あっという間に時間は過ぎて……。
お仕事の区切りの日になった。
「1週間で、72件かぁ…なかなかだね。こっちの仕事だけど、もう梅雨に入ったことだから、売り上げが伸びなくても、気にしなくていいよ。どちらかというと、宣伝を兼ねてやってることだからね」
夢の中の課長さんは言う。
「で、様子としてはどうだった?」
「初日に私が遅刻しました……」
若干、お姉ちゃんに恨みを覚える。
「いや、正確には待ち合わせに遅刻しただけで、店には影響を与えてません。」
「あはは…春樹さんの方向音痴はちょっとした話題になっているよ。研修初日に迷子になって1時間遅刻、泣きながら総務に電話してきたって」
「え?そうなんですか??」
え?
どうなんですか?
私の中でも、疑問符が沢山付く。
そして、お兄ちゃんのイメージなんだなぁ……と、少し寂しく、そして恥ずかしい気持ちになった。
「でも、方向音痴はすぐには治らないと思うから、徐々に直していってね。しばらくはペアで行動してもらうけど、そのうち一人でお願いすることもあるからね。」
「…はい、わかりました。」
……このもどかしさは、どこにぶつければいいんだろう……。
あとで、お姉ちゃんにでもぶつけよう……。
・・・・・・
そして、ペアで動く最終日。
お姉ちゃんが現れる。
「夢のお仕事はどうだったかしら」
「……ちょっと疲れた……」
お姉ちゃんは、くすくす笑う。
「今日は最終日だから、打ち上げにでも誘ってみたら?」
「え? 打ち上げ?」
「そう、二人きりになるチャンスよ?」
「でも……」
そう、私は夢の役者。
基本的には、お兄ちゃんの筋書き通りにしか動けない。
「違うわよ?」
「え?」
「これからは、勇作とちさの夢になるんだから」
「どういうこと?」
「それはね……。あら、そろそろ時間よ? うまくやってね!」
お姉ちゃんは、笑顔でそういうと、スーッと消えていく。
とりあえず、ここ最近の職場に、私は向かった。
そして……仕事終わり。
「先輩、ここももうすぐ終わりですね」
「ああ、意外と順調でよかったよ」
「先輩は次の仕事って聞いてます?」
「いや、課長からは終わったところで、次の仕事を伝えるって聞いてるよ」
無難な会話のあと、私は思い切って聞く。
「先輩、今週末の金曜日予定開いてますか?」
「いや、無いけどどうかした?」
「いえ、せっかくだから打ち上げなんかいかがかと。」
「そうだな、春樹さんにとっては初めての仕事だから、打ち上げでもしようか」
「うれしいです! ありがとうございます!」
お姉ちゃんのアドバイス通り、予定を取り付けることに成功する。
これで……よかったんだよね?
・・・・・・
そして、その金曜日。
お姉ちゃんがまた現れる。
「アドバイス通り、予定は取り付けられたみたいね?」
「うん……なんとかね……」
私はうなだれたように、言う。
……でも、これ、夢なんだけど……。
「そうそう、これは私からのプレゼント」
そういうと、お姉ちゃんは紙を2枚、取り出す。
手渡され、よく見ると、私の好きな遊園地のチケットだった。
「え? この遊園地、夢の世界にあるの?」
「そうよ。だってここは勇作の夢の世界。行ったことがあるはずなんだけど、勇作は忘れているみたいね……」
お姉ちゃんは、物思いにふける。
そう、私たち4人の家族で、遊びにも行った遊園地。
それを忘れてるなんて……。
そんな会話をしている時、私のスマホが鳴った。
お姉ちゃんは、ジェスチャーで、時計を見るように促す。
……また、待ち合わせの時間から、遅れてるし……。
「もしもし……」
「……はい、言いたいことは分かっています……」
電話を切ると、お姉ちゃんは大笑いする。
「……お姉ちゃん!」
「ごめんなさいね……ちさちゃんはすっかり、方向音痴キャラみたいだから」
私は、お姉ちゃんをにらむ。
「で、今度は、この遊園地に誘えばいいの?」
「そうよ。そしたら、ちさちゃん達の夢が始まるから」
私たちの夢って、何だろう?
きっと、聞いても教えてくれないんだろうなぁ……。
「じゃあ、勇気を振り絞って、デートの約束してね♪」
お姉ちゃんは、優しく微笑むと、スーッとまた姿を消す。
……お姉ちゃんと話しすぎた……。
私はスマホを取り出して、お兄ちゃんに連絡する。
「…すいません、もう一度場所を教えていただけますか?」
あ~あ、迷子キャラ確定ね……。
「今までお疲れさまでした!」
「「乾杯!」」
待ち合わせに遅れること、30分。
お姉ちゃんを恨む。
……いや、お兄ちゃんの夢だから、お兄ちゃんを恨むべきか?
夢の中でも、お酒には酔うみたいで……。
当然、お酒なんて飲んだことないけど……。
私は、勢いで、聞いてみる。
「ところで先輩は、私の事覚えてますか?」
いい加減、思い出してほしい。
「私、高校が先輩と一緒で、同じ部活だったんですよ?」
「あれ?あの春樹ちゃんだったの?」
……やっと思い出した……。
でも、それだけじゃないよ? お兄ちゃん。
もっと……昔の事も思い出して?
「…そうですよ、忘れてたんですか?」
私にとっての、今。
そこまでは思い出してくれた。
「あはは…いや、こんなところで会うなんて、思いもしなかったからさ…。」
「先輩、ひどいです…。」
そうそう、お兄ちゃん酷いよ……。
もっと思い出してよ……。
私は、手元にあった飲み物を一気に飲み干す。
「私はしっかり覚えてましたよ!近所の幼稚園の菜園に行ってお手伝いした時に、迷った私を助けてくれたり。私は先輩の恩を忘れたことはありませんでした。」
覚えてるのは当たり前。
私にとっては、最近まで……お兄ちゃんが倒れる前までの、記憶だから。
「ごめん、ごめん。」
そうだ! もっと謝れ!!
「そうえば、慣れた手つきしてたよね? 部活以外でもやってたことあったの?」
「ええ、家庭菜園があったので、趣味で庭いじりをしてました。」
「俺もそうだったよ。収穫忘れて花が咲いたのもあって…。種をとろうとしてたんだけど、親に雑草と間違われて、処分されて…。」
お兄ちゃん……とことん私の事、忘れてるなぁ。
それも、私にとっては最近の話しだよ……。
そういえば、お姉ちゃんから、遊園地のチケットをもらたことを思い出す。
「ところで先輩、再来週末の土日のどちらか開いてますか?」
「うん、両方とも開いているけど、どうかしたの?」
夢なんだから、予定で断られることないはず……とは、思うんだけどね。
「実は友達から遊園地の件をもらってて…できればいっしょにどうですか?」
嘘。
本当はお姉ちゃんから貰ったものだけど。
きっとこの様子だと、お姉ちゃんの事も忘れてるんだろうなぁ……。
「じゃあ、土曜日はどうかな? その次の日曜日も休みだし。この仕事でしばらく土日は休めなかったから、息抜きがしたかったところだよ」
「ありがとうございます!では、再来週の土曜日お願いします!」
お兄ちゃん……この遊園地は、私たちの思い出の場所だよ?
もっと……思い出して?
切ない気持ちを抱きながらも、私は夢から覚めた。
・・・・・・
約束の土曜日。
私は遊園地のそばで、お姉ちゃんと話しをしていた。
「懐かしいわね……ここ」
「うん、これもお兄ちゃんの夢なの?」
「そうよ。でも、勇作は忘れてるみたいだけどね」
お姉ちゃんは、寂しそうに言う。
遊園地から目をそらし、私に向き直って、言う。
「今日は少し思い出してくれるかもよ?」
お姉ちゃんは優しく微笑む。
続けて。
「これからは、二人の夢よ? 思う存分楽しんでね」
どこか寂しそうに、お姉ちゃんは言う。
「わかった……」
私は知ってる。
お兄ちゃんとお姉ちゃんは、両想いだってこと。
お姉ちゃんはきっと知らない。
お兄ちゃんは、お姉ちゃんの事を……。
「時計」
「え?」
お姉ちゃんは、つぶやく。
そして、私は時計を確認する。
「あーっ!!!!」
私のスマホが鳴る。
「……はい、わかってます……」
「また迷子か?」
電話を切り、お姉ちゃんをにらむ。
お姉ちゃんは、けらけら笑っている。
「うふふ……迷子さん♪」
「~~!!」
言葉にならない、怒りをぶつける。
「これ、お姉ちゃんのせいなの? それともお兄ちゃん?」
「後者ね」
くすくす笑いながら、お姉ちゃんは言う。
じゃあ、私の怒りはお兄ちゃんにぶつければいいのかな?
「ほら、早くいかないと、勇作が待ってるわよ?
「……わかったわ」
私は約束の場所に向かう。
そこで、きょろきょろしていると、大きく手を振っている、お兄ちゃんを見つける。
お兄ちゃんの元へ駆け寄る。
「…ごめんなさい…。」
「いや、大丈夫だよ。」
お兄ちゃんは優しく微笑む。
「じゃあ、行きましょ♪」
私は二人きりの遊園地に心を弾ませる。
園内に入り……。
そうだ、お兄ちゃんの夢のせいで、迷子キャラにされたから……。
ちょっと、意地悪してみよ。
「じゃあ、これから!!」
私は、この遊園地で一番大きなジェットコースターを指さす。
これ、結局、お兄ちゃんも乗れなかったんだよなぁ……。
「…いきなりか?」
「ここのジェットコースターは有名で、列が出来ちゃうんです。今日は早めだからまだ人の並びは少ないので、まずこれに乗っちゃいたいです」
そう、有名なジェットコースター。
私は適当な理由を付けて、ジェットコースターの列に並ぶ。
「これでもすいてる方なのか?」
「うん、お昼ごろにはそこのゲートまで並ぶほどの人気だから」
この列も、お兄ちゃんのイメージ。
お兄ちゃんはね。列に並んで、いざ乗り込むときに、気持ち悪いとか理由つけて、乗るのやめたやつだよ?
……まぁ、今日は一緒に乗ってくれるよね?
夢だけど……。
「そういえば、ジェットコースターなんて初めて乗るかも……」
「私もです」
「……大丈夫なのか?」
「……多分……」
……夢だし。
って、リアルな夢だけど……。
そういいながら、私は安全レバーを下した。
お兄ちゃんのイメージなのかな……。
ジェットコースターは、とてもリアルに再現された。
「……おもった以上に激しかったな……」
「そうですか? 私は楽しかったです!」
「俺は少し、酔ったぞ……」
私は、お兄ちゃんが顔色を悪くしているのをみて、満足げに微笑む。
そういえば、お姉ちゃんは、二人の夢になるって言ってたけど、これは私の夢なのかもしれない。
こうなったら、私は私で楽しんでやる!
「じゃあ、次はこれで!」
私は、絶叫系フルコースで楽しむ。
お兄ちゃん、私を迷子キャラにした恨み、晴らしてやるんだから。
「……疲れた……」
「大丈夫ですか?」
お兄ちゃんは疲れた様子。
きっと、これは私の夢。
じゃあ、もう少し意地悪して……。
「これ、飲んでください」
わざとフローズンを渡す。
「……乗り物酔いで渡すものではないだろ……」
「え? ここのおいしいって評判なんですよ?」
聞こえないふりをする。
……でも、このフローズンは、私の思い出。
この遊園地に来る時、必ず飲んだんだよ?
ちょっと、意地悪も過ぎたことだし……。
「少し休んだら、お昼にしませんか? 今の時間なら人がすいてそうなので。」
休憩にはいい時間。
私はお昼に誘う。
「……そうしよう」
お兄ちゃんも、うなずいてくれた。
・・・・・・
昼食を終わらすと、午前中とは変えて、大人しいアトラクションを選ぶ。
絶叫マシン苦手なお兄ちゃんに、嫌われたくないし。
私は、デートを楽しんだ。
心なし、手が寂しくなった。
「ちょっといいですか?」
「どうした?」
「あの……」
私は言葉に詰まる。
昔は、よく……。
でも、この歳……高校生になって、言うのも恥ずかしい。
私は、勇気を振り絞って言う。
「手をつないでもいいですか?」
お兄ちゃんは、少し戸惑った様子。
でも、次の返事で。
「あぁ……」
私は、嬉しくなった。
お兄ちゃんの手を取り、私は言う。
「ありがとうございます! なんだかデートみたいですね。」
うん、デートだけどね♪
久しぶりに触れる、お兄ちゃんの手。
大きくて……暖かくて……。
「私、こういうのあこがれてたんですよね」
……もちろん、あこがれてたのは、お兄ちゃんと。
「周りからみたら恋人同士にみえるのかな?」
周りは夢のエキストラだけど……つい言いたくなった。
ねぇ……お兄ちゃん……。
私、ずっとお兄ちゃんの事が……。
ふと、大きな観覧車が視界に入る。
「そろそろいい時間なので、あれなんてどうですか?」
「いいよ」
お兄ちゃんも、快く返事してくれる。
「本当は夜景がきれいなんですけど、その時間帯は混むから…。」
観覧車に乗り込み、二人だけの空間。
でも、不思議と私は落ち着いていた。
「なんか、高校の頃を思い出すな~」
「ん? なんで?」
「いや、何でもない」
私、本当は高校生なんだけどね。
お兄ちゃんが、少しでも思い出してくれるなら……。
「私……高校の頃、先輩にあこがれていたんです。」
今の……止まってしまった時間を、取り戻したくて……。
……きっと、この言葉を言えなかった、後悔だったのかもしれない。
お姉ちゃんに、感謝しないと……。
多分、お姉ちゃんの事だから、こうなる事も……私が苦しんでいたことも……見抜いていたのかもしれない。
「……」
「……」
「私が迷子になった時に、先輩が探してくれて……うれしかったんです……」
少しずつでも、思い出してほしい……。
「実は先輩、私たちってその前にも一緒に遊んでたんですよ?」
もう、この際だから、全部……。
「先輩は忘れてしまってるかもしれませんが……。私たち近所で……。幼いころみんなでよく遊んでたんですよ」
お兄ちゃんは、戸惑ってる様子。
でも、私は言葉が止まらない。
「千沙ちゃん……」
「ええ、そう呼ばれてましたよ」
……どこまで思い出してくれたんだろう……。
でも、全部思い出してしまうと……。
私は、怖くなった。
「その時のことは先輩は忘れて仕方ないと思ってます。 無理に思い出さなくていいですよ?」
少しずつ、記憶を取り戻していく、お兄ちゃん。
でも……思い出してほしくない記憶もある。
それは……今の……本当の……。
「…夕日、きれいですね。夜まで待たなくてもきれいな景色が見れて……」
私は、話題を変える。
今は……私だけを見てほしい。
そう願って。
「ねぇ、先輩…。また一緒に遊んでくれますか?」
「あぁ、今度は俺が誘うよ……」
もう少し……。
あと、もう少し……。
このままで居たい……。
「先輩……」
私は目を閉じると、お兄ちゃんは、そっと唇を重ねてくれた。
・・・・・・
翌日の日曜日。
私とお姉ちゃんは、お兄ちゃんの夢の中に居た。
「お姉ちゃん、この公園って……」
「そうよ? 覚えてる?」
そう、私たち4人で遊んだ公園。
「なんでこんなところに?」
「……」
お姉ちゃんは、悲し気にうつむく。
……いや、私もなんとなく気が付いてた。
「……」
「そうよ……」
無言で意思疎通する。
これ以上の言葉は、私からは出なかった。
いや、正確には、出すのが怖かった。
「もう……なの?」
「ううん。もう少しだけ」
お姉ちゃんは、言葉少な気に語る。
「……今日はもう時間ね。早くしないと、見つかるわよ?」
「……うん」
こうして、私は目が覚めた。
・・・・・・
私の夢の時間は、二人っきりの世界だった。
毎週、お兄ちゃんとデートを楽しんだ。
でも……日を重ねるごとに、胸が痛くなった。
残された時間……。
せめて夢の世界だけでも……。
私は、最後まで、涙はとっておくと決めた。
そして……。
8月のお盆前……。
「……明日よ……」
お姉ちゃんは、寂し気にそう告げた。
・・・・・・
私は眠れなかった。
寝ないと会えないのに……。
でも、次寝ると……。
涙がこみあげてくる。
「私が寝かせてあげる……」
ふと、声がする。
お姉ちゃんの声。
「私とも、最後になるから……」
とても悲しそうな声。
「うん……じゃあ、夢の中で」
私は、そういうと、眠りについた。
・・・・・・
夢の中でも、炎天下。
公園からは、離れた位置に居る。
多分……お姉ちゃんとお兄ちゃんの……。
おそらく、時間稼ぎ。
私は慌てて、公園に向かう。
「お願い! 間に合って!!」
私は、そう願いながら、懸命に走る。
どうか……。
……までに……。
公園を見つけると、もうお兄ちゃんとお姉ちゃんが、会話を……。
お兄ちゃんが、お姉ちゃんに手を差し伸べる。
「お姉ちゃん!!」
間に合った……の?
「お姉ちゃん……もう時間なの……?」
「うん、そうなの……」
お姉ちゃんは、すこし寂しそうに、そう告げる。
「ちさちゃん、今まで私に付き合ってくれてありがとう。」
いや……付き合ってくれたのは、お姉ちゃんの方……。
私、とっても感謝してるよ?
でも……。
「嫌だよ!! お兄ちゃんとも、お姉ちゃんともお別れするなんて嫌だ!!」
私の我儘。
叶わない、我儘……。
「……千沙……。ごめん。今までありがとう。」
お兄ちゃん……全部思い出したんだね?
それだけでも……。
……それだけでも……。
でも、わかってはいるけど……。
「嫌だよ……私……。なんで、お兄ちゃんとお姉ちゃんなの……」
最初は、お姉ちゃんと……。
次は、お兄ちゃんに……。
わかってる……わかってる……けど……。
「でもね、仕方ないことなの。私も……お姉ちゃんもお兄ちゃんも、見守ってるからね。」
私には、どうすることもできない。
悔しくて……でも、今度はちゃんと……。
「ねぇ…千沙ちゃん。最後にちゃんとお別れ行ってほしいな……」
そう、お別れをちゃんと言えること。
私は、力を振り絞って、言う。
「……そうだね……。私の我儘で二人を引き留めてられないもんね……」
私は、涙をこらえられない。
でも……この言葉……。
最後に言えるのは……。
もしかしたら、私は幸せなのかもしれない。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、今までありがとう。私もお兄ちゃんとお姉ちゃんのこと忘れないから」
忘れない。
忘れたくない。
でも、お姉ちゃんは、首を振って別の事を言う。
「いいえ。私たちのことは早く忘れてほしいの。そうして、ちさちゃんが生きてくれることを私は望むわ。」
お姉ちゃん……。
「千沙……本当にありがとう。これからは、千沙の……自分の人生を歩んでほしい……」
お兄ちゃん……。
「嫌だ、忘れたくない!!」
そう、絶対に……。
二人の事は……忘れたくない!
「今はそう思えても、いずれは忘れる日が来るわ。私たちはそれを望むから……」
お姉ちゃんは、優しく言う。
「じゃあ、行きましょうか……」
「あぁ、行こう」
……お別れ言えるの、私は幸せだよね?
力を振り絞って、二人に告げる。
「……こういっちゃ変だけど、二人とも元気でね……」
最後の意地。
もう……お別れしか選択が無いから……。
「あぁ、ありがとう。」
「ちさちゃんは元気にね。」
お兄ちゃんとお姉ちゃんから、最後の言葉。
お兄ちゃんとお姉ちゃんの体が、光に包まれて消える。
「いやぁぁぁぁ!!!!」
私は、いつまでも泣いた。
夢の中でも……夢が冷めても……。
・・・・・・
泣き疲れ、眠っていた私に、一本の悲報が届く。
大丈夫……。
私は知ってるから……。
最後は、幸せになったんだから……。
ちゃんと、お別れできたことに、私は感謝した。
----完----
まだ、謎は残ったまま……ですね。
ラストは、千絵の視点(?)で、一応完結……かな?
4人にしている理由が語れる……かな?
お付き合いいただき、ありがとうございますm(_ _"m)