表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無双伝~邪王の巻~  作者: GAP
2/2

第1話

※こちらの作品はカクヨム、pixiv小説でも連載しています。

※連載ペースはすべて同一ですのでサイトによる先行投稿などは行っていません。

山中の古びた山寺を、夕焼けが赤く照らしていた。辺りではカラスが鳴き声を上げて自分の巣へと戻り始めており、気の早い虫たちの鳴き声が聞こえ始めている。

その音を聞きながら、本村政一郎は山寺の縁側に座り、独り夕焼けを眺めていた。着古した柔道着に身を包み、縁側の床に置いた右手の下には、茶色い封筒が置かれている。

本村はその封筒を持ち上げると、中身を開けて何度も目を通した内容を今一度確認する。それは、果たし状であった。差出人は、かつて同じ釜の飯を食い、共に技を磨きあった友である。


本村はかつて世界最強と呼ばれた柔道家で、世界選手権やオリンピックでも優勝する実力者だったが、ある時を境に柔道界から突如姿を消した。その原因は、加納高久という実戦武術家に敗れ、そのまま弟子入りしたからである。その際に、この手紙の差出人である男と共に加納の元で技を磨き、多くの修羅場を潜り抜けてきた。

しかし6年前、本村が海外にて武者修行をしていた時期に加納がある人物との立ち合いによって敗れて死亡し、その葬儀の席にて袂を分かち、それ以降一切連絡を取っていなかったのである。

その男から手紙が届いたのは1週間前。親交のある大学で柔道の指導を終えた後、本村が帰宅するとポストに見慣れない封筒が入っていた。差出人はかつての友で、中身を開けるとそこには本村が加納から託されたある奥義の奥伝書をかけて、1対1による立ち合いを申し込むといったことが書かれていた。

この手の果たし状は以前から何通か届いており、大抵は相手を軽くあしらう程度で済ませる本村だったが、差出人がかつての友であることと、文面からただならぬ覚悟を感じ取ったことでこの果し合いを受けることにし、指定のあったこの山寺へと赴いたのである。


手紙に記された分を見て今一度、かつての友の覚悟を確認していた本村は、前方の石段から人の上がってくる気配を感じ、視線をそちらに向ける。

少ししてから、石段を登って和服姿の男が姿を現した。男は口を真一文字に閉じ、眉間にしわを寄せて本村を見据える。その表情からは、手紙の文面以上の固い覚悟が伺えた。


「来たか…」


本村はそう言うと縁側から立ち上がり、現れた男に向かって数歩近づく。


「久しぶりだな、藤堂…」


本村がそう声をかけると、和服の男こと藤堂重政は口をゆっくりと開いた。


「久しぶり…か。もうそのように旧交を温めあう仲ではないだろう」


「冷たいな。袂を分かったとはいえ、かつては同じ師の元で学んだ仲だろう。ましてや、こんなものまで送り付けて…」


本村が果たし状を見せながら少しおどけるように言うが、藤堂は意に介さず、短く一言だけ問う。


「例のものは?」


「…ちゃんと持ってきた。安心しろ」


本村はそう言うと、懐から1冊の和綴じの書物を取り出す。

この本こそ、加納高久が本村に託し、封印した禁断の奥義、「邪王」の奥伝書であった。

この「邪王」とは加納流の技ではなく、日本武術会に伝わる禁断の奥義で、使ったものは人を捨てることになるとさえ言われている。その創始は明らかになっておらず、一説には日本最古の相撲と言われる天覧仕合にて野見宿禰が使用し、当麻蹴速に勝利したと言われている。その後も歴史の裏で語られ続け、第二次世界大戦時には旧日本軍の特殊部隊が研究していたとされているが、戦後の混乱で消失し、それを日本の古武術を研究していた加納高久が手に入れたのである。


本に一瞬視線を向けると、藤堂は淡々と本村に告げる。


「なら、さっそく始めようか…」


そう言って構えようとする藤堂をなだめるように本村は声をかける。


「まぁ待て。今のこの時代に、どうしてこんな奥義が必要になるんだ?これは世に出ていいものじゃないだろう。加納先生はこの奥義を身につけていたにも関わらず使わなかったんだぞ?」


本村の言う通り、加納は奥伝書を解読し、邪王を会得したものの、その危険性の高さを鑑みて奥伝書が世に出ないよう封印し、自らもその力を使うことは決してしなかった。

しかし、藤堂はそんな本村の意見に耳を貸さずに答える。


「お前は何も知らないからそんなことが言えるのだ…。加納先生から奥伝書を受け継いだにも関わらずその無知さ…。それだけで、お前がこの6年を如何に甘く、そして温く過ごしていたかが分かる!」


「何か事情があるんだろうが、まずはそれを話してみろ。勝負はそれからだ」


本村はあくまで友との死闘を避けようとするが、藤堂はその態度にしびれ切らし、怒りの声を上げる。


「もう一刻の猶予もないのだ!お前が今選ぶべきことは2つに1つ!おとなしく奥伝書を渡すか、私と闘うかだ!」


その藤堂の叫びから、異常な気迫と信念を感じた本村は、


「…わかった。だが、これを渡すわけにはいかん。だから俺も…本気でいこう」


と言って奥伝書を地面の見えやすいところに置くと、静かに構え、藤堂と向き合う。


「勝敗はどちらかの死…それでいいな?」


藤堂がそう言うと、


「ああ。今日のお前はたとえ何度倒れても退かないだろうからな…」


と本村は答え、2人の間に異様な空気が生まれる。すると、先ほどまで鳴いていたカラスや虫の声がピタッと止み、辺りが静寂に包まれた。


そして、


「けやぁぁぁぁぁぁ!」


「おおおおおおお!」


という雄叫びと共に2人が同時に動き出す。そして一気に間合いを詰め、互いの拳を繰り出して凄まじい打撃戦を開始した。

最初は拳だったものが貫手、掌底、そしてまた拳と目まぐるしく変化し、目に追える限界の速さで本村と藤堂は互いを打ち合う。しかし、2人とも同門で手の内を知る尽くしている間柄なためか、互いの打撃を捌き、両者ともに致命打を決められない。


「ちぃっ!」


「くぅっ!」


本村と藤堂は同時に短く叫ぶと距離を取り、再び構える。


「なるほど…。ただ安穏と過ごしていたわけではないようだな…」


藤堂の問いかけに、本村は答える。


「これでも一応、弟子を持ったりした時期もあったんでな…。それに、加納流の稽古は1日たりとも欠かしたことは…ない!」


そう言い終わると同時に本村は地面の土を、藤堂の顔に向かって蹴り上げた。一見卑怯に見えるこの戦法も、実戦を旨とする加納流の教えであるため、本村の言に嘘がないことの証拠となる。


「ちっ!」


突然の不意打ちを藤堂は頭を振って避けるが、その隙に本村は距離を詰めて藤堂の目の前に立ち、和服の左襟と右袖をがっしりと掴む。そして、


「ふしゅっ!!!」


という短い呼吸音と共に藤堂の体を腰に乗せ、鋭い背負い投げを放った。

しかし、投げられた藤堂は、


「むんっ!」


という低い声と共に足を動かして空中で体をひねり、本村の手から逃れる。そして少し離れたところに膝を曲げて着地すると同時に、


「ちえぇい!」


という声と共に再び空中へと飛び上がり、本村の顔に神速の飛び蹴りを放った。

本村はその蹴りを間一髪で避けたが、


「ぬあっ!」


という声を上げて地面を転がる。見れば、本村の左の頬骨付近に、鋭利な切り傷のようなものが出来ていた。

その本村に追撃をかけるべく、藤堂は着地と同時に本村の方へ走り出す。そして間合いに入ると本村の顔面にサッカーの選手のごとき強力な蹴り上げを叩き込んだ。


「ぐうっ!」


その蹴りをすんでのところでガードした本村だったが、威力までは殺しきれず、うつ伏せだった体が無理やり起こされる。

その体の正中線を狙い、藤堂が中指を突出させた右拳を繰り出そうとするが、本村はその蹴りの威力を利用して後方に宙返りしながら右足で蹴りを放ち、それを弾く。


そこまでの攻防が終わると、2人の間に距離が開く。そして、両者は最初の時のように動きを止めて構え、相手の出方を探りあう。

先ほどの攻防である程度消耗したのか、本村も藤堂も息が乱れており、その呼吸音だけが辺りに響き渡った。

そして呼吸が整うと、藤堂が先に本村に向かって距離を詰め、右の拳を放つ。

しかし、本村はその動きを読んでいたのか即座に右手を前に伸ばしながらその攻撃を避け、藤堂の右肩に触れる。そしてそのまま藤堂の突進力を利用しながら右手の位置を滑らせて手首を掴むと、そのまま体重をかけて藤堂の体を前のめりにさせ、掴んだ藤堂の腕を左腕の脇に入れて脇固めの状態にする。

その勢いのまま、藤堂の右腕を破壊しようとする本村だったが、藤堂は


「ちぃっ!」


と小さく叫ぶと同時に掴まれていた右腕を脱力し、脇固めから脱出する。そして抜け出した右手で硬い拳を作ると、腰をひねりながら体を反転させて本村の脇腹を撃ち抜いた。


「かはっ…」


という声と共に本村の膝から力が抜ける。その隙を逃さず、藤堂は左手で拳を握り、


「もらったぞ!」


という声と共に本村の顔面を撃ち抜こうとする。しかし、本村はそれよりも早く左の手のひらを藤堂の腹部に添え、


「ぬぅん!」


という声を発し、全身の力を左手に込めて打ち出した。

中国拳法でいうところの「発勁」と、日本の古武術に伝わる「徹し」、その特徴を併せ持つ技で、加納高久が編み出した奥義の一つである。

その一撃を受けた藤堂は、


「ぐっ…はぁっ!」


という苦悶の声を上げ、その場に膝をつくと、やがて前のめりに倒れた。


「はぁ…はぁ…」


肩で息をしながら本村は、地に伏した藤堂の姿を確認する。

先ほど放った技は極限の集中力と繊細なタイミングが必要とされるため、使用者の精神と肉体に大きな負担をかけるため、本村にとっては一種の賭けのようなものであった。もし、先ほどの一撃を外していれば、結果は逆になったに違いない。

改めて、藤堂に動く気配のないことを確認すると、本村は藤堂に背を向け、地面に一度置いた奥伝書のところまで歩いていくと、それを拾おうとかがみこむ。

しかしその瞬間、背後から強烈な殺気を感じ、立ち上がりながらすぐに後ろを振り返る。

すると、先ほど倒れたはずの藤堂が、まるで陽炎のような姿で立ち上がっている。


「あれを受けて立つか…」


本村はそう言いながら構えをとろうとするが、そこで藤堂の異変に気付く。

先ほどまで自分と同じく、荒い息をしていた藤堂の呼吸が整っており、「コー…、フー…」といった独特のものに変わっている。

その呼吸音の正体に気づいた本村は、


「まさか…!藤堂!お前…」


と叫ぶが、それよりも早く藤堂が凄まじい速さで本村に接近し、腹部に強烈なアッパーを叩き込んだ。


「ぐっ…がっ…!」


ガードする暇もなく腹部へ直接攻撃を食らった本村に、藤堂は追い打ちのラッシュを叩き込む。その一発一発が先ほどとは比べ物にならないほど重く、そして速くなっており、本村はなすすべなく拳で体を打ち抜かれていく。

そんな藤堂の姿は、まるで荒ぶる狂戦士のようで、その顔には邪悪なものが伺えた。


「ぬぅあぁぁぁっ!」


藤堂の猛攻にさらされながらも、気力を振り絞って拳を繰り出した本村だったが、その攻撃は空を切り、逆にその動作の隙を突いた藤堂の飛び後ろ回し蹴りが本村の胸板に突き刺さる。


「ゲッハァ!」


という呻きと共に本村の体は後方へと吹っ飛ばされる。そして山寺の壁に激突し、粉々になった壁の破片と共に地面へと倒れ伏した。

そんな本村に止めを刺すべく、藤堂はゆっくりと歩みを進めていく。そして、壁の瓦礫の中から右手で本村の頭をわしづかみにして引っ張り上げ、自分と無理やり視線を合わせさせた。

すでに意識がもうろうとしていた本村だったが、自分の頭を掴む藤堂の手から伝わる圧倒的な握力と、それに伴う激痛で意識が覚醒する。そして、今一度藤堂の顔を確認して、先ほど自分が予想したことが正しかったと確信した。

藤堂の顔は赤く高揚しており、その瞳は野獣のように血走ったものとなっていたのである。


「藤堂…やはりお前、邪王を…!」


本村が息も絶え絶えになりながら、藤堂に問い正す。

そう、今の藤堂の姿は、奥伝書に書いてある邪王を使用した際の特徴に合致していたのだった。



「完全に会得したわけではない…。そのさわりだけを再現しただけだ…」


本村の問いに、藤堂が淡々と答える。

その答えを聞くと、本村は声に怒りを込めながら、


「どこで…どうやって調べた!?」


と藤堂に向かって叫んだ。

その叫びを聞いて、藤堂は少しの沈黙の後に、静かに答える。


「…葬儀の前、加納先生の遺体を検分し、そこから再現した。先生を殺した、『奴』に勝つためにな…」


「バカな…。『奴』は先生と…相討ちになって死んだはず!!」


「お前はその当時、日本にいなかったから知らんだろうが、『奴』は生きている…。そして今この瞬間も裏で暗躍しているのだ」


「そ…んな…」


藤堂の一言に、本村が絶望する。しかし、藤堂はそんな本村の絶望など関係ないと言わんばかりに言葉をつづけた。


「これで分かっただろう。『奴』に勝つためには邪王が必要だ。奥伝書は貰っていく」


藤堂のその言葉を放つと、本村の体に最後の気力が生まれる。


「たとえ…『奴』を倒すためであっても…邪王は、奥伝書は渡さん!!」


そう叫んで、本村は自分の頭を掴んでいた藤堂の右手を振りほどき、和服の掴む。そしてそのまま投げに移行しようとするが、それよりも早く藤堂の右の貫手が本村の左胸に突き刺さり、そのまま心臓を貫く。


「さらばだ、友よ…。詫びはあの世でしてやろう」


藤堂はささやくようにそう言うと、本村の体から貫手を引き抜く。そして糸の切れた人形のように地面に倒れた本村を一瞥すると、懐から手ぬぐいを取り出して右手の血をぬぐいながら奥伝書へと近づき、それを拾って見つめる。


「これで前準備はできた…。後は、『彼』をこちらに引き込まねばな…」


藤堂はそう独り言をつぶやいた後、奥伝書を懐にしまい、元来た石段を降ってその場を後にする。

そして、山寺は再び虫の鳴き声が響き渡るが、その音は勝者である藤堂の悲壮な決意と、敗者である本村の死を悼むような、悲しい音色となっていたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ