第4話『すれ違い』
とんとん拍子でターゲットの救出と討伐を進めていった僕ら。残る対象は一人だ。
「いやぁ、いがいと余裕でクリア出来そうだな」
瀧本が楽観的な意見を述べる。
「まぁ、今回のメインディッシュは、神崎里奈だからね」
水沢が聞き慣れない名前を口にした。
「誰?」
「はぁ、お前、神崎の記憶まで消してんのかよ。元ナンバーズだぞ?」
あきれた様子でこちらに語りかけてくる瀧本。
「言っても下位ナンバーだろ?」
我が共鳴高校では、実力や、学園への貢献度を元に、上位十名までにナンバーが与えられる。
「一年でナンバーズ入りしただけでも、大したもんだろ?」
瀧本も人を褒めることがあるんだな……。まぁ、僕が学園で記憶を残している相手など片手で数えられる。
「どちらにせよ、呪歌に飲み込まれるなんて迂闊な奴だな」
呪歌使いの基本は、意識が飲み込まれないラインを把握して、音量調節をすることだ。
「元ナンバーズの浸食者なんて、中々相手に出来ないわよ?」
瞳を爛々と光らせながら、水沢が言った。
「まったく、涼しい顔して、血の気が多いね」
瀧本が軽い調子で返す。
「お待ちかねのゲストが来たみたいだよ」
ゆったりとした歩調でこちらに向かって歩いてくる少女が一人。
「あら、こんな時間にどうしたの? その制服はうちの高校のよね?」
こちらに向かってくる少女が首を傾げながら、問いかけてくる。
「ちょっくら、浸食者を狩りにね」
軽口を叩く瀧本。
「あら、じゃあ私が手伝ってあげるわ」
「いや、その必要はないわ。浸食者はあなたよ、神崎さん」
すでに呪歌を流しはじめていた水沢の周囲には大量の水が浮かんでいる。その水の形を槍に変え、神崎へと放つ。
いつの間にか、水の槍は氷の槍へと姿を変えており、神崎の身体を貫くため真っ直ぐ突き進む。
「寝言は寝てから言って!」
神崎が強く叫ぶと、彼女に向かって放たれた氷の槍が、粉々に砕かれた。
「流石は雷撃姫だね。視認も許さない程の雷撃操作だ」
楽しそうに、瀧本が語る。
反対に、攻撃を軽く防がれた水沢の表情は悔しそうだ。
「ねぇ、仲間割れしている場合じゃないでしょ?」
神崎は訝しげな表情で言った。
「本当に気づいていないのか?」
音の漏れ方から察するに明らかにサードフェイズまできているはずだ。
「浸食に本人が気づいていないのも驚きだが、これだけの音量で会話が成立するだけの理性を残しているのは流石だね」
感心した様子で頷く瀧本。
「このレベルの相手を生け捕るのは無理ね」
冷たく切り離すように、そう口にした水沢。
「とりあえず、水沢は氷の槍をもっかい放ってくれ、今度は全力でだ。そんで、その後に黒坂は全力で突っ込め、雷撃も2回までなら、俺の攻撃遮断の呪歌で防げる」
即席の作戦を僕と水沢にささやく瀧本。
「水流操作、再生。氷結操作、再生」
水沢が高速で呪歌を切り替えて、巨大な氷の槍を作り上げる。先程とは比ぶべくもない程の巨大な槍だ。一直線に凄まじい勢いで飛んでいく。
「身体加速、再生」
その槍を盾にするようにして、加速した身体で突き進む僕。
目の前の巨大な槍が、凄まじい勢いで削られているのがわかる。くそ、敵の雷撃の威力が予想以上だ。だが、敵の首筋まであと少しだ。死角から飛んできた雷も、瀧本の攻撃遮断の呪歌が防いだ。見えない壁が雷を弾く。
よし、いける!
長く美しい金髪からのぞく、敵の白い首筋はもう目前。僕は懐からナイフを取り出し、振り抜く。
鮮血が舞う。美しい赤の華が空に飛び散る。しかし、浅い。
「なにこれ、なに? ねぇ? ねぇ!」
神崎は自分の首筋から流れ出る赤い液体を見つめて言った。
「あぁ、あぁ、なんだよ、私、頑張ったのに、なんで、なんでよ! ナンバーズにも選ばれて、それなのに、どうして、どうしてよ! 私はいつだって救いたかっただけなのに……」
神崎は癇癪を起こした子どものようにそう言うと、その言葉を最後に、完全に浸食された。
「くそ、ファイナルフェイズか。退避だ」
僕の言葉が終わるか終わらないかの間に、二本の雷が音を置き去る速度で水沢と瀧本を襲った。
直撃は避けたようだが、二人とも雷撃の衝撃で身体が上手く動かせないようだ。次は直撃をくらうだろう。そうすれば死ぬ。
この状況を打破するには……。
使うか? いや、しかし……。こいつらに知られるリスクが残る。だが、このままではどの道全滅か。
僕は右ポケットの中にある、小さなケースをつかみ、そこから取り出したものを空いている右耳へと入れる。
左脳と右脳が同時に揺れるのを感じる。
あぁ、このまま身を委ねたい。
「お前、まさか、両聴きなのか?」
驚愕の表情を浮かべている瀧本。
「正気じゃないわ、脳が耐えられるわけない……」
傷の痛みを堪えながらも、水沢が不安げな瞳でこちらを見ている。
「身体加速、神経加速、再生」
左耳と右耳から、それぞれ別の呪いが流れはじめる。同時に違う音を意識的に聴き分ける間隔はいまだに慣れない。
呪いの処理に脳が悲鳴をあげているのがわかる。長くは持たないな。だが、勝負はどうせ一瞬だ。一瞬で殺すか。一瞬で殺される。そのどちらかだ。
僕は単純な動きで一直線に神崎へと突っ込む。先程まで、目では追えなかった雷が、いとも容易く避けられる。
身体加速による肉体的なスピードの上昇と、神経加速による、反射神経の上昇が敵の雷撃を避けるには充分な力を発揮していた。
先ほど、水沢が作り出した氷の槍よりも数段大きな、雷の槍が僕に向かって、五本同時に放たれた。
その内の一本が左肩をかすめたが、致命傷にはなり得ない傷だ。
肩の傷には目もくれず、使い慣れたナイフを、やり慣れた軌道で振り抜く。白い首筋に銀色の冷たい刃が触れる瞬間、神崎が口を開く。
「なんで?」
その疑問は一体、何について言及しているのだろう。これから死ぬ自らの運命か。それとも、仲間であるはずの、同じ学生に刃を向けられている状況を指しているのか……。
銀色の刃を伝って、温かな液体が僕の手に触れる。
「なんで? 集……」
その一言が、神崎里奈の最後の言葉となった。