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第1話『呪いの歌』

 僕は今週だけで二人の少年と三人の少女を殺したらしい。しかし僕にはその記憶がない。


 最初に捨てた記憶は父に関するものだ。次は母の記憶。その次は様々な友人達の記憶。そこから先は数えていない。


 おそらくは数え切れない程の記憶を消したのだろうが、何せ記憶がないのだから、その実感すらない。


 捨てた記憶分の空き容量には隙間なく呪いが流し込まれた。それは寂しさを埋めるような響きで僕の左耳の鼓膜を揺らす。


 この世界は単純でいい。捨てれば捨てる程強くなれる。


 今日も僕は積み重ねた記憶を消して力を手にする。


  * * *


 左耳に付けたワイヤレスのイヤホンからは音楽というにはあまりに取り留めのない雑音だけが流れている。

 その雑音が空いた隙間を埋めるようにして記憶領域を満たしてくれる。


「あぁ、また一つ妹に近づいた」


 僕は誰に言う訳でもなく小さく呟いた。



 時刻は深夜二時。今日の依頼が始まる時間だ。ターゲットは目視出来る距離にいる。


 ここがいくら都会とは言え、路地裏にまで街明かりは届かない。

 暗がりの中、薄っすらと見えるのは、よだれを垂らした少女の姿だ。視線も安定せず、身体も不規則に揺れている。


「プレイリスト」


 僕がそう口にすると左耳につけられた《魔導音響変換器》が起動した。


「身体加速、再生」


 僕は続けざまに一番聞き慣れている呪いの曲名を口にする。


 その瞬間、僕の身体は重力からの束縛を振り解くかのスピードでターゲットまでの距離を詰める。懐から短めのナイフを取り出し、少女の白く細長い首を狙う。


 必中の速度で繰り出された斬撃を標的の少女はあり得ない首の動きで避ける。おそらくはもう痛覚も侵食されているな。


 少女の左耳に付けられている《魔導音響変換器》からは激しく音が漏れ出していた。あの音量ではもう諦めるしかない……。


 僕は左耳にそっと手を添え、慎重にほんの少しだけ呪歌(じゅか)の音量を上げる。自己加速の呪いが更に効果を増す。同時に不思議な高揚感に包まれ、もっとボリュームを上げたい衝動に駆られる。しかし、ここで飲まれるわけにはいかない……。


 僕は左耳から鳴り響く甘美な誘惑に耐え、先程と同じように少女との距離を詰める。

 そして、先程と同じような軌道でナイフを振る。


 先程と違うことがあるとすれば、少女の首が路地裏の地面に転がっているという点だけだ。


 現象としては単純明快。少女には避けられない速度で首を削ぎ落としただけだ。

 ナイフが少女の皮膚に触れた瞬間に見知らぬ少女はこう言った。「ありがとう、お兄さん」と。


 命を奪い尊厳を守る。そう口にすれば聞こえはいいかも知れないが、やっていることはシンプルな人殺しだ。


 命の重さが何キロで出来ているかは知らないが、大体の見当はついている。それは、今、僕の両眼から流れている涙の重さのぶんだ。


「なんだよ、キロどころか、グラム単位の重さじゃないか」


 僕は一人つぶやく。先程まで脳幹を揺らしていた音は消え去り、残るのはいつも寂寥感のみ。


「まぁいいさ、どうせこの記憶も捨てるのだから」


 仕事終わりはいつも決まってこの独り言を呟くのだ。


 * * *


 カーテン越しの春の日差しが僕の無機質な部屋を照らす。まるでモデルルームのような清潔感のある部屋だが、生活感が希薄とも言える。多くの人がこのように整頓された広い部屋に憧れ、誰もこのような部屋には住まない。


 昨日は遅くまで仕事をしており全体的な身体のだるさは否めない。

 それに、記憶がなく、疲れだけが残っていると言う、何とも形容し難い状態なのだ。


 僕は昨日、一人の少女を殺したらしい。

 特に有益な戦闘データもとれなかったので、昨日の依頼の記憶は全消去したのだ。空いた容量には呪歌を流し入れた。


 昨日の痕跡を表すかのように依頼達成の報酬金と簡素な書類だけが真っ黒な机の上に置かれていた。僕は封筒の中にある札束を確認し、学校へ行く準備をする。

 鞄の中に教科書と筆記用具があるのを手早く確認し、最後に腰のホルスターに拳銃をしまい玄関へと向かう。


 長く冷たい廊下を歩きながら独り言を漏らす。


「他人を殺して世界を救うか……」


 最低な気持ちをぶら下げながら、今日も僕は殺しの技術を学びに登校する。

世界で唯一のフィロソファーという連載をメインでやっております。よろしければ、そちらもどうぞ。

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