整形
読んでいてあまり気分のいいものではないかもしれませんが。
どうして、ですって?言うに事欠いて、どうして、と聞いたの?
そんなこと、あなたが一番よくわかっていることでしょう。……いえ、そうよね。そうにきまってる。きっとあなたはわかっていないのね。だからそういった残酷な質問ができるんでしょうね。私に、理由を聞くなん
て。私にその理由について、理性的な目を持って見つめなおさせるなんて。
……何か?
そう。それならいいのよ。別に私、何も怒っちゃいないわ。だから、その目をやめなさいよ。そんな感情的な目で私を見ないで。
いつ思い立ったかなんて、憶えちゃいないわ。だって、いつもそう思っていたんですもの。ねぇ?
私、必死に頑張ったわ。あなたに楽させてあげようって。それからいつか、子供ができたらって。そう思って必死に働いたわ。あなたのグラスが乾かないように。あなたの灰皿に、いつもほんの少しだけ灰が残っているように。会社に泊まりこみをしたこともあったわ。あのときあなたは、私を殴ってくれたわよね。とても痛かったけれど、あなたの愛がこもっているような気がして。あなたが私を必要としてくれているような気がして、嬉しかった。あの時の涙は、痛かったからじゃなかったのよ。声がかれてうまく釈明できなかったのだけどね。
だけど私ね。知っていたのよ。いつからだったかは知らないけれど、知った日は憶えているの。
私、必死に頑張っていたのよ。あなたに愛されようって。いつか私とあなたとの子供ができるように。そう思って、家事だってしたわ。グラスについた口紅も、あなたのものじゃない煙草の臭いが少しだけ残った部屋も、布団に残った長い髪の毛だって。いつかそれらが薄れるようにって、綺麗にしたわ。あなたはいつも何も言ってくれなかったわよね。辛かった。もっと大事にしてほしかった。でもね、でも。あの時の涙は辛かったからだけじゃなかったの。あなたがこっちを見てくれもせず、何も言ってくれなかったのが悲しかったからなのよ。あの女と口付けをした唇から洩れる声でさえ、私には惜しむのねって。そう思って。
ねぇ。愛して。ちゃんと愛して。私を愛して。区別なんて付けなくていいわ。愛してくれるなら何も文句なんてないのよ。だから、ねぇ。私を見なさいよ。
あなたが本当に好きなのはいったい誰だったの。私だったの。ねぇ。教えなさいよ。
そう言って、彼女は涙を流していました。ですが僕には、どうしたらいいのか分からなかったんです。僕は本当に彼女を愛していたんです。
……そうですね。でも、僕が本当に愛していたのは彼女だけでした。
見た目が好きだったわけじゃなくて、あの、安らぎを与えてくれるような笑顔が好きだったんです。ですが、もはやそれも。
妻と同じ姿になってしまった彼女を、僕はどう受け入れたらよいのでしょうか。
はい。……はい。僕は来週の土曜日が空いているんですが。……はい。では、来週の土曜日に。
今日は面会は、やめておきます。罪もない彼女が鉄格子のなかにいて、僕がその外にいるというのは、気分の良いものではないですから。先生、それではまた。
読んでくださって、ありがとうございました。