【1】
「やーまだ! おっはよ!」
帰宅部エースと自称する、相沢だ。朝から元気だなぁ、コイツ。
「おはよう」
「元気ないなぁ! なんかやな事でもあったか? 相談乗るよ?」
「大丈夫だよ。お前が元気すぎるだけだ」
「あ、そう? ならいいや」
よっぽど相談に乗ってみたかったのか、残念そうな顔をして、相沢は席に戻った。
何だったんだろ……。
「おはよう、山田。悪いな。またなんか変なドラマ見たらしくて……」
「神楽か。おはよう。だからか……いつもならあんな事言わないから、何かと思ったよ」
神楽は、相沢の幼なじみだ。いや、むしろ保護者だな。
相沢の元へ戻っていく神楽を見てから、俺は、自分の席についた。
図書館で借りた本を読んでいるうちに、チャイムがなった。
ちなみに読書中もこの教室は騒がしかった。
「そういえば、B組ってすごい荒れてるらしいけど、山田は知ってたか?」
「え、そうなの?」
休み時間。弁当を食べてたら、隣の席の木野に話し掛けられた。
「知らないの? 結構有名な話だよ。いじめが多いんだって。不登校も何人かいるとか」
「俺でも知ってる」
木野と一緒に弁当を食べていた倉橋と葛西に、馬鹿にするように言われた。いや、葛西はそんなつもり無さそうだけど、倉橋は確実にある。
「葛西も知ってるのに、知らないんだ? やばいね」
「やばいな……葛西に負けるとは」
「今俺のこと馬鹿にしたか?」
倉橋と木野が口を揃えて言うものだから、葛西がもともと鋭い目つきをさらに鋭くさせる。
悪い悪いと軽く謝る二人だが、弁当の唐揚げと出し巻き卵がそれぞれ犠牲となったようだ。
「それで、話戻すけど。B組の天海春っていう子は、知ってる?」
木野に変わって、倉橋に訊かれる。当然知ってるはずもないので、首を横に振る。
すると、盛大なため息を倉橋につかれた。
「本当に何も知らないんだね。あまりの無知さに驚いたよ」
「倉橋酷くない?」
やれやれという感じで言う倉橋。
「今、その子が万引きしたとか、証拠もない噂流されてるんだけど、それも知らないのか?」
「知らない」
葛西にも訊かれたが、当然知っているはずもない。
「無知すぎるのも大概にしなよ。それが原因で、その子、酷いいじめを受けてるの」
「見ていて気分のいいものでもないからな」
「山田に、止めて欲しい」
なんという連携プレー。分かってはいたが、仲いいなこいつら。
っていうか、は?
「……何で俺?」
お前らだけでやってくれないのか。そういう目立ち方はしたくないし、大体、いじめられたことなんてない、平和な環境で育った俺に何が出来る?
相沢とかの方が、そういうのは向いているだろう。
「山田は、周りをよく見てるし、正義感も強い。面倒くさがりな俺がいっても、中途半端にしかできないし、木野じゃあ、お人好しが過ぎて、いじめっ子を止められない。短気な葛西が関わっても、いじめっ子を殴って停学か、最悪退学になるだけだよ。相沢なんてもっての外! アイツは、周りを楽しませることは出来るけど、こういう暗いことから救うのには向いてないよ。
だから、山田に助けてやってほしい。中途半端に助けたら、いじめは悪化するだけだから、俺では出来ないんだ、途中で投げ出してしまいそうで」
至って真剣に、倉橋がそう言った。
アイツが長文を喋ることだけでも珍しいのに、こんなに真剣な顔で。
正義感の強さなら、お前も充分だろ。
そのたまに出てくる過小評価は何なんだ。
「俺だって、途中で投げ出すかもよ」
「山田は、そんな事しない」
真っ直ぐ、相変わらず俺の目を見て真剣に、倉橋は言う。
「いじめっ子を止められないかも」
「山田なら大丈夫だ」
嘘偽りがない。そう思える迷いない即答。木野は嘘がつけないタイプでもある。
「退学の可能性も」
「ないだろ。てか俺もそんなことしないぞ」
「いやいやいやいや……」
俺の言葉を遮る葛西に、倉橋からツッコミが入る。
仲良し三人組と周りから言われるコイツらに、俺はここまで信用されているとは。
自惚れてもいいよな、少しくらい。
「分かったよ。その代わり、手助けくらいしろよな」
「ああ、任せとけ」
結局、折れたのは俺。人助けは、嫌いじゃない。
まだ休み時間はある。弁当も食い終わったし。
「天海っていう子、どの子か見せてよ」
「了解。着いてきて。葛西と木野も早く!」
俺が訊くと、倉橋が立ち上がってB組に行こうとした。
「乗り気だな。行こうか」
それを見て、木野も立ち上がる。
「え、まだ唐揚げ残ってんだけど」
「早く口に突っ込め。置いてくよ」
ゆっくりと弁当を食べていた葛西を少し待って、俺達はB組の教室を覗きに行った。
隣のクラスなのに、行ったことなかったな。いや、B組に限らず、他のクラスに行ったことがない。
この学校に、俺の中学時代の友達はいないから、クラスメートにしか友達がいないんだ。
寂しいな、俺。けど、これが普通なのか?
「ほら、あの子だよ。メガネかけた黒髪ボブの、分厚い本持ってる……」
「ああ、あの子か。クラスに一人は居そうな子だな」
倉橋が控えめに指さした先に居たのは、倉橋が説明した通りの容姿の、根暗そうな子だ。
その周りの人たちも、普通に話してるみたいだし……。
「普通に仲のいいクラスじゃない?」
「まあ、これだけ見たら、そう見えるかもね」
否定はしない倉橋。辺りをキョロキョロと見た後に、今は居ないのかと呟いた。
「邪魔よ」
突然、後ろから声をかけられた。びっくりして振り向くと、腕を組んだつり目の、髪の長い女子生徒がいた。
「え、あ、悪い」
「アンタ達A組でしょ。なんでB組にいる訳?」
「あ、それは……」
「天海春さんに、用事があって。図書委員担当の先生に、天海さんを呼んでくるよう頼まれたんです」
返事に戸惑う俺達のかわりに倉橋が咄嗟にこたえてくれた。
女子生徒は、興味なさげに「あっそ」と言ってから、俺達を押し退けて、教室に入って行った。
そのまま天海さんの席に行って、何かを話しつつ、コチラを指さしていた。もしかしたら、読んでくれているのかもしれない。
案の定、天海さんは、読みかけの本に栞を挟んで、こちらへ来てくれた。
「天海です。何の用でしたか」
冷めた言い方だな、なんて思いながら、図書の先生が呼んでたから、図書室に行こうと、木野が声をかけた。
「……委員会の用事ですか? あなた達、全員図書委員ではないでしょう」
「いや、友達が図書委員なんだけど、その子休んじゃって。代理だよ、代理。さあ、一緒に行こう」
嘘も方便って言葉があるくらいだし、これくらいの嘘は許してほしい。納得いかなそうな表情で、分かりましたと天海さんは、呟いた。
図書室に向かうよう、足を進めながら、俺は思う。
どうすんだよこれ!
今日は顔を見るだけの予定だったのに、こんな事になろうとは。
とりあえず、倉橋の方を見る。いつも通りの無表情。何考えてんのか読めない。
木野の方を見る。あ、ダメだ。コイツも俺と同じように助けを求める顔してる。
葛西は……コイツ何も考えてねぇ!
「……あのさ、天海さん」
「はい」
倉橋が、天海さんに話しかけた。
何を言うつもりだろうか。
期待の眼差しで見つめる俺に気付いたのか気付いてないのか、気にせずに話を続ける。
「実は、委員会とかじゃなくて、個人的に話がしたかったから、呼び出したんだ」
マジかよ! ここでバラしちゃうんだ!
天海さん怒ったかなーと思って見てみると、そうでもないみたいだ。
「……そんな気はしてました」
「気付いてたのに、着いてきてくれたのか?」
天海さんが、無言で頷いた。
「それで、本当は何の用でしたか」
やっぱり、訊かれるよねぇ!
しかし、ここで言っていいものなのか? 展開が早すぎて、どうすればいいのかさっぱりだ。
けど、変にごまかしても、この子にはすぐバレる気がするんだよな。
「……うちの学校に、いじめがあるらしい。天海? さんは、知ってるか?」
「え……」
話し出したのは、意外にも葛西だった。突然の「いじめ」という暗い話題。天海さんは困惑した表情になった。
当然だろう。俺でもそうなるよ。
「……いや、単刀直入に言うよ。その方が、コチラとしても都合がいい。俺達は、いじめをやめさせて、天海さんを助けに来たんだよ」
真剣な顔で、天海さん見て、倉橋が言う。
嘘偽りない言葉だ。天海さんも、それは分かったと思う。
けど、二つ返事でオーケー出来る内容ではなかったらしい。
「じょ、冗談はやめてください。私がいじめられてる? ふざけないで。あなた達も見たでしょう。B組に、いじめなんてありません。……そろそろ、お暇させて頂きますね」
天海さんは、早口にそうまくし立て、駆け足で逃げていった。
残された俺達は、天海さんを引き止めることも出来ずに立ち尽くしていた。
「……ごめん、俺のせいだ。もっと、順序とかを、踏むべきだったね。ほんとごめん」
自分を責める言葉を並べる、倉橋を見て、俺らはやばいと思った。
「あ、いや、倉橋のせいじゃねぇよ!」
「そうだぞ、俺達だったら何も言えなかったし……」
「これから頑張ればいいだろ! そんな落ち込むなよ!」
木野、葛西、俺と、倉橋を慰めようと言葉を順番にかけていく。
「……ありがとう。うん、そうだよね。じゃあ、俺らも教室戻ろうか」
「よし、行こう!」
明るい声で、そう言った。
いじめとはずっと無縁だった。これからもそうだろうと思っていた。
当事者でなくとも、避けては通れない道なのだと、初めて知った。




