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僕の夢だったこと

作者: 天野川セツナ

高校生のとき書いたやつです。読みにくくはないけど読み応えに掛けるなーって感じの文章力です。ストーリー自体はお気に入りなのでいつか同じ話でもっと読み応えある文章にしてリベンジしたいです。





僕の夢だったこと









 ここはどこだろう。今まで自分が何をしていたのか、どんな名前だったのかさえ、思い出すことができない。まるで頭の中だけに、もやがかかっているようではっきりしない。

 いわゆる、『ここはどこ?僕は誰?』状態だ。(なんでだかそんなつまらないことは覚えている。)






「ようこそ、天国へ!」

 突然現れたその声は、ぼおっとした僕の頭のもやを晴らすように透き通っていた。声がするほうを向いてみる。

「私はいわゆる天使という者です。今回は貴方様の担当となりましたので、ご案内させていただきますね!」

声の主は天使と名乗っただけあり、美しかった。いや、ただ美しかったわけではないのだが、どんな言葉でさえもその美しさを表現できないのだ。

小麦色の腰までのびる長い髪は、天使が体や頭を動かすたびにさらさらと肩から零れ落ち、そのたびに魅せつけられる。髪と同じ色をした睫毛もふわりと長く伸びていて、ただでさえ大きい藍色がかった蒼い瞳を大きく見せていた。肌も透き通るように真っ白で、半透明なのではと疑うほどだ。服はクリーム色がじんわりと滲んだような、あたたかな色の布を体に巻きつけていた。その布からちらりと見える肩や足の形から、この天使は男(天使に男と女の区別があるのかは不明だが)だと分かった。

「おめでとうございます!」

 天使は、この世のものとは思えない美しく整った顔をにっこりと笑わせて、そう言った。

「……何がめでたいんですか?」

「だってあなた、天国に来たんですよ? 地獄じゃないんですよ?」

「はあ……」

「まあここで話すのもなんですし、どこかに座りましょう。」

 不謹慎でマイペースな天使だなぁと思う。いやしかし天国でしか過ごしてないであろう彼からすると、それが当たり前なのかもしれないと思い直し、ずんずんと進んでゆく背中を追いかける。そして歩きながらずっと気になっていたことを問う。

「どうして僕はここにいるんですか?」

 すると天使は立ち止まり、怪訝そうな顔で振り返った。

「そりゃあ、あなたが死んだからですよ」

「……死んだ?」

「そう、あなたはつい先程、命を落としました」

 そういうことは早く言って欲しい。いや、気付かなかった僕も僕なのだが。

とはいえ、記憶が無い僕にとってその宣告は、どこか遠い国の物語のようだった。しっくりこない。

 天使は、黙りこくった僕を一瞥すると、会話が終わったと思ったのか、またずんずんと歩を進め始めた。慌ててそれについてゆく。

 しばらく進んでから気付いたのだが(色々なことにすぐに気付かないところ、僕はどうやら鈍感な奴らしい)この天国には僕のイメージしていた“天国”とはかけ離れていた。真っ白な雲が広がっているような、または色とりどりの香り豊かな花畑でもない。そこは、現実の世界にもあるような街並みだった。スーパーや学校、コンビニや自販機などもある。

「あのぉ……どこにいくんですか?」

 天使はそれには答えずに、道の角を右へと曲がった。そして10メートルほど歩くと、立ち止まり、

「ここですよ」

 そこはカフェのような場所だった。本当に何でもあるのだ、と謎の感心をしつつそこに入る。






「さて、面倒くさいので単刀直入に聞きますが、あなたの未練は何ですか?」

 このカフェの雰囲気に合ったお洒落な椅子にどかりと座り、飲み物を僕の分まで注文すると、天使はそう言い放った。

「未練……?」

「そうです、未練です。実は天国にも種類みたいなものがありまして、ここは人間の未練を晴らす場所なんです。そして輪廻転生してもらうのが僕の仕事です」

どうりでここには何でもあるのか。人間の未練を果たすために。

「……僕は生きていたときの記憶が無いんですよ?」

「記憶が無いのは当たり前ですよ。だってあなたは今、魂だけの存在です。覚えるための脳みそは今頃、現世で燃やされたか埋められています。」

やっぱりこの天使は不謹慎だ。そんな僕の思いに気付くはずの無い天使は、そのまま言葉を続けた。

「けれど人間という生き物は、欲望が強い生き物なのです。記憶が無くても、自分のしたかったことは魂に深く、深く刻まれています」

まあ、例外でたまに生きていた時のことを全部覚えている人もいますがね。と付け足すと、天使はウエイターが持ってきたオレンジジュースをストローでちゅーちゅーと飲み始めた。そして飲みながら

「で? あなたの未練は?」

「さあ……」

「さあって……何かあるでしょう? 将来就きたかった職業とか、食べたかったものとか」

「無いですね……というか覚えてないと言うか……」

「はあ?」

 天使は美しい顔を歪めて、信じられないという風にふるふると顔を横に振った。

「そんなはずないですよ! 未練が無いのだったらここには来ずにそのまま輪廻転生するでしょうし、そもそも人間が自分の欲望を覚えていないはずが無い!」

 随分な言われようだ。さては人間が嫌いなのかこの天使。

「と言われましても……」

「そんな……!」

 天使はなんだかあわてている様子で、小声でなにかぶつぶつとつぶやき始めた。僕はなんだか申し訳なくなってしまい、

「あの……なんかすみません……」

「謝るんだったら思い出してくださいよっっ!!」

思い出せと言われて思い出せるなら、とっくに思い出している。

「……すみません、思い出せません」

 そう答えた僕を冷えた目で見やると天使は、はぁ……と溜まっていた物を吐き出すかのようにため息をついた。

「本当に何も?」

「はい」

 天使は自分の長い髪を右手でわしゃわしゃと掻き毟ると、

「もうこうなったら仕方がありません。あなたの未練を意地でも思い出させて輪廻転生させます」

 人はそれを『やけ』という。

「でもどうやって?」

「それを今から考えるんでしょう?」

「……は……はあ……」

 この天使はもしかして他人任せで頼りない……?

とりあえず案を出してみる。

「じゃあ、とりあえず何でもいいから思い出させるとか?好きだったことを思い出せば、したかったことが分かるかも……」

「それだっ!」

 天使は椅子をガタリと倒しながら立ち上がり、そう叫んだ。

 これぐらいは普通考え付くだろ。大丈夫かこの天使。

「そんじゃ、思い出してください!」

 だから思い出せっていわれて思い出してるんだったらもう思い出してるんだってば。

「そんなに急には……」

そう僕が答えると天使は心底がっかりした顔をして、椅子を立て直して、すとんとその椅子に腰を下ろした。

「ですよね……」

「あ……すみません……」

 そろそろ気落ちするのにも疲れたのか面倒くさくなったのか、僕の謝罪を手で制し、

「じゃあたとえば、好きな食べ物とかは?」

「好きな食べ物?」

考えてみる。ここにくるまでに色んな食堂やレストランを見てきたからその中にもしかしたらあったかもしれない。

そう考えながら、目の前に置かれていたにも関わらず手をつけずにいたコーヒーを啜る。

「あ。思い出した。」

「なんですか!!」

「えっと……僕、コーヒーが好きだった気がします。」

「なるほど!じゃあもしかして、コーヒーを死ぬほど飲みたいっていう未練?」

「え、あ。いや、違うと思います」

 確かに好きだが、死ぬほどほどは飲みたくない。嫌いになりそうだし。

「えぇ……役に立たないなあ……」

 いやお前もな。

「すみません」

 天使はまた短いため息をつくと、ちらりと僕を見て、

「あなた十六歳ぐらいですよね、見た目的に」

「はあ……そうですか?」

 鏡が無いから自分の姿が見えないのだが、天使が言うにはそうらしい。

「じゃあ、学校に行ってみましょう。何か思い出すかもしれない」

 初めてのまともな意見な気がする。

 早速とばかりに天使は立ち上がり、おそらく学校へと歩き始めた。






「さあ! 何か思い出しましたか!」

 学校の校舎内に入るなり天使は早く、とせかさんばかりにそう言った。

そんなに急に言われて、思い出すとでも思っているんだろうか、この天使。

「いえ、まだなにも」

 そう答えると、天使は最初と比べてずいぶんと前向きに、

「まだってことはこれから思い出すんですね! わっかりましたっ!」

楽しみでしょうがないと言わんばかりに答えた。まあ少々強引な気もしないではないが。

「そうですね……頑張って思い出します」

 それからは気を使ってくれたのか、何度聞いても僕が思い出せないからそれを学習したのか、天使は僕に話しかけることはなかった。

ただ、校舎や校庭をゆっくりと回り歩く僕の少し後ろについてきてくれた。


そうか。思い出した。僕は……

 最後に屋上へ向かう。本当の僕の体は無いのに、生きている訳でもないのに、息が切れてゆく感覚がした。目眩がして、立ち眩みが起きる。胃も存在しないはずなのに、ねじ切れそうな痛みを感じる。吐き気が酷い。


「……なにか思い出しました?」

 屋上についてからやっと、そおっとこちらの様子を伺うように聞いてきた天使に、

「少しだけ」

 と答える。すると天使はぱあっと顔を輝かせて、

「なんですか!!」

「………………僕、学校でいじめに遭っていました」

 僕はかなり、いや相当暗い声でそう言った。はずなのに。

「なるほど!! じゃあもしかして、未練は『いじめたやつらをぶちのめす』?」

 おい、お前天使だろ。いくらなんでも不謹慎すぎるぞ?

 と言うかそれよりも。

「……僕結構暗い過去をカミングアウトしたんですが。」

「そうですか?」

「……少なくとも僕はトラウマです。いじめられていたという事実しか思い出せません。思い出そうとしても無理矢理思い出させないようにされているというか……」

「へえ?」

「……もうちょっと深刻そうな顔しても……」

 天使は本当に『へえ?』としか考えてない顔をしていた。

「そんなこと言われても……だって貴方もう死んでるんですよ? 生きている時のことなんてもう関係ないじゃないですか。」

「確かにそうですけど……」

なんだか腑に落ちない。確かにもう関係ないことなのだが、過去だからこそ、トラウマになったんじゃないか。(今は思い出せないので、そこまで深刻でもないのだが)

「貴方は確かにいじめを受けていた。それはきっと事実なんでしょう。けれどその貴方は過去の貴方で、今いじめられているわけではない。『それ』は事実だけれど過去なんです」

 そう言って天使はふっ優しくと微笑むと、続けて

「過去をトラウマにするのは構いません。けれど今ここに、そのトラウマになるものはありません。呪縛など無いんです。だから今の貴方が気に病む必要なんて、何処にも無い」

 初めてこの天使のことをいいやつだと思ったかもしれない。いじめられていたという事実を思い出したときに、心に感じたズシンと思い鉛がのしかかったような感覚が、すーっと無くなっていく。

 それから天使は軽く息を吸って、こう言った。

「だから! そんなことより!! 貴方の未練は何ですか!!『いじめたやつらをぶちのめす』!?」

 前言撤回。いいやつなんかじゃない。僕は、はふう。とため息をついて、

「……たぶん違うと思います。」

「そうですか……」

 天使は何回目になるか分からない肩を落とすという動作をして、がっくりとうなだれた。

「まあその……いじめられた関係だとは思うんですが。」

そう言うと天使は顔をがばあっと上げて、

「本当ですか!!」

 さっきから思っていたが、せっかくの美人の顔が台無しだと思う。いやまあ、そんなことをしていても美人には変わりないのだが。

「はっはい……」

「最初に比べたらだいぶ近づいてきている……! よしっ! もうひと頑張りですね!」

 だいぶポジティブに考えるようになった。それが僕のせいだと考えるとなんだか後ろめたい。

「じゃあ今度は何処に行きますか?いじめに関係する場所なんて、学校以外にありましたっけ?」

「ええと……何処がいいですかね」

「他人任せにしないでくださいよ! ほらっ! 自分で考える!」

 その言葉、そのままお前に返してやるよ。

「いやでも……思いつかないですし」

「ううん……じゃあとりあえず、色んなところに行ってみましょうか」

「お願いします」








それから僕たちは、天国にある店や施設を片っ端から訪ねていった。

 動物園や幼稚園、レンタルショップに図書館なんかも行った。天国にも夜は一応あるらしく、(天使によると、それもまた人間の未練を果たすことに使われるらしい。)真っ赤な夕日を見送り、満天の星空を何度も眺め、さわやかな朝日を迎えた。

 その間に天使はずいぶんとメンタルが強くなった。そりゃあもう、強くなった。がっかりした顔など、もうずいぶんと見ていない。

 記憶の方はどうかと言うと、全く進展が無かった。最初に天使が言ったように、この場所に僕の体が無く、記憶の引き出しが開けられないことに関係してくるらしい。思い出しても、好きな動物とか、嫌いな本のジャンルとかそんなものだった。

「……このまま一生思い出せないんですかね」

 天国に来たときに、初めに天使に連れてこられたカフェでコーヒーを啜りながらぼそりと呟く。すると目の前に座っていた天使は、

「そもそも貴方の一生は終わってますけどね」

「まあ……そうなんですが」

 天使は弱気な僕に呆れたように、ため息をついた。そして目の前においてあったオレンジジュースを一息に飲み干し、空になったコップをダンッとテーブルに置き、大声で叫んだ。

「貴方が思い出せないって思っているようだったら、思い出せるものも思い出せませんよ! さあ! 今日は何処に行きますか!」

 本当にメンタル強くなったな。けどその強さで周り(主に僕)の心が傷つくってことを知れよ?

まあ、確かにその通りだと僕も思う。だからといって、急にやる気になるはずも無く。

「……何処にも行きたくないです」

「早く行きましょうか、今日もまた日が暮れしまいますよ」

 おい、今僕が言ったこと無視しただろ。

「……何処に行くんですか」

「それさっき貴方に聞きましたよね?」

「それに僕は、何処にも行きたくないって答えましたよね?」

「……」

「…………」

 二人して口を閉じる。その沈黙に負けたのは僕だった。

「じゃあ、また学校に行きたいです。一度目は思い出せなかったものが思い出せるかもしれませんし」

それを聞いた天使はにこりと笑みを浮かべて、

「そうと決まれば早速行きましょう!」

と楽しげに店を出た。僕もそれに続く。


表情が対称的な僕らは、今日も記憶の欠片を探しに行く。






学校に着いても、天使は一度目に来たことを思い出したのか、記憶のことは聞かず、何も言わないでただ見守ってくれていた。

 一度目に来たときと同じ順番に校舎を進んでゆく。そして最後にまた、屋上へと上った。

 息が切れ始めた。一度目のときこそ酷くはないものの、少々吐き気が伴う。息を一度全部吐き出してから、屋上の扉を開けた。

 どうしてこんなにも屋上が苦手なんだろう。

 ああ、思い出した。僕はここで……。だから僕は、この場所が苦手なのか。いいや、苦手なんじゃない。嫌いなんだ。

「……何か思い出しましたか?」

「はい」

 扉を開けば爽やかとは言えない風が、直接体に当たってきた。痛い。後ろから着いてきた天使の髪も、一本一本が風に飛ばされ、絡まり合い乱れていた。僕はゆっくりと、ゆっくりと深呼吸をした。

 今のような風があの日も吹いていた。痛くて、強い風が。けれどそれ以上に、心が痛くて悲鳴を上げていた。

 落ちていった感覚。鋭い風が僕を襲った感覚。そして最後に、アスファルトに叩き付けられる衝撃。

 僕は……。

「僕は学校の屋上から、飛び降りて死にました」

「……そうですか」

 さすがにあの能天気な天使も、深刻な雰囲気に呑まれたのだろう。長い睫毛を伏せた。

「そんなことを思い出しても何の役にも立ちませんね……」

 そっちか。

 まあ、うん。何となく分かってましたよ。きっとそう来ると思って心の準備してましたよ畜生。何だかんだ言って、天使だけじゃなく僕のメンタルも強くなっている気がする。気のせいなどではない。

「そうですね……」

「他の事は思い出せませんでしたか?」

「それが全然……」

「……どうしましょう」

「…………どうしましょう」

 沈黙の中に、風の音だけが響いた。この沈黙に負けたのは、天使だった。

「……それに関係します?」

「違う気がします」

「そうですか……」

 また沈黙が流れる。今度はその沈黙を破られる事はなく、破ることもなく、ただどちらからともなく屋上を降りる。

「あ」

「え?」

 出口のドアノブを、半分回しかけた天使が振り向いた。

「思い出した……」

「本当ですか?!」

「死ぬ前に僕遺書を書いたんです。それに願い事みたいなのを書いたような気がします。それを見れば……」

 あとは成仏するだけだ。

「……それはできないと思います」

「……え?」

「この天国では、下界。つまり人間界を見ることができます」

「じゃあ……!」

「でも、死んでからここに来た人の名前や住所は、知ることができない決まりになっています。私も、もちろん貴方も。知っているのは大天使と、神だけです」

いくらか哀しそうな顔をしながら天使は告げた。また振り出しということか。

「僕の遺書も見れないなら、本当にどうしましょうか」

「私に聞かないでください」

「ですよねぇ」

さっきよりも重い沈黙が僕たちを包んだが、気を利かせてくれたのか、天使が握っていたままのドアノブをすぐさま回した。















 天国に『今日』と言うものがあるのかは分からないが、あるとするならば、今日が沈んでゆくのを見るのはもう何日目だろうか。

「はあ……」

 自分でついたため息を聞き、さらに気分は降下してゆく。

「ため息なんかついて思い出すんですか」

「まあ、そうなんですけど」

「けど?」

「けど何でしょう。それもよく分かんないです」

「……そうですか」

「はい」

特に意味もなく、二人して夕焼けをぼおっと眺める。

「僕の未練って、思い出せないぐらいにどうでもいいものなんですかね」

「そうかもしれませんね。ただ、そんなにどうでもいいことだったら、貴方はここに来ないで輪廻転生してたと思いますよ」

「確かにそうですね……」

 本当に思い出せなかったらどうなるんだろうか。ずっとこのままなのか?どこかでそれもいいかもしれないと思ってしまった自分に驚く。

「思い出すまで付き合いますよ」

 僕の気持ちを読んだかのように、天使がそう言った。なんだかんだ言って、この天使といるのはそれなりに楽しい。ずっと 二人で、僕の未練を探し続けるのもきっと楽しいのだろう。

 でも、

 でもそれじゃいけない。何とか思い出して、成仏するんだ、この天使のためにも。

「その必要はないです、必ず近いうちに思い出しますから」

 その答えに天使は、驚いたように目を見開きはしたものの、

「そうですか」

 とだけ答えた。答えてくれた。

 大丈夫。きっと思い出して、未練を晴らしてやる。

 僕の夢をかなえてやる。


それが僕の今の夢だ。












「案外こういうことだったりして」

「はい?」

 僕たちは天国に来た時に来たカフェにいた。ここが毎日の作戦会議室になっていたのだ。あの日以来、僕の夢だのと豪語したくせに記憶の前進は無い。恥ずかしくて死にそうだ。あぁ、もう死んでいたんだった。

今回はいつも頼んでいるオレンジジュースではなく、チェリーの浮かんだアイスソーダを飲みながら、天使はきょとんと首をかしげた。

「いや、もしかして僕の未練ってこうやって誰かと楽しい時間を過ごすことなのかなあ……と」

「そうだったら貴方は、もうここにいないでしょう」

「確かに」

「なんですか、もう」

 そう言って天使がけらけらと笑う。こいつの美貌にもやっと慣れてきた。

 その笑顔を見て、ふと思い出す。

「ああ……なるほど」

「はい?」

「思い出しましたよ、僕の未練」

「はあ? ここで? 今?」

「今。ここで」

 私たちの努力って一体何だったんですか……と、久しぶりに天使ががっくりとうなだれた。

「まあまあ。聞いてくださいよ」

「……なんです?」

「『誰かを笑顔にさせたい』です」

 天使は、はあ……。となんだかぼうっとして聞いていたが、突然ハッとした様子で、

「もしかして私が笑ってるのを見て思い出しました?」

「はい」

「えぇ……そんなことで思い出すならもっと早く思い出してくれても……」

「……すいません」

 すると天使はフッと表情を崩して、笑い始めた。

「ほんっとにもう……なんでこんなときに……ふっふふふ…あははははっ」

 それにつられて僕も笑う。

「だって……今思い出したんですもん……くっ……ふははははっ」

「私、結構笑って……くはははっ、ませんでしたかっはははっ」

「そう……くはっ……なんですけどっはははははっ」

話すことができないぐらいに僕たちは笑った。なんで笑っているのか分からないけれど、ただただ僕たちは笑い転げた。

 涙が出てきた。笑いすぎた。天使の目尻にも、涙が浮かんでいるのが見え、声にならない声で、それを指差してまた笑うと、天使も僕の目尻を指差し、またそれで笑い転げた。

 やっと喋る事ができるぐらいになって、

「ありがとううござい……くっくくく……ました……っつはははっ……楽しかっはははっ……たです」

「私もほっほほほ……それなりにいあはははっ……楽しかったです」






 その答えを聞いて僕は―――――












「さようなら。本当に楽しかったですよ」

 私は貴方がいなくなった椅子に向かってそう呟いた。

こんなに楽しかったのは、いつぶりだろうか。もしかすると、なかったかもしれない。貴方と長くいたせいかもしれない。普段はこんなに、輪廻転生させるのに時間がかかることはないから。

「そういう意味では貴方はかなりの問題児でしたよ」

目尻に浮かべていた涙を指で拭う。この涙は笑いすぎたための涙だ。決して寂しいなんて感情があったわけじゃない。私は、貴方との思い出を思い出してしまう椅子から立ち上がり、カフェを出る。そしてまた、次の仕事へと向かう。

「もしかすると私は、貴方のことを好きになっていたのかもしれない」

 今度は、どんな人の案内役をするんだろうか。

 


少しだけ、また貴方のような問題児が来てもいいと思った。















 僕は生まれ変わって、またいじめられるかもしれない。

 そしてまたあの天使に会って、記憶を探す日々を送るのだろうか。それは楽しそうだ。けれどきっと、そんなことはないのだろう。あったとしても、その時僕はきっと、彼のことを覚えていない。それでも、そうであったとしても、それを楽しみにするのは悪いことなんだろうか。

「またいつか会いたいな」

 自分がずいぶんと不謹慎なことを言っていたことに驚く。自分が死んでからのことを考えるなんて、不謹慎にも程がある。彼の不謹慎さが、うつったのかもしれない。思わず笑みがこぼれる。でもそう思うことは、そう悪いことじゃないように感じた。


 僕はまた、希望を持って誰かの手の中に生まれ落ちる。











 きっかけは六つ離れたいとこが、生まれたばかりの僕のことを、男と勘違いして、『僕ちゃん』と呼んだことらしい。いとこは、僕のことを女だと知ってからも、面白がって僕ちゃんと呼び続けた。そのいとこは家が隣だったこともあり、毎日一緒に遊んだ。そうすると、幼い僕は自分の名前を『僕』だと思い、自分のことを僕と呼ぶようになった。

 いじめの理由はそんなものだった。

 中学生になってから、自分のことを僕と呼ぶ女がいると、一部の人から避けられるようになった。僕がショートヘアーだったこともあってか、女のくせに男のようだと噂がたった。最初はその噂だけで、それ以外は何をするでもなく、遠巻きにひそひそと僕の悪口を言っているだけだった。その頃には僕にも信頼できる友人もいて庇ってくれたりもしたものだ。

 けれど僕の周りにいた人たちは、日に日に減っていった。

 そのうち友人だった人たちも、僕の情報源のようになって、僕の性格や癖なんかを誰かに話しては、それに文句を言ったり、嘲笑ったりした。


「××××って何で私についてくるの? 迷惑なんだけど」

「えっ……?」

「何? まさか私のこと親友だとでも思ってたの?」

「だって…だって僕の夢、応援してくれるって言ったじゃないか!」

「本気にしてたんだぁ。きっも」


唯一信頼できると思っていた親友さえ、いじめる側になった。

 僕は孤独になった。親と先生には話さなかった。テレビなんかでは「心配をかけたくなかった」とか、「怖くて話せなかった」などというが、僕はそんな理由なんかじゃない。言ってもどうせ何も変わらないことが分かっていたのだ。僕の苦しい家庭の経済状況では、転校の資金なんてものあるはずもなく、先生に話したって、クラスの中でよく分からない話し合いをさせられ、握手なんかしたりして『仲直り』させたように見せるだけだ。状況は変わらない。

 その頃の僕には生きる意味などなく、ただ日々が過ぎてゆくのをじっと息を殺して待っていた。

 そのうち、死に縋るようになった。死ぬことが僕の幸せだと思い始めた。

 毎日、僕の悪口の掃き溜めの中で、いつ死のうか。何処で死のうか。どうやって死のうか。と考えては、死ぬ方法をインターネットで検索したり、睡眠薬の入手方法を本で読んだりしては、ああ、もうすぐ僕は幸せになれる、と妄想に浸るのだ。それがぼくの幸せであり、支えだった。

 自分のすべてが嫌いだった。ショートの髪も、少し低い声も、自分のことを僕と呼ぶところも。それがなければ、今頃僕はいじめなど受けていなかったのだと思い込み、自分のすべてを憎んだ。

 今更髪型や自分の呼び方を変えても、いじめはさらにエスカレートするのは目に見えている。じゃあどうすればいい?






そうか、死ねばいいんだ____






自分のすべてが嫌いだった僕は、きれいに死ねるリストカットを選ばなかった。きれいに死んでも意味がない。どうせ死ぬならいっそ、嫌いな自分をぐちゃぐちゃにしてしまいたい。


だから僕はあの日、


 屋上の柵を超え、


 青くて綺麗な、空に飛び込んだ。






「僕ね、誰かを笑わせたいんだ」

「なにそれ?私もう××××に笑わされてるよ?」

「いや、そうなんだけど、今僕のこと悪い意味で笑ってる人たちのこともいい意味で笑わせることができるようになりたいんだ」

「ふーん、そっか。」

「うん」

「じゃあ私が応援してあげる!」

「本当にっ?」

「もちろん。だって友達でしょう?」

「……ありがとうっ!」

「どーいたしまして!」









 自分の夢を、衝撃で落ちるぐらいに儚く抱いて。









                        END

ご拝読ありがとうございました|・x・)ノ

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