Each Rest編
一旦は解散した三人の向かう先とは……。
〜月〜
開店二時間前、店長や同僚よりも早く来て推理小説を読みながら店内の掃除をする。それが月山にとってはとても幸福でいられる時間だった。本を読み進めながら、華麗な推理をしてみせる探偵のごとく、今日店に訪れる客はどんな客かを憶測と勘だけで構築される推理で脳内を満たすのだ。
〜太陽〜
偶然だが、陽介と織田はまったく同じ方法で暇をつぶそうとしていた。
「織田先輩、なんでこの映画観ようと思ったんですか」
「なんとなくだよ。大体にして映画を観るのにいちいち理由をつけるヤツなんかいないだろうが。人気があるからなんとなく観に来ました、とか監督が好きだからなんとなく観に来ました、って感じだろ」
陽介は二人と別れた後、映画館へ向かった。
前々から観たいと思っていた映画のチケットを購入したときだった。後ろから「ほう、お前もその映画を観るのか」と、織田に声をかけられた。どうやら織田も映画を観に来たらしい。
「先輩、さっきの理屈は、なんとなく、ってフレーズをはぶけば立派な理由になると思うんですけど」
陽介がポップコーンを買うために売店の列に混ざりながら言った。織田も陽介の後ろに並びながら、「ところで、この映画はどういう内容なんだ」とたずねる。
映画が始まる前の予告のとき、織田の理不尽な騒々しさに陽介は不安を覚えた。が、実際映画が始まると織田はうそのように真剣な顔で、じっと映画に観入っていた.
〜大神〜
「すみません、いきなり訪れて」
「いいわよ。日曜は暇なの。大神君、今日は用事があるって昨日言ってなかったっけ」
と言いながら、キッチンから持ってきた紅茶の入ったティーポッドとカップ二つをテーブルの上に置いた。
「嘘付いちゃいました」
と大神は返す。
大神は清美のマンションへとやって来ていた。織田に内緒で、だ。
「ところで、あのうるさいヤツがアンタと一緒じゃないわね、大丈夫なの?」
清美が心配そうに尋ねてくるので大神は答える。昨日の一件から織田は立ち直ったこと、それは後輩の恋愛話のおかげだと言うこと、実は六時からその後輩が告白をしに行くので待ち合わせをしていること、その間の暇つぶしに織田は映画を見に行ったが自分はその映画に興味がないこと、などなど。
一通り話し終えた後、清美は口を開いた。
「なるほど。そういう言う訳で我が家があなたの暇つぶし場所に選ばれたのね」
「違いますよ」と大神はほほえんで返しながら紅茶を口に含んだ。
「実のところ、清美さんに相談があるんですよ」
「なぁに?」
「コイってどんな感じなんですかね」
清美はその質問に呆れた。
「それだけのためにわざわざ来たの。そんなの携帯電話使えば楽じゃない」
そう言いながら、空に向かって指を動かせる。
大神はその答えに呆れた。
「魚の鯉じゃないですよ。恋愛のことですよ。ちなみに、一回も誰とも付き合ったことがありません」
本来なら、自嘲気味に話すべきなのに大神は堂々と言い切った。
「わっ、わかってるわよ」
清美の頬は薄く紅潮した。気を取り直して「でも意外ね」と言う。
「でも意外ね、そんなに格好いいのに。やっぱり天使はそういう世俗的なことに興味がないのかしら」
「天使?何のことです?」
「ううん、なんでもない」
「僕がその後輩に恋愛の相談を受けたときこう思ったんですよ。こういうのは茂か清美さんに尋ねるべきだ、とね」
「なるほど、織田に後輩の話をしたのは織田を復活させるためだけじゃなかったのね」
「まあ、そういう訳です」
それから清美は今までの自分の体験談と、適当にでっち上げた恋愛の法則を大神に話して聞かせた。
清美が話し終えた後大神は「なるほど」と言い小さく頷いた。
「参考になったかしら」
「ええ、とても。清美さんは今、誰かと付き合っているんですか」
「わたしの恋愛は四年前で止まっているのよ」
清美は若干げんなりとした顔で答えた。