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迷路デイ  作者: 伊東 光
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清美編

 清美が夜遅く、自宅のマンションのソファの上で、高校生のときにハマッた現実では考えられないほどありえない展開だらけの恋愛小説を読み返しているときだった。ふいに携帯電話から無機質なメロディがなった。

 「どちらさまでしょうか」分かってはいるが尋ねてみる。

 「織田だよ。君の命の恩人であり、例の件に関して君へ報告義務をもっている織田茂だよ」

織田のその言い方に若干の怒りを覚えた清美は言い返した。

 「訂正事項、第一にわたしはアンタに命を救われた記憶はない。第二に、あの事件のことを誇張して言っているのなら、あのとき救急車を呼んでくれたのはあんたじゃない。第三に…」

 「ストップ、ストップ。わかった、俺が悪かった。」

清美が喋ろうとするのさえぎり、ふたたび織田が喋りだした。

 「例の件に関してだが、(じん)は土曜日になら都合がつくそうだ」

織田が、まるでスパイ同士の会話のように声を潜めて言った。

 「なるほど、了解した。で、場所と時刻は」

清美が織田の真似をして返すと、

 「ははっ、何だよその喋り方は。どうかしたのかよ」

などと織田はいった。

 「まぁ、そんなことより、土曜朝九時に俺の家に集合な。仁にも言っといてくれ」

 「ちょ、ちょっと。何であたしが―」

清美の文句が届く前に織田は電話を切った。

 「ありえない」

清美はそうつぶやくと、手に持ったままの携帯電話と恋愛小説を交互に見比べながら思う。

そういえば、私たちの出会いはこの恋愛小説以上にありえなえい展開からだったな、と。


 半年前のホワイトクリスマス。清美は同僚の女性社員から誘われた合コンを断り家路に着くところだった。プスッ、という音とともに清美は全身の力が抜けるのを感じた。目の前を全身黒ずくめの人物が立ち去ろうとしている。

 清美は、自分が完全に倒れきる前に起きた出来事をコマ送りで見るように見た。

まず、赤と黄の二色のボールが清美の顔の脇を通り過ぎた。赤のボールは途中で力尽き道路の真ん中に落ちて割れた。黄色のボールも、力尽きたと思ったが黒ずくめの人物の足に当たり破裂した。が、謎の人物は全く動じることなく全力疾走で立ち去った。

清美の前に二人の青年が走り寄ってきた。二人ともまだ大学生くらいかな、と清美は思った。二人とも痩せ方の長身であり、一人はぼさぼさの黒髪で若干太い眉が特徴的な、カラスのような印象を与える青年だった。もう一人はさらさらな金髪できりりとした瞳を持つ、強いて例えるなら、恥ずかしい言い方だが、天使のようだった。

 目が覚めたときとき、清美はベッドの上にいた。殺風景かつ清潔すぎる部屋と自分の腕にさされている点滴をみて、あぁ、自分は病院にいるのか、と気が付いた。

しばらくぼんやりとしていると、ドアが開いて、「お、眼覚めたんだ」と言いながらカラスのようなあの青年が病室に入ってきた。

 「よかったな、医者の話では傷は浅くて傷跡も残らないらしぞ」と妙になれなれしく続けると、

 「俺は、織田茂だ。 ちなみに今は果物を買いにいって、いないがもう一人はお前のために救急車を呼んだ英雄、その名も大神仁だ」と、言った。

 「ありがとう。助けてくれて。ところで…」

清美が織田へ問いかけようとしたところで、もう一人の青年「大神仁」が病室へ入ってきた。

 「あれ、眼が覚めたんだ。良かった。茂、彼女に自己紹介はしたのかい?」

 「ああ、もちろん。お前の分もサービスで言っといてやったよ」

 「あの、いいかしら?あなたたちに聞きたいことがあるんだけど」

清美が問いかけると、「かまわないぜ」「もちろん」と二人から返事が返ってくるので、続ける。

 「ええと、まず第一に、私にいったい何が起こったの?第二にあなたたちはいったい誰?第三に、あなたたちはあの犯人に何を投げつけたの?最後にそこのアンタはどうしてそうなれなれしいのよ」

清美は早口で言いいながら最後に織田のことを指差した。

 「うるせー。よくもこう、つぎからつぎに言葉がでてくるよな」

織田が愚痴をこぼしているのを脇で聞きつつ、大神が苦笑しながら答えた。

 「すいません、茂は誰に対してもこの調子なんですよ。許してやってください」

 「いや、でもよ。実際のところ敬語を使うってことはよ、自分を相手より格下な存在と認めることじゃねぇかよ」と、織田が言い終わるのを待ってから、大神が話を戻した。

 「質問にはまとめて答えさせてもらいまよ」と前置きしてから、

 「僕たちはただのしがない大学二年生ですよ。通りすがりのね。あなたに起きた事を説明すると、あなたはたぶん、通り魔に刺されたんですよ」

そう言うと大神は最近清美たちの住む都市で、起こっている連続通り魔の犯行かもしれないですねと、にこやかに答えてから、

「ちなみに、僕らが投げつけたあれは、当たると割れてあたりに特殊な塗料をまきちらすものですよ」と残った問いにも答えると、「リンゴは好きですか」と尋ねた。


 「すみません、茂のヤツ、自分の家の住所も教えなかったみたいで」

 「ううん、全然いいのよ」清美は言いながら、隣に立つ大神の姿を観察した。完璧だった。その容姿もさることながら礼儀正しい態度はとても好ましかった。いや、それだけではない。彼から発せられる神々しい魅力というか、オーラというか、とにかくそういった何かが大神には確かにあった。

 織田からの連絡を受けとほうにくれた清美は、さっそく大神に電話した。すると、大神は織田にすぐさまメールを送り、集合場所を地元では有名な記念碑のある公園に変更させた。

 約束した時間の十分前に、清美が記念碑のところへ行くとすでに大神が待っていた。

 時間になっても織田が来ないので、清美は大神との会話を再開させた。

 「でもよく見つけられたわね。大変だったんじゃないの」と、柄にもなく大神のことを気遣った。

 「いえ、僕らが呼びかけるだけで大概のことなら手伝ってくれる友達が大勢いるので、二日前の午前中にはこの情報が手に入りましたよ」

 「へぇ、いい友達に恵まれているのね」適当に返す。

すると、大神は「いえ、ちょっと違うんですよ」とイタズラっぽく笑った。

 待ち合わせた時間より七、八分遅れて織田が姿をあらわすと悪びれもせず言った、

 「よし、お前ら全員いるな。じゃあ、行くか」

 「ちょっと待ちなさいよ。遅れてきてあやまりもしないわけ」

 「当たり前だろ、 勝手に集合場所変えたのはそっちなんだからよ」

清美は助けを請うような眼で大神を見たがあっさりと無視された。


 清美が不審者に刺され、病院を退院するまでの三週間。織田と大神の二人は、ほぼ毎日のようになぜか見舞いに来た。その間に清美は、織田が清美に対して一切の敬語を使わないことに対して文句をつけなくなった。単純にめんどくさいと言うのもあったが、なにより敬語を強要すると自分が彼らよりも人生において先輩であることを思い出してしまいそうだったからだ。清美は、同級生のように二人と話せることがうれしかった。

 清美が医者から、あと一週間後には無事退院できますよ、と聞かされた翌日の午後だった。

 「なぁなぁ、仕返ししてやりたいとか思わないのかよ」と織田から持ちかけられた。

 「何に対してよ」

清美が尋ねると、

 「通り魔だよ。ヤツに借りを返してやろうぜ」

 「そんなこと、警察に任しておけばいいのよ」

 「十年前から数えて八千六百件」

いきなり大神が口をはさんだ。

 「なんのこと?」

 「この都市で起こった未解決の事件の数だよ」

 「うそ…」嘘でしょ、と頭の中に鳴り響く。それでも、法治国家なのかよ、と思う。

 「警察ってのはよ、見つけることと解決することが苦手な上に、誤魔化すことが大得意なんだよな」と、織田が言う。

 「だからさ、この際犯人探しは俺らでやろうぜ。絶対みつけてやるよ」


 と、いうわけで清美たち三人はその犯人のもとへ行って出頭するように諭すつもりだった。

 犯人の家へは、バスで行くんだ、と大神は言った。割とすいているバスの中で清美は二人に聞いた。

 「どうして今から行くアパートの住人が犯人だって分かるわけ」

 「んなことも分からないのかよ。においだよ、におい。罪を隠している人間独特のにおいをかいで断定したんだよ」などと織田は言った。

 「大神君、本当はどうやったの?」

 「特殊な塗料を使ったカラーボールを犯人の脚あたりに当てたでしょう。あの塗料が付着した衣服を探させたんですよ」

 「そんなことが出来るわけなの?」

無理だ、と清美は思った。広いこの都市からどうやったら塗料つきの衣服など探し当てられるというのだ。だいたいにして、犯人も馬鹿ではあるまい。塗料の付いた衣服など洗うか、さもなければ捨てるはずだ、少なくとも私ならそうする。

 と、いった趣旨を大神に伝えた。

 「特殊な、と言ったでしょう。あの塗料は時間がたつと消えて、上から特殊な光りを当てないと見れなくなるんだ。それに、特殊な水溶液を使わないと落とすことも出来ない」

 「ふーん。また、ずいぶんと特殊づくしなのね」

 「ところで、あの時犯人にそのボールを当てたのは、どっちだったの?」

 「あぁ、それは僕のほうだよ」と大神が誇らしげに言った。

 「あぁ、俺は外れたほうだよ」と織田が悲しげに言った。


 その後くだらない雑談話に花を咲かせながら、気が付くとバスは終点に到着していた。

 「ここからどうするの?」

清美が尋ねると「確か、こっちの方向だよ」と大神が歩き出し、つられて織田と清美は付いていった。


 フツーのアパートだった。寂れて老朽化しているわけでもなく、まさしく悪の巣窟、といった感じでもない。悪く言えば平凡、良く言っても平凡。ただただ、フツーだった。

 二階へあがり織田が一室のチャイムを鳴らした。チャイムの音も平凡。ただ、なかなか人が出てこなっかた。

 「もしもし、誰かいるのかー」

織田がしつこいくらいにチャイムを鳴らす。が、応答なし。

 「あんたたちも記者なのかい」

三人が横を向くと初老の人のよさそうな男が立っていた。

 男は亀井と名乗りこのアパートの管理人だと明かした。

 「あの…。お茶まで出して頂いて、かえってどうもすみません」

三人は亀井に招かれアパートの一階にある亀井の自室にいた。清美が謝ると、亀井が、

 「いえ、こちらこそ。こんなのしか出せなくて」

とさらに謝り返した。

 「そんなことよりも、これは一体全体どういうことなんだよ」

織田がわめき散らす。


 管理人の亀井からはいくつかの話が聞けた。二日前の深夜、織田がチャイムを押し続けた部屋に住む中里という男が、警察により傷害の現行犯で捕まったこと。取調べによりその男が三人の住んでいる都市に出没していた通り魔である可能性が高いこと。その結果昨日には数多くの報道関係者がこのアパートを訪れたこと。したがって亀井が、しつこくチャイムを鳴らす織田を見て一日遅れでやってきた報道関係者だとかんちがいしたこと、などなど。

 清美はアパートに来た目的を亀井にはあいまいな表現でごまかした。

 帰り道、妙にしょぼくれた織田のことが心配で声を掛けた。

 「どうかしたの」

 「悔しい…」

清美は織田が情けない落ち込んだ声で返してきたのには驚いた。

「何がよ、犯人が捕まって良かったじゃないの」

織田が次に返してくる言葉に清美は唖然とし、脇で二人のやり取りを聞いていた大神はとても愉快な気分になった。

 「なんで警察が苦手な分野で俺が負けるんだよー」

                                解決

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