付喪神は恋の神様
今回は付喪神のお話。
道具が長い年月をかけて大切に使われていつしか付喪神になる。
百年の月日……
私は色んな物を写してきた。それは恋をする女性であったり、告白に向かう男性だったりと様々な人達。比較的には女性が多かったのではないかと思う。だが男女を問わず使われて大切にされていたからだろうか。
付喪神となった私には性別といったモノが無い。
写す人によって変わってしまう、そんな珍しい付喪神だ、そして更に幸運な事に霊力も強く生まれる事が出来た。これらは『元が鏡という事も関係するのだろうよ』とは近所のお稲荷様のお話だ。
そんな付喪神になった私ではあるが、なったからと言って何をどうする訳でもない。でも折角こうして歩く事が出来るのだ、世の中を見て回りたいじゃないか。私が写してきたあの子達が暮らすこの世界を。
「マジ受ける、なにモデルじゃね、超綺麗ナンデスケド」
すいません、街に出てきたのは良いのですが、日本語は地域によってこうも違う物なのですか。少々喧騒な場所だとは思っておりましたが……
私の前方で池も何も無いのに釣りをする所作をしていた男性が少しずつ近づいてきて突然「釣れちゃったよ、マジデ大物ゲットできちゃったんですけど」と騒ぎ出し今の現状なんですが。これは町芸でしょうか?
「ドウヨ、奢っちゃうよ、もうお茶でも食事でも! その後も奢っちゃうから、どうよ」
何でしょうか、この方からは黒とキツイ桃色の心が感じられますね。
そう私が警戒していると、一人の女性が間に入ってくれました。
「ちょっと貴方、このお方も困ってるでしょうに、ナンパも宜しいですが、人に迷惑を掛けないようになさい、そういう行為を受け入れる相手も見極めず矢鱈滅多らに行うなど下品ですわ、渡部」
さっと背後の男性に指示をだす女性。
「はいお嬢様」
「確保」
「了解いたしました」
「チョ、マテヨ! 俺、オイマジデェ!」
さっと現れたお嬢様風の方、相手を私から遮ると同時に言い負かして、確保と告げました。すると、言葉の通じない方はアレヨアレヨと言う間に、渡部さんと言う方が、もの凄く丁寧な仕草にも関わらず反抗を一切許さない拘束で引き摺っていかれました。
何者でしょうかあの方は、同属ですかね。このお嬢様にお使えする従者に見受けられますが。
「さて、貴方も無用心ですわよ、そのような美しいお顔をしておられるのですからご注意なさい」
「あ、有難う御座います、その言葉が通じなくて困っておりました。本当に助かりました」
「フ、フフフ言葉が通じない。オホホホホ、お、面白いですわ、久々にって、本気で言われているようですわね。失礼、冗談かと思いましたのよ、せっかくこうして縁が御座いましたのですから宜しければお茶でも如何かしら」
お誘いは有り難いのだが……
「ええっとその手持ちがですね」
「あら、そのような事は御気に為さらないで結構ですわよ、そこに私の店がありますの」
うん、この女性から見える色はなんと言うか菫のような綺麗な色だ。さっきのなんだか黒かったり桃色だったりする人とは比べられないな。私の主人だった人達と同じような色だもの、少し興味があるし、ご馳走になってみよう。この体だから食べ物も必要では無いのだけれど。
「ではお言葉に甘えて宜しいですか」
「ええ、では参りましょう」
私と鹿鳴院麗華との出会いはそんな偶然から齎された。
「ところでお名前をまだ名乗っておりませんでしたわね、私、鹿鳴院麗華と申します」
「私はその付喪が、九十九各務です」
「その、お姿から拝見しますに、九十九様は……女性で宜しいのかしら」
「え、あの、その」
「あ、いえ、大丈夫ですわ、そういう事も御座いますでしょう」
何故だろう今、壮大な勘違いが生まれた気がします。流石に付喪神と名乗るのも如何な物かと咄嗟に偽名を名乗りましたが……
その後の流れは如何なのでしょうか、単純に男性でも女性でも無いと言いたかったのですが。
「しかし、羨ましいですわ……その美しさは罪ですね」
「そんな、鹿鳴院様もお綺麗ではないですか」
ハァ、と溜息を吐かれながら言いますけど、貴方も相当に美人の類ですよ?
何人もの人を写し続けた私が保証しましょう。
「ですが、私、自信がありませんのよ」
なんて勿体無い、ああ、そうか何故私がこの人を気になったのか判った、恋をしているんだ。だから自信がないのですね。そう、ならば……
「あの鹿鳴院さん、よければ私が化粧を施しても宜しいでしょうか?」
「え、九十九様が?」
「ええ、これでも化粧を施すのには自信があるのですよ」
付喪神として様々な事は出来る。人の心を色で感じたりするのもその一つだけど、多くの化粧を見続けた私にしか出来ない技術。相手の素顔を見る事ができる瞳、そして心を移す化粧を施す事ができる事。
「お願いしてみようかしら、貴方程に美しければ……」そういう鹿鳴院さんを半時程で変身させていく。とは言ってもこの人の菫のような美しさをそのまま顔に施すだけ。元々素材もいいのにいうなれば今は美という意識で無駄な物が多い。女性は化粧で化ける。だからこそ彼女の綺麗な心をそのまま写せばそれだけで魅力が数段に上がる。
「どうですか?」
「これが……私?」
「ええ、貴方の心の気高さをそのまま表現してみました」
そんな目を見開く程ではありませんよ。ちょっと固まってますけど大丈夫でしょうか。
「つ、九十九様!」
「は、はい」
ガシィと音がしそうな程の勢いで両手を掴まれたんだけど気に入りませんでしたか?
「是非、是非ともこの素晴らしい技術を広めさせて頂きたいのですがっお仕事など為されておられるのですか!」
「いえ、職には就いておりません」
ええ、付喪神ですからねぇ、現在住所不定(神社に間借り)無職です。
「な、為らば是非私に雇わせて頂きたいのですがっ」
「うーん、その雇うと言いますと」
「この見事な腕を在野とするのは罪、私が経営するサロンで是非腕を振るって頂きたいのですわ」
如何しようか……
まあ嫌われても仕方が無いけれどきちんと説明はしなくちゃね。
この人はいい人だし、嘘を吐いて断るのも気が引けるな。
なにより自分の為にいってるんじゃないんだよね。
「鹿鳴院様、お誘いは有り難いのです。それは本心ですが、事情がありましてお応えする事が出来ません」
深く頭をさげてお礼と共に謝辞した。
「事情で御座いますか?」
「ええ、先ほど私が九十九と名乗ったのは私が付喪神だからですよ、信じられないかも知れませんけど。それに化粧を施すにも相手の心を移して施しますから、相手によっては全く意味を成さないのです」
「え、っとその九十九各務と名乗られたのは……あ、偽名なのですわね」
「ええ、貴方の真摯なお誘いを嘘で誤魔化すには忍び難いですから」
鹿鳴院様は言葉を失ったように固まられました。御免なさい、自分だけではなく幸せを多くの人にと願う貴方の心に答えられず……
ですが、貴方に施したその化粧は本当に貴方の素晴らしさなのですよ。
「では、私はこれで」
「お待ちになって!」
再度ガシィと掴まれる手首。
去ろうとたち上がったところをホールドされてしまった。
「九十九様、貴方が付喪神というのは本当なのでしょう、ですが敢えてそれでもお願い致します。貴方が認めた相手だけで構いませんの。是非その化粧の腕前を生かす道を私に用意させて下さいませ」
結果的に言えば私は彼女の根気に負けた。
現在都心の有名なサロンで日々訪れる恋する女性に化粧を施している。施すのは私が見て認めた相手だけ。権力などで強要することもできないように鹿鳴院の力が働いているのだとか。だから、この店に訪れる事が出来るのは恋をしている女性のみ。ここに辿り着くにはそれは厳しい審査があるらしい。まるでお伽噺の世界にある館のようだ。
いやそれよりも厳しいのかもしれないな。
そうそう、今度の日曜には麗華さんの結婚式。旦那様はあの渡部さんだ。フフ、想いが届いて良かったですね。今度も気合を入れて化粧させてもらいますよ。
此処は不思議なサロン。此処でメイクをすれば想いが可能と言われている。
そんな噂が社交界には広がっていた。
「どうぞお嬢様、こちらが貴方の素顔です、きっと愛する人に想いが届くでしょう」
今日も私は女性達を送り出す。
一人ひとりの心を表す化粧を施して。
世界で一番美しいのは貴女達だとそう告げて。