伝説になったスライム神の物語
短編に投稿したものを収録
それはこの世界に初めて生まれた魔物だった。
スライム。
あらゆるゲームで活躍する雑魚の代名詞と言える存在。
幾多の勇者と戦い、多くの世界に存在する魔物。決まった形を持たず性別さえ持っていない存在。
雌雄同体でさえなく眷属を増やすのは分裂作業のみ。
これはそんなスライムの始祖である存在が長き時を経て辿り着いた一つの物語。
魔王、いや全ての生物が誕生するよりも遥か昔。この世に一匹のスライムが誕生した。
スライムが分裂を繰り返した結果が今の魔の体系を作り出した事は知られていない。このスライムが始祖スライムと云われる事も同様だ。
スライムがスライム以上の生き物となるべく進化を進めた結果として魔族が生まれた、またあるスライムの子孫は他生物を乗っ取る能力を得て魔獣作り出す事に成功した。
単純にそのまま大きくなってビッグスライムとなったスライムの子孫も居れば、毒をもったり魔法を使えるようになった固体も存在する。そして進化は進み、流体金属スライムなどが生まれた。
だが始祖たるスライムについては誰も気に留めていなかった。
寿命と言うものを持たず常に増殖する始祖スライムが進化したのは自己細胞を分裂し始めてから11億5千万年の時間が過ぎていた。
スライムの子孫や魔族が台頭し、魔族対人間という世界。
始祖スライムは深い谷の底で時折落ちてくる獲物や水源で栄養を取るだけの生活を続けていた為に誰にも束縛されず生きていた。
普通の魔物は魔王の支配下にある、だが始祖であるが故にその支配力さえ関係がなかったスライム。
なんでも取り込める始祖のスライムはそんな悠久の時の中で少しずつ進化を続けていた。
そして大きな切欠が訪れる。
追われて逃げていたスライムの一匹が谷へと転落した事。
そのスライムを同化した事が切欠で始祖スライムに明確な自我が生まれる。
それからも何が原因なのかは不明だが複数のスライムや魔物が谷へと落とされた。 奈落と言われる谷の底へと訪れる者などおらず落ちればそれは即ち死を意味している。生還者は魔物だろうが人間だろうが関係なく皆無。
故にそこで何が起きたか記録する者は居なかった。
魔王率いる魔族と勇者が率いる人間の戦いの裏で進む進化の兆しに気が付く者が居なかった為に、始祖スライムがその身に溢れる魔力を溜め込み進化の第二段階に到達しても止める者は居なかった。
ドラゴンだろうが高位の魔族だろうが全て始祖スライムの進化の餌だった。
別段争いたかった訳でも無く落ちてきて挑んでくる者を返り討ちにしただけだったが彼らはある意味で教師でありそして材料だった。
気が付けば魔王よりも強い一匹のスライムだった者がその谷底を住処とするようになる。
不定形である事は形を自由自在に変える事ができる事であり、最初は竜の姿を真似たり、落ちてきた魔物などの姿を模したが一番動きやすいのは魔族の姿だった。
単にスライムの個性というか趣味的な問題で魔族らしからぬ白銀の体という仕様になったのは最終進化の末の流体金属スライムとしての本能によるものだったかもしれない。
空中に漂う魔素エーテルを取り込む事さえ可能で食事の必要さえ無くなったスライムにある日使者が訪れた。
「スライムの限界を超越してしまったスライムだね」
「……誰」
「フフフ、これでも神と呼ばれる存在なんだ」
「神様って事?」
偉そうに話かけるでも無く語りかけてくれる初めての存在。攻撃もしてこないものなど今まで居なかった始祖スライムは喜んだ。
「世界は神によって管理されていてね、君もその神になったんだよ」
良くわからないといった風の始祖スライムに神は丁寧に説明してくれた、種としての限界を超えて一定以上の魔力を持つ者が世界を司る一旦を担う事になっていると。
「何をしたらいいのです?」
始祖スライムは世界を司ると言われても困る。
「そうだね、僕は人間から神になったから人間に関しての導きを担当してる。他にも大木になった木の精からなった神なんかもいて森に関して司っていたりするから、関係の在る物がいいかもしれない」
そういわれるとなんとなく自分なら始祖のスライムだからスライムなのかなと考えた始祖のスライムだった。
だから希望としてスライムを司る事は可能ですかと聞いてみた。
「うーんスライムに関してか……判らなくもないんだけど結構難しいよ?」
「それは如何してでしょうか」
「僕は人間を導くという役目だけなんだけど、心から生まれたりする神も居てね、そういった神で強大な邪神がいるんだけど、これは意思がその拠り所なんだ、邪悪なる意思を全て司ってる」
反対に善なる神もいるが悪意という相対にしては力が弱く、108の欲望などまで司る邪神が非常に強いとの事、そして何故に始祖スライムがスライムに関して司るのが難しいかを説明してくれた。
「要はスライムも一種の魔物として世界に認識されている。そしてその魔物を支配しているのが魔王なんだけど、この魔王は邪神の僕なんだよ」
「でも、スライムに善も悪もありませんよ、それはスライムたる私が一番良く知っている事です」
「そうなんだ、うーん」
「一度その邪神さんとやらに会ってみようと思います」
「え、マジで。あれは危険だよ」
「でもスライム達が支配下になっているのは始祖である私にとっても問題ですし、神様どうしなら話を聞いて貰えるかなって」
「うーん、うーん、でも気をつけなきゃいけないから一度天界に来てから色々と学んでからにしたらいいよ」
「わかりました」
非常に素直な始祖スライム改めスライム神。初めてあった使者がこの神でよかったと思っている素直さ。善も悪も基本的に関係無い生活を続けてきているし、基はスライムだが秘めている力は途轍もなかった。
一切の物理が無効、そして途方も無い魔力によって本来弱点だった事を克服しているのだから当然だろう。
倒せる者が居るとすれば神のみ、始祖スライムが神になるのも当然だと迎えられたのはある種の必然でもあった。
天界で司るという術や邪神についての注意を受けたスライムは色々な神から教えを受けた。
魔族の姿といえど光り輝いているので受けも良かったが最近芸術の神からのアドバイスを受けてショタならぬ美少年とも美少女とも取れる姿になっている。羽は翼に変えられて煌いていて人間がみれば確実に勘違いをしそうな程に神々しかった。
神なので神々しくて問題はないが、誰一人として元が始祖たるスライムなどと気がつかないだろうなと苦笑する神々だった。
そして運命の日が訪れる。
新たな神の紹介と言う事で邪神を招待し始祖スライムがスライムを司る事を告げる事になっている。
場所は天界であり狼藉はないだろうと言われていた。
邪神も神であるかぎりは制約がある。
この世界の創造神は善も悪も等しく存在するようにしている。邪なる者でさえ創造主が作り出した者であるが邪であると断じているのは創造神ではないのだ。
「初めまして始祖スライムで神になりました」
「フン、貴様が当たらしい神だと。面白いなスライムが神などというのは」
「私も驚きましたがこうして神となれたのでご挨拶とそして司るものについてご相談させて頂きたかったんです」
「ほう、なかなか謙虚ではないか」
「ちょっと前まで単なる始祖スライムでしたし」
「ハッハッハ悪くないな」
「まあ、それでですね元がスライムなので、できたら司る対象をスライムにしたいんですよ」
「駄目だな」
当初薄い笑みを浮かべていた邪神が突然表情を凍らせて拒否した。
何故そんなにも突然拒否するのか始祖スライムには判らない。
「へ? えっと如何してでしょうか、スライムには善も悪もないのです」
「判ってないのか、スライムは魔物、魔物は全て魔王の配下であり我が眷属、どうしてもスライムを司りたいというならば貴様が我が属神となるならば許してやらんでもないがな、クックック」
それは従属し使えろと言う事、神が神に下るというのはプライドを捨てろといい、生殺与奪の権利や司るものを差し出す行為である。
最初から属神として生まれる者も中にはいるが、誕生した神を新たに属神にするというのは屈辱と同意義であった。
「それは! 何故私が貴方に下る必要があるのです、先に述べたようにスライムに善悪は無いんですよ」
「簡単なことよ、スライム程簡単に増殖し餌として有能な家畜はおらんからな」
「なっ!」
魔物の家畜として食料としてしか子孫たるスライムを見ていない?
それを知った始祖スライムの嘆きは深かった。とは言えど神とは信仰の多さ等によって、そして司る物によってその力の上下関係が決まってしまうだけでなく、力関係までその影響があるだけに魔族と悪意や煩悩を司る邪神は強大だった。
属神として魔族の様々な種から生まれた物も少なからず存在する。
逆立ちをしても今の始祖スライム神では太刀打ちなどできない。
多くの神々の忠告を聞いていた始祖スライムは悔しいと思いながらも己の激情を抑えた。
「そうですか、スライムの事は残念です。私は別の物を司ります」
「そうか、ハッ、所詮はスライムからの神ってことだな大局も見極めれないとはな」
邪神からしても物理無効、属性魔法まで無視するスライムの神は侮りがたい。なんだこの反則野郎と思いつつ対談したのだ。だが所詮はスライム、スライムなど食料に過ぎないとも侮っていた。
訣別してしまった会談の結果、始祖スライムは己に近い生物を司る事を望み、そして神々と交渉し許された。
お陰で酒の神様や森の神様、食の神と色々な神と知り合いになった。
多種多様な細胞だけで生きている生物に関しての司を得たのである。
そして神々には期間限定で構わないのでと付け加えるのを忘れなかった。
始祖スライムが司りたいのはあくまでスライムだったのだ。
そして時が流れ地上世界に激震が走る。
魔王率いる魔族と勇者率いる人族が和解したのだ。
更に邪神の司教でもあった魔王を初めとして魔界の司祭級達の死亡が伝えられた。人間の国々では豊作が続き、一方豊かでなかった魔界でも大地の改善が為されたかの如く作物が取れだし。
毒の沼は綺麗な池に、毒ガスの充満した死の森は動物が住む事が出来る森へと姿を変えていった。
突然の出来事に慌てふためいたのは邪神である。
己の力の源は人々の怨嗟を初めとした争いなどの心。そして魔族からの信仰であった。
それが途絶え始めたのだ。
突然の魔王の死亡など想定外に程がある。
魔王は突然側近に殺された。
訳がわからない。
所詮は生物である魔王だから死は訪れるが側近にしろ全員魔族であり洗脳されていた筈。
それが突然魔王を殺すなどあってはならない出来事なのだ。
己の信仰や支配している筈の種族からの力が失われていく。
止め処なく流れ出ていく自分の力だった物を失う事に恐怖した。
何故だ、如何してだと考えても判らなかった。
その時である。
「こんにちは、邪神さん」
「貴様は……スライム出身の愚か者か、何の用だ、私は今忙しいのだ」
高がスライム出身の意気地も無い神如きがこの緊急時に何だと不機嫌になる邪神。その様子を見て薄っすらと笑みを浮かべた始祖スライムのそれは対照的でさえあった。
「信仰がなくなって大変ですね」
「貴様! 何故それを知っている」
「貴方の従属神になってた方々の状態を考えれば判りますよ、片付けるのも簡単でした」
「な、ん、だと?」
「ええ、貴方の従属神の方々はもう居ませんよ」
突然の宣言に理解する事が出来ない邪神をさらに始祖スライム神が追い討ちをかけていく。
それはジワジワと溶かすような言葉の攻撃だった。
「簡単な事でしょう? 神とはその信仰と支配する種族の繁栄によって力が変わってくる、ならば支配する種族全てが居なかったらどうなりますか」
「まさか全ての魔族を消したとでもいうのか貴様! だが魔王が死のうが我が眷属は滅んでいない」
「ええ、見た限りではそうですね、ですが魂は眠り肉体は一時的ですが既に別のモノだとしたら?」
菌にはじまる全てを司る始祖スライムは相手の意思さえ自由に操れる粘菌を生み出し魔族全てを支配した。
そして魂を一時的に封印し邪神への力の供給をストップしたのだ。
「答えは簡単ですよ、貴方の今の現状が答えだ」
「望みは、貴様の望みはなんだ」
「スライムを司る事、でした」
「ならばくれてやる、スライム如き勝手にすればいいだろう」
「そうして、また餌にすればという思惑が透けてます、ステイルメイトなんです邪神さんは」
「なんだと!?」
驚愕に染まる邪神の表情、そして余裕をもって始祖スライムは告げていく、お前はもう終わりだよと。
「邪神というのは消えませんよ、思念の神ですからね、ですから私たち多くの神でその力を封印させてもらいます」
現れたのは人の神や善なる意思の神達。始祖スライムの神が神となって仲良くなった神々が集まっていた。
「貴方は邪神である事で本来あるべきコントロールを忘れ、神ではなく支配者となろうとしてしまいました、故に封印となります」
「認めん、認めんぞ、高がスライムの分際でぇ」
殴りかかった邪神の一撃は始祖スライム神を捕らえる。だが物理に加えなけなしの神力を込めた一撃も数多くの信仰を集めている始祖スライムの神には届かなかった。
「勝ち負けは生まれない状態なんですが……貴方程力を失うと自我まで失いかねませんよ?」
「認められぬわ、そんっ」
最後のセリフは何だったのか、始祖スライムが放った一撃は邪神の意思を飲み込んでしまった。
スライムの始祖、言わばどんな魔物よりそして魔に関する生き物以上に古くから存在する始原たる者。
雌雄すらなく己を分裂して増やした者達が自我を獲得した場合に寄せられる信仰の力は強大だった。
生みの親であり元である。魂の位は輪廻の回数が低いほど高い。邪神は人が生まれてからがその存在の開始であったが始祖スライムは自我こそ近年の芽生えだったが存在は途轍もない程の昔からである。
始祖スライムの方が信仰による力が増えた結果敗北するのは邪神の方だったのだ。
そして邪神はスライムに包まれて封印されてしまい、思考することさえできなくなった。
その後、始祖スライム神は協力してくれた神々に司の権利を返したりしつつスライムを司る正式な神様となった。そのままでも良いのではと言った神々に始祖スライムは言ったという。
「私は自分の分裂体であり、自身の分身でもある彼等と彼等の子孫の事を見守るよ? だって神様になっても私はスライムなんだから」
伝説になったスライムの神様の話は一部の魔族と神々の伝承にのみ残っている。