異世界召還された
足下には魔法陣が浮かび、目の前には煌びやかな服、白い衣、黒いローブのファンタジーな格好の集団。
しかもそれの向こうには剣や槍をもった兵士がずらり。
「なんてこった…」
岩清水流移21歳独身女。
これって異世界トリップですよね…。
「勇者が…女性!?」
明らかに西洋風な世界なのに言語は日本語なんですかそうですか…。
それとも自動翻訳?
何にせよトリップするなら私ではなく弟にしてほしかったですね。
弟はファンタジーオタクというのか常日頃から異世界に勇者として召還されたいと言って憚らない中二病患者(17歳)で
『俺はいつか異世界に行ってしまうけどそれが運命だから悲しまないでね』
なんて言いつつ木刀片手に庭で素振りをしてるお茶目なやつだから。
ちなみに木刀片手は文字通りの意味です。
『木刀は片手で振り回すものじゃないから真似しないでねー』
と弟を見て目をきらきらさせる子どもたちに言うのは私の役割で、近所のおばさんたちへのフォローはお母さんの管轄だった。
しかも弟はそれだけでは飽きたらず
『俺が勇者なら姉ちゃんが巫女として一緒に召還される可能性もあるかも!? 姉ちゃんも一緒に備えよう!!』
とか言って私に異世界トリップ物の小説を無理矢理読ませたり、挙げ句の果てに
『魔法は知識と想像力!! 俺達選ばれた者は呪文なんか必要ないんだ!!』
とほざいて水や火の元素やら雷や竜巻といった自然現象の解説、テレポーテーションするにはこんな理論がとかを私がリビングで寛ごうとしている間に延々と語ってくれました。
無視すれば部屋まで押し掛けて来るあの執念。
姉ちゃんはそれを学業関係に向けて欲しかったなぁ。
でもそのおかげで姉ちゃん今すっごい冷静だわ。
ありがとう弟。
「しかし勇者を男性に限っていなかったのでこのような事態も…」
「しかし女では…」
「魔力が強い事だけを召還条件にしたせいで…」
にしても人を了承なく召還しておきながらこそこそと丸聞こえの相談をするんじゃない!
私に弟がいなければ今頃取り乱してヒステリックに喚き失神していてもおかしくない状態なんですよ!
「あの、女では駄目なら帰して貰えませんか?」
今更だが私は寝間着姿です。
パジャマではなく下半身スウェットに上半身Tシャツの完全家装備。
休日だというのに弟の妄想語りに捕まりようやく解放され正に昼寝でもしようかとした時に召還されたのだから仕方無い。
取り敢えず私じゃ駄目なら帰して欲しい。
社会人の休日は学生の休日より貴重なのだ!
「こ、言葉が!?」
「異国の者かとばかり…」
「これが召還に選ばれた者の能力…?」
だから私を置いて相談するな!
それにしても先ほどからごちゃごちゃと言い合っているのは白い衣の神官ぽい人と黒いローブの魔術師っぽい人達だけで、煌びやかな王族っぽい人達は難しい顔をして私を見ている。
5人の煌びやか集団は恐らく国王夫妻とその娘3人だろうけど…。
3人娘に至っては私を睨んでいないか?
何故睨む!!
勝手に召還しておいて不平不満を露わにするな!!
文句があるなら帰しなさい!!
口に出さないのは弟に読まされた本に召還されて早々不敬罪で投獄される主人公がいたからだ。
闇落ちは勘弁したい。
「勇者よ」
ようやく話が進むのか。
にしても私が勇者で良いんですか女ですけど?
苦い顔で私を勇者と呼んだ王らしき男に周囲の人間が注目する。
不満が有るならこっちを睨まず父親らしき男に文句を言いなさい3人娘よ。
「名を何という」
自己紹介から初めてくださいませんかね…。
いえいえ権力には従いますよ投獄されたくないからね!
「ナガレ・ウツロと申します」
だが本名を名乗るとは言ってない!
弟が読んだ本に名前で縛られ無理矢理魔王退治に行かされた主人公がいたせいで
『仮の名前を考えておこうと思う』
と言い出した事があった。
いつもの事で長々と絡まれるのが面倒だったから
『じゃ、ナガレ•ウツロで』
と即決したものを使う日が来るとは…。
その時弟はぶつぶつと
『アレクサンダー……アルフレッド……………いや、アドルフ…?』
などなど、洋風な名前を呟いていたから
『鏡で自分の顔を見ながらその名前で自己紹介してみな』
と言って実行させたら、日本人顔と横文字の名前がいかに合わないかを理解したらしく私と同じやり方で偽名を決めていたなあ。
「ナガレよ、そなたは秘術によりこのアルトニアとは異なる世界から召還された。 召還されたそなたにはこの世界を蝕む魔王を討ち果たす使命がある」
ちょっと待って下さい拒否権は無いんですか?
というかこの世界の問題はこの世界の人間で解決して下さい。
私、無関係。
「……どうすればよろしいのですか? 先ほどの、あちらの方々の言葉を聞くに、女の私では不満のようですが」
かーえーせ!! かーえーせ!! さっさと家にーかーえーせー!!
心で罵り口当たりは柔らかに。 しかしちくりと刺すのも忘れない。
流石に理不尽過ぎるしさっさと帰りたい…。
「勇者殿に不服がある者はいるか?」
「滅相もございません!!」
「だそうだ。 かくいう私も勇者殿が女性だとは思ってもいなかったので、失礼な態度であったと思う。 許せ」
おいこら許せじゃない!!
絶対悪いと思って無いだろ!!
あとお前ら手のひら返すの早いわ!!
というかいい加減名乗れ!!
しかし口には出さない。
私は忍耐強い私は忍耐強い……ふう。
「気にしておりません」
「そうか。 申し訳ないが直ぐに装備を整えて魔王を討つ旅に出て貰いたい。 供にはこの国でも上位の腕前を持つ剣士と魔術師、神官をつけよう」
ちょ、話早いよ!
歓迎の宴とか宝剣を授けるもしくは魔力の目覚めみたいな儀式も無しか!
私じゃないと駄目な理由とか魔王の悪行の数々とか被害の説明も無しか!
帰る方法すら聞く暇も無いの!?
……なんて損際な扱いだろうか。
これは酷い。
私の人権は無いのか。
あれよあれよと装備(胸当てや籠手、脛当てや靴など)を渡され剣を1本選ばされ、気付けば私は装備品に両手を塞がれた状態で城門まで追い出されていた。
着替えすらさせてくれないとかおかしいでしょ!
しかも結局誰も私に自己紹介しなかった。
王族だったのか神官だったのか魔術師だったのか全てが謎のままとは…。
目の前には微妙な顔と無表情と胡散臭い笑顔と怒り露わな顔の男が並んでいるしいくらなんでも酷い。
私に弟がいて理不尽な扱いをされる主人公の話を読まされた事があったから大人しくしていたけど、それでもここまで酷くは無かったそ!!
……私が発狂しないのは弟のおかげです。
ありがとう弟…。
そして頼むから今すぐ私と場所を変わってくれ。
男ならきっとこんな扱いはされなかったみたいだしお前の望むファンタジーが得られるはずだから…っ!