第2話:空へ
川面に反射した日の光が、エプロン姿の若い女性を照らす。
「皆さんこんにちは。一文字岩鉄先生のクッキングエルボーは今回も野外ロケです」
河原に設置された特設キッチンの向こうにいる若い女性を、テレビカメラが画面にとらえる。
「それでは登場していただきましょう! 先週入院して、峠を行ったり来たりしていた一文字岩鉄先生です!」
カメラが若い女性の隣にレンズを向ける。そこには青白い顔をした男が沈んだ雰囲気をまとわせて立っていた。
「先生、顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
「……うむ……少々調子が悪いが……気合で何とかなる」
「先生、無理はなさらないで下さいね」
男はゆらゆらとふらつきながら、川の方を見ていた。
「……うむ……いい川だ……向こうの花畑は……きれいな物だな」
「?」
男の見ている方向には、石の転がった河原が広がっているのみ。
若い女性が目を凝らして男を見ると、体の向こうの景色がうっすらと透けて見えた。
「それで先生、今日のメニューはなんでしょうか」
「……呼んでいる……行かなくては」
男はふらふらと川へと向かって歩き出した。若い女性は、キッチンの調味料入れから塩を一掴みすると、男の背中に投げつけた。
「ぐおっ!」
塩がかかった男の背中から蒸気のような物がたちあがる。
「先生、しっかりしてください」
「う、うむ。何か夢を見ていたような……」
男は目をぱちくりさせていたが、自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。
「それで先生、今日のメニューはなんですか?」
「うむ、今日は近くに川があるので、魚でいきたいと思う」
「それはいいですね。では先生、よろしくお願いします」
「うむ、それではまず魚を捕まえよう」
男は背中から蒸気を吹き上げながら川へと向かって歩き出す。最初はしっかりした足取りだったが、次第にふらふらとゆらめき始めた。
「……分かった……今そっちへいく」
若い女性は、キッチンの戸棚から日本酒を取り出すと口に含んで男の背中に向かって吹いた。
「ぐおおっ!!」
全身から蒸気があがり、河原でのたうち回る男。
「先生、しっかりしてください!」
「う、うむ、どうも調子が悪いな」
男の体から蒸気があがるごとに、向こうの景色がより鮮明に見えるようになっていった。
「先生、やはり無理はなさらない方が」
「いや、男としてやり始めた仕事を途中でやめるわけにはいかん」
男はそう言うと、道着から短冊のような紙を取り出した。
「先生、それはなんですか?」
「うむ、我が氏神である八幡様のお札だ。くじけそうになった時はこのお札に助けてもらってきたのだ」
男はお札を両手に持って額に当てた。全身の蒸気が激しさを増していく。
「あの、先生?」
「やはり八幡様だ、こうしていると気分が―――」
男の姿は吹き上がる蒸気と共にかき消すように見えなくなった。道着がふわりと河原の石を覆うように落ち、お札は支える物を失いひらひらと舞い落ちる。そこへ一陣の風がふき、お札を川の向こうへ連れて行った。
風が通り過ぎた後には微かな花の香り。
「それではまた来週」