第1話:滝へ
木々に茂る緑の隙間から差し込む光が、エプロン姿の若い女性をやさしく照らす。
「皆さんこんにちは。今回の一文字岩鉄先生のクッキングエルボーは、ご覧のとおり野外ロケです」
河原のデコボコした石に苦戦しながらテレビカメラは若い女性をとらえる。
「あの大きな滝をご覧下さい、岩鉄先生はあの滝の上にいらっしゃいます。先生、聞こえますか?」
カメラが切り替わり、滝の上を映し出す。水がはるか下に落ちる時の体に響く重い音と共に、褌姿の男が映し出された。
角刈りに鉢巻、鍛え上げられた肉体には大小無数の傷が刻まれている。特に、左肩から鳩尾を通りわき腹にまで続く大きな傷が目立つ。
「先生、胸の傷がすごいですね。やはり修行の際に出来たのですか?」
「うむ、これは以前、自力で盲腸の手術を」
「なんと本日は岩鉄先生が滝に飛び込むそうです。先生、これも修行の一環なのでしょうか?」
「切ったはいいが盲腸が見つからなくてな、そうこうしている内に」
「ご覧下さいこの滝! 自然という物の力をまざまざと見せ付けてくれています」
滝から絶え間なく水が流れ落ち、滝壷にしぶきを上げる景色が映し出される。荘厳ともいえる光景が広がっていた。
「それでは先生、そろそろお願いします」
「うむ」
男は胸の前で手を合わせて目を閉じた。人の音が消え、水の音が辺りを支配する。
ゆっくりと男が目を開く。心身ともに気合が充実し、その目には微塵の迷いもない。
「はっ!」
気合の声と共に男は足場の岩盤を蹴り、体を宙に躍らせた。手をまっすぐに伸ばし、頭を下にして滝の水と共に落下していく。
そのまま男は滝壷の水しぶきの中へと消えていった。
「先生が飛び込みました! 大丈夫でしょうか」
若い女性は川面をただ見つめている。
滝の水は途絶える事無く、滝壷に向かって流れて落ちる。
滝から離れた水は川の流れとなり海へと向けて遥かな旅にでる。
一部は大地に潜って遠回り。一部は大気に昇って運任せ。
流れは常にうつろい、全体では一つにまとまり同じ場所を目指す。
それは昔から変わらず、そしてこれからも変わらない。
川面は移り変わりつつ、何事もなく、流れていく。
「それではまた来週」