乙女ゲーに転生したんですが、攻略キャラが全員ホンワカパッパ系男子なので攻略したくありません
私は気づいてしまった。春という夢と期待の詰まった美しい季節。
五年三組と書かれた教室に入った瞬間、私の中に眠っていた前世の記憶が蘇
ったのだ。
主に青いタヌキ。この丸めがねは忘れない! 野場伸太、知的な見た目とは
裏腹に実は天然で優しく、狙った獲物は絶対に逃さないスナイパー。
次に目に入ったのは新川澄夫。超ゴージャスな家のおぼっちゃまで切れ長の
鋭い目つきが特徴。澄夫君に影響されて目をギュッと細くする痛い男の子が続
出するなどの報告まである、男女問わず人気なハワイのキング。
そして最後は倖田武男。強面な顔つきといかにも乱暴そうな言葉遣い。でも
本当は心優しく、仲間のピンチには命を賭けても守りぬく、まさにレスキュー車。
私はこの世界に転生してから十一年気づかずに生活していた、本作の主人公
皆本静乃。――今日になってやっと名前の由来が分かった。
それにしても何よこのゲーム。小学生が小学生を攻略する乙女ゲーとか誰得
よ! しかもビジュアルがホンワカパッパ系男子とか、その幻想はありえませ
ん!
――本当! この三人の顔を見るまで私は自分が転生したことさえ、思いも
しなかった。
っていうか、普通思わないよね。
「静乃ちゃ~ん」
野場君の甘い声とともに、机に置かれた彼の立派なお手手。
――野場伸太。今日から同じクラスになる男の子で、実は家が近所だった。
青いタヌキを飼っていて、静乃の事をただのクラスメートとは思っていないよ
うだ。――って何だこれ。
いわゆるキャラ紹介ってやつ? 頭の中に文字が羅列されて、読みたくない
のに勝手に識別してしまう。
――スキップとか押したらどうなるのかな?
凄い速度でペラペラしゃべりだす野場君。私は面白くて面白くて、爆笑しな
がら手を叩いた。
しばらくは会話シーンを早送りする遊びをして、退屈を紛らわしていたのだ
が……選択肢が増えるにつれて、それも不可能な物となってしまった。
しかもストーリーが進むにつれて、全員小学生らしからぬ甘い言葉を漏らす
ようになり――パンツインシャツの短パン男子に「君の笑顔は一億円の夜景よ
りも美しい……」なんて言われても何も嬉しくない。
新川君のシナリオもそう。
突然家に呼ばれて「僕のゲームを好きなだけ持ってってくれたまえ……」こ
れならまだ小学生っぽくていい。
でも今じゃ「毎晩静乃の事が頭に浮かんで眠れねーんだよ……♡」
――なんのバツゲームですか、これ。
倖田君も、シナリオ開始直後は――私が六年生に絡まれているのを見つけて、
傷だらけになりながらも必死に助けてくれる。
――凄く格好良いキャラだったのに……
「俺を見て……静乃がドキドキする夜をプレゼントするよ」
もうやだこの小学生。
――これがゆとりか……
私はそんな小学校生活を過ごし、中学校へと進学した。
――誰とも好感度を上げずに進むと自動的に野場君ルートへと分岐するらし
く、中学校のクラス分けで野場伸太とは同じクラスになった。
「俺だけを見て……」
「静乃は笑顔が一番可愛らしいよ……」
「俺以外の男子なんて視界に入らないような……静乃に甘い夜をプレゼントす
る……」
中学生になればまともになるかと思ったけど、前よりも悪化した感全開だ。
――あと所構わず手の甲にキスするの止めてください。
私は高校進学を控えた春休み――ジャージ一着で山に篭ることにした。
――別に麻雀のためだとか、大切な親友と一緒に遊ぶためとかそういうので
は無く。単にこの生活に嫌気が差したから……誰だって一度は通る道、そうい
うお年頃なんです。
私は小学校の裏山の頂上に寝転がり、今までの人生を思い出してみた。
――四人で遊びに行ったこと。野場君と一緒に登下校した毎日。クリスマス
に貰った野場君からのガラスの指輪――あれ? 何で私泣いてんだろ……
「静乃っ……」
身体中に傷をつけ、泥だらけになった野場君が息を切らせながら私の目の前
に来た。
――何? 用事が無いなら帰ってよ。
「良かった……静乃がここにいなかったら、俺どうしようかと思ったよ……」
身体中の傷は、犬に噛まれた物やドブに足を突っ込んだ跡や、茂みの中でも
入ってきたみたいな――
「そんなに心配するとか……あんたバカなの?」
野場君は私の隣に座り、空を見上げた。
「憶えてるかい。俺と静乃が初めてここに来たときの事を……俺が選択肢二つ
のテストで0点をとったとき――」
野場君の手が私の手に重なった。
「静乃は俺を励ましてくれた。――凄く嬉しかった……もしかすると、あの時
に初めて静乃の事を特別な女の子だと思うようになったのかもしれない……」
野場君の優しい笑顔に思わずキュンとなった。
――山に篭るなんてバカなマネはよして……これからもずっと野場君と――
二人の唇が重なり合う――このゲームにバッドエンドなる物が存在しなくて
本当に良かった……
そして私たちは――これからも一緒の町で一緒に暮らして、最後は永遠の幸
せを誓い合いながら結婚し――
最愛の息子。伸介が生まれた。