緑人族②
綺麗な、髪と瞳は私の誇り
先祖代々、受け継がれ続けて来た薬作りの腕もまた、私の誇りで
緑人族であるということが、誉だった
エーティスは東端、シュレイアの中でも巨木を中心にした森でアーシャが暮らし始めたのは八年ほど前の事だ
十年前、突如として一族のみで暮らしていた島を襲撃され、賊によって拘束
母と弟と共に人を売る裏の世界の店で首輪を嵌められ格子越しに<商品>として外を眺めていた
そんな私たち三人を言い方はアレだが、買って、<商品>から<人>にしてくれたのが、貿易に訪れていたセルゲイ様だった
そうして、<人>から<アーシャ>に戻してくれたのが、レイン様
『きれいなめねぇ・・・ひどいこと、されたのに
こころもからだも、とってもきれい』
ニコニコと幼子特有の笑みを浮かべながら、しかしアーシャを褒めたその台詞は、親が子供を褒めるように暖かで
日溜りに居るようにぽかぽかと心が温かくなったのを昨日の事のように覚えている
そんなレインは、今、依然行方が分からなくなっている影の民の生き残りを暇を見つけては捜し求めている
影の民がこのシュレイアの住民となって二年・・・行方不明者の数は随分と減ったが依然ゼロには程遠い
その数をゼロにするは難しいが、それでも出来るだけ、力になってあげたいのだとレインはアーシャに強い眼差しでそう告げた
大切な、日溜りの主がそう願うなら、何時でも力になれるよう腕を磨いておくのが役目だと今日も腕を捲くり薬の調合をするのだ
レインやセルゲイ達を取り巻く環境は、けっして見た目通りの田舎とも平和ともいえない
領内は自警団が確立され、影の民達の進んでの働きも合って平和ではあるが、領外は違う
特に、国境を領地にもつシュレイアであるからこそ、外交には気を張り続けている
「セルゲイ様はともかく・・・レイン様まで両手を広げて私たちを守ろうとするんだもの」
・・・小さな小さなレイン様
まだ十になったばかりだというのに、何時だって全力で両腕を広げて、盾になり守ろうとしてくれる
それは嬉しくももどかしい・・・
「姉さん、何をぶつぶつ言ってるの?不審者だよ」
「辛辣な言葉有難う。トール
レイン様がまた無茶やっていないか心配しているのよ」
「あー」
幾ら止めてもあの方は止まんないよなぁ、とトールはガシガシと緑の髪を掻く
「最近俺は、あの方を止めるの諦めの域に達してるんだよね
幾ら諌めたって、頑固だからさ、出来る事と出来ない事ぎりっぎりを見極めてやるからさぁ
だから、逆に立ち止まらないようにサポートする事にしたんだよね。
止まらせようとする障害物は、排除して、動きやすいように場を整えるのもサポートするこったろ?」
「・・・一理あるかもしれないけど、」
「けど?」
「それで貴方、最近薬だけでなく毒にも手を出してんのね」
「せいかーい」
薬と毒は紙一重だ
良薬を作り出す腕で劇薬だって作れる
それが緑人族の脅威でもある
「なにせ、腕っ節は強くないからさ。」
「・・・そうね。」
苦く笑うトールにアーシャも笑った
「アーシャ!!トール!!」
姉弟二人、笑い合っていれば己らを呼ぶ声
子供特有の高めのソプラノは聞き慣れた愛しい日溜りの主のもので、二人は顔を見合わせ呼ぶ声の元に駆ける
緑人族の森の中腹、一族の居住地区で他の一族のものに囲まれているレインの姿があった
そして、同時に彼女が手を引いている二人の子も目に入る
少し痛んでいるが、一族特有の緑の髪の子供達
「外交先で、見つけたの。
メルとアルよ。双子で、四つになったばかりよ」
レインが手を引いていた二人の子供をそれぞれ一歩前に立たせれば、子供は同族をこれほど見た事が無いのか瞬きを繰り返す
「メル、アル、貴方達の仲間よ。これからは、ここが家よ
そして安心して。私が二人を守るわ」
ニコリと笑って子供に視線を合わせるレインを見つめ、また、賑やかになる、と笑った
「それで、彰夏?そこの男の方は?」
「レイン様の願いに応えたせいで前職を首になってな。自分の責だからと雇われたのだ
名はゼン。褐色の肌から分かるとおり、南の出身だ
腕に覚えがあると言うことで、自警団の指南役になるそうだ」
「あらま。彼は納得しているの?」
「故郷を火に焼かれ、守るものも今は無いらしくな。
きっと、彼もまた遠からずこのシュレイアを故郷と呼ぶようになる」
それは確かな予感だった