影の民
突然だった
私の住んでいた小さな国は周辺の国の突然の進軍によりあっという間に落ちた
私たちは影の一族
影と共に在り、影を移動し影を操り影に暮らす
諜報活動をしたり暗殺を生業とする一族
油断していたつもりは無かった
警戒していたと思っていたことが、油断だった
周辺国に潜っていた一族の猛者たちは次々捕まり偽の情報が流されあっという間だった
今、共に影を当てもなくひたすら西に向かっている同胞は国民の十分の一
更に子供や老人がその六割を占める
何処まで、逃げれるのだろうか
何時まで逃げ続ければ良い
故国にて私達を逃がす為に殿を務めた友人の死に顔が浮かんで歯噛みする
空虚な瞳胸から生やした剣
どす黒い、血
―パン―
「な、に?」
「影から、抜け出た?!・・・・・・こんなことって!!??」
「罠か!!」
「陣を組め!!中心に子供と老人!!」
深い深い森の中、抜けるはずの無い影から抜けた
経験深い老人達もうろたえているという事は、有り得ないこと
用心深く、気配を探れば前方から隠すことの無い気配が近づく
〔おや、やはり異邦の者か〕
「双頭の、狼」
〔別に怯えずともとって食いやしないさ
ワシはこの北の山を守護する者。刃向かわなければ殺しはしない〕
そう言って銀の毛の美しい双頭の狼は距離を置いて座り此方を眺める
〔さて、まず問う
ワシも守護している身だ。この土地を守る義務と責がある正直に答えていただきたい
そなたたちは此処が、エーティスが東端の領地、シュレイアと知っての侵攻か〕
「エーティス・・・?そんな遠くまで来ていたの・・・?」
当てもなく走り続けて大陸の端まで来ていたらしい
それを認識した途端、女や子供が腰が抜けたようにへたり込んだ
〔ふむ・・・訳ありか
この土地は随分、訳ありが流れ込みやすいようだなぁ・・・
異邦のものよ、そなた達が決して此方に刃を向けないのであれば、ワシは主人の元に連れて行きたいと思う〕
「主人・・・?」
〔ワシが言うのもなんだが、龍と人の国で異邦の民を受け入れる変わり者と称される方達だ
ワシ等からしたら故郷を下さった大恩人だがな〕
故郷・・・誰かが呟いた言葉が響く
「貴方達、影の民ね?二月前に滅んだと聞いたわ」
連れて行かれた先で双頭の狼の一族に囲まれた少女が確信を持って問うてきた
〔お嬢、相変わらず他国事情にお詳しいですな〕
「残念ながら聞いたのはつい先ほどなの。疾風が教えてくれたのよね」
後に疾風は隼の獣人と聞いた
〔お嬢、如何致します〕
「そうね、まず怪我人の治療をしましょう。その間に屋敷に早馬を飛ばして父様に黄龍様に文を出して頂いて、入国の許可をいただきましょう」
〔そうおっしゃると思っていましたよ。ではワシがひとっ走り屋敷まで行って参ります〕
「お願いできる?」
〔御意に〕
一陣の風が吹き抜けたと思ったら銀の双頭の狼は消えていた
「ねぇ、誰か緑人族の森まで走って薬師のアーシャを連れてきてくれる?」
〔ワタシめが参りましょう〕
「お願いね」
灰色の狼が消える
状況の展開が速すぎて殆どのものが付いていけていない
「追っ手は心配しなくていいわ。まぁこの場所まですら中々進入できないの。
確か東の、鳴国と氷国が影の国を襲ったのよね?蓮国にお願いして追っ手を止めてもらうわ」
「大国の蓮国と繋がりがあるのですか・・・」
「父が特に仲がいいの。心配しなくても、貴方達の命は私が守るわ
だから、怪我人はきちんと休みなさい」
ぐしゃぐしゃと私の髪をかき混ぜた少女は微笑んだ