大切な友達
放課後の図書室からの帰り道、結衣と並んで歩きながら、私はさっきの風華の言葉を反芻していた。
――明日、少し動きがある。紗羅が焦ってる。
嫌な予感は、嫌な予感のまま放っておくと膨らむ。だから私は“確認”に変える。何が起きても手順で潰せるように、事前に情報を揃えておく。
その夜、帰宅してからベッドに倒れ込みたい衝動をこらえて、スマホを手に取った。私はメッセージを打つ。誰に、どういう順番で、どの粒度で渡すか。感情じゃなく段取りで決める。
『明日、何かあるって聞いた。動きがあるなら、私も準備しておきたい。必要なことだけ教えて』
送信先は真白。情報が整理された形で返ってくる確率が一番高い。
次に千景。
『明日、何か揉めそう?私の導線、見ておいた方がいい?』
最後に浅葱。
『明日、勉強会の段取りどうする?結衣も来る。あんまり騒がないでね』
自分で送っておいて、最後の一文が“お願い”じゃなく“命令”っぽいことに気づき、私は少しだけ笑った。浅葱にだけは強めに言わないと、確実に盛るから。
結衣からもすぐに来る。
『寄り道の場所、明日ね。約束』
私は画面を見て、胸の奥が甘くなるのを感じた。甘さは残して、やることはやる。私は返信して、スマホを置いた。
『うん。短くてもいい。楽しみにしてる』
※ ※ ※
翌朝。
教室に入ると、結衣がすでに席にいた。卵焼きの容器は今日はまだ見えない。代わりに、結衣はペンを持ったまま、私の顔をじっと見てきた。
「……今日、何かある?」
結衣の声は小さい。けれど、昨日よりはっきりしている。結衣ももう、“何も起きないフリ”をする段階じゃないのだ。
「風華が言ってた。紗羅が焦ってるって」
「……嫌だね」
「嫌。だから、先に整える」
私はそう言って席に座り、鞄からノートを出した。整える。つまり、感情を“行動”に変える。何かが起きた時に固まらないために、今日やることを今日のうちに確定させる。
チャイム直前、スマホが震えた。真白からだ。
『明日じゃなくて今日。午前に仕掛けが来る確率が高い。形式は「相談」か「謝罪」装って接触。柚葉は単独で対応しない。誰か同伴。結衣でも可』
短くて、でも必要な情報だけが詰まっている。私は息を吸って、結衣に画面を見せた。
結衣の目が鋭くなる。
「……単独で対応しない」
「うん。私、一人で会わない」
次に千景から。
『廊下の死角に入らない。昼休み、校舎裏は禁止。放課後、靴箱周辺は混む。結衣と一緒に移動して。何か言われたら、相手の言葉を繰り返して確認して、録音。』
私は心の中で頷く。千景の言葉はシンプルで、現場の手順に落ちる。
そして浅葱からは、案の定テンション高めの返信が来た。
『了解!騒がない(当社比)!勉強会は「静かに圧」をテーマにするわ。あと今日なんか来るなら、こっちも演出しよ!』
当社比、って何。
私は朝から頭を抱えそうになった。
結衣がぼそっと言う。
「浅葱、絶対騒ぐ」
「うん。でも浅葱の“騒ぎ”は、場を壊すより場を変える方向に働くこともある」
私がそう言うと、結衣が小さく頷いた。
「……柚葉、浅葱の扱い上手くなってる」
「慣れた」
慣れは武器だ。私の世界が広がった証拠でもある。私はもう“裏切り”の中だけにいない。
※ ※ ※
午前の授業が終わって二限目の休み時間。
仕掛けは、予告通りに来た。
教室のドアが開いて、紗羅の取り巻きの一人が顔を出す。名前を呼ばれる。
「柚葉、ちょっと……話せる?」
教室がふっと静まる。空気が“見物”に寄る。私は胸の奥が冷えるのを感じた。でも、真白のメッセージが脳内に浮かぶ。単独で対応しない。誰か同伴。
私は結衣を見る。結衣はすでに立ち上がっていた。
「私も行く」
取り巻きが眉をひそめる。
「いや……柚葉だけでいいから」
私は首を振った。言い方は柔らかく、でも芯は折らない。
「結衣は一緒。私、今一人で話さないって決めてる」
それだけで、取り巻きの顔が一瞬歪む。想定と違ったのだ。相手は“圧”で動かすつもりだった。けれど、私はもう圧に負ける前提じゃない。
私たちは教室の外へ出て、廊下の人通りがある場所で止まった。死角じゃない。千景の手順を守る。
取り巻きが、いかにも“申し訳なさそう”な声を作る。
「昨日さ、ちょっと言い過ぎた。ごめん。柚葉、傷ついたよね」
“謝罪”。真白が言っていた形式そのまま。
私は感情を動かさずに、言葉を確認する。
「言い過ぎたって、何を?」
取り巻きが一瞬詰まる。
「え……だから、その……被害者ぶってるとか……」
私は頷いた。ここがポイント。相手に自分で言わせる。後で記録にもなる。
「うん。それ、言われた。私、嫌だった」
取り巻きが焦って話を進める。
「でもさ、紗羅もさ……悪気あったわけじゃないって言ってて。ちょっと誤解が――」
誤解。
誤解で片付ける方向に持っていく。いつもの手口だ。
結衣が低い声で言う。
「誤解じゃない。動画送ってきたのは誰?」
取り巻きがぎくっとする。
「それは……」
私は結衣の腕にそっと触れて、合図した。結衣の怒りは正しい。でも、ここは私が主導で進める。結衣を“口撃役”にしない。結衣を悪者にしない。私の戦いは、私が引き受ける。
「……私、紗羅と直接話す。取り巻き経由はやめて」
取り巻きが慌てる。
「いや、そうじゃなくて!紗羅も反省してるっていうか……」
私は淡々と言葉を重ねた。
「反省してるなら、本人が来て言う。あと、“誤解”って言うなら、何が誤解か具体的に言って」
取り巻きは口を開けて閉じる。言えない。言えたら嘘が露呈するから。
その時、廊下の奥から足音が近づいてきた。千景だった。さりげなく、でも確実にこちらへ寄る。私は内心で安堵した。見張りじゃない。導線の確保だ。
千景が淡々と聞く。
「何してる?」
取り巻きが慌てて手を振る。
「え、あ、別に……謝ってただけで」
千景は取り巻きを見て、次に私と結衣を見る。
「……今、誰かが嫌なことを言った?」
私は短く答えた。
「昨日言ったことを、今謝ってきた。でも“誤解”って言い始めた」
千景が頷く。
「誤解なら、担任か生徒指導経由で。個別接触は禁止って言われてる」
取り巻きは顔色を変えて、一歩下がった。
結衣が私の手を握る。強いけど、優しい力。
取り巻きは最後に捨て台詞みたいに言う。
「……もういい。柚葉、めんどくさ」
私はそれを追わなかった。追わないのが勝ちだ。追った瞬間、相手の土俵になる。私はただ、千景に頭を下げた。
「ありがとう、千景」
千景が短く頷く。
「……無理するな。今日、放課後も気をつけて」
言い残して千景は去っていった。
取り巻きが去った廊下で、私は息を吐いた。
結衣が小さく言う。
「柚葉、すごい。ちゃんと詰めた」
「すごくない。手順通り」
「手順通りでも、できるのがすごい」
結衣の言葉が胸に沁みる。私は頷いた。
「結衣が隣にいたからできた」
結衣が固まる。顔が赤くなる。私は少しだけ笑った。ここまで来ると、照れを隠す方が難しい。
※ ※ ※
昼休み。
私は結衣と席で弁当を食べながら、さっきの出来事を短く整理した。必要な情報だけを、必要な人に共有する。これは、私が“整える”ための習慣だ。
スマホが震える。真白からだった。
『今の接触、成功。相手の目的は「柚葉が一人で反応して言質を取る」だった可能性。結衣同伴で崩れた。放課後は別ルート来るかも。浅葱が待機できる』
私は“成功”という言葉に少しだけ驚いた。成功って、勝利って、もっと派手なものだと思っていた。でも今は違う。私にとっての勝利は、“壊れずに済むこと”だ。
結衣が私の顔を見て言う。
「……来た?」
「真白。放課後、別ルート来るかもって」
結衣が箸を置く。
「私、放課後も一緒にいる」
「うん」
私は頷いて、胸の中で決めた。
今日は“前哨戦”だ。夏休み前の数話のうちの一話。
ここで崩れないことが、夏休み編の土台になる。
そして、今日はもう一つ見たいものがあった。
浅葱たち――浅葱、真白、千景、風華が同じ場所に集まった時の“温度差”だ。
私の周りの女の子たちが、どうやって私を守り、どうやって私を奪い返そうとしてくれるのか。
私はその中心で、ただ守られるだけじゃなく、ちゃんと選ぶ側になりたい。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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