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笑いも証拠もざまぁも

 結衣と手を繋いで歩く帰り道は、同じ道なのに景色が違って見えた。街灯が点き始め、夕焼けの残りが空の端に薄く残っている。人の流れは相変わらず多いのに、肩に当たる視線の角が丸くなった気がした。私の心が少しだけ強くなったから、そう見えるだけかもしれない。それでも、見え方が変わるという事実は、私にとって大きい。


 結衣は手を繋いだまま、歩幅を私に合わせてくれる。誰かに合わせられることが、こんなに安心するものだとは思っていなかった。私は過去の自分を思い出す。謙也と歩く時、私は彼に合わせようとしていた。歩幅も、会話のテンポも、空気の重さも。あれは“優しさ”だと思っていたけれど、今なら分かる。あれは私が私を薄くしていただけだ。


「柚葉、さっき風華と話したんだよね」


 結衣が、なるべく平気なふりをした声で言う。平気なふりが丁寧すぎて、逆に可愛い。


「うん。ちょっとだけ」


「……何の話?」


 私は結衣の指の力がわずかに強くなるのを感じた。嫉妬。可愛い。けれど、可愛いで済ませていいものでもない。ここで曖昧にすると、結衣は結衣の中で勝手に想像を膨らませてしまう。それは結衣を苦しめるし、私も苦しくなる。だから私は、ちゃんと渡す。


「紗羅の動き。印象操作してるって。私が言いふらしてるって方向」


 結衣が眉を寄せる。


「……言いふらしてないのに?」


「うん。だから、私は余計な発信しないで普段通りにして、矛盾を出す。そういう話」


 結衣は少しだけ安心したみたいに息を吐いた。けれど、すぐにまた小さく眉を寄せる。


「……それだけ?」


 私は横目で結衣を見た。結衣は前を向いたまま。視線はまっすぐなのに、声の端が揺れている。


 私は少しだけ意地悪をしたくなった。ラブコメの魔が差した。こういう時に、結衣の反応を見たくなる。


「それだけ……じゃないかも」


 結衣の肩がぴくっと跳ねる。握った手が、ぎゅっと強くなる。痛くはない。でも主張がある。私は危うく笑いそうになった。


「……何の話もしたの」


「結衣の話」


「私?」


「うん。結衣が私を支えてくれてるって。風華もそれはありがたいって言ってた」


 結衣は少しだけ頬を膨らませるように黙った。ふてくされの初期症状だ。可愛い。可愛いけど、ここで茶化すと火に油だ。


「……ありがたいって、何」


「そこ気にする?」


「気にする。柚葉のことを“ありがたい”って言われるの、なんか……」


 結衣は言い切れずに口をつぐむ。私はそこで、結衣が何を怖がっているか気づいた。ありがたい、は“代替可能”にも聞こえる。つまり、私の隣にいるのが結衣じゃなくてもいいみたいに。結衣はそこが怖いのだ。


 私は歩みを少しだけ緩めて、結衣の方へ顔を向けた。


「結衣」


「なに」


「結衣は代わりじゃないよ」


 結衣の足が止まる。私はそれに合わせて止まる。街の雑音が一瞬遠のく。結衣はゆっくり私を見る。目が揺れている。


「……代わりって、何の」


 分かってるのに聞く。結衣のそういうところが愛しい。

 私は逃げずに言う。


「私の隣。結衣じゃないと嫌な場面が増えてきた」


 言った瞬間、自分でも言い過ぎたと思った。でも言い過ぎた言葉って、意外と本心に近い。結衣の目が大きく開いて、次に頬がじわっと赤くなる。


「……柚葉、そういうの、急に言わないで」


「言いたくなった」


「言いたくなったで、心臓は止まるの」


「止まらない」


「止まる」


 言い合いが子どもみたいで、私は笑ってしまった。結衣も、悔しそうに眉を寄せてから、最後に小さく笑った。笑い合えたことが嬉しい。笑いは、私が自分を取り戻している証拠だ。


 ※ ※ ※


 家に着くと、玄関の灯りが温かく迎えてくれた。母が台所から顔を出す。私を見る目が少しだけ柔らかい。昨日より今日、今日より明日。母はたぶん、私の変化を測っている。


「おかえり。今日は顔が明るい」


「……うん。結衣がね、卵焼き作ってくれた」


 母の眉が上がる。


「卵焼き?手作り?」


「うん」


 母はすぐに何かを察した顔をして、余計なことを言わないように口元を押さえた。押さえきれてない笑みが滲む。


「……いい子だね」


「……それだけ?」


「それだけ。娘の顔が明るいなら、私はそれで十分」


 私は頷いた。母の言葉はいつも短い。だけど、私を急かさない。私の痛みを消そうとしない。その距離がちょうどいい。


 部屋に戻って鞄を置いた瞬間、スマホが震えた。結衣だ。


『卵焼き、冷めてなかった?』


 私は笑ってしまった。そこ心配するんだ。冷めてない。むしろ心が温かい。


『少し温かかった。美味しかった。ありがとう』


 既読がつき、すぐ返ってくる。


『……よかった。明日も作ろうかな』


 私は布団にダイブしそうになった。

 危ない。これは破壊力が高い。


『無理しないでね。でも嬉しい』


 少し間が空いて、結衣の返信が来た。


『無理じゃない。柚葉のためなら無理って感じない』


 私はスマホを握りしめて、天井を見上げた。言葉が真っ直ぐすぎて、胸が熱い。こんな真っ直ぐを向けられると、私はどう返したらいいのか分からなくなる。でも、返さないのも違う。


 私は短く打った。


『私も、結衣のために何かしたい』


 送信。既読。

 結衣の返信は、少しだけ遅かった。


『……じゃあ、明日、柚葉が私の卵焼きに点数つけて。100点満点で』


 点数。

 可愛い。

 私は思わず笑ってしまって、指が勝手に返信を打つ。


『200点つける』


 既読。


『調子乗らないで』


 この短いツッコミに、胸が軽くなる。結衣との会話は、私の中の硬い部分をほどいてくれる。


 ※ ※ ※


 その夜、眠る直前。

 ふと、謙也と紗羅の顔が頭をよぎった。あいつらに奪われた夜の光景。傷の中心。そこに触れると、まだ痛い。でも今の私は、その痛みの上に“別の温度”を置ける。


 結衣の手の温度。卵焼きの匂い。風華の「守る」という短い言葉。浅葱の雑な煽り。真白の冷静な手順。千景の淡々とした制止。

 私の世界は、もう“裏切り”だけでできていない。


 だからこそ、私は次の一手を考える。

 ざまぁは、偶然じゃない。設計するものだ。


 紗羅が「柚葉が言いふらしてる」と言って回るなら、私は“言いふらしてない”証拠を日常の中で積み上げる。具体的には、余計な発言をしない。SNSに触れない。誰かに泣きつかない。淡々と学校生活を回す。

 その上で、必要なところだけに証拠を届ける。必要以上に広げない。相手に「拡散された」と叫ばせない。


 それはつまらない勝ち方かもしれない。

 でも、私は“綺麗に勝ちたい”。

 私の未来を汚さない形で、あいつらだけを沈める。


 その時、スマホがもう一度震えた。結衣からだ。


『ねえ柚葉。明日、放課後ちょっと寄り道できる?』


 寄り道。

 その単語だけで、胸が甘くなる。

 私は布団の中で小さく転がった。


『できる。どこ行くの?』


 既読の後、すぐ返信。


『内緒。柚葉の顔が元気になる場所』


 内緒。

 ずるい。

 私は口元を押さえた。ラブコメが強すぎる。


『楽しみにしてる』


 送って、スマホを胸に抱えた。

 明日が楽しみだと思えることが、今の私にとっては奇跡みたいなことだ。


 ――あいつらは、私から未来を奪ったつもりだった。

 でも、奪えない。


 私は明日、また笑う。

 そして、静かに積み上げる。

 笑いも、証拠も、ざまぁも。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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