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誰の隣に立つべきなの!?

 翌々日。


 結衣との「堂々」は、思ったより速く広がってしまった。


 朝礼の時に手を繋ぎ、昼休みに弁当を分け合い、放課後に廊下で肩が触れるたびに、教室にいる誰かの目が私たちに集中していた。それは「噂」ではなく「事実の確認」という空気で、妙に重かった。


 今日も結衣が隣にいて、私たちは並んで下駄箱に向かっていた。季節はもう冬に近づきつつあって、放課後の光が少しだけ短くなっていた。


「柚葉」


 結衣が小さく呼ぶ。


「なに?」


「……今日も一緒に帰る?」


 その質問に、私は一瞬だけ迷った。いや、迷ったのではなく、確認を取ろうとしたのだ。


「うん。でも、ちょっと生徒会室に寄る。短めでいい」


 結衣は頷いて、靴を脱いだ。足が細くて、冬用の白いソックスが見えた。その足が歩いていく先を、私は思わず追いかけた。


 校門を出て、結衣と二人で駅へ向かう道。人通りは相変わらずあって、視線も時々混じる。だけど今日の私は、その視線に「誰が柚葉を守ってるのか」を見せているような気分だった。


 駅の手前、細い路地に入ったところで、結衣が足を止めた。


「……柚葉」


 名前を呼ぶ声が、いつもより小さかった。


「どした?」


「……今、手、つなごっか」


 その言い方が、「いいですか」じゃなくて「つなごっか」だった。主張。申し出。お願いではなく、一緒に歩く前提での言葉。


 私は、少しだけ笑った。


「いいけど……なんで?」


「……昨日、学校内で堂々つないだでしょ。でも外はまだ」


 結衣の言葉に、私は理解した。結衣は「完全に公開する」ことを望んでいるのだ。学校の中だけじゃなく、通学路でも、駅でも。


 私は迷わずに、手を出した。結衣の指がすぐに絡んだ。温かい。ほんの数秒で、私たちの手は繋がった。


「……これで?」


「……これで」


 結衣が小さく頷いて、そのまま歩き始めた。繋いだままで。人通りのある駅への道で、隠さずに。


 その瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。


 奪われた過去を持つ私が、今、自分で選んだ誰かと、堂々と手を繋いで歩いている。


 ――やっぱり、反則だ。結衣は。


 ※ ※ ※


 駅前の分岐点で、結衣は少しだけ名残惜しそうに手を離した。電車の時間が迫っていたからだ。


「また明日。柚葉」


「うん。結衣も」


 結衣は小走りで改札に向かった。私はその背中を見守りながら、スマホを開いた。生徒会室へのメッセージ。『今から行く』


 到着は五分後。短めにして、すぐに帰ろう。そう決めて、私は足を向けた。


 生徒会室の扉を開いた瞬間。


「あ、来た!」


 浅葱の声が弾んでいた。妙に高い。浅葱は私を見ると、すぐに両手で顔を覆った。


「うわ、柚葉ちゃん、顔、やばい。ラブラブモード突入してる」


「そういうことは言わないでください」


 真白が淡々と分析を追加した。


「頬の血流が増加。眼球の湿度も上昇。結論:恋愛ホルモンの活性化」


「分析も追加しないで」


 千景は壁から一歩前に出て、私の方を見た。目が少しだけ光っている。


「……良い顔。手つないだ」


「あ、バレた」


 千景は短く頷いて、それ以上は何も言わずに壁に戻った。


 そして風華。


 窓際で書類を持ったままの状態で、じっと私を見ていた。表情は変わっていないのに、空気が冷たくなったのが分かった。


「……柚葉ちゃん」


 風華の声は、いつもより低い。


「はい」


「今日、結衣さんとどこに行ってた」


 その質問の角度が、直球で、妙に響いた。


「駅まで。一緒に帰った」


「ふうん。そう。楽しかった?」


 "楽しかった"という言葉が、妙に重く聞こえた。浅葱が「あ、これ風華モード」と小声で言ったが、風華は浅葱を見もしなかった。


 私は息を吸った。今ここで曖昧に返したら、また"奪われる"のと同じになる。だから、正直に言った。


「……楽しかったです。結衣といると、安心するから」


 風華の目が一瞬だけ細くなった。それから表情が整えられた。演技的に。


「そう。良かったね」


 その「良かったね」は、祝福の形をしているのに、棘がある。


 浅葱が空気を読んで、すぐに口を挟んだ。


「あ、でもさ。柚葉ちゃんが風華と一緒にいるのも安心じゃん?それで、結衣ちゃんのこと、どっちが好きなの?」


「浅葱」


 風華の声が鋭く飛んだ。浅葱は「あ、まずい」という顔をしたが、時すでに遅い。


 その質問は、私の胸に落ちた。どっちが好きなのか。


 真白が淡々と言った。


「比較すること自体が、前提を誤ります。複数者への感情は並列関係。優劣ではない」


「真白、正論だけど今は空気読め」


 千景が短く言った。


「……柚葉さん。好きに答えたら、いい」


 千景の言葉が、一番誠実だった。


 私は、風華を見た。風華は私を見返していた。その目は、やはり何かを抑え込んでいるように見えた。


「……結衣と一緒にいると、安心します。でも、風華たちといるのも安心です。別の種類の安心ですけど」


 風華は一拍置いて、目を伏せた。


「……そう。別の種類」


 その言い方が、悔しそうに聞こえて、私は胸がきゅっとなった。


 風華が何を思っているのか、急に知りたくなった。


「風華」


 私が呼ぶと、風華は目を上げた。


「……何」


 その声が、ほんの少しだけ揺れていた。


「風華は、私のことをどう思ってるんですか」


 その質問は、浅葱を驚かせ、真白のペンを止め、千景の目を大きくした。


 風華は一瞬だけ硬くなって、それから深呼吸をした。


「……それは、聞く場所じゃない」


「え」


「帰ってから。生徒会室じゃなくて、別で」


 風華の言葉に、私は頷くしかなかった。その声には、何かの決意が混ざっていたからだ。


「……分かりました」


 浅葱が両手を合わせて、小声で呟いた。


「これ、恋のさや当だ……」


 ※ ※ ※


 生徒会室を出た時、千景が廊下で待っていた。


「柚葉さん」


「はい」


「……風華は、複雑」


「……複雑?」


「柚葉さんのこと、好きすぎて、結衣さんのことを応援できない。でも、柚葉さんの幸福を一番に思ってるから、応援する。その矛盾の中にいる」


 千景の言葉が、私の心を揺さぶった。


「……千景が知ってるんですか」


「知ってる。だから……結衣さんのことは大事にしていい。でも風華のことも、ちゃんと看ること。傷つけたくなくて、後悔してる」


 千景はそれだけ言って、廊下の向こうへ去っていった。


 私は一人、廊下に残された。


 結衣との手繋ぎの温度が、まだ指に残っていた。でも同時に、風華の視線の冷たさも、胸の奥に残っていた。


 ――複雑。


 千景の言葉が、全てを説明していた。


 ハーレムって、本当はこういう形なんだ。誰かが誰かを完全に支配するんじゃなくて、全員が複雑に絡み合って、それでも全員が相手を大事に思う。その中で誰と一緒にいるか、自分で選び続けないといけない。


 私はスマホを開いて、結衣に送った。『風華と話したい。ごめん、今日は会えない』


 返信は一分後。『分かった。無理しないで。また明日』


 その返信を見て、私は何度も読み返した。結衣は、なぜ聞き返さなかったのか。なぜ「誰と?」と聞かなかったのか。


 ――結衣も知ってるのかもしれない。風華のことを。そして、自分たちの立場を。


 ※ ※ ※


 帰宅してからの夜は、長かった。


 夕食。宿題。風呂。全部を機械的にこなして、八時過ぎに、私は風華にメッセージを送った。『話すことがあります。いつ会えますか』


 風華からの返信は十分後。『今。駅前のカフェ。三十分で』


 重い。決定的に重い。


 私は冬用のコートを羽織って、家を出た。


 駅前のカフェは、夜八時でも明かりが灯っていた。私が入ると、風華はすでに奥の席に座っていた。二人きりになれる、隅の席。


「……来た」


 風華がそう言って、私に向かいの椅子を示した。


 私は座った。テーブルを挟んで、距離は近いのに、いつもより遠く感じた。


「……風華。さっきは、ごめんなさい。結衣のことで」


 風華は首を振った。


「……違う。柚葉が謝ることじゃない」


 風華は少しだけ息を吸って、言った。


「……柚葉。俺から言うべきことがある。前からずっと、言おうと思ってた」


 "俺"。その言葉で、私は驚いた。風華は普段、そんなことを言わない。


 風華は目を伏せて、言った。


「……柚葉のこと。好きだ」


 その言葉は、簡潔で、曖昧がなくて、だから尚更に重かった。


「……え」


「好きだから、応援してる。結衣さんのこと。笑ってくれるから」


 風華はそれ以上何も言わなかった。言葉が、そこで途切れた。


 私は言葉を失って、風華を見つめた。


「……でも」


 風華が続けた。


「……お前が、結衣さんの隣を選んだのなら、そっちの道も応援する。ただし、条件がある」


「……条件?」


 風華は目を上げて、私を見た。その目は、曇っていて、でも一番本気に見えた。


「……結衣さんを、絶対に傷つけるな。あいつが柚葉を守ってくれてるから、柚葉も、あいつを守り返す。それができないなら、俺が止める」


 風華の言葉は、宣言だった。愛する人を守るための、最後の線引き。


 私は頷いた。迷わずに。


「……分かりました。風華」


 風華は少しだけ柔らかい顔になって、頷いた。


「……良かった」


 その言葉で、やっと呼吸ができた。


 ※ ※ ※


 駅前のカフェを出たのは、九時を過ぎていた。


 風華は私の隣を歩いて、駅の階段の前で立ち止まった。


「……柚葉」


「はい」


「……明日も、学校で会おう」


 その言い方は、普通だった。いつもの会長の言い方。だけど、その背後には「柚葉のことは手放さない」という決意が混ざっていた。


「……うん」


 私は頷いた。


 風華は一拍置いて、私の頭にそっと手を置いた。前のように。だけど今回は、その手に、妙な力が込められていた。


「……お疲れさま」


 その言葉だけで、全てが伝わった。


 帰宅して、ベッドに横たわった時、私は思った。


 ハーレムって、これなんだ。


 複雑で、綺麗事じゃなくて、時々すごく痛くて。でも全員が、相手を傷つけないために必死に自分を抑制している。


 結衣は、風華との関係を知りながら、それでも私の隣にいてくれた。


 風華は、結衣のことを応援しながら、同時に「柚葉を失いたくない」という感情と戦っていた。


 千景は、その複雑さを全部看ながら、静かに支えていた。


 真白は、感情を構造化して、誰も傷つけないシステムを作ろうとしていた。


 浅葱は、その複雑さを明るく煽りながらも、実は全員を応援していた。


 ――そして私は、全員に愛されているのに、全員を同時に愛することができない。


 スマホを開いて、結衣に送った。『今から少し話せますか』


 返信は即座。『いつでも。何かあった?』


 私は返した。『風華と話した。色々複雑。でも、結衣のことは変わらない。むしろ、もっと大事にしたいって思った』


 返信が来たのは三十秒後。『そっか。柚葉が決めたことなら。でも、無理しない。風華のこともちゃんと大事にしていい。私も、知ってるから』


 その返信を読んで、私は涙が出そうになった。


 結衣は、全部知ってて、それでも受け入れてくれたのだ。


 明日、私は何をしようか。


 風華の隣に立つ?結衣の隣に立つ?それとも両方?


 その答えは、多分、「毎日変わる」のだと思った。


 相手を傷つけない範囲で、その日その日で、自分が必要だと思う場所に立つ。


 ――次は、その「毎日の選択」が始まるんだ。


 窓の外、夜の街が見えた。夏はもうすぐだ。


 春からの夏、秋を通して、過去の私は選び続けた。奪い合うんじゃなく、傷つけないために。


 今年の冬は、その「選択」が、本当に難しくなる季節になるんだろう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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