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好きな人達を守るために

 翌日。


 朝のホームルームが始まる前から、教室の空気が少しざわついていた。理由は単純で、担任が「今日は連絡事項がある」と言っていたからだ。こういう時、みんなは"何か面白い話"を期待する。でも私は違う。"何か嫌な話"を恐れている。


 席に着くと、結衣が小さく囁いた。


「柚葉、顔、固い」


「……バレた?」


「バレる。深呼吸して」


 結衣は自分の胸に手を当てて、吸って吐く動作を小さく示す。私はそれに合わせて息を吸って吐いた。ほんの少しだけ、胸の奥が落ち着く。


「ありがとう、結衣」


「うん。隣だから」


 その言葉が、いちばん効く。


 チャイムが鳴って、担任が教壇に立つ。


「えー、連絡。……最近、校内で不適切な噂や情報のやり取りがあった。学校として確認し、指導・対応は済んだ。今後、関係する話題の拡散は禁止。違反した場合は処分する」


 教室が静かになる。誰もが"どの件か"を分かっているのに、口には出さない空気。私は机の端を指で押さえた。痛い。けれど、今日は痛みに飲まれない。


「それから」


 担任は一拍置き、少しだけ声を強めた。


「当事者への個別接触も禁止になっている。挑発、からかい、執拗な質問も含む。いいな」


 私は視線を下げたまま、結衣の気配を感じた。結衣がほんの少しだけ体を寄せて、私の腕に自分の袖が触れる。言葉はない。でも「大丈夫」と言われた気がした。


 ホームルームが終わると、教室は普段通りに戻ろうとする。けれど完全には戻れない。視線が漂う。噂は止まっても、"興味"は消えない。


 だからこそ、私は決めていた。


 今日は、逃げない。

 でも、戦わない。


 ※ ※ ※


 昼休み。


 弁当箱を開けると、結衣が小さな紙袋を机の上に置いた。


「柚葉、これ。昨日言ってた卵焼きじゃないけど……」


 中身は小さなマドレーヌが二つ。市販だけど、可愛い包装で、少しだけ気合いが入っているのが伝わる。


「……差し入れ?」


「うん。昨日、風華先輩の差し入れ、分けてもらったでしょ。だから今日は私から。……変じゃないよね」


「変じゃない。嬉しい」


 私がそう言うと、結衣の頬が少しだけ赤くなる。その反応が可愛くて、私は笑ってしまった。


「柚葉、今、笑った」


「うん。結衣が可愛いから」


 言ってしまった。直球すぎる。自分でも驚いた。でも結衣は逃げなかった。逃げないどころか、小さく唇を噛んで、悔しそうに言う。


「……そういうの、やめて。心臓がもたない」


「じゃあ、結衣も言えばいい」


「……言えない」


「言って」


 結衣が私を睨む。睨んでるのに弱い。私はその表情に、胸の奥がくすぐられた。


「……柚葉の方が、可愛い」


 ぼそっと。聞こえないふりはできない音量。私は一瞬固まって、それから顔が熱くなる。


「……それ、反則」


「柚葉が言わせた」


 結衣が小さく笑う。私はその笑顔で、昼の光が少し明るく見えた。


 その時、前の席の女子が振り返った。


「ねえ、柚葉。今日放課後、委員会ある?」


「え?あるけど……」


「じゃあ一緒に行こ。廊下、変な人いると嫌でしょ」


 私は驚いて、言葉が詰まった。庇われるのに慣れていない。けれど、今の私は受け取れる。


「……ありがとう。助かる」


 女子が照れくさそうに笑って、前を向いた。


 結衣が小声で言う。


「柚葉、味方増えてる」


「……うん。怖いけど、嬉しい」


「怖いなら、怖いって言って。私、隣にいるから」


 私は頷いて、結衣の指先にそっと触れた。机の下じゃない。机の上。誰に見られてもいいように。堂々と。


「……ありがとう」


 結衣は驚いて、でもすぐに指を絡めてくれた。


「……うん」


 ほんの一瞬だけ。すぐに離す。

 それでも私の中で、"堂々"が一つ増えた。


 ※ ※ ※


 放課後。


 委員会へ向かう途中、結衣と並んで廊下を歩く。途中まで一緒、という約束だった。すれ違う生徒たちがちらりとこちらを見るが、私は息を整えた。視線に勝つ必要はない。私は私のままでいい。


 角を曲がった瞬間、嫌な声が耳に入った。


「あー、柚葉じゃん」


 紗羅の取り巻きだった女子二人。紗羅本人はいない。けれど"紗羅の代理"みたいな目で私を見ている。


「ねえ、もう終わったんでしょ?まだ被害者ぶってんの?」


 胸の奥が冷える。言い返したい。でも言い返したら、相手の土俵だ。私は唇を噛んだ。


 その時、結衣が一歩前に出た。声は大きくない。けれど、逃げない。


「やめて。今それ言うの、指導対象だよ。担任が朝言ってた」


「は?あんた誰」


「隣の席。結衣。柚葉の友達」


 "友達"。

 結衣がそう言ったことが嬉しくて、私は一瞬だけ呼吸を忘れた。


 取り巻きが鼻で笑う。


「友達ねえ。へー。柚葉って今、女の子に守ってもらってるんだ」


 その言い方が汚い。私は胃がきゅっとなる。だけど結衣は眉一つ動かさずに言った。


「そうだよ。だから何」


 取り巻きが言葉に詰まった。予想してなかった反応だ。結衣は続ける。


「柚葉は悪くない。学校もそう言ってる。あなたたちが今やってるのは、ただの嫌がらせ」


「……調子乗んなよ」


「乗ってない。守ってるだけ」


 結衣の声が淡々としていて、余計に強い。


 その時、廊下の向こうから足音が近づいてきた。


「何してるの?」


 千景だった。風紀の腕章。視線が鋭い。取り巻きの二人が顔色を変える。


「いえ、別に……」


「別にじゃない。ここで何を言った?」


 千景は淡々と問い詰める。結衣が小さく息を吸って、言う。


「『被害者ぶってる』って言った。『守ってもらってるんだ』って言った」


 結衣の告発は、感情的じゃない。事実だけ。だから強い。


 千景が頷く。


「指導対象。来て」


 取り巻きは文句を言いかけたが、千景の視線に押されて引き下がった。廊下の空気が、少しだけ軽くなる。


 千景は私を見る。


「柚葉さん、大丈夫?」


「……はい。結衣がいてくれたから」


 千景が結衣を見て、短く言う。


「ありがとう。助かった」


 結衣は少しだけ驚いた顔をして、それから小さく頷いた。


「……いえ。私、隣なので」


 "隣なので"。

 その言葉が、今日何度目か分からないくらい私を救う。


 千景は私にだけ聞こえる声で付け足した。


「……いいね。結衣さん」


 私は顔が熱くなる。結衣も少しだけ赤くなる。千景はそれ以上何も言わずに去っていった。


 ※ ※ ※


 委員会が終わって、私は生徒会室へ向かった。今日の"報告"は必要だ。風華には、こういう事実を共有しておきたい。


 生徒会室に入ると、浅葱が即座に反応した。


「おっ、柚葉ちゃん。なんかあった?」


「……ちょっとだけ。廊下で絡まれた」


 空気が一気に冷える。風華が椅子から立ち上がって、私の前に来た。


「誰に」


「紗羅の取り巻き。紗羅本人じゃない」


 風華の目が一瞬だけ鋭くなる。


「……結衣さんは?」


「結衣が止めてくれた。そのあと千景先輩が来て、指導対象で連れて行った」


 千景がいないはずなのに、話の中で存在感が強すぎる。浅葱が机を叩く。


「最高!結衣ちゃん、教室支部の戦闘力高すぎ!」


「戦闘力って言い方やめてください……」


 真白が淡々と結論を出す。


「想定通り。加害側は"代理攻撃"に移行する。今後も続く可能性。対策は導線の固定と同行者の確保」


 風華が私を見て、静かに言った。


「柚葉。偉かった。言い返さなかったの、正しい。あなたが正しい手順で動いてる」


 私は息を吐いた。褒められると、胸の中の揺れが整う。


「……でも、怖かった」


 言えた。

 怖かったって、言えた。


 風華は頷いて、私の頭にそっと手を置いた。


「怖いのは当然。怖いなら、守る。私たちはそのためにいる」


 浅葱が「はい、頭ポンは恋人ムーブ」と茶々を入れたが、今日はそれすらありがたい。深刻になりすぎない。


 私はスマホを取り出して、結衣に送った。『さっきは助けてくれてありがとう。大丈夫だった。明日も隣、よろしく』


 すぐ返事。『当たり前。柚葉の隣、私だから。明日も守る』


 守る。

 その言葉が嬉しい。

 でも同時に、私は思う。


 守られるだけじゃなく、いつか私も守り返したい。

 結衣も、風華も、みんなも。


 私は決めた。


 次に絡まれたら、もう少しだけ堂々とする。

 私は悪くない。

 だから、怯えない。


 そして私は――好きな人たちの隣に、ちゃんと立つ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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