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次は、私が"決める番" 

 駅の改札前で、結衣の手が名残惜しそうに私の指をほどいた。


「じゃ、また明日。ちゃんと寝てね、柚葉」


「うん。結衣もね。……ありがとう」


 結衣は少しだけ笑って、電車の方へ小走りに向かった。私はその背中を見送りながら、胸の奥に残る温度を確かめる。寂しい。でも、寂しいと思えるのは、明日がちゃんとあるからだ。


 私はスマホを取り出して、風華に短く送った。『今から行く。遅くなってごめん』


 既読がつくのは早かった。『大丈夫。待ってる』


 その返信だけで、足がまた前に進む。


 ※ ※ ※


 生徒会室の扉を開けると、浅葱が一番に反応した。


「おっそーい!柚葉ちゃん、駅でイチャついてたでしょ」


「イチャついてません。普通に帰ってただけです」


 真白が机の上の書類を揃えながら、淡々と口を挟む。


「帰宅導線は確認済み。遅延要因は会話量の増加と推定」


「推定しないでください!」


 千景は壁際で腕を組んだまま、私の手元をちらりと見た。


「……今日は、指先が赤い」


「え」


 私は反射的に手を背中に隠した。隠したところで無駄なのに。浅葱がすぐに顔を寄せてくる。


「え、赤いってことは手繋いでたんだ。はい確定〜。柚葉ちゃん、供給ありがとう」


「供給じゃないです!」


 そのやり取りを、風華は黙って見ていた。いつもの落ち着いた顔。だけど私の目には、ほんの少しだけ、言葉にできない"圧"が混ざっているように見えた。


「柚葉、こっち」


 風華がそう言って、小さく顎で窓際を示す。私は頷いて、荷物を置き、風華の前に座った。浅葱が「お、個別面談だ」とわざとらしく囁いたが、風華の視線一つで黙った。


 風華は机越しに私を見て、静かに言う。


「今日、結衣さんと一緒に帰ったのね」


「うん。駅までだけ」


「楽しかった?」


 胸がきゅっとなる。質問は優しいのに、答え方で空気が変わりそうな気がした。でも、私は隠したくない。隠すと、また奪われる。


「……楽しかった。安心した」


 風華は目を伏せて、ほんの一拍だけ沈黙した。次に顔を上げた時、表情は整っていたけれど、声が少しだけ低い。


「そう。よかったね」


 その「よかったね」は、祝福の形をしているのに、私の胸の奥をくすぐった。私は言葉を探して、正直に付け足す。


「でも、風華たちといるのも安心する。生徒会室って、私の逃げ場所になってる」


 風華の目が僅かに柔らかくなる。千景が咳払いを一つ、真白がペンを止め、浅葱が「うわ、主人公ムーブ」と小声で笑った。


 風華は、私の言葉を受け止めてから言った。


「柚葉。今日は"進捗"があるの」


「進捗?」


「謙也と紗羅。ふたりが今、どんな顔をしてるか、少し見せる」


 空気が一気に締まった。私の背筋が伸びる。ざまぁの時間だ。風華は机の引き出しから、数枚の紙を取り出した。真白が用意したらしい整理されたメモと、浅葱の手書きの補足が混ざっている。


 風華は淡々と説明する。


「まず、紗羅が昨日から周りに言い始めてる内容。『柚葉がしつこい』『もう終わったのに粘ってる』って方向に持っていこうとしてる。印象操作ね」


 私は唇を噛んだ。あいつらしい。奪った上に、私を悪者にする。


 風華が続ける。


「次、謙也。男の方は"勝ち誇ってる"というより、少し焦ってる。理由は簡単。柚葉が泣いて縋ってこないから。反応がないと、支配できない」


 真白が淡々と補足する。


「支配対象が自立し始めると、加害者は"自分が捨てられた"と錯覚して攻撃性が増す傾向」


「真白、それ今すぐ使える知見なのは分かるけど言い方が冷静すぎる」


 浅葱が口を挟む。


「つまりさ、柚葉ちゃんが今"元気そう"ってだけで、あいつらの心は削れてるわけ。ざまぁの前菜!」


「前菜って言い方は雑だけど、間違ってないのが悔しい」


 風華は私の目を見て言う。


「柚葉。ここから先は、あなたの意思が大事。やり返すっていうより、"正しい形で終わらせる"のが目的。あなたがもう傷つかないために」


「……うん」


 風華は一枚のメモを指で押さえる。


「次の段階は二つ。ひとつは、動画の扱い。拡散じゃない。証拠として保全しつつ、必要なところにだけ届くようにする。ふたつめは、あなたの"立ち位置"を固定する。柚葉は被害者で、何も悪くない。それを周囲に理解させる」


 私は頷いた。ここで感情で暴れたら、紗羅の思う壺だ。私はもう、あいつに私の人生を操作させない。


 その時、千景が短く言った。


「……二人、風紀で抑えられる。校内で何か仕掛けてきたら、証拠も取れる」


 真白が淡々と続ける。


「生徒会として"相談対応"の体裁を作れます。柚葉が孤立しない導線も確保済み」


 浅葱がにやりと笑う。


「で、ここからが百合ハーレム的に大事なんだけど、柚葉ちゃんが"守られるだけ"だと反撃が弱く見える。だから、見せつけよう。柚葉ちゃんが今、誰に愛されてるか」


「見せつけって言い方やめてください!」


 でも――私は少しだけ思った。結衣と手を繋いだことも、生徒会室で笑ったことも、全部、私を取り戻すための現実だ。奪われた私じゃないって証明だ。


 風華が少しだけ困った顔をして、それから真面目に言った。


「浅葱の言い方は雑だけど、核は合ってる。柚葉が"幸せに向かってる"こと自体が、最大の反撃になる」


 私は息を吸って、小さく頷いた。


「……じゃあ、私、やる。正しい形で。逃げない」


 風華の目が僅かに細まり、安心の色が混ざる。


「うん。偉い」


 その一言が、胸に落ちる。結衣に言われる「隣にいる」とは違う種類の安心。風華は"私を立たせる"言葉をくれる。


 浅葱が両手を叩いた。


「よし決定!明日、教室支部と生徒会本部の合同作戦会議!結衣ちゃんも呼ぶ?呼んじゃう?」


「呼ぶかどうかは私が決めます!」


 私が即答すると、真白が淡々と頷く。


「良い。柚葉が決める。これが最重要」


 千景も短く言う。


「……柚葉さんが決めていい」


 風華は少しだけ笑って、私の目を見る。


「柚葉。今日はここまででいい。帰って休んで。明日は、また前に進もう」


 私は立ち上がって、鞄を持った。扉の前で一度だけ振り返る。


「……風華。ありがとう」


 呼び捨てが自然に出た。風華の耳がまた少し赤くなる。浅葱が「はい尊い」と呟き、私は思わず笑った。


 生徒会室を出て、廊下を歩きながらスマホを開く。結衣に短く送った。『今終わった。大丈夫。明日も一緒に昼食べよ』


 すぐ返信が来る。『うん。待ってる。帰りも少しだけ一緒に帰ろ』


 私は小さく息を吐く。胸が温かい。


 奪われた過去は消えない。

 でも、私の今は奪わせない。

 私の隣には、結衣がいる。

 私の背中には、風華たちがいる。


 次は、私が"決める番"だ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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