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推し本部、外部からの参戦

 翌日。


 昼休みのチャイムが鳴る前から、私は落ち着かなかった。

 理由は分かっている。


 昨日、駅で手を繋いだ。

 あれからずっと、結衣の手の温度が指先に残っている気がする。


 私は弁当箱を取り出して、隣の席の結衣を見る。


「……今日も、教室で食べる?」


 結衣は一瞬だけ目を泳がせて、それから小さく頷いた。


「うん。約束だもん」


 "約束"。

 その一言で胸がほどける。

 私は箸を持ったまま、息を吸った。


 ――大丈夫。今日は、普通に。


 そう思った矢先。


 教室のドアが開いて、誰かの視線が一斉にそちらへ向いた。


「新井柚葉さん、いらっしゃいますか?」


 聞き慣れない声。

 クラスメイトじゃない。

 廊下の向こうに立っていたのは、一年生の女子――見覚えがある。風華に憧れていた後輩たちの中の一人だ。


 教室がざわつく。


「え、柚葉呼び出し?」


「また何か?」


 私は立ち上がりかけて、結衣が小さく私の袖を掴んだ。


「柚葉……大丈夫?」


 その指先が、昨日の続きみたいで、私は落ち着いた。


「……大丈夫。行ってくる」


 廊下に出ると、女子が小声で言った。


「春波会長から……これを」


 渡されたのは、メモと小さな紙袋。

 メモには端正な字でこう書かれている。


『無理はしないで。終わったら生徒会室へ。甘いもの、置いておきます。――風華』


 ……風華。

 その署名だけで、心臓がきゅっとなる。


 紙袋の中身は、昨日の焼き菓子屋の別の詰め合わせ。

 "私の好み"を知っている差し入れ。


 私はメモを握りしめて、教室へ戻った。


 結衣がすぐに目で聞いてくる。


「……何だった?」


「風華から。差し入れと……メモ」


 結衣は少しだけ口を結んだ。

 それは怒っている顔じゃない。

 でも、"胸の奥がざわついた顔"。


 私は焦って付け足す。


「別に、呼び出されたとかじゃなくて……ただ、それだけ」


「……うん。分かってる」


 分かってる。

 そう言いながら、結衣の指が弁当の端をぎゅっと掴む。

 嫉妬。

 小さくて可愛い嫉妬が、そこにあった。


 ――私、どうしたらいい?


 答えは一つ。

 私は奪われない。奪わせない。

 だから、隠さない。


「……結衣」


「なに?」


 私は机の上に、風華からの紙袋を置いて、結衣の方へ少し寄せた。


「一緒に食べよ。私だけのものにしたくない」


 結衣の目が少しだけ丸くなる。


「……いいの?」


「うん。結衣と食べたい」


 その一言で、結衣の表情がほどけた。


「……じゃあ、食べる」


 私たちは袋を開けて、クッキーを分け合う。

 甘い香りが教室にふわっと広がる。


 結衣が小さく笑った。


「……風華先輩、優しいね」


「うん。優しい」


 私はそれ以上言えなかった。

 "優しい"の中に、私の好きが混ざっているから。


 結衣がクッキーを一口食べて、ぽつりと言った。


「……でも、柚葉」


「うん?」


「私も……柚葉に差し入れしたい」


 心臓が跳ねる。


「えっ」


「昨日……手、繋いだでしょ。あれ、私だけ嬉しかったみたいで、悔しい」


 悔しい。

 それを正直に言える結衣が、可愛い。


「だから……今日、持ってきた」


 結衣が鞄から小さな箱を取り出した。

 手作りじゃない。市販の、でも可愛いパッケージの飴とチョコの詰め合わせ。


「柚葉、甘いの好きって言ってたから」


 私は胸が熱くなる。


「……ありがとう。嬉しい」


 その瞬間。


 教室の入り口に、また影が差した。


「柚葉ちゃーん!」


 浅葱だ。

 この人は空気を読むんじゃない。空気を作り替える。


 浅葱は教室に入ってくるなり、私と結衣と、机の上の紙袋と箱を見て――目を輝かせた。


「え、なに!?供給二重!?柚葉ちゃん、愛されすぎ!!」


「浅葱先輩……!」


「ちょっと待って。隣の子、結衣ちゃんだよね?え、結衣ちゃん、差し入れ持ってきたの!?うわ、ついに外部メンバー参戦!」


 外部メンバーって何。

 私は顔が熱くなる。


 結衣が戸惑いながら言った。


「す、すみません……」


「謝るな謝るな。むしろ誇れ。柚葉推し界隈へようこそ」


「界隈……?」


 浅葱は勝手に教室の窓際を指さす。


「はい、今この瞬間からここは"柚葉推し本部・教室支部"です」


「支部を増やさないでください!!」


 クラスの子が笑う。

 笑いが、私を包む。

 それはもう、痛い笑いじゃない。


 浅葱が結衣ににじり寄る。


「ねえ結衣ちゃん。柚葉ちゃんの良さ、どこが好き?」


「えっ!?!?いきなり!?」


 結衣の顔が真っ赤になる。

 私は慌てて止める。


「浅葱先輩、そういうの……!」


「だって推し語りは正義じゃん?」


 浅葱は私を見て、にやりと笑う。


「柚葉ちゃんもさ、結衣ちゃんの好きなとこ言ってあげなよ。推しは推しに推されると死ぬよ?」


「死にません!」


 ……でも。


 私は結衣を見る。

 結衣は戸惑いながら、でも私から目を逸らさない。


 逃げない目。


 私は小さく息を吸って、言った。


「……結衣は、優しい。優しいのに、ちゃんと本音を言ってくれる。それが……好き」


 言ってしまった。

 言った瞬間、教室が一瞬静かになる。


 結衣の目が大きく開いて、唇が震えた。


「……っ、柚葉……」


 浅葱が両手で口元を押さえて叫ぶ。


「うわあああ!尊い!!柚葉ちゃん、今の告白寸前!!」


「寸前じゃないです!!」


 でも、私は否定しきれなかった。

 胸が熱くて、逃げたくない。


 その時、廊下の向こうから低い声が飛んだ。


「浅葱。騒ぎすぎ」


 風華だ。


 教室の入口に立つ風華は、いつもの会長の顔。

 でも私を見た瞬間、目がほんの少しだけ柔らかくなる。


 そして、机の上の"二つの差し入れ"を見て、静かに言った。


「……結衣さん。ありがとう。柚葉ちゃん、喜んでる」


 "ありがとう"を、風華が代わりに言う。

 それは牽制じゃなくて、認める言い方。

 だから余計に――強い。


 結衣が小さく頭を下げる。


「……はい」


 風華は私の方を見て、ほんの少しだけ声を落とす。


「柚葉。終わったら、生徒会室に来て。……話したい」


 話したい。

 その二文字に、心臓が跳ねた。


 私は頷いた。


「……うん。行く」


 風華はそれだけで、少しだけ安心した顔をして去っていった。


 残された教室で、結衣が小さく言った。


「……柚葉。風華先輩と、話すの?」


「うん。……たぶん、大事な話」


 結衣は目を伏せて、でもすぐに私を見る。


「……じゃあ、終わったら、教えて。

 私は、柚葉の味方だから」


 味方。

 その言葉が、今は何より心強い。


 私は頷いて、そっと結衣の指先に触れた。

 机の上。みんなの視界の中。

 でも、堂々と。


「……ありがとう」


 結衣は小さく笑って、指を絡めてくれた。


 私は思う。


 推し本部が増えていく。

 外部メンバーも参戦する。

 私の周りは、どんどん賑やかになる。


 でもその賑やかさは、私を壊さない。

 私を――救ってくれる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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