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NTRの明日

 放課後の廊下は、部活の声と靴音で騒がしかった。

 私は結衣の隣を歩きながら、妙に落ち着かない自分に気づく。


 ――さっき、「大切な人が増えてきてて」なんて言った。

 自分の口から出た言葉なのに、まだ胸の奥が熱い。


「柚葉」


 結衣が小さく私を呼ぶ。

 呼び方が、いつの間にか自然になってる。


「なに?」


「……今日、教室でさ。私、手……触ったでしょ」


 その話題を真正面から出してくるのが、結衣らしい。

 逃げない。誤魔化さない。


「うん」


「……嫌じゃなかったって言ってくれたの、嬉しかった」


 私は喉がきゅっとなる。

 嬉しいと言われると、私の言葉がちゃんと届いた気がする。


「私も……結衣が、すぐ引こうとしてくれたの、嬉しかった」


「……当然だよ。柚葉が嫌がるの、絶対嫌だから」


 "嫌がるのが嫌"。

 その言葉は、優しさの形をしていて――少しだけ独占の匂いがした。


 駅に着く。改札を抜けて、ホームへ。

 電車の到着を告げるアナウンスが流れて、人の流れが一瞬加速する。


 結衣が足を止めた。


「……私、こっちの電車」


「うん。私は……一本あと」


 本当はここで「じゃあね」と言って別れるだけのはずだった。

 でも、今日は違う。

 私の中に、"離れたくない"が芽を出している。


 結衣が視線を落として、少しだけ迷ってから言った。


「柚葉。……明日も、教室で食べよう」


「うん。約束」


 約束、って言葉が甘い。

 それだけで胸が軽くなる。


 ――なのに、ここで終わりたくなかった。


 私は気づいた。

 私は今、結衣に"安心"だけじゃなく、"寂しさの埋め方"まで求め始めている。


 結衣が一歩近づく。

 近い。

 でも怖くない。


「……柚葉」


 名前を呼ぶ声が小さくて、周りの雑音が遠くなる。

 私は返事をする代わりに、そっと手を伸ばした。


 結衣の指先に触れる。

 触れた瞬間、結衣がびくっと震えて――でも逃げなかった。


 私は恐る恐る、指を絡める。


 手を繋いだ。


 ただそれだけ。

 ただそれだけなのに、世界の輪郭が変わる。

 私はもう、奪われる側じゃない。

 自分で選んで、自分で繋いでいる。


「……っ」


 結衣が息を呑んだ。


「……いい?」


 私は一応、聞く。


 結衣は少しだけ顔を赤くして、頷いた。


「……いい。むしろ……もっと、早くしてほしかった」


 その言葉が、胸を撃ち抜く。

 私は、思わず笑ってしまった。


「……結衣、可愛いこと言う」


「ば、ばか……!柚葉に言われたくない……!」


 電車がホームに滑り込んでくる。風が髪を揺らす。

 結衣は繋いだ手を離さないまま、焦ったように言った。


「……行かなきゃ」


「うん」


 離したくない。

 でも、離してもいいと思えるのは、明日があるから。


 私は手を解いて、最後に一言だけ言った。


「……また明日。結衣」


 結衣は小さく笑って、頷いた。


「……また明日。柚葉」


 電車の扉が閉まる。

 結衣が窓の向こうで、控えめに手を振った。


 私は胸の奥が熱いまま、ホームに残った。


 ――やばい。

 私、今、幸せだ。


 ※ ※ ※


 一本後の電車で、生徒会室へ向かう。

 足取りが軽い。軽すぎて、逆に怖い。


 生徒会室の扉を開けた瞬間。


「ただいま……」


 言い終える前に、浅葱が私の顔を覗き込んだ。


「柚葉ちゃん、なんか今日、顔が"恋"ってる」


「恋ってるって何ですか……!」


 真白が淡々と視線を上げる。


「頬の血流が増加。瞳孔の開きも若干。結論:幸福度上昇。原因は――」


「分析しないで!」


 千景が静かに私の手元を見る。


「……手、温かい」


 私は一瞬固まった。

 ばれた。手を繋いだの、ばれた。


「……えっと……」


 浅葱が机を叩いて笑う。


「ねえ!誰!?誰が柚葉ちゃんの手をあっためたの!?会長!?会長なの!?ついに!?!?」


「違う!」


 風華の声が低く飛んだ。

 振り向くと、風華が立っていた。

 表情はいつも通りのはずなのに――目が、少しだけ鋭い。


「……柚葉ちゃん。誰と一緒に帰ってた?」


 声は穏やか。

 でも、質問の角度が直球すぎる。


「結衣と……駅まで」


 言った瞬間、千景が小さく眉を寄せる。


「……隣の子」


 真白が淡々と確認する。


「結衣。クラスメイト。昼食を共にする約束。

 関係性が進展しつつある」


「真白、勝手に進展させないで!」


 浅葱が身を乗り出す。


「え、進展したの!?手?手繋いだ?ねえ、柚葉ちゃん、手繋いだの!?!?」


 私は顔が熱くなって、目を逸らした。


「……繋いだ」


 一瞬、沈黙。


 次の瞬間。


「うわああああ!尊い!!」


 浅葱が叫ぶ。

 千景は静かに視線を落とす。

 真白は無表情でメモを取る。

 そして風華だけが、何も言わない。


 言わないまま、私を見ている。

 まるで、言葉にしたら負けるみたいに。


「……風華?」


 私が呼ぶと、風華は一拍置いて、静かに言った。


「……よかったね」


 それは祝福の言葉。

 なのに、胸が少しだけ痛んだ。


 ――あれ?

 私、風華に"よかったね"って言われて、なんでこんなに……。


 千景がぽつりと呟いた。


「……複雑」


 真白が淡々と補足する。


「当然です。柚葉は"推し"であり、"中心"です。中心が他者と繋がると、周辺は相対的に不安定になります」


「真白、その言い方は火に油……」


 浅葱がにやにやして風華を見る。


「会長、嫉妬してる?」


「してない」


「即答こわ。逆にしてるじゃん」


 風華は私の方を見て、静かに言った。


「……柚葉ちゃん。今日、結衣さんと何をしたか、責めたいわけじゃない。ただ……あなたが幸せなら、それでいい」


 優しい。

 でも、その優しさが、私の胸を揺らす。


 私は言葉を探して、正直に言った。


「……幸せでした。でも……風華たちといるのも、私、好きです」


 浅葱が「うわ、ハーレム主人公」と小声で言う。

 千景が少しだけ目を上げる。

 真白がペンを止める。


 風華は、ほんの少しだけ目を細めた。


「……そう言ってくれるなら、十分」


 その瞬間、私は理解した。

 風華は"奪い合い"をしない。

 でも、私のことを手放すつもりもない。


 その矛盾が、私の胸をくすぐる。


 浅葱が両手を叩く。


「はいはい!じゃあ決まり!結衣ちゃんも"柚葉推し本部"に勧誘しよ!」


「勧誘しないで!」


 真白が淡々と頷く。


「結衣を含めたコミュニティの拡張は有効です。柚葉の安全と精神的回復に寄与します」


「理屈で勧誘を正当化しないで!」


 千景が静かに言う。


「……結衣さん、悪い人じゃないなら、いい」


 風華が小さく息を吐く。


「……柚葉ちゃん。結衣さんと仲良くするのはいい。でも――無理はしないで。気持ちが追いつかないなら、立ち止まっていい」


「……うん」


 私は頷いた。

 私の気持ちは、まだ整理できてない。

 でも、一つだけ確かなことがある。


 私はもう、奪われない。

 私は自分で繋ぐ。

 結衣とも、風華たちとも。


 生徒会室の窓の外、夕焼けが淡く滲んでいた。


 私は、次に来る"明日"を、少しだけ楽しみにしている。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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