表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/26

私が激推しされすぎてるのだが!?

 生徒会室の空気は、教室よりもずっと柔らかい。

 それでも私は、さっきの「推し本部」という単語が頭から離れなくて、机に鞄を置いた瞬間にため息をついた。


「……ほんと、ほどほどにしてください」


 浅葱が両手を合わせて、わざとらしく拝む。


「推しのお願いは絶対。了解です、柚葉さま」


「さま付けもやめてください」


 真白が淡々と頷く。


「了解。敬称は"柚葉"で統一します」


「それも違う方向に極端じゃないですか?」


 千景が小さく首を傾げる。


「……私は、"柚葉さん"がいい」


 その一言が静かに刺さって、私は頬が熱くなる。

 風華は何も言わない。言わないけれど、私の反応を見ているのが分かる。


 浅葱がニヤニヤする。


「ほら〜、千景の"さん"は特別感あるんだよ〜」


「特別じゃない。丁寧なだけ」


「丁寧って言いながら、柚葉ちゃんのこと見る目が丁寧すぎ」


「……浅葱、うるさい」


 千景のその言い方が、怒っているのに優しい。

 私は笑いそうになって、慌てて口元を押さえた。


 風華が軽く咳払いをして、机の上に小さなメモを置く。


「柚葉ちゃん。さっき言った"来てほしい理由"――ひとつ、確認しておきたいことがあるの」


 空気が少しだけ締まった。

 私は背筋を伸ばす。


「……何ですか?」


「今日、教室で私のことを"風華"って呼んだ。あれ、無理してない?」


 その質問に、心臓が跳ねた。

 無理? 違う。

 無理じゃない。恥ずかしいだけ。


「……無理じゃないです。ただ、恥ずかしくて……」


 風華の眉がほんの少しだけ緩む。


「そう。なら、よかった」


 その安心した声が、胸を温かくする。

 ――この人は、私の"境界線"をちゃんと見ている。


 真白が淡々とメモを取る。


「呼称の変更は関係性の変化を示します。柚葉にとってプラスなら継続。負荷なら調整」


「真白、なんで全部を研究対象みたいに……」


「感情は構造化すると扱いやすいです」


 浅葱が肩を竦める。


「真白、推し活も構造化してそう」


「推し活は非効率です」


「えっ、推し活否定!?」


 私はそのやり取りを聞きながら、机の上の紙袋を見た。

 昨日、風華がくれた焼き菓子。

 まだ少し残っている。

 甘さの記憶が、私の中に残っている。


 ……返したい。

 もらいっぱなしが、落ち着かない。


 私は鞄の中をごそごそ探って、小さな袋を取り出した。

 コンビニで買った、可愛い包装のチョコ。母が「差し入れに」と渡してくれたものだ。


「……あの、これ」


 私は風華の前にそっと置いた。


「昨日のお返し……っていうほどじゃないですけど。その、ありがとうの……」


 一瞬、生徒会室の空気が止まった。


 浅葱が目を見開く。


「えっ、柚葉ちゃん、会長に差し入れ!?!? それって、もう……」


「もう、何ですか」


「それって"特別"じゃん」


 千景が小さく息を呑んだのが分かった。

 真白は無表情のまま、私の手元を見る。


「……柚葉。今、渡す相手を一人に固定した」


 言い方が淡々としてるのに、妙に刺さる。


「固定って……。たまたまです。昨日もらったのが風華だったから……」


 浅葱がすぐに机を叩いた。


「たまたまじゃないよ。柚葉ちゃんの"初お返し"だよ? 会長、受け取り方、間違えたら死刑だからね」


「浅葱……」


 風華が静かに浅葱を止める。

 そして、私の置いた袋を手に取った。


 丁寧に。

 大切なものを扱うみたいに。


「……ありがとう。嬉しい」


 その言葉が、胸の奥に落ちて、静かに広がった。

 私は思わず視線を逸らす。

 顔が熱い。耳まで熱い。


 千景が小さく言った。


「……いいな」


 小さすぎる声。

 でも、確かに聞こえた。


 真白も淡々と呟く。


「……公平性が崩れる」


「公平性って何……!」


 浅葱が乗る。


「え、じゃあさ、柚葉ちゃん。次は私にも差し入れして?私、甘いの好き!」


 私は慌てて言った。


「え、えっと……じゃあ、今度……」


 千景が小さく手を上げた。


「……私も」


 真白も続ける。


「私も、合理的な範囲で」


「合理的な範囲の差し入れって何……!」


 私は完全に囲まれていた。

 言葉の意味じゃなく、空気で。


 ――私、推されすぎてない?


 でも、それが嫌じゃない。

 嫌じゃないどころか、怖いものが少しずつ減っていく。


 風華が、私の方を見て、静かに言った。


「柚葉ちゃん。無理しなくていい。でも……もし"返したい"って思うなら、気持ちは受け取る」


「……はい」


 その言い方が、ずるい。

 優しいのに、近い。


 ※ ※ ※


 放課後。


 生徒会の雑務を少しだけ手伝って、私は帰り支度をしていた。

 いつもならここで"現実"が戻ってきて、胸が硬くなるのに、今日は違う。


 浅葱が私の腕に絡む。


「今日さ、帰り道また"隣争奪戦"する?」


「争奪戦じゃないです……」


 千景が静かに言う。


「……今日は私の隣」


 即決。

 逃げ道がない。


 真白が淡々と修正する。


「昨日は風華。今日は千景。明日は私。順序は合理的」


「順序を勝手に決めないで……!」


 私は思わず風華を見る。

 助けて、という視線になっていたと思う。


 風華は少しだけ困った顔をして、それから――小さく笑った。


「柚葉ちゃん。今日は、柚葉ちゃんが決めて」


 またそれだ。

 また"私が決める"。


 私は息を吸って、正直に言った。


「……今日は、千景の隣がいいです」


 千景の目が僅かに揺れた。

 嬉しいのに、表に出さない努力をしている顔。


「……うん」


 浅葱が大げさに嘆く。


「はい負けた〜。千景、強い〜」


 真白が淡々と告げる。


「明日は私です」


「宣言しないで!」


 私は笑ってしまった。

 笑える。

 今の私には、それが何より大事だ。


 ※ ※ ※


 校門を出て、駅までの道。

 千景が隣で歩く。

 距離は近いのに、圧がない。


「……今日、教室で会長に呼ばれてた時、少しだけ怖そうだった」


「……分かりますか」


「分かる。表情が固くなる」


 千景は淡々と言って、それから少しだけ声を落とす。


「……怖かったら、私を呼んで。"風紀だから"って言えば、堂々とそばに行ける」


 私は胸がきゅっとした。

 それは、建前なのに本音だ。


「……ありがとうございます。千景って、優しいですね」


 千景は一瞬だけ目を逸らして、ぼそっと言った。


「……優しいのは、柚葉さん」


「え?」


「柚葉さんは、嫌なことがあっても、誰かを傷つけ返さない。……だから、推される」


 推される。

 その言葉が、今は少しだけ誇らしい。


 後ろから浅葱の声が飛ぶ。


「ねえねえ!今、二人だけで良い空気出してない!?会長、見て!千景、攻めてる!」


「浅葱、うるさい」


 風華の声が鋭く飛ぶ。

 でも、次の瞬間――風華は私を見て、少しだけ柔らかく言った。


「……柚葉ちゃん。帰ったら、ちゃんと休んで。あと……さっきのお返し、嬉しかった」


 私は心臓が跳ねる。


「……うん。よかった」


 真白が淡々とまとめる。


「結論。柚葉は"与える側"に戻り始めた。回復が進んでいる」


 私は息を吐いた。

 回復。

 確かに私は、戻ってきている。


 ――奪われた私じゃない。

 取り戻した私。


 そして、その私を好きだと言ってくれる人たちが、こんなに近くにいる。


 ……激推し、されすぎだけど。


 でも、その激推しが、今の私を立たせている。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ