私が激推しされすぎてるのだが!?
生徒会室の空気は、教室よりもずっと柔らかい。
それでも私は、さっきの「推し本部」という単語が頭から離れなくて、机に鞄を置いた瞬間にため息をついた。
「……ほんと、ほどほどにしてください」
浅葱が両手を合わせて、わざとらしく拝む。
「推しのお願いは絶対。了解です、柚葉さま」
「さま付けもやめてください」
真白が淡々と頷く。
「了解。敬称は"柚葉"で統一します」
「それも違う方向に極端じゃないですか?」
千景が小さく首を傾げる。
「……私は、"柚葉さん"がいい」
その一言が静かに刺さって、私は頬が熱くなる。
風華は何も言わない。言わないけれど、私の反応を見ているのが分かる。
浅葱がニヤニヤする。
「ほら〜、千景の"さん"は特別感あるんだよ〜」
「特別じゃない。丁寧なだけ」
「丁寧って言いながら、柚葉ちゃんのこと見る目が丁寧すぎ」
「……浅葱、うるさい」
千景のその言い方が、怒っているのに優しい。
私は笑いそうになって、慌てて口元を押さえた。
風華が軽く咳払いをして、机の上に小さなメモを置く。
「柚葉ちゃん。さっき言った"来てほしい理由"――ひとつ、確認しておきたいことがあるの」
空気が少しだけ締まった。
私は背筋を伸ばす。
「……何ですか?」
「今日、教室で私のことを"風華"って呼んだ。あれ、無理してない?」
その質問に、心臓が跳ねた。
無理? 違う。
無理じゃない。恥ずかしいだけ。
「……無理じゃないです。ただ、恥ずかしくて……」
風華の眉がほんの少しだけ緩む。
「そう。なら、よかった」
その安心した声が、胸を温かくする。
――この人は、私の"境界線"をちゃんと見ている。
真白が淡々とメモを取る。
「呼称の変更は関係性の変化を示します。柚葉にとってプラスなら継続。負荷なら調整」
「真白、なんで全部を研究対象みたいに……」
「感情は構造化すると扱いやすいです」
浅葱が肩を竦める。
「真白、推し活も構造化してそう」
「推し活は非効率です」
「えっ、推し活否定!?」
私はそのやり取りを聞きながら、机の上の紙袋を見た。
昨日、風華がくれた焼き菓子。
まだ少し残っている。
甘さの記憶が、私の中に残っている。
……返したい。
もらいっぱなしが、落ち着かない。
私は鞄の中をごそごそ探って、小さな袋を取り出した。
コンビニで買った、可愛い包装のチョコ。母が「差し入れに」と渡してくれたものだ。
「……あの、これ」
私は風華の前にそっと置いた。
「昨日のお返し……っていうほどじゃないですけど。その、ありがとうの……」
一瞬、生徒会室の空気が止まった。
浅葱が目を見開く。
「えっ、柚葉ちゃん、会長に差し入れ!?!? それって、もう……」
「もう、何ですか」
「それって"特別"じゃん」
千景が小さく息を呑んだのが分かった。
真白は無表情のまま、私の手元を見る。
「……柚葉。今、渡す相手を一人に固定した」
言い方が淡々としてるのに、妙に刺さる。
「固定って……。たまたまです。昨日もらったのが風華だったから……」
浅葱がすぐに机を叩いた。
「たまたまじゃないよ。柚葉ちゃんの"初お返し"だよ? 会長、受け取り方、間違えたら死刑だからね」
「浅葱……」
風華が静かに浅葱を止める。
そして、私の置いた袋を手に取った。
丁寧に。
大切なものを扱うみたいに。
「……ありがとう。嬉しい」
その言葉が、胸の奥に落ちて、静かに広がった。
私は思わず視線を逸らす。
顔が熱い。耳まで熱い。
千景が小さく言った。
「……いいな」
小さすぎる声。
でも、確かに聞こえた。
真白も淡々と呟く。
「……公平性が崩れる」
「公平性って何……!」
浅葱が乗る。
「え、じゃあさ、柚葉ちゃん。次は私にも差し入れして?私、甘いの好き!」
私は慌てて言った。
「え、えっと……じゃあ、今度……」
千景が小さく手を上げた。
「……私も」
真白も続ける。
「私も、合理的な範囲で」
「合理的な範囲の差し入れって何……!」
私は完全に囲まれていた。
言葉の意味じゃなく、空気で。
――私、推されすぎてない?
でも、それが嫌じゃない。
嫌じゃないどころか、怖いものが少しずつ減っていく。
風華が、私の方を見て、静かに言った。
「柚葉ちゃん。無理しなくていい。でも……もし"返したい"って思うなら、気持ちは受け取る」
「……はい」
その言い方が、ずるい。
優しいのに、近い。
※ ※ ※
放課後。
生徒会の雑務を少しだけ手伝って、私は帰り支度をしていた。
いつもならここで"現実"が戻ってきて、胸が硬くなるのに、今日は違う。
浅葱が私の腕に絡む。
「今日さ、帰り道また"隣争奪戦"する?」
「争奪戦じゃないです……」
千景が静かに言う。
「……今日は私の隣」
即決。
逃げ道がない。
真白が淡々と修正する。
「昨日は風華。今日は千景。明日は私。順序は合理的」
「順序を勝手に決めないで……!」
私は思わず風華を見る。
助けて、という視線になっていたと思う。
風華は少しだけ困った顔をして、それから――小さく笑った。
「柚葉ちゃん。今日は、柚葉ちゃんが決めて」
またそれだ。
また"私が決める"。
私は息を吸って、正直に言った。
「……今日は、千景の隣がいいです」
千景の目が僅かに揺れた。
嬉しいのに、表に出さない努力をしている顔。
「……うん」
浅葱が大げさに嘆く。
「はい負けた〜。千景、強い〜」
真白が淡々と告げる。
「明日は私です」
「宣言しないで!」
私は笑ってしまった。
笑える。
今の私には、それが何より大事だ。
※ ※ ※
校門を出て、駅までの道。
千景が隣で歩く。
距離は近いのに、圧がない。
「……今日、教室で会長に呼ばれてた時、少しだけ怖そうだった」
「……分かりますか」
「分かる。表情が固くなる」
千景は淡々と言って、それから少しだけ声を落とす。
「……怖かったら、私を呼んで。"風紀だから"って言えば、堂々とそばに行ける」
私は胸がきゅっとした。
それは、建前なのに本音だ。
「……ありがとうございます。千景って、優しいですね」
千景は一瞬だけ目を逸らして、ぼそっと言った。
「……優しいのは、柚葉さん」
「え?」
「柚葉さんは、嫌なことがあっても、誰かを傷つけ返さない。……だから、推される」
推される。
その言葉が、今は少しだけ誇らしい。
後ろから浅葱の声が飛ぶ。
「ねえねえ!今、二人だけで良い空気出してない!?会長、見て!千景、攻めてる!」
「浅葱、うるさい」
風華の声が鋭く飛ぶ。
でも、次の瞬間――風華は私を見て、少しだけ柔らかく言った。
「……柚葉ちゃん。帰ったら、ちゃんと休んで。あと……さっきのお返し、嬉しかった」
私は心臓が跳ねる。
「……うん。よかった」
真白が淡々とまとめる。
「結論。柚葉は"与える側"に戻り始めた。回復が進んでいる」
私は息を吐いた。
回復。
確かに私は、戻ってきている。
――奪われた私じゃない。
取り戻した私。
そして、その私を好きだと言ってくれる人たちが、こんなに近くにいる。
……激推し、されすぎだけど。
でも、その激推しが、今の私を立たせている。
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